第49話 白
ギヤチェンジのない僕の不思議なバイクでもなく、それに涼しい顔で着いて来られた女の子の駆る蒼いロードバイクでもない。
不精髭を生やしたマスターの心を捉えたのはポニテの可愛い別の女子である様だ。
「───お、幼馴染なんです。このお店の珈琲はブラックでも甘いんだって話をしたら…………」
僕は暫くそんな説明を云々する羽目に陥る。此方は正直同じ場所に停めてある怪しげなオフロードバイクが気になって仕方がない。
「───おぉ、それは態々有難い。君のバイクを撮っても良いかな?」
聞いてる傍からスマホを構えているマスターである。断れるとは微塵も想定していない様子だ。
「えっと…………ぜ、全然構いませんけど私のは自転車ですよ?」
「だからこそ良いんじゃないですか」
この店、エンジン付きの乗り物を所有していないと訪れるのは困難である。そこを敢えて自転車で推して来たのが気に入ったらしい。
「───そ、それはそうとあのバイクもお客さんですか?」
弘美のバイク撮影に夢中な店主の意識へ、自分の想いをどうにかねじ込む。それに物珍しさだけで語るなら、僕のストマジ110ccだって初来店。少し位、興味を抱いて欲しいものだ。
「そうそう常連さんだよ。ほぼ毎週来るんだ。ノートPC持ってね」
───ノートPC?
こう言っちゃ失礼だが、このお店で仕事をしている人のイメージがまるで湧かない。しかもこんなボロボロのバイクに乗ってだなんて余計である。
時刻は12時半、丁度お昼時ってやつだ。僕は「じゃ、お店に上がってますよ」と言い残し、弘美と共に店のテラスに続く外階段を上がろうとした。
───うっわ!? …………あ、当たってるんだが。
酷くドギマギさせられた。何と弘美が僕の左腕を後ろから勝手に取り、自分の身体を絡めて来たのだ。柔らかいものが腕を包み込んでいる。僕の神経が左肘に全集中した。
晩秋の日差しに暖められた階段をゆっくりと昇って往く。別に疲労で登るのが億劫という訳ではない。このおてんば姫を大変緊張しつつ導いているつもりだ。
流石昼時、外の席も混み合っていた。家族連れに老夫婦、様々な客層が揃い踏み。
バイク乗りの集まる店という触れ込みだけど、『珈琲好きなら誰でもWelcome』というのは本当らしい。
「───いらっしゃいませ…………ってあれ?」
「ども、ご無沙汰しております。今日は自分のバイクで来ました」
次はマスターの今の奥様による笑顔を受ける。やはり2回目の僕より初来店の彼女へ含み笑いを送って来た。
まあ、もう想定通りの応対である。僕はそんな事より店内のカウンターを陣取り、ノートPCを広げている中年男性が気になった。見覚えしかない画面を映し、キーボードを叩いているのだ。
「───ご注文は?」
入店するなり何もせず黙り込んでいた僕を訝しげに覗き込んでそう聞かれる。
「あ…………ごめんなさい。えっと…………僕はマンデリンとナポリタンのセットで」
「私は───この昭和風プリンとカプチーノでお願いします」
───えっ? その懐かしい組み合わせは確か…………。
しつこいが昼食時である。普段少食なこの僕ですらナポリタンを注文したのに、ロードバイクを漕いだ弘美が頼んだのはデザートの組合せ。
それも9月に爵藍颯希が飲食したのと全く同じ内容なのだ。『此処の珈琲は甘い』それはインドネシアマンデリンに他ならない。
それにも関わらずまるで当てつけの様なチョイスだ。それで体育会系の空腹は満たされるのか?
僕と颯希がこの店を訪れた記憶を、まるで上書きしようという強かぶりだと思わず勘ぐる。
───い、幾ら何でもそれは考え過ぎか。
「ねぇ、天気も良いし中は混んでるからテラス席にしよ」
腕組みしたままの弘美が僕の身体を強く引っ張る。───そこは店内じゃないのかと余計な邪推が働いた。
勿論肘にずっと当たっている存在も気掛かりなのだが、僕の頭の約2割………いや精々1割だろうか。何処をどう見てもカクヨムフォームを開いている中年男性が気になって仕方がない。
されど弘美の攻勢に、この僕が逆らえる訳などないのだ。後ろ髪を惹かれる思いで店内を後にした。テラス席の一番奥端に偶然空いてたカウンター。
まるで予約席の如き奇跡。着座するとようやく左肘を解放してくれた。
「───良い眺めだねぇ…………。成程、このお店に疾斗を誘った颯希ちゃんの気持ち判るなぁ…………」
「そ、そうか?」
稲刈りがとっくに終わった田畑と地平線を、笑顔を絶やさず眺める弘美。当時の颯希は出戻りだから他に選択肢がなかっただけだと僕は思っている。
「私、こんなお店来るの初めてかもしんない───あ、飛行機近い!」
カウンター席の椅子はちょっと座高が高め。浮いた脚を子供の様にバタつかせている。ふと幼い頃の想い出が蘇る。
「───向こう側に国際空港が在るからね。処でこんな有様だから少しお待たせするかも」
バイクの撮影から戻って来たマスターから背中越しの声を掛けられた。少し申し訳なさげな顔だ。
「───あ」
「大丈夫です、ゆっくり待たせて貰います。話したい事沢山あるし」
僕の代わりに弘美が笑顔で応対した。『───話したい事』そうだ、正直忘れる処だった。久しぶりに邪魔の入らない弘美との楽しいひと時。僕は満足し切ってしまう手前であった。
「───ひ、弘美。今日どうしても話したい事って一体なんだ?」
僕はしっかり弘美の言葉を拾おうと決意を新たに、身体の向き毎弘美の方へ座り直した。好き、いつまでも応援したい………既に宝物は受け取っている。
だけど多分、そんな気持ちだけの告白じゃない気がしてならない。丁度僕等の上を飛んでいる飛行機の様に、気持ちの先に在るものを告げたいのではなかろうか。
「───わ、私ね。高校を卒業したら本格的にプロを目指して海外留学するって決めたの。勘違いしないで、お父さんのゴリ押しじゃない。私自身が決めた事なの」
───えっ…………。
泣き虫じゃない真剣な眼差しによる逢沢弘美の決意表明。僕の頭の中が一瞬にして白だけと化した。
上を往く国際線が僕の幼馴染を引き摺り出そうとしているのだ。こればかりはアッサリ首を縦に振れる訳がない。




