第62話 堕ち往く翌日の二人
翌日──。
僕、風祭疾斗は無事通常運転することが出来た。まだ病み上がりということでマスク着用を率先している。
ポンッ!
「──うわぁっ!?」
「おはよ疾斗、もう大丈夫なの? ──って、何そんなに驚いてんのよ」
真後ろに座っている逢沢弘美から毎度お馴染みの御挨拶。背中を景気良く叩かれる。数え切れない位の触れ合い。いつもなら『よお』って返せるものだ。
今朝は無理……体調不良じゃなくとも精神異常が酷過ぎる。増してや弘美からのスキンシップ、全てクリティカル表示が脳裏を過ぎる。
「……な、何でもない。だ、大丈夫。もう熱も咳とかもない」
弘美が真後ろなのは或る意味不幸中の幸いである。マスクというチート装備があるものの、顔の火照りと焦りの色合いを見せずに話せる。僕が態々振り向かずにぶっきら棒なのはいつもの事だ。
ガラガラッ。
「あっ、颯希ちゃん。おはよ──ってアレレ?」
「ひ、弘美……ちゃん。お、おはよ──あ、これね。メットから髪がはみ出してるの、ちょっと邪魔に感じちゃってさ。ただどうしても(メット)脱いだら乱れちゃうよね」
普段よりも遅刻ギリな爵藍颯希のお出ましである。しかもいつもより何だか落ち着かない様子の声。
されどそれは僕の方こそなのだ。やはり颯希の青い瞳を直視出来ない。隣に座ったのだから首を捻れば済む行動。
──いやだからこそォォ意識せずにはいられないッ!! いや、それよりも『アレレ?』と『コレ?』って一体何さッ、何なのさッ!?
これはいよいよ気になって授業中充電出来ないじゃァァないかッ!
コォォォォ……。
颯希の呼吸さえもいつもと異なる。これは在り得る筈のない感覚。一体颯希はどんな気分で僕の隣に座っているのやら。気にはなるけど抑えなければならないこのもどかしさ。
「颯希ちゃん、昨日はありがとね」
「………ン」
相変わらず天真爛漫が制服を着ている弘美の御礼。黙ったままコクリッと頭を小さく下げた颯希が視界の端に見えた気がした。やはりリアクションが薄っぺらい。ぎこちない演技。
──ん、風? ハッ!
日直の仕業であろうか。
教室内の空気入れ替えの為、窓を開け放ったまま閉めるのを忘れていたらしい。
参ったのはその直後、風の精霊の悪戯。僕の嗅覚へフィルニア姫の香りを運んで来たのだ。僕の首が勝手に真横へ動いた。
──心底参った……。時の流れが止まったとすら思う艶やかさ。
昨日も看病の時に魅せられた颯希のうなじ。
今日も長い黒髪をアップにしている。しかし弘美のポニテと違い、余った分を頭の天辺付近でさらに結っていた。
一応物書きの端くれとして女性の髪形位、頭に入れとくべきだと深く後悔。この美麗さを正確に伝える術を知りたい。
僕は昨日颯希に対し、これまでへの謝辞のつもりで『可愛い』を伝えた。だけどそれは、ほっかむり姿だったからではない。長髪黒髪が舞い散るだけでも破壊力抜群過ぎた。
青い瞳の大和撫子七変化な爵藍颯希──。
さらに磨きを掛け堂々攻め込んで来たということなのか? 後でコッソリ調べた処、『こなれ御団子』というのが一番しっくりくる様だ。
成程確かにこのボリュームをフルフェイスに無理くり押し込めば、少々乱れても仕方がない。そんな颯希の裏側がまたもやグッと胸打つ。いっそ乱れ髪のままが極上。
「──は、疾斗?」
──ハッ!?
ずっと目すら合わせてないのに思わず見惚れてしまった。耳まで絶対真っ赤な顔を、首の骨が鳴る勢いでガッと逸らす。
けれどもこれ程の色艶をマスクでマイナス補正とは? やはりあの行為が僕の風邪を移してしまった?
僕はWeb小説家、疾風@風の担い手である。しかし風邪の伝承者には決してなりたくない。『疾斗のモノなら何でも欲しい』あの訴え顔がまたしても浮かんだ。
~~~
──嗚呼……恥ずかし過ぎて汗掻きそう。やっぱりマスクして大正解よね。
11月だというのに何かで自分をあおぎたい私、爵藍颯希17歳。
幾ら昨日疾斗から『可愛い』って褒められたとはいえ、いきなり髪型を翌日から変えてくるとか自意識過剰が過ぎると自分で思う。大体コレ有効なのか正直良く判らない。
────そ・れ・に・よ?
斜め後ろからの視線がやっぱり気になり過ぎる。昨日私一人で見舞いに行って、翌日からの変身。コレはやり過ぎたと思っている。
──逢沢弘美はどんな気分で私達を見てるのだろ?
文部両道、性別不変の学校アイドル。そんな彼女を私は敵に回している。どれだけ良い友達を取り繕ってみた処で疾斗の取り合いをしてる以上、これが私の本音。
──疾斗、疾斗疾斗疾斗疾斗疾斗疾斗疾斗はやとHAYATO、HAYA……。せめてチラ見で良いから私を向いてよ、さっきみたいに。
駄目……色んな意味で最低だ私──。
二股を……違うな。未だ告白はお預けで良い。そう言って弘美とも疾斗不可侵条約を締結したばかりの掟破り。
例え幼馴染というチートを打ち破るとはいえ、昨日のアレはやり過ぎた。こんな気まずい空気になること位、想像出来てたつもりだった。でも後先丸投げで欲情に流された。
疾斗と弘美──この二人を来年の卒業まで友達として見てられるの私!?
もうなんならこの後、休み時間に人気無い所へ疾斗を呼び出し『もぅっ、私だけを見てッ!』そのまま抱き付いてしまいたい。そして抱き締め返して欲しい。
昨日ササゲタ……捧げたって思うこと自体、身勝手過ぎるよ。私が好きであげたんじゃないッ! 今までだって全部そうッ!
──胸が苦しい、張り裂けそう……。疾斗のことで頭が一杯。なんてはしたないんだろ私。




