第51話 三角形それぞれの本音
「───ご、ごめん。僕ちょっとトイレに行ってくる」
「は、疾斗くーん!? 珈琲とナポリ……タン…………」
僕、風祭疾斗は居ても立っても居られず席を立ち、テラス席から階下に行ける外階段へと駆け出してしまう。背後から聴こえるマスターの呼び止め、折角の暖かいが冷めるの目に見えてる。
しかもトイレならテラス席の奥にだって在る。だから言い訳にならない理由だって勿論知ってる。だけど他に適当な言葉が思いつかない。
1階に在る物産センター。その奥に在るトイレを態々選んで駆け込んだ。そして何も脱がずただ座り込むのだ。
───惨め? そんなの痛い程判り切っている。
けれど今、大勢のお客が居る目の前で、何よりこんな僕を好きだと言ってくれるあの二人の前で、これ以上の恥の上塗りを重ねる気にはなれなかった。
天使の輪が綺麗な黒髪と蒼き海の様な瞳を湛える爵藍颯希。僕に風切る楽しさと、何より僕の作品を誰よりも好きだと言ってくれる尊い女子。
ブリーチしたポニテがトレードマークで学校のアイドル逢沢弘美。文部両道で性別問わず慕われる存在。
本来独占を許されない彼女。けれど幼き頃から僕だけに、か弱さと勇気という本音でずっと接してくれる言わずもがな大切な人。
「───何故? どうしてさ! どうして僕なんだ! 僕みたいなのがこのどちらか一方を泣かせるっ!? そんな残酷なこと出来る訳ないじゃないかっ!」
幾ら来客の少ないトイレと言えど、僕の心からの叫び。間違いなく往来する人の耳に飛び込んでいるだろう。何よりで待たせてる颯希と弘美。僕の可笑しな様子に不安を抱えてるに違いない。
───判ってる…………いいや判ってない。こんな非建設的な行為じゃ何も解決しない。だけど判らないから吐き出すより仕方ないじゃないかッ!!
不謹慎だけど公共物であるこの空間の至る所に正直当たり散らしたい最悪な気分。
───我儘!? 嗚呼言われなくても知ってるさッ!! 高2の夏終わりまで自分にこんな悩みが訪れるだなんて全く以って思いも寄らなかった。
「───ぼ、僕は一体…………ど、どうしたら良い。颯希と弘美、どちらが僕が好き………なんだ」
泣きたい、泣き崩れたい。人に愛されること、それを断らないといけないのが、こんなにも苦しいなんて…………。どちらかを選ぶ? ふざけんなよどっちも好きだッ!!
誰にも相談なんて出来やしない。
『可愛い同級生二人に言い寄られて幸せだなお前』───そんな無責任が降り掛かるに決まっている。
「何処が幸せなもんかッ! 颯希と弘美を取っかえ引っ変えしながら遊ぶぅ!? そんな器用さ持ち合わせてなんかいないッ!」
───僕は非モテの風祭疾斗…………だったのに。在りがちなハーレムモノの主人公の如く、丁度良い加減で立ち振る舞えたならどれだけ楽か。
遂に涙が溢れ出て来た。
これが恋愛モノなら綺麗な涙だけで終わるかも知れない。だけど僕はただの人間。涙と一緒に鼻水も留まる事をまるで知らない。トイレットペーパーで何度も幾度も鼻をかむ。
ヒリヒリする。間違いなく鼻下は擦れて真っ赤だ。目の辺りも充血が酷いに決まっている。
「───格好悪い…………最低だ僕」
二人の笑顔と甘酸っぱい想い出が交互に浮かぶ。やはりどちらもただの思い出なんかで終わらせたくない。この先がもっと知りたい。
風祭疾斗は最低な男だと思い知らされた、打ちのめされた。それも勝手に…………。
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「──は、」
「疾斗……」
私、爵藍颯希は走り去る疾斗を黙って見てることしか出来なかった。『貴方には他にも応えるべき人がいるでしょ?』ってさも知った風にサラリと伝え『行ってらっしゃい』と見送りすらした。
あの『行ってらっしゃい』を告げたその時の気分を思い返す。───此処まで来たらもう余裕。もう彼女気分のマウントで送り出したんじゃないの?
さらに偶然とはいえ、こうして今、二人のデートを邪魔している。
私は子供の頃、命を救ってくれた彼とWeb小説家としての彼しかこれまで知り得なかった。───それなのに横からしゃしゃり出て二人の間を掻き回している嫌な女だ。
さっきも弘美ちゃんの生涯を賭けた想いを笑って流す余裕を見せつけた。
───やっぱり私は身を引くべきなんじゃ…………。
「───颯希ちゃん」
「───え?」
さっきまでの明るい笑顔から一転。
私と視線を合わせたり外したりを繰り返す弘美ちゃん。1回スーッと深呼吸。それから改めて話し始めた。
「私、今日はちょっと疾斗に色々ぶっちゃげ過ぎちゃった………。アレは幾ら何でも重過ぎるよね。普段あんまりこういう話出来ないから欲張り過ぎたかも、ゴメンね」
───ゴメンね?
「───ど、どうして弘美が謝るの? 二人の邪魔ばかりしてるの私…………じゃない」
気が付くと呼び捨てにしてた。
私、身体が震えてる…………勿論寒い訳じゃない。『ゴメンね』が頭の中でやまびこを始める。弘美は何も悪くない。なのに───なのにどうして謝るの? それは余りに完璧過ぎない?
「───い、颯希………ちゃん?」
「お、おかしいよ………弘美。ど、どうしてそこまで完璧に…………ふ、振舞えるのよ」
───駄目だ。私本当に嫌な子。言いたくない、言いたくないのに口から勝手に溢れ出てくる!
この身体の震えは嫌いな自分に対する怒りだと思っていた、思っていた。それなのにその筈なのに…………友達として満点過ぎる弘美に腹が立ってる気がしてきた。
弘美が残りのカプチーノを一気に飲み干す。これから引き出す台詞の為、何かを貯めてしている様に思えた。
「…………い、颯希。私はね貴女のことも好きになっちゃったの。もしかしたら一番身勝手なの私かも知んない」
「え、ご、ゴメン───ちょっと良く判んないよ」
本当に弘美が何を言いたいのか私には判らなかった。
「だ、だってさ…………冷静に振り返ってみたら私の疾斗に対する想いなんて態々貴女にまで伝える必要なかったじゃない?」
───あ、判った…………嫌なるくらい判ってしまった。
『逢沢弘美は卒業後、テニス留学します。だけど私、疾斗の事も絶対諦めないからね』
それを私に聴かせるのは或る意味卑怯。『こんな覚悟、貴女に在って?』とか『私留学するから疾斗のこと諦めて』そんな裏腹が混じっているのよ。
それをアハハと笑って逃した私、───どうかしてる! 私も良い友達を演じたかも知れない!
そんな酷く良い子を演じ切った私達を見た疾斗。引っ込み思案な彼の事だ。『こんな良い子二人を僕なんかが同時に好きに何てなれない!』そう思ったらこの場に居られなくなった…………と思う多分。




