第48話 どちらが先とかどうでも良い
───さて、いよいよ逢沢弘美の駆るロードバイクと、僕のストマジ110ccが例のライダーズカフェ目掛けひた走る。
最初の出だし、2km程は信号の多い街中を往く。だから弘美のロードバイクが30km程しか速度が出なくても概ね問題ない。信号にも道行く遅い車にも引っ掛かるので自然に走れている。
問題は右折した後。関東平野で最も雄大な川沿いの国道へ飛び出してからだ。此処から制限速度50km、しかし道さえ空いていれば、実際には制限速度オーバーの車が居てもおかしくない区間。
これを弘美はどう乗り切るのかと思いきや、何とロードバイクが国道のさらに左沿い。僕の往く左側に川が流れ、その間には高さ数mはある土手の堤防が横たわっている。
弘美がこの堤防の上にロードバイクを進めるではないか。これは完全に盲点、堤防の上には歩行者兼自転車専用道路が存在するのだ。この道に信号何て邪魔者はいない。
例の店へはひたすらこの川沿いを走り、後は右折して橋を渡ればそれで終いだ。これなら僕が信号や他の遅い車に引き摺られる合間を縫って、ロードバイクの弘美は先行すら出来るかも知れない。
昨今やたらと自転車が持て囃される理由を思い知った気分である。今日は天気も良い。ひたすら川を眼下にしながらマイペースで走れる弘美が正直少し羨ましい。
頭の良い彼女のことだ。
恐らく店までの道筋を前以って熟知した上での行動に違いない。よもや自転車で前を走られる未来までは予想だにしなかった。
少しの間、堤防と僕の走る国道が離れる区間が存在する。けれど向こうの方が最短ルートを着実に進んでいるので、最早心配などしていない。
強いて挙げるなら、今信号待ちしてる僕よりずっと先を悠々自適に走っているかも知れないということだ。これは問題というより、バイク乗りとしての沽券に拘わる。
───ンッ? やたら白い煙を吐いてるバイクが前に居るなあ…………。
僕のストマジから自動車を2台挟んで信号待ちをしているバイクが見える。その背格好からしてオフロードバイクだろう。やたらけたたましくエンジンを吹かし、その度に白い煙をマフラーから噴出している。
青信号、その怪しげなバイクが前輪を上げてから猛スピードでダッシュしてゆく。
───いっ!? 速! …………って、え? ナンバーが黄色!?
余りに速くて見間違いかも知れない。だけどナンバーの色を間違えるとも思えない。125cc以上の原付でないバイクであればナンバー色は基本白の筈。
黄色ナンバーとは僕のストマジと同じく原付2種の括り。但し排気量51cc~90cc以下を示すものだ。
早い話、僕のストマジよりエンジン排気量が下のバイクだ。それにも拘わらず信じられないスピード違反でコーナーの先へ消えた。しかも車体は普通のバイクそのものに見えた。
僕はオフロードバイクでこそないが似た様な原付バイクを知っている。言わずと知れた爵藍颯希の125D◇KEだ。僕は颯希が全開走行したのを見た事がない。
しかしネット上で『125D◇KE 最高速』何てワードで検索すれば該当有るのでそれを視聴した事が在る。これで高速道路も有料道路も走れない?
とんでもない持て余しだと思ったものだ。しかも『遅いなあ………』と自らを煽る声すら聞こえた。
恐らくもっと排気量のあるバイクと対比した上での『遅い』だと認識していた。さっきの謎原付が125D◇KEより速いか? そんな問いには応じられない。
───だけど頭に残したものだけなら決して劣らないと感じた。
暫く単独走行を続けているとバイクや車ですら堤防へ登れる脇道を見つけた。颯希とタンデムで向かった際にはまるで気が付かなかった道だ。
此処へ逸れれば弘美と再会出来るかも知れない。そう思い、堤防の上へと登る。
───唖然とした。
堤防を登り切り視界が開けたと思いきや、青いロードバイクに跨る女子がおよそ200m位先を走っているではないか!?
兎に角追いつこう。
アクセルを捻る右手に思わず力を入れてしまった。そしてチラリと速度計の針を覗いて見た。
───50km!?
つまりそれは弘美の駆るロードバイクは、これに近い速度で走り続けている事になる。しかも意外な程に追いつかない。止む無くさらにアクセルを開けた。
「───あっれ? 疾斗。どうして後ろから迫って来てるの?」
僕とストマジの気配にようやく弘美が気付いて視界を向ける。流石に余裕綽々といった感じではないにせよ未だに笑顔を絶やさない。
ヘルメットに収まりきらない茶色の髪を真横にたなびかせている。
「───こ、こっちが聴きたいっ! 幾ら信号がないからって、それは飛ばし過ぎだろうがっ!」
自転車専用道路───それは制限速度が無い訳ではない。ただ取り締まりが無いという話だ。土手の上を往く自転車に声を掛ける程、警官達は暇ではない…………多分。
「だ、だってぇ…………つい気持ち良くってさぁ。あ、向こうに水門と小さな橋が見えるよっ!」
まさか気持ちだけでなくバイクでさえ本当に抜かれるとは…………。弘美にバイクは与えるべきじゃないかも知れない。確かに本流と合流する支流、それを渡る橋が見えた。
バイクと自転車の並走区間はあっと言う間に終わりを告げる。此処から先は、丘の上を往くロードバイクを上に見ながら、此方は公道を車達と共に駆ける。
───何だろう…………もうどちらが先とか、どうでも良くなってきた。
終始笑顔の風使いをチラ見しながら川沿いを駆け抜けて往く。僕も自然と笑顔が零れる。自転車を追走するのがこんなに痛快だなんて思いも寄らなかった。
そして川を渡る地点まで無事やって来られた。後は同じ道を2人で走り、右手に見える駐車場へ飛び込むだけだ。
道の駅の駐車場内に在る『BIKE ONLY』の看板前に自転車とストマジをゆっくりと合流させる。そこには偶々2階の店から降りていたマスターが居た。
───えっ!? あ、あのバイクさっきの…………。
白煙をこれでもかと吐いていたオフロードバイクが先客だった事を知る。良く見るとやたら古めかしい。タイヤ何てこれ大丈夫って思える程、ひび割れていた。
「───やあ、いらっしゃい。確か君は侯爵の娘と以前一緒に…………」
「はい、風祭疾斗です。今日は自分のバイクで来ました。えっと、こっちは…………」
「初めまして。逢沢弘美です、バイクじゃなくてごめんなさい」
大層驚いた様子のマスターである。
それはそうだろう。僕がバイク乗りとして現れその上、連れがロードバイクという………恐らく相当稀有な組み合わせなのだ。
「───は、疾斗君。この随分可愛い女の子とはどういうご関係!?」
───あ、先ず気になったのはそちらですか、そうですか。
僕の珍しいバイクでも、それに連れ添ったロードバイクでもなく、ポニテの可愛い女の子を連れて来たのが真っ先に刺さったらしい。




