表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/76

第50話 トライアングラー

 ───弘美(ひろみ)が海外留学!?


 (にわ)かに信じ難い発言である。逢沢弘美(あいざわひろみ)17歳、生まれてこの方一度たりともこの街を出て生活したことなど在りはしない。


 そりゃあ冷静に考えれば僕こと風祭疾斗(かざまつりはやと)を含め、高校2年の秋である。そろそろ───いや(むし)ろ今頃、高校卒業後の進路をウダウダ決め()ねている僕の方がどうかしている。


 でも、しかし、だけども、けれどもだ。どれだけ相反(そうはん)する接続詞を並べても足りやしない。


 県内にだってスポーツ進学出来る大学は存在する。それも超が付く有力校だ。あとプロを目指すにせよ関東周辺にだって選択肢が在るというのに、国境すら飛び越えたいとは耳を(うたが)わずにいられない。


「わ、私…………自分の可能性を思い切って広げたいの。その為にはやっぱり世界を知る必要が在るって思っちゃった。ま、全国大会の結果次第だけどね」


 ───それは判る話だ。活躍してる大抵のスポーツ選手は世界という舞台へ飛び出し、自分(みが)きをした者が一握りの存在に成れる可能性が(すこぶ)る高い。


 ただ弘美は未だ全国大会にすら出ていない。それにも関わらずもう国内には自分を磨くライバルがいないと考えるのは早計(そうけい)過ぎやしないか?


 そして何より島国である日本の国境()を越えられた日にゃ高卒より先、益々(ますます)会えなくなるのが目に見えている。


 それに弘美は『これからも僕を応援したい』と言ってくれたし僕自身もこれから逢沢弘美が開く()()()()を見ていたい。例え住む場所が離れようともそれは適う。


 だけど……だけどどうせなら隣で見ていたいというのは僕の身勝手な我儘(わがまま)なのか?


 ───…………冷静になるんだ僕。学校の逢沢弘美が日本の………違う世界のHiromi Aizawaに為れるかも知れない瀬戸際(せとぎわ)なのだ。


 さっき弘美は『私の気持ちを知ってるよね……』って確かに言った。逢沢弘美は幼馴染(おさななじみ)の風祭疾斗のことが好き。これは自惚(うぬぼ)れじゃないと思っている。


 ただ…………いやだからこそ今この場で全てを打ち明け、ケジメを付けようとしてくれている。そう考えると何もかも辻褄(つじつま)が合う。


 僕だって幼馴染(おさななじみ)という()()なんかになりたくはない。ならばいっそこの場で僕への想いと夢への翼を語り尽くして…………そんな決心止められない、止めようがない。


 (むし)ろTVの向こう側、世界の檜舞台(ひのきぶたい)で大活躍する弘美を心の底から応援出来るではないか。『例えそれが()()()()()()()()()()()()………』この発言、ひょっとしてそんな意味が込められてる?


「───だ、だからね…………そ、卒業まで精一杯頑張って疾斗の気持ちを私へ向けようって決めたの」


 ───は、ハァッ!? ちょ、チョット……ナニイッテルノカ、ワカラナイ………。


 真っ赤な(かえで)の様な笑顔を向けて来た弘美。僕の心の声が片言になる。弘美より先に意識がブラジル(日本の反対)辺りへ飛行した。


「───マスター、()()()()()()()()()()()()宜しくぅっ!!」


「「───えっ…………」」


 店内入り口付近から聞き違える筈のない溌溂(はつらつ)した女子の声が僕等二人の心を鷲掴(わしづか)みにする。


 ───ま、まさかっ!?


 思わず声の方を振り返る僕。弘美も同じ方を向いていた。それも大層驚いた顔。しかも注文(オーダー)が弘美と丸被(まるかぶ)りする。偶然にしては出来過ぎた秋の気紛(きまぐ)れな恋の女神による悪戯(いたずら)


 長い黒髪と黒いフルフェイスのヘルメット片手に朝と変わらぬ姿の爵藍颯希(三角のもう片方)がそこに居た。偶々(たまたま)僕等が注文した品を届けようとテラス席に出たマスターと鉢合(はちあ)う。


 届けるべき僕等()を探したマスターの眼鏡越しの視線が移る。その先へ颯希(いぶき)の蒼い瞳も釣られたらしい。


「「「あっ…………」」」


 重なり合う(ユニゾンする)3人の驚き。マスターは「はい、いつものね」と恐らく敢えての抑え声。客応対を優先するただの店長。邪魔すべきではないといった大人の態度。


 コトッ。


「───はい、プリンとカフェオレ。ナポリタンの方も(じき)にお持ちしますね」


 予定調和なマスターの声色(接客)

 偶発的(ぐうはつてき)出来事とは不思議と重なるものだ。僕等二人の隣に座っていた客が席を立ち、帰り支度を始めたのだ。


「───や、やあ…………き、来てたんだ」


「───そ、そっちこそ…………」


 声と顔に戸惑(とまど)いを見せつつ、流れに任せ僕等の隣に座る颯希(いぶき)(ほとん)完徹(かんてつ)と取れる早起きの後『いってらっしゃい』と僕を送り出した相手と、日付を(また)がずまたも()うとは思ってもみなかった。


「わ、私は………ほぼ毎週この店に来てる常連ですから」


 無意識下でぶっきら棒な挨拶(あいさつ)をした僕に少しだけ(ほほ)(ふく)らます颯希である。『べ、別に追い掛けて来たんじゃないんだからね』と顔に書いてある。


 そしてその蒼い瞳が隣の随分お洒落(しゃれ)同級生(クラスメイト)姿(コーデ)を足元から順に追っている様に見えた。


「───ご、ごめんなさい。わ、私絶対お邪魔だよ………ね」


 明らかに僕と弘美はデート中。そんな甘ったるい空気を感じたのか颯希がどもる。


「そ、そんなの気にしないで! 折角(せっかく)だから颯希ちゃんも一緒にお話しよ。わ、私、()()()()()()()()()()と思ってたし…………」


 弘美は慌てて笑顔を作りその場を取り(つくろ)う。でも『()()()()()()』とは如何なる事か?


 届いたばかりのカフェオレを慎重にオレンジ色の唇へ運ぶ。弘美の跡がカップに残る。


「───颯希ちゃん…………わ、私疾斗の事が好き」


「───っ!」


 割合落ち着いた声だが(よど)みない視線を向ける弘美。言葉を受け取る颯希の表情が明らかに強張(こわば)る。例え僕視点で在ろうとも、今の二人の気持ちは判っているつもりだ。


 爵藍颯希は風祭疾斗が好き。

 逢沢弘美も負けじと好き。

 これは二人の共通認識に違いない。我ながら途方もない()に居るものだと今さら思う。


 そんな判り切った事を敢えて伝えているのだ。よもやこんな修羅場(しゅらば)を僕中心で経験するとは。正直身震(みぶる)いする思いだ。


「さっき疾斗にも言ったんだけど私ね、高校卒業後テニス留学する気なんだ」


「え、え…………」


 先程空を舞う国際線に見立て頭ン中真っ白と化した僕とほぼ同様、声も色すら失う颯希。加えて途端(とたん)に目を(うる)ませる。


 真横で観察している僕からしたら少し不思議な気分であった。趣味趣向(しゅみしゅこう)が異なるこの2人が僕という(かすがい)を経て、こうも仲良くなっていようとは。


「───そ、そんな………さ、(さみ)しいよ私」


 颯希が恋愛の話をすっ飛ばして切なさに泣き始める。これには流石の弘美もだいぶ慌てて持て余す。「颯希、これは弘美が自分で決めたんだ。だから応援してあげないと」僕が(なだ)める羽目に。


「───う、うんっ…………そ、そうだね」


 やはりハンカチなど持ち合わせがない僕である。取り合えず余っていた紙ナプキンで涙を(ぬぐ)うよう渡すしかない。


「でもね私、敗北宣言した訳じゃないよ。テニスも恋愛も絶対()いを残さないよう頑張って疾斗と遠距離恋愛するんだ」


「う、うぅ…………そ、そっか、それを私にも言いたかったんだね」


 この場面に於いて(かな)しみの余り涙するのは弘美の方でもおかしくない。でも実際には笑顔で言い切る弘美と、受け取った颯希が悲しむ図式に成っている。


 僕は身勝手にも天真爛漫(てんしんらんまん)なティラソーレと、真面目でちょっと人渡りの苦手なフィルニアを重ねてしまう。自分の物書きとしての馬鹿さ加減に呆れてしまった。


「───判ったよ。でも私だって負ける気ないから」


 泣き()らした顔を挙げて決心を固めた強い視線を向ける颯希。彼女もようやく宣戦布告(せんせんふこく)。もう迷いのない真っ直ぐな目をしている。


「い、颯希ちゃん(すっご)く綺麗だしお料理も上手だから、とても手強(てごわ)い相手だけどね…………」


 その碧眼(へきがん)に少々(ひる)んだのか、このやり取りで初めて見せる弱気な弘美が少し(うつむ)く。


「えっ? 私の方こそ弘美ちゃんみたく完璧人間じゃないし…………」

「わ、私なんてどうしようない泣き虫だよ…………」


 互いに見せ合う自分の弱さ。

 この何とも言えぬタイミングでマスターが僕の分を運んでいながら、背後で品出しを躊躇(ためら)っていのに気付いた。笑い袋の()が切れる。


 弘美と颯希がお腹を抱えて大いに笑い、晩秋(ばんしゅう)の青空に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ