第56話 似た者親子とは良く言ったものだ
私の家と疾斗の家はそう遠くではない。どちらも等しく新しめな閑静なる住宅街といった感じだ。
要は大変静かなのである。だから私の125D◇UEが出す心地良い音をあえて抑えるのが礼儀。しかも疾斗は体調不良で学校を今日休んだばかり。なのでなおさら気をつけたい。
私、爵藍颯希は早々にエンジンを切り、バイクを押して風祭家に向かう。荷物も増えてだいぶ重いけど仕方がない。
昨日も来たばかりの疾斗家。なるべく往来の邪魔にならない様、いそいそとD◇KEを道路端へ停める。
別に悪いことしてる訳じゃないけど何だか後ろめたい。今だけは、このオレンジ色の目立つ車体がちょっと恥ずかしい気がする。何より同じ学校の生徒に見られたくない。
──おっ、可愛いバイクが誰よりも先にお出迎え。
車庫の端に滑り込ませてあるストマジ君。丸目1灯はバイクの基本。何しろ小さな形がとっても可愛い。
『コンニチワッ!』
どっかのお話みたく、その目が話し掛けてきてる気さえする。思わず顔が緩むんだけど、昨日君に跨ってたご主人様の具合に飛び火した途端、少し胸のつかえを感じた。
ピンポーン──ピンポーン……。
「あれ? 御留守? で、でも疾斗が寝てる筈だよね……」
静まり返ったまま応答がまるでない。舞桜ちゃんすら留守なのかしら?
ピンポーンッ。音が変わる訳でもないのに思わず強めにチャイムを鳴らした。
『あ、はぁい。ごめんなさい、どちら様?』
「わ、私、風祭疾斗君のクラスメイト。爵藍颯希と申します」
聴いたことのない声に、思わず慌てふためいてしまった。少し声の濁った大人女性だ。まあ疾斗のお母様だろう。
『あらあら、まぁまぁ……ご、ごめんね。ちょっと待っててね』
なんだか向こうも慌てた様子。──やっぱりお邪魔だったかな? ごめんなさいの気分が強まる。
ガチャッ。
「ごめんなさいねぇ、寒い中お待たせしちゃって。貴女がえっと……そうそう颯希ちゃんね。どうぞ上がって」
「──ッ! は、初めまして。お邪魔します」
出迎えてくれたお母様の姿。思わず顔が引き攣る私。なんと白いバスローブでしかも湯気が立っている。髪さえもまだ乾かしきれていない様子。
やっぱり疾斗の可愛げに良く似ていらっしゃって綺麗な人だ。その分余計、私の顔に火が点いた。
──ンっ? 待ってぇ、今確か『颯希ちゃん』って呼ばれた気がする。初対面なのに?
兎も角慌てて脱衣所からそのまま来てくれたんだ。大変申し訳ない気持ちと、バスローブの隙間から下が透けて見えちゃう気が混ざり合い、私どうにかなっちゃいそ。
「本当にごめんなさいね。私この時間お風呂に入るものだから気付くの遅れちゃった。疾斗から良く伺ってたけど本当に可愛いわぁ、私ビックリしちゃった」
「ととと、とんでもありません。こちらこそ急にお邪魔しまして──あっ、これ宜しかったらどうぞ」
これはどうにも気恥ずかしくてたまらないよ。顔を挙げられないまま、買い物袋をまるで目隠しにする感じでグィッと前へ差し出した。
──疾斗が良くぅ!? って言うかお母様、ソレ恥ずかしくないのぉ!?
「あらぁ……わざわざご丁寧にありがとう──肉まんにうどんまで。本当に手ぶらで良いのに」
すぐそこのスーパーで買った有り合わせの品ばかり。買い物袋を覗き込んだお母様がそれでも大層喜んでくれた。
「おお、お見舞いですから。──あっ、は、疾斗君大丈夫ですか?」
ただでさえ緊張してた私──。
なんともビックリな御出迎えで、本来の目的を危うく見失う処だった。
既に玄関先まで上がらせて貰ったけれど、疾斗の体調が芳しくないのならお暇する気は変わっていない。
「あ、昨日の夜は随分熱が高かったけど、朝にはほとんど下がっていたのよ。ほっといたらあの子、病欠なのにまた書きそうだから今日くらい大人しくしてなさいって言っといたわ」
──良かった。そんなに酷くなさそう。
玄関先、廊下での立ち話を続けてしまった。疾斗の容体はさほどでもない。だったら今すぐにでも上に上がらせて貰いたい。とっても現金な私。
バタバタバタバタ。何やらその階段から転げ落ちそうな足音が聴こえて来る。
「──母さん、また汗かいちゃって着替え……って!?」
「──ッ!?!?」
──いや母子揃いも揃って君もかいッ!!
バスローブ1枚の次はトランクス1枚きりの迂闊が過ぎる疾斗あらわる! 眼鏡すら掛けてないのは或る意味激レアなのよ!
あっと言う間に階段の角に逃げ込み動物みたく身を隠した。
「い、颯希ィ!? き、来てたのかぁ!?」
「お、お見舞いに来ただけなんだからね! しかも弘美ちゃんから頼まれて……し、仕方なく……」
──また人の所為にしてしまった。
大体良く考えなくてもNELNで体調確認してから来ればこんな事にはならなかった筈。気が回らないのは寧ろ私の方だ。
──いやワザとだろお前。機会を逃したくなかったくせして良く言うよ。
私の中の悪魔がウシシッと笑う。ちょうどいい具合に出来上がった疾斗だ。これなら大手を振って看病という名のお近づきが出来る。
私の背後から何かが階段に潜む動物に勢い良く投げ込まれた。振り向くとお母様がバスローブを押さえつつ疾斗の着替え一式を丸めて投げ込んだ後だった。
──いや……だ~か~ら~、お母さんも早く何か着て下さいな!
やっぱり似た者同士の母子だ。
「疾斗、彼女が何か作ってくれるみたいよ! お昼まだでしょ! 気を利かせておうどんとか態々あなたのために買って来てくれたのよ!」
──おおお、お母様ァァッ!? ナイスアシストなんだけど、まだ彼女じゃあ・り・ま・せ・んッ!
「え……あ、うんっ。じゃ、じゃあうどん食べたい……かも」
聴いてるこっちが恥ずかしくなりそうな鼻声でどもる疾斗。私が何もしなくても勝手にお膳立てが整ってしまった。




