第57話 爵藍颯希は"チョロイン"である!?
「じゃあ私御台所お借りします。疾斗、ちゃんと上で着替えて待ってて」
「あ、ああ。わ、判った」
僕、風祭疾斗は昨夜から風邪を引き、今日の学校を休んだ。
それは良い、どうでも良い。僕はどれだけ疲れてようが凹んでいようが殆ど欠席していない。これは小中高一貫している。だから1日位休んだところで何も引け目は感じない。
──だがしかしだ。
何故、あの爵藍颯希が見舞いと称し、僕の家の台所に立っているんだァッ!? 在り得ない、これは由々しき事態だ(?)
どうして僕がこんなにも動揺しているのか? 確かに昨日も家に上がり込み、こともあろうに肩揉みからの密着を受けて、トドメと言うべき向こうからの告白を受けた。
然も僕からの返事を『弘美の話も聞くべきだ』と敢えて止める異常たるドS振り。
それから多分に偶然も重なったとはいえ、昨日超早朝から夕暮れまで僕の生活一部始終、暮らしを見つめるどこぞのラ〇オンよろしくずっと字面通りに見守られた。
昨日確かに風邪を引いた。これは嘘でもサボりでもない。
ただ正直な処、爵藍颯希ー逢沢弘美による恋愛の超攻撃型ゾーンプレスから逃れる休日が欲しかったという本音もあるのだ。今日だけは恋愛も執筆さえも全てを忘れ、ボーッとしていたかった。
それがまさかまさかの御台所仕事をしている。これはもう嫁に限りなく等しいのであるまいか?
これまで散々可愛い幼馴染という恋愛チート設定により、身勝手なる嫁判定をされていた弘美でさえもおままごと以上をして貰った記憶はない。
弘美は部活があるから来られない。それは理解出来るし、それで正直安心してた。しかし昨日の今日……。あの奥ゆかしい颯希が弘美を差し置いて現れるなど想像の範疇外だ。
しゃくらんいぶきがあらわれた! かんびょうしたそうにこっちをみている……▽
この恋愛シミュレーションゲーム、決してバグっている訳ではない。だが大変困った仕様だ。
ーーどうする?ーー
▷ うけいれる
ことわる
──『どうする』も何も選択ウインドウが出て来ないんだよッ!! しかもバグじゃァァないッ!!
風祭疾斗に選択肢など与えられない在り得ない。しかも2日続けて通い妻からのいきなり看病イベント発生。
もしこんな恋愛シミュレーションが存在するとしたら『爵藍颯希、超可愛いのに実はチョロイン』こんなふざけた評価にて、エンターテイメント辺りで一部マニアからトレンド入りしそうである。
──イカンイカン、落ち着け疾斗。
明らかに僕の思考がどうかしている。もう如何様にもならないのだ。此処はベッドに潜り頭を冷やしつつ待つより他ない。
コンコンッ。
──き、来たァッ!! あっ……違う意味で熱ぶり返しそう。
「あの…入って良い? まだ着替えてないの?」
「お、お、おおん。うんっ……。い、いいぞ」
ガチャ。
「──ッ!?」
──制服エプロン姿の颯希姫キタコレェェェーーッ!!
しかもですよ(?)長い黒髪が料理に入るのをお気にされてか、バンダナで拵えた即席の俗に言うほっかむりである。Oh! 大和撫子七変化っ! JAPAN最高!
しかもさも熱そうなのを慎重にいそいそと鍋掴みで持って来ていらっしゃるではあるまいか! アレは間違いなく身体も心も神から……誤字った。芯から温めてくれる鍋焼きうどんに間違いない!
なお風祭家に熱い物を載せて良い盆なる小洒落た物は存在しない。
これでお判り頂けただろうか。鍋焼きうどんを作って態々部屋まで運んで頂く。そんな幸福、家には在り得ないのである。
「だ、大丈夫? お昼食べてないって聞いたけど重過ぎないかな?」
「だ、大丈夫、問題ない。それより熱かったろ? 何か本当にごめんなさい。と、兎に角気を付けて机の上に運んでくれ」
ブルブル今出来る全力で首を振ってから家の不甲斐なさを家主でもない僕が謝る。
「あ、それなら大丈夫だよ。鍋敷きとおしぼりも借りて来たから」
大変なのに笑顔を見せてくれる颯希である。
──ごめんな弘美、颯希やっぱマジ尊い。どうか今だけ許してください……。
ゆっくりゆっくりご安全に──。
どうにか鍋敷きを机の上に置き、その上にお宝が遂に載せられた。「ちょっと待ってて……」突然そう言い残すとパタパタ階段を駆け下り、さらに大きな買い物袋を持って再び颯希が現れた。
そしてバタンッと部屋の扉を閉める。スポドリやらエナドリやら、それらしき物が詰まった大袋。
「こ、これは弘美ちゃんから渡してって頼まれた分なの……」
──ッ!
「そ、そうだったのか。あ、ありがたく受け取っとくよ」
思わず顔に出してしまった。弘美にまで気を遣わせて……だらしない。いっそ昼からだけでも登校すれば良かったんだ。
「──い、椅子に座った方が食べやすいよね……そ、その隣に立っても、良い、かな? ちゃんとマスクするし」
あからさまに颯希の声がぎこちない──というか余りにも可愛らしい。愛らしいが過ぎる。
風祭疾斗、失礼だが少し妄想してみる──。
しゃくらんいぶきも、かんびょういべんとはじめてらしい……▽
絶対コレだ、間違いなかろう。箱入り娘の尊い颯希姫のことだ。他の下賤な輩の看病だなんて経験値ゼロなのだ。
「あ、ま、まだ熱いから私が開けるね」
エプロン姿神々しい颯希姫御自ら、鍋の蓋をおしぼりで包み込みゆっくりと開いてくれる。モワッと湯気が浮かび僕の眼鏡が瞬時に曇る。──が、眼鏡を拭くとそこにはやはり幸せだけ散りばめられていた。
「お、美味しそうっ! こ、これを颯希が?」
「わ、わわ私は冷凍うどんを買っただけだよっ! 冷蔵庫に白髪ねぎと鶏もも肉が在ったからお母様にお願いして分けて貰っただけ……。あ、後それから鍋焼きうどんなら卵かなって」
──お母様!? 家に居るのはただの母さん。そんな大層な人間居ないんだけど『取り合えずありがとうお母様!』
「──って、えっ?」
早速箸を取ろうと心躍らせていたら、それを横から搔っ攫われた。
──い、颯希さん!?
「だ、だからまだ熱いの。た、食べさせてあげたいの私が」
こ、これはもしや。伝説(?)かラブコメでしか知らない俗に言う夫婦……。スマン、これはワザとだ。『フーフー』って奴ですかァァァッ!?!?
あ、あ、待って。目の前で屈まないで頂けます? ほっかむりで出来たうなじが、これまたSSR!
──嗚呼……これ、ひょっとしたら涙出るかもしんないヤバい。




