第47話 私を”あのお店"に連れてって
───ねぇ……この後、時間ある?
逢沢弘美から選択肢のないお誘いを受けた僕、風祭疾斗。断る気は毛頭ない。
「───あっ………ただちょっと問題が………」
階段の下に駐車してきた自分の乗り物を思い出し、それが表に出てしまった。
「ン?」
「僕のバイクは原付2種なのに1人乗りなんだ……」
この場面で弘美を後ろに乗せて連れていけたらどれ程幸せなものか。バイクの色も相まって白馬の王子様そのものになれる。だけどそんなの夢物語だ。
「んもぅ……疾斗ったら本当に何にも見ていないんだから」
弘美がボロボロのフェンスから見下ろす視線を送る。正直落ちやしないか心配になる。
下に見えるはコンクリで塗り固めた急斜面とさらに下を走る歩道…………だけかと思いきや、見慣れない青のイケてる自転車が在った。
───えっ? あ……あの崖側に寄り添っている青いバイクはひょっとして…………。
青いバイク、しかしエンジンのある乗り物を指した意味ではない。ロードバイク、漕ぐ者の脚力さえあるのなら、ただの原付にすら着いて行ける存在。
プロ選手ともなれば平地で時速70km、下りであれば100kmを超えるという原付バイクが置いてゆかれる存在らしい。「───降りましょう」と促され、コンクリの階段を下りながら話を続けた。
僕は大きな荷物を勝手に引き取り「これは僕が………」と当たり前の気を遣ってみた。「………あ、ありがと」って何気ないやり取りが何故だか尊い。
「私も流石にバイクを望むのは不味いと思ってたし、何しろお父さんが絶対認めない…………」
それは可哀想だけど正直そう思う。例えお父さんの了承が出たとしても、全国大会に出る弘美のことだ。学校が要らぬ権力を振り翳すことすら想像に容易い。
やがて階段の終わりが近づき、僕のバイクと弘美のロードバイクが良く見える位置に近付く。蒼い新車のロードバイク、15万円のストマジを遥かに上回る気品さがある。
ただST◇EETMAGICも、何とかってメーカーのホイールだったり原付バイクにしてはやたらと贅沢に飾ってあるのだが、そんな有難みを僕が知るのはもう少し先の話である。
「でもアレなら身体を鍛えられるし、それに私だって脚が欲しい。全国行けるんだからこん位、お祝い貰ったって良いよね? そしたら意外とアッサリって訳」
「───な、成程。それにしても凄いなこれ。ブレーキなんか僕のバイクより余程効きそう………」
キラッキラしている自転車をマジマジと見つめてみる。とんでもなく細いスポーク、蒼いフレームこそ太いのだが持ち上げると異様に軽い。ただつまらない疑問が浮かぶ。
「処でお前どうやってこの荷物を持って来たんだ?」
ロードバイクの観賞を続けつつ、そんな疑問を投げ掛ける。カゴはおろかキャリヤすら無い。
「───えっ、背負ってたよ」
───た、体力勝負かよ…………。流石全国クラスの体育会系、面構えが違う。
「こ、この荷物は僕が運ぶ」
「だ、大丈夫なの? そ、その後ろに在る四角いの、キャリアだろうけど…………」
弘美が心配するのも無理はない。ストマジのキャリア、オマケみたいなサイズなのだ。猫額という形容詞がしっくりくる程だ。
「だ、大丈夫だ。こうやって前のシートと合わせて積載するのだ。後は自転車のゴム紐でキッチリ…………」
「ど、どうしたの?」
何しろ今日納車したばかりのストマジである。実の処、積載何て初めての行為。だけど前オーナーからやり方を伺っていた。
ただ荷物を雁字搦めにする前に確認しなきゃならないことがあるのを思い出し、その手を止めた。
「確かに此奴と弘美の脚力なら、後は僕が融通利かせればどうにかなる。ただ……」
改めて弘美の可愛らしい姿を下から上まで見つめ上げた。座りながら積載作業をやっていたので自然と見上げる形となる。
───敢えて言おう(?) 決してやらしい行動ではないっ!
「───お、お前………そのヒラヒラで乗って大丈夫なのか?」
───スマンッ………。やはり少々いやらしさも混じっていた。我ながら可笑しなことを聞いている自覚がある。
何故なら爵藍颯希が制服のひらっひらで乗っても、最早気にしていないのだ。慣れとは怖いものだと今さら感じた。
「あ、あーッ………。じゃあ不本意だけどこれ履くよ」
バッグからやはり出て来た学校指定ジャージ。『不本意だけど』という言葉も気掛かりなのだが、自販機の物陰でそのジャージをいきなり履くから驚きである。
TV等で観かける女子の『どうなってんの?』って突っ込みたくなる着替え術。何故見えないのか不思議でならぬ。
これまた颯希の『スカートの下にジャージとか履くのはちょっと…………』って台詞を思い出し、弘美に対し少し申し訳ない想いに駆られた。
「───こ、これでおk?」
自転車のサドルに跨りながら僕に向かって聞いて来た。薄紅色のAタイトスカートの下から覗く学校ジャージ…………。
───何だろ…………。寧ろアリにすら思えて来た。それに万が一の事態を他の奴に見られるなど…………在り得ん在り得ん、赦し難し。そんな不届き者、余が首を刎ねてくれようぞ(?)
「と、処で肝心な話だが何処へ行きたい?」
またも我ながら間抜けな問い掛け。真っ先にそれを聞くべきである。恐らくこの辺りがコミュ障の限界なのだ。何てことない質問なのだが、此処で弘美が一呼吸置く。
「───わ、私もあのお店に行ってみたい…………な」
───嗚呼…………そういう事か。察しの悪い僕でもそれで充分理解出来た。例の金色の野の喫茶店で間違いない。
これは僕が悪いのだ。近頃珈琲を好んで飲むを弘美に聞かれ、喫茶店に颯希と行った一部始終を正直に打ち明ける羽目に至った。
恋敵の颯希とタンデム、増してや転入日初日。おまけに僕は友達と出掛けていたと誤魔化した時の話だ。心中穏やかではなかっただろう。
───だがしかしである。
やはり此処でも弘美は僕と颯希が逃げ打つのを許しはしないという気持ちの表れを堂々と見せつけたのだ。
あとついでだがバイクお持ち帰り後、初ツーリングは絶対そのお店だと僕自身決めていた。ただ………よもや自転車の弘美を連れて行くとは毛程も思っていなかった。
「わ、判った。でも結構遠いぞ、大丈夫か?」
此処から大体25km弱。幾ら体力に絶対の自信が在り、なおかつロードバイクの弘美とはいえ、これは心配に為らざるを得ない。
尤もロードバイクに慣れた人なら大した距離ではないらしいが、虚弱な僕とは無縁である。
「───そ、それ私も気になって調べたんだけどさ。意外と良い勝負出来そうなんだよね」
───何っ!? 今なんつった?
ふふんっと鼻に掛けた感じの弘美。『良い勝負』だとぉ!? 今日これまで全て弘美にやられた感のある僕だが、原付2種乗りの誇りに火が点いた。




