第46話 "ティラソーレ" 怒涛の進撃
『───疾斗のやりたいことを私だってずっと見ていたい』
逢沢弘美の固い決心が声の端から伝わって来た。僕はゆっくり彼女を抱いてた腕を解き、その顔をじっと見つめる。もう視線を逸らしてはいない。
───ぼ、僕は何時から………いいや、違う。ずっと果報者だったんだ。
「───と、処でさあ……私の姿に何か感想の1つ位有っても良くない?」
「え………」
少し膨れっ面で文句しながらポニテのシュシュをスラリと外す弘美。解放された長い髪が風に寄り添い真横に流れた。
そうだ、学校指定の制服でもジャージでもない私服の弘美だ。しかも稀有なことに薄紅色で、膝丈より長い厚手な生地のAラインスカートを履いていた。
上着は白の少し萌え袖気味なニット。ファッションにはまるで疎い僕ですら、お洒落な秋コーデだと認識出来た。
赤く色付く紅葉が散り、弘美の艶やかさに華を添える。
僕は先程『今日の部活は?』と訊ねた。弘美の足元にはテニスラケットのケースとは別に、大きめのスポーツバックが置かれている。このサイズ、ただの練習にしちゃ大袈裟過ぎた。
憶測の域を出ないが、やはり今日の部活は自主休暇。それも家を出る際には部活に行く体だったと思う。
そのスポーツバックの中身、ジャージと入れ替わりで、今着ている私服をしまい込んでいたのではなかろうか?
───僕に会う為、態々着替えてくれた? こんなお洒落な姿に…………?
弘美から僕と直接話がしたいとNLENの通知。
しかもあろうことか颯希と自分の部屋で逢ってる時に被った連絡。
それに応えるべく必死だった朴念仁な僕は、オレンジ色のルージュにさえ気がついてあげられなかった。
「嗚呼……き、綺麗だ。僕と会う為に態々これを?」
「そだよーっ。お父さんに見られたくないから『明日、朝練あるからいつもより早いんだあ』って仕込みまで入れちゃった」
僕や颯希程ではないにせよ本当に早起きしたのだろう。如何にも眠そうな欠伸を1つ。NLENの通知も今日の第一報は6時台であったのを思い出す。
言うまでもなく颯希と共に都内をバイクで駆けてた時間と重なるのである。
「───だ、大丈夫なのかそれ?」
「だって休みに会うの久しぶりだったし。そ、それにさ……」
少し言い淀みながら固い地面を蹴る弘美。綺麗に磨かれた赤みの強いローファーが地面に積もった秋の終わりをふわりと浮かせた。
「ンッ───?」
「あ、あんな可愛い颯希ちゃんと張り合うには私だってこん位頑張らなきゃ───って昨夜から勝手に盛り上がってるとか無計画にも程があるよね」
自分の頭を軽く小突いて舌を出し、恥ずかしさを誤魔化そうとしているらしい。
そんな仕草がかえって可愛さを存分に増すスパイスとなる。
『私はあの可愛い颯希ちゃんに負けない位、頑張ってるよ』
字面通りに聴けばあざといと言えなくもない。だけどもその一途さが今はただ愛しくて仕方がない。
「───コレなぁんだ?」
不意に見せつけられたスマホ。
それは紛うことなき疾風@風の担い手のトップページだ。
「えっ? ちょ、おま、まさか……」
「だから言ったでしょ? 疾斗のやる事見ていたいってさ。此処で確かに疾斗は輝いてる───颯希ちゃんが貴方にハマったの良く判ったよ」
弘美が僕のWindGeisterを読んでてくれた。僕の存在意義を認めてくれた。もぅ、それだけで充分過ぎて目頭が熱くなるのを堪え切れない。
だけどそれを知らせて貰い、思い当たる節がある。僕も自分のスマホを取り出し、自分をフォローしてる人の一覧を手繰り寄せる。
「───こ、これ…………この『ラティソレ』って人、ひょっとして?」
興奮を抑えきれない僕。スマホの画面を指して弘美相手にあえてひけらかす。
「もぅ………気付くの遅い遅い。そうだよこの読み専はわ・た・し! 『向日葵みたいなティラソーレ』ってさ。これ絶対私でしょ? そのままじゃつまんないから、ちょい暗号化!」
親指と人差し指でちょいを作ってはにかむ弘美。僕は今、凄く感動して言葉にならない。颯希の家にお邪魔にした際、彼女はフィルニアを模した服装で出迎えてくれた。
あれも心から嬉しかった。でももう一人の風使いさえも、僕の気持ちに気付いてくれた。
「やっぱり私だった! 落着きのあるフィルニア姫も良いけど、私はやっぱティラソーレだなあ……他人の気がしないんだよねぇ………」
───そりゃあそうだ、逢沢弘美をモデルにしたんだ。
本音はこんな風に少々威張ってみたい。だけど、そんな事よりも………だ。僕の様に絵を描けないWeb小説家に取って、登場人物のイメージが読者相手に何割伝わるか?
僕の正直な想像、2割も伝われば充分だと思う。増してやティラソーレは、AI画イメージを公開出来ていない。
何せ先に弘美の姿が浮かぶのだ。どれだけAIに描かせても僕のイメージじゃないと半ば諦めていた。
それが現在進行形で当人から『これ私でしょ?』って仄めかされた。これは作家冥利に尽きるって奴だ。
「───と、処で弘美。は、話ってこれの事なのか?」
───多分違う。いや、これも混じりっけの数%ではあるかも知れない。
すると弘美───態々膝を折り、低姿勢で僕の胸元へ寄って来た。さっき僕がフェンスを使い拘束した時も同じ上目遣いだったが、あれは偶々此方の立ち位置が高かっただけ。
僕より背の高い弘美が上目遣いで魅了の魔法を掛けるべく、今度は自ら姿勢を落としたのだ。これは流石に少々あざとい。
「───そんなことより疾斗、颯希ちゃんと何処迄いったの?」
「───ッ!?」
握った右手をオレンジの唇にあて、ウシシッといった感じでぶっ飛んだ質問を浴びせて来た。
「まさか最後───って訳ないよねぇ?」
だいぶ赤らめた顔でニヤついている。一体何を何処迄妄想してる!? この恋のライバルなティラソーレ!?
───Oh! Jesus! これは何て応えるのが正解なのだ!? 顔が引き攣るの、抑えられる訳ないじゃァァないかッ!
これって『西東京まで行って来たが?』で誤魔化せる訳ないよなぁぁ??
「───ッ!?!?」
秋の紅葉の戯れが、僕のかさついた唇にフワリッと折り重なる。でも肩はガッシリ決められていた。
これでは驚きで目を閉じるなんて出来やしない。逢沢弘美は白昼堂々、僕の唇を強奪したのだ。
「───と、突然ゴメンね。で、でもこれで多分追いついたよね? 疾斗の初心な反応でまだKiss迄だなって判っちゃった」
惜しむ様、緩やかに紅葉な顔をずらしてゆく弘美。次は耳元で僕と颯希の進展ぶりを満足げな顔で囁かれた。
まるでテニスコートで無双している時の弘美だ。怒涛の速攻、やられっぱなしの僕である。
久しぶりの休日に僕と会うという浮かれっぷり? 違う、逢沢弘美は決して浮かれ気分なんかじゃない。
寧ろこの休日を最大限に活かし、僕と颯希が独走状態であった競技場で一挙に追従し、ハナ差まで持ってくつもり満々なのだと思い知った。
「───あんまり寝てないんでしょ? この後私と付き合う時間………………ある?」
次はちょっと艶めかしい声で誘う。これは質問でも選択肢を与えられた訳でもない。『───Yes』躊躇いすら許されないのだ。




