第58話 実は必死なマウント合戦
『──だ、だからまだ熱いの。た、食べさせてあげたいの私が』
爵藍颯希のとんでもない台詞が僕、風祭疾斗の病み上がりなボーッとした頭の中で繰り返される。途方もないマウントを取られたものだ。
颯希は割といつもこうだ。
初めましてなバイクの2人乗り、それも飛び切りな美少女転入生初日の誘い。あれから僕はずっと彼女に引っ張られ続けている。
逢沢弘美のテニス県大会の応援に行こうと言い出したのも彼女。『私の彼氏の誕生日プレゼントにしたいの──駄目?』と相手をそそのかし結果、決めてしまったのも彼女だ。
爵藍颯希は誰と一緒になったとしても旦那を尻に敷くことはもう決定稿だ。結婚生活が目に浮かぶ。これが青い瞳のTHE 大和撫子、爵藍颯希という乙女だ。
───しかしだ。その相手は今の処、残念ながら僕……じゃない。
それがどうだ。
病み上がりで頼り甲斐のない僕の箸を横から奪い、自分の手で食べさせようという根性は最早完璧に嫁のソレ! 17歳未だDTの僕に取ってこれは絶対なのだ。
箸でうどんを掴み上げ……掴み……つか……tuka、アレレッ!?
いつまで経ってもそのうどんが鍋の上へ浮かない。何度もやっているが、その度スルリとすり抜け落ちる。うどんがまるで生きてる白蛇でもあるかの様に抵抗……ンなこたない。
「颯希姫、お前箸の扱い苦手なんだな」
「そ、そんなことないっ! だって私は料理の出来る女なのよぉぉ!」
僕の突っ込みが余程屈辱なのだろう。珍しく無駄に抗う颯希が吼えた。
──いや、それはそれ。コレはコレだ。
けれども僕に食べさせるという緊張──いや違うな。それは恐らく僕の驕りだ。そもそも他人の口へ『アーンッ』なんてイチャコラ、この箱入り娘も他の奴と未経験だからと信じたい。
「──ごごご、ごめんなさい……」
「いや、良いよ。冷ましてから自分のペースで頂きます」
僕の夢ラブコメが一つガラガラと音を立てて崩れ終焉を迎えた。
──だがしかしィィッ!! 颯希の想いがァァッ!! 何ならやるせない顔して態々謝ってくるその赤に染まった顔色がァァッ!! 既に尊いんじゃあないかッ!!(やかましいわ?)
「──頂きます」
「ど、どうぞ……」
鼻息荒く両手を合わせて鍋焼きうどんという夢に改めて箸を入れる僕。あ、ついでに言っておくとしよう。僕の箸使いは完璧である。豆粒をいくつも皿から他の皿へ移す訓練を子供時代から仕込まれた。
だからこの夢を取りこぼす心配は全く以って在り得ない。だって颯希様のお料理の味は折り紙付き。それこそ2回目のマウントであるテニス県大会の重箱で経験済だ。
──あふ、あふい。でも、はぁぁ……やっぱり心の芯から温まる。
この世に風邪の神様が居るのであれば僕は500円すら握りしめて賽銭箱へ何の躊躇ゼロで投げ入れるに違いない。
──ンンッ? 風邪の神様ッ!? 僕は仮にも風使いのWeb小説家をやっているんだ。それでは風に失礼である。
「──い、颯希さん。いやさ颯希様」
「へぇっ!?」
口の中も、そこから続く食道、胃。全身を熱くしたまま僕は真横を向き、爵藍天女へ神恩感謝を告げたいのである。
「は、はいへんほいひゅうごはいましゅ」
「ぷっ、も、もぅ……食べるか喋るかどっちかになさい。──でも、アリガト。ゆっくり食べてね」
──嗚呼……爵藍天女が御笑いになられている。既に僕に取っての天使なのだが、今日ばかりは八百万の神々が遣わされた方だと思いたい。鍋の中に在る食材達総てがお供え物に見えてきた。
パンッ!
「ご馳走様でございました」
「はい、お粗末さまでした。綺麗に残さず食べてくれて嬉しいよ、あったかい御茶で良い?」
またもお参りに行くかの如く、1拍手で御辞儀する僕。ずっと楽しげな笑顔を見せて、御茶まで勝手に出して下さる大変有難い僕の女神様だ。
スッ。
──いっ!?
「うーんっ、これじゃ良く判らないよ」
──はぅぅッ!?
「あ、熱い……かな? ──って熱いうどん食べたばかりだからやっぱり判らないよね」
大変有難い食事を終えたばかりの僕が今、颯希にされた一連の流れ。
先ず、自分のおでこと僕の額に掌を当てた。
要は体温を測る仕草だ。その後『良く判らない』と首を振ってからの唇が先に当たりそうな額当てである。そしてどちらにせよ体温は『やっぱり判らない』で舌を出すのだ。
──相変わらずあざといんだよお前ッ! で、でも嗚呼、可愛いから全部赦・し・ま・す!
「い、颯希ぃ。本気で熱ぶり返すよ?」
「熱ぅ? それは一体どこのお熱かしら?」
──拝啓、母さん。
女子ってのは二人きりになると、こうも積極的になる生き物でしょうか? それとも颯希が特別なのでしょうか? 僕は若輩故ちょっと良く判りません。
大体である。もう幾らしつこいと言われようとも、こればかりは言わせて欲しい。
こんな可愛いハイスペック女子と部屋で二人きりという時点で僕の心臓は高鳴り、どうするのが正解なのか未だ判らず仕舞いなのだ。
二人だけでこのとんでもない怪物と遭遇した時点で、僕の『どうする?』コマンドは全然出て来やしない。ずっとずっと良い様に魔法を掛け続けられフルボッコされるがままだ。
「ま、熱は本当に大丈夫みたいね。は、疾斗っ?」
「う、うん?」
──今の何だろう。妙に声が上擦ってた気がする。
鍋焼きうどんを僕に食べさせる。その目的が終わった途端、良く考えると不自然な検温。それすら終わった後の僅かに感じたこの戸惑い……。
──ひょっとして……。
「疾斗、昨日の肩揉みの続きしよ? ねっ?」
僕の考えを無理矢理上書きするこの颯希の提案。疑問符の癖して椅子に座った僕の背中にサッと回り込み、肩へ両手を載せてしまった。
──やっぱりそうだ。颯希だって緊張の繰り返しをしているんだ。
僕に『どうする?』コマンドを与えない。どうにか自分の番だけにして丸め込もうと必死なのだ。
早速肩を揉む手に力を入れつつ「相変わらず硬いなあ……って昨日の今日じゃ仕方ないよね」って何やら板についてない言葉。
そういや昨日の颯希も胸がドキドキしてたのを今更ながらに思い出す。
僕の頭を後ろから胸に抱いた良く考えると途轍もない想い出。昨日は互いの鼓動ばかりに気を取られ、忘れていたあの感じたことのない柔らかさも一緒にぶり返した。
これはもう僕の驕り昂ぶりなんかじゃない。こんな僕の気を惹こうと爵藍颯希も必死なのだ。




