第54話 桜舞う看病
「……はぁぁぁぁぁ」
僕こと風祭疾斗は、自部屋のベッドに着替えすらせず飛び込むと実に長い溜息をつく。
仕方がない。だって本当に疲れたのだ。本当に長い長い1日であった。
朝3時に起床し、爵藍颯希と共に肌寒い11月初旬の風を浴びながら、2回目のタンデムとそして僕自身の公道デビューが日本最大の都市、東京都が舞台といういきなり過ぎる高い壁を経験した。
颯希のお尻へ必死に食らいつきつつ──いや待て。あくまでもD◇KEのお尻だ。そこは誤解無きよう強調しておくことにする。
どうにか都内を抜け出し我が家に戻るや否や、僕の部屋にその颯希を上げるという大波乱。
二人っきりで肩を揉まれるという超密着な夢の最中、僕は肩より寧ろ心そのものを鷲掴みされ、勢い任せに告白と言う名の一線を越えようと試みる。
だが決意した矢先。『応えなきゃいけない女子……』なんと颯希の方から宥められた。
そしてお次はその応えなきゃいけない女子、逢沢弘美からの『今から逢いたい』NELN通知を受けて、颯希に見送られながら逢いに出掛けた。
想い出の詰まった神社の境内にて待ち受けていた弘美。ドレスでこそないが僕に逢う為、態々着替え持参の御洒落な秋色コーデを披露してきた。
風祭疾斗争奪戦でかなり差を開いていた颯希。
これを体育会系仕込みの末脚で一挙に縮め、いっそ追い抜いていてやれとばかりに『卒業までに必ず疾斗を落とす』途方もない宣戦布告をされてしまった。
帰宅した途端、舞桜の『何があった!? どうなった!?』TV局のインタビューみたく理不尽なる執拗な攻めをどうにか置き去りにして、ベッドの上で一息ついてる。
今日の出来事を仮にWeb小説の前書きとして書いただけで、600字位埋められそうだ。
逆に話を膨らませればカクヨムの短編で済まない文字数の作品が書ける意味不明な自信すら在る。
──カクヨム……そう言えば謎原付を操る中年男性の捨て台詞『本物の風使いになれば君の表現になんとやら……』
一体何だったんだろう。あれは疾斗じゃなく疾風を知ってる口振りだった。作家名くらい聞いとくべきだったかも知れない。
──あーっ、駄目だ駄目だ。流石に疲れた……待て待て、身体の節々に妙な違和感があるぞ? これは多分やっちまった気がしてならない。食欲すら怪しい。とにかく今は休むとしよう。
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「こ、此処は……?」
「疾斗大丈夫? えっ、酷い熱じゃない! 待ってて、ちょっと冷蔵庫の中身確認してみるね」
──い、颯希ぃ!? いきなりおでこを当てられたのだが? それに此処本当に僕の部屋か? なんかとても良い匂いがする。え、待ってください颯希姫の手料理!?
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「そうそう、疾斗のバイクは煙から良い匂いがするんだ!」
「──ひ、弘美ぃ? あ、あれ? 僕は風邪か何かで寝ていて、颯希の看病を受ける幸せの手前だった気がするんだけど……」
──気が付いたら今度はロードバイクの弘美と一緒にストマジを走らせている。
嗚呼……そうか。良い匂いのするバイクって焼けるオイルの匂いだったのか。しっかし匂い繋がりで違う場面とはこれ如何に?
──って弘美さん? 貴女確か厚手生地のロングスカートで、下にはジャージじゃなかったっけ?
ぼ、防御力ゼロのミニスカを惜し気なくヒラヒラさせてるんですがァッ!? 『なんて言うかその…下品なんですけど、それ見えちゃい…ます…よ?』
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「──お兄ぃ」
──今度はなんだぁ? 僕は鬼じゃない人間の男子高校生だ。鬼に喰われた覚えもないぞ。それになんだ? やけに身体が重いぞ……。
「大丈夫かお兄ぃ! おぃ、生きてっか!」
──ハッ!? これは知ってる天井。
重い訳である。風祭舞桜が寝ている僕の上を跨いで乗っているからだ。しかも情け容赦なく病人の僕をポカポカ布団の上から叩いていた。
恐らく今日の出来事を思い浮かべたままウトウト夢に堕ち、実際の出来事と自分の欲望が混ざくりあったに違いあるまい。
「全く……あんな寒い夜中に睡眠不足で風に当たるからだぞ。しかも寝ずに浮かれて出掛けるだなんて。食欲ないのは仕方ないけど、ただ寝てるんじゃ治るもんも治らんぞい!」
舞桜が本当に本当に容赦なく冷えピタとドリンクゼリーに風邪薬を投げ込んで来た。
「なんだなんだ? その不服そうな顔はぁ? まさかラブコメの主人公みたく超絶可愛い妹が手厚い看病してくれると期待でもしたのかぁんんっ?」
「ふ、ふみましぇーん」
謝った僕の声が酷い鼻声である。これは寝ている間に鼻詰まりすら進んだらしい。処で『超絶可愛い妹の手厚い看病』とやらは消費税率位期待していた。
だって家の舞桜ちゃん。超絶可愛い妹なのは、兄の贔屓目差し引きですら、そう思えるからである。
まあ下手に看病されて風邪をうつしてしまっては、いよいよ申し訳が立たぬというものだ。
「あ、ありがとうございます舞桜様」
「フンッ、せ、精々しっかり休むんだな! 明日は学校だろ。──あ、汗かいても良い様に着替えもそこに用意したかんな!」
バタンッ。
舞桜が部屋を出て行った。取り敢えずゆっくり身体を起こし、ドリンクゼリーを吸い込む僕。ゼリー程度で喉すら染みる。これはマジでヤバい、明日は学校休みになるかも。
──ンッ? そういや舞桜ちゃん、僕の着替えがどうとか……。
一度布団を剥がして確認を試みる。歯の根が合わないガタガタ震える。寒気も相当酷いなこれ。
確かに床の上には、バスタオル3枚に一揃えの着替えが畳んで用意されていた。汗をかいた時の配慮、これはとても有難い。
──けれどあの舞桜がわざわざ僕のパンツまで用意したのか? 母さんから渡されただけなのでは……ちょっと想像に苦しむ。
「んっ? ンンッ?」
折角丁寧に折り畳んでくれた着替え類を僕は崩してしまった。だるい、だるいけど申し訳ないので整え直そうとした矢先。
ヒラリとメモ書きが宙を舞って床に落ちた。
『お兄ちゃん。急にモテて浮かれるのは判るけど自分を大切にしなよ 舞桜』
──なんだろう、今胸がギュッとした気がする。……やっぱうん、舞桜は可愛い。間違いなくだ。




