第59話 とても大事な二つの選択肢
大したことない体調不良に態々手料理作ってお見舞いに来てくれた蒼い瞳の大大和撫子の爵藍颯希。
僕こと風祭疾斗はこれまで随分この颯希に或る意味バイクの如く、良い様に振り回されていると感じていた。侯爵の我儘娘が僕の中で勝手に独り歩きをしていた。
然し実際の処、それだけじゃなかった事にようやく気付いた。
──可愛い、綺麗、美麗、そして艶めかしく実はあざとい。
この約3ケ月の短い間、僕は颯希の見た目と少し奇妙を交えた行動力を色んな想いで綴ったものだ。
でも──やっぱり爵藍颯希も可愛いのである。愛しいのである。
嘗て僕が弘美へ思わずポロリと吐露した『可愛い』
──これは一体どうした事だろう。肩を揉まれて頭の血行が増したのだろうか。
今なら素直に言葉で以って伝えられる気がするのだ。ただ1つだけ、どちらが適切なのか正直判断に迷っている事柄が在る。
ゴクッ。
一体颯希はどちらの言葉がお好みなのだろう? これは慎重に吟味するべきなのか?
──いや違うな、流石に察した。
「──颯希」
「ん? なにどうしたの?」
僕自身、不意に割と歯切れの良い言葉で滑り出したと思っている。そんな変調に颯希は間違いなく耳を傾けてくれている。
「い、いつも本当にありがとう。僕みたいな鈍い男子に、君はいつも判りやすい直球を投げてくれた。そんな健気で一途な颯希がとても可愛いと思っているんだ」
「──ッ!?」
──ようやく自分の言葉でこれを言えた。
爵藍颯希17歳。天使の輪が輝く長い黒髪。そして海より深い蒼い瞳。僕より少し高めの身長。制服を脱いで私服とヒールに着替えただけでやっぱり君は綺麗な姫様だ。
そう、世間一般的に見れば彼女は『綺麗』に分類される。僕等が赤の他人だとしたなら、高嶺の花過ぎて声はおろか目さえも合わせられない人だ。
だけど……だけどもだ。僕みたいな朴念仁の気を惹こうを直向きに頑張ってくれる爵藍颯希は『可愛い』のだ。これだけは譲れない、何しろ僕自身の素直な気持ちなのだから。
肩を揉んでくれてた颯希の両手が不意に止まる。そして明らかな震えが伝わって来た。
「……は、疾斗ぉぉ。い、今のそれ、も、もぅ一度言ってくれる?」
「可愛い、可愛いよ颯希。告白はまだ御預けだけど、これだけはどうにも譲れない。こんな病弱な時に言うの格好悪いけどな」
僕は背中で震える颯希の手を取り後ろを振り向き、涙に濡れ往く蒼い瞳を真っ直ぐ見直し改めて告げた。
ガバッ!
「は、疾斗! す、凄く嬉しい! や、やっぱり私、あ、貴方の事が好きで大大大好きで堪らないよぉ……」
「だ、駄目だ。か、風邪が移っちゃうじゃないか……」
涙を拭うことすらせずに僕の頼りない身体を抱き締める柔らかな颯希。僕が振り返ったので正面同士の抱き合いと化す。幸せと遠慮。そしてまたも未経験が初体験に転化を遂げた瞬間だ。
「良いの! 疾斗の風邪ならむしろ持って帰りたいくらいよ。い、いけない……理屈がどうでも良く……なり、そう…」
「い、颯希……だ、駄目だ。それはいけない」
こんな愛をまたしても心のミットにズバンッと投げ込まれ、じんわり痛みと幸福が僕の中で拡がりをみせてゆく。『出来るものなら代わってあげたい』ただの言葉遊びじゃないと思い知った。
大切な颯希に病気を移す? 冗談じゃない、絶対御免被る。
でも──それとは別の違うモノを分け与えたい悪い欲求がどうにも抑え切れない。『貴方のモノなら何でも欲しい!』こんな何の取り柄もない僕が言って貰える日が訪れるだなんて。
此処で不謹慎にも、もう1人の可愛いが浮かんできた。
──そうなのだ。颯希も弘美も未だ僕のものでは決してない。
でもさ、それってなんだ───?
彼女なら一線を越えて赦されるのか?
それとも一線を超えてから『好きだ』と言ってものにするのか?
それは単なる順序入れ替えでどちらせよ意味なんかないんじゃないのか?
もちろんした事ないけど結婚だってそういうものだろ? 今どき夫婦になるまで互いの操を守る? いやしないだろ普通……。
僕の胸内で喜びで咽び泣いてる颯希だってそれを望んでいるんだろ? それを勘違いするほど僕はポンコツじゃない筈だ。
──だ、駄目だ。僕はまだ風邪が治りかけなんだ。こんな欲任せで進んで後悔しても遅いぞ!
下手すると胸の中に居るこの可愛いと、自分の夢を直向きに追う姿に恋して欲しいもう一つの可愛い。両方同時に失い兼ねない!?
だ、だけどもこの震える肩を僕の手が、腕が、胸が、全身が! ただ受け止めるだけじゃもう限界なんだ!
──だ、駄目だ風祭疾斗……その肩を抱く手に力を籠めるのは弱味に付け入る卑怯だ。
──何を言ってる風祭疾斗……その肩をもっとしっかり抱き寄せ受け入れないと、それこそ卑怯だ。
こ、これはどちらが正しいんだ? 『可愛い』か『綺麗』か? その答えは素直な気持ちに任せて良かった。
わ、判らない。これはいよいよ堂々巡りだ。
僕が颯希の事を好きでなければ断るだけ。『僕にその気が無いんだゴメン』これは立派な正答だ。
でもそうじゃない──。
風祭疾斗は、いつでも僕だけに真っ直ぐな爵藍颯希が大好きなんだッ! だからこそ悩んでいるんだッ!
く、苦しい───人を本気で好きに為るってこんなにも辛い事なのか!?
じゃあなんで人を好きになったりするんだよ? 苦しいならこの腕を今すぐ解き、突っ撥ねてしまえば良いだけだろうがッ!!
嗚呼……いっそこれ夢なら良いのに。それならもぅ今の欲望に身を委ね、颯希を自分に取り込めば良い。自分のモノを渡したいだけあげれば良いのだ。いくらやっても赦されるのだ。
「は、疾斗……」
「う、うん?」
嗚咽しながら絞り出す颯希の声。颯希もきっと苦しめてる。僕はそう錯覚した。
「疾斗、貴方はとっても優しい人。私も弘美も傷つけたくない、だから今とても悩んでる」
「──ッ!」
少しだけ僕を抱き締める腕の力を抜いて、泣いて泣いて化粧が落ちてる顔を上げると僕の本心をアッサリ見抜いた。そしてさらにゆっくりと惜しむ様に僕との距離を僅かに広げる。
やっぱり颯希は優しくてしかも真面目な女子なんだ。どうしようもない僕を遠ざけこの場を収めようとしている。
それは大きな間違いだった、臆病で身勝手な僕の思い込み。
颯希が僕の右手を優しく捕まえた、そう思った次の瞬間。
「疾斗、私はもっともっと色んな私に触れて欲しいの。貴方の望むままが私の願いよ。そこに罪悪感は不要なの」
優しい───そう勘違いした手をギュッと捉まれかと思いきや、颯希の鼓動が最も感じられる場所へ手を持ってゆかれた。
───ふ、触れてしまった。
す、凄い。完全に言葉を逸した。いや、もう余計な言葉は要らないのだ。
高鳴る鼓動と触れたことない柔らかさが遂に一つと化した。僕がピクリと動かさずとも、颯希が勝手に同調してきた。後は僕がこの手を自分の意志で動かすだけで済む。颯希もそれを心から望んでいると知れた。




