第53話 良い匂いするバイクとそうでないバイク
──僕、風祭疾斗被告17歳は執行猶予1年6カ月の有罪判決を受けた。
罪状はこうだ。
被告人:風祭疾斗は、幼馴染特権というチートを駆使し学校のアイドルである被害者A:逢沢弘美の唇を奪った。罪状はこれだけに留まらない。
被害者B:爵藍颯希の自宅に寝泊まりした上、行方知れずの姉、爵藍真騎に似ているのを口実に同者に扮装の上、肌を寄せ合い、やはり唇を奪い取った。その先の未遂について追及が必要である。
これは〇〇明誠高校全男子を敵に回す大罪であるのは明白である。ただ明らかな間違いが在る。これだけは断固撤回しなければならない。
『異議ありッ!! 奪ったのではなく、何れも奪われたのですッ!!』
──うん我ながら言ってて哀しい。
(冴えない)男子生徒A
『それにしたってよぉぉ……二股してんのは事実なんだろォ? ア"ア"ンッ!』
ウッ!?
(冴えない)男子生徒B
『それもよォォ。二人共超絶美形ヒロイン級だぜぇぇ? もぅそんだけで万死ィィッ!』
ウグッ!?
(冴えない)男子生徒C
『それなのによォォ──卒業まで返事は良いって言って貰えたらしいじゃァァねえか!? それってつまりよォォ……俺達は卒業まで2人と付き合う機会が巡って来ねぇってことだよなァァッ!?』
──言えない、何も言い返せない僕。如何にこの男子生徒達が冴えなくてもだ。何故なら僕も冴えない男子生徒Dだからだ。
兎も角この事実絶対隠蔽。決して学校にて漏らす訳にはゆかないのだ。
──気が付けば時計の針は午後3時を指していた。
11月初めの陽気とは儚いものだ。
陽が陰り始めれば速き2輪車に取っての冷気がドッと押し寄せて来る。無論超早朝──今朝午前3時と比べれば可愛いものだが、出来れば晩秋が優しみを与える内に帰りたいものである。
「──判った。今は二人の好意へ素直に甘える。ただ校内での接触だけはくれぐれも用心してくれ。そしてもう今日は帰るとしよう」
好きという拳銃を突き付けられた気分だ、それも2丁同時に。だけど当然悪い気はしない。後ろめたさが物凄いけど。
「そうね──あっ、私ジャージに着替えて来るよ。残念だけど途中で着替えるより楽だし」
弘美が大きなスポーツバッグを無造作に持ち上げ化粧室へと向かって行く。──いやアレそんなに軽い物なのだろうか?
「そっか……弘美態々着替え持参で疾斗をデートに誘った訳ね──強いなぁ」
背筋がシャンと伸びてる弘美の背中を見送る颯希。
見た目の格好だけならプロテクター仕込みのバイクウェアの方が余程頑強そうに見える。だがそんな幼稚な意味でないこと位、朴念仁の僕にも判る。
「…………私勝てるのかしら」
これはテラス席の喧騒に紛れそうな程の颯希の呟き。思わず心の声を漏らした、恐らく本人すら気付いていまい。そんな風に僕には思えた。これが計算だとするなら正直怖い。
「お待たせぇぇ」
学校指定ジャージの上に寒さ対策のウインドブレーカーすら羽織る弘美が全く待たされずに姿を見せた。
──何だろう、やっぱ結局可愛い。多分何着ても可愛いに僕の脳は上書きされた。今日この場で改めて。
マスターと奥様から「ありがとう、また来てねぇ」と見送られ僕達はバイク置き場に戻って行った。
──あ、あの黄色ナンバー。まだ停車してる。
やはり颯希のD◇KE125に負けない存在感。デカい癖に黄色ナンバー背負ってる。異様さだけなら正直此方に軍配が上がる。
「颯希──このバイクの持ち主の事、知っているか? 来る時偶然見かけてさ、何か真っ白な煙モリモリ吐いてあっと言う間に千切られたんだよ」
「勿論知ってる──あ、話したこと流石にないけど。この人、毎週此処に来る常連さんよ。赤いポッチが在るキーボード叩いてるおじさん。あと白煙なら疾斗のストマジだって同じよ」
僕はバイクに跨ろうとする颯希を呼び止め質問した。それに素っ頓狂な顔で応じてくれたが、返事の情報量が余りに多過ぎ──情報整理が必要である。
「待て待て──僕のストマジから白煙だってぇ!?」
取り合えず一番気になる発言から片付けようと思った。だって自分の愛機、調子が悪いと釘を刺された気がしたからである。
「え、今さら何を──疾斗のストマジもこの原付バイクも2ストロークエンジンだから白煙は当然だよ。ミラーに映ってたでしょ?」
颯希先生がストマジと謎原付をそれぞれ指差し謎の言語を発したのである。
「そうね、確かに疾斗のバイク。来る途中、煙吐いてた。そんなもんかと思って気にしてなかった。あとね──なんか良い匂いした!」
僕の白煙を見た弘美の証言。これは間違いなさそうである。けれど良い匂いの話が出るとは思いも寄らなんだ。
「──2ストロークエンジン。通称2ストとは内燃機関の種類だ。それ位、バイクに乗るならその手に握った物で調べた方が良いぞ。ざっくり言えばオイル燃やしながら走るんだ」
──突然の乱入。少し機嫌悪そうな顔した中年男性が外階段から降りて来たのだ。話しぶりからしてこの謎原付の持ち主らしい。
「は、はぁ……」
「エンジンオイル切れに精々気を付けるこった。ちょっとエンジン掛けてみ?」
エンジンオイル位知っているが、それが切れるとはどういう意味だ? 変な絡まれをされるのも嫌なので言われた通り、セルボタンを押す。
「うん、調子は悪くなさそうだな。センタースタンドは立ててるな。なら少し派手にアクセル吹かしてみな。ちゃんと後ろを見ながらだ」
駐車場での空ぶかし──周囲に嫌がられそうで余りやりたくないが、これも逆らわずに試してみる。
「あ、本当だ。結構白煙出てるぞ。何で今まで気が付かなかったんだ?」
「まあ走れば煙は流れるから気付かないのも無理はない。ただ信号待ちン時、背後にいる車にこれ浴びせてるのは頭入れとけ」
「は、はぁ……ありがとうございます」
確かにそうだ。
もし自分が後ろのドライバーならこの白煙を見せられて動揺するかも知れない。けれどもこのおじさんこそ、大層な煙を巻き散らしてたのを僕は目撃してるのだ。
「あと……これは110ccだな。随分珍しいの手に入れたな、1998年式だから大事に扱いな」
──え……僕より俄然先輩なのか此奴!? まさかとっくに成人迎えていたなんて……。
仰天した僕の隣で『随分珍しい…』と言った顔が心なしか緩んだ様に見受けられた。そして一番大きな原付に跨り、やけに大きなペダルを2・3度連続で踏み込んだ。
グワァァン! グワンッグワンッ!!
やたらけたたましいエンジン音が耳に飛び込む。加えて無遠慮な空ぶかしが拍車をかけた。
「じゃあな、機会が在ったらまた逢おう疾風君。本物の風使いになれば君の表現に深みが増すかもな」
「えっ!? ちょ、ちょっと今なんて……」
一番気になる捨て台詞を残し、呆気に取られた僕を尻目に謎原付がひび割れだらけのタイヤで滑りながら公道へ飛び出して行った。
立ち去る姿に弘美が一言。「あのバイクは良い匂いじゃなかった」これまた謎めいた文句を浴びせた。




