第45話 もう1人の風使い
僕、風祭疾斗は自分のバイクで逢沢弘美との待ち合わせ場所に向かって駆ける。
僕には勿体ない美少女、爵藍颯希からの告白を胸底に一旦後生大事にしまい込んだ。彼女との別れ際、僕は正直に告げた。『弘美が僕に逢いたがっている』と。
颯希は『───行ってらっしゃい』と笑顔で送り出してくれた。
もう語るのもねちっこいが幼馴染という繋がりがあるとはいえ、逢沢弘美もこんな僕に取っては余りに眩し過ぎる存在である。
そんな彼女から『逢って話がしたい』と連絡を受けたのだから応じない訳にはゆかない。例え未だ見えない答えを胸に抱えていようとも。
とある小さな神社の前に無造作に愛機を駐車。此処から先は見ているだけウンザリする程、急勾配の階段を自分の脚で踏みしめることを強いられる。
頂上にある境内の前で独り弘美が風にポニテを靡かせていた。───全く涼しい顔しやがって。僕に取っちゃ過酷な道程なんだぞこれは。
「───ハァハァ………」
「───ご、ゴメンね。こんな場所に呼びつけて。で、でも駆け上がることないじゃない?」
弘美が両手を合わせて一応謝る。僕は膝がガクガク、息も絶え絶え。これでは文句の1つも言えやしない。
「は、ハァ、あぁ………。そ、それじゃ、格好…つか……ないだろうが」
此奴は子供の頃からずっとそうだ。9月の県予選の時だって広い運動公園を走り回された。確かに走ったのは僕の身勝手。だけどこんな僕にも一応男子としての見栄が在る。
この場所、幼少期に弘美が高い木の枝に昇り、花火を悠々と堪能した場所である。普段は人の訪れない場所。此処なら僕の事を嫌っている弘美の父親と鉢合せすることもない。
「きょ、今日はぶ、部活………やぁ、休みなのか?」
「バイク買ったんだね…………おめでとう───かな?」
弘美が僕の質問の回答にならない台詞を返す。ただでさえ小さなバイクが此処から見ると豆粒と化していた。
どうにか落ち着かせようとする自分の胸をえぐるその言葉。肉体的疲労が徐々に回復する最中、精神状態を言い表す胸を大きく揺さぶられた。
「───す、済まん。免許取ったことすら伝えてなかった」
「え、何も謝る事なんてないよ。疾斗がバイクに乗ろうが誰と付き合おうが、貴方の自由………じゃない」
僕は項垂れ、言う必要のない謝罪を思わず述べる。弘美はブリーチした髪を掻き上げサラリと応じた。
確かに間違っちゃいない、だけど少し寂し気な顔。それは少々冬を帯びた11月の風の所為だけじゃないだろう。
僕は改めて原付2種の免許を取得した事や、今日の深夜に颯希と共にバイクを受け取りに出向いた一部始終を聴かせた。弘美は逐一笑顔で頷いてくれた。
「私さ、ずっとずーーっと。疾斗の優しさに甘えてばかりだよね?」
「そ、それは違うっ! お前は何時だって僕だけには本音で接してくれたっ! とても気持ちの良いものだったっ!」
───そうなのだ。この場所の樹々を騒がす風の様に、逢沢弘美は僕に淀みのない気持ち良さを絶え間なく届けてくれた。
爵藍颯希がバイクという新たな風を僕に届けてくれたのと同じだ。
弘美は僕みたいな陰キャ相手に小さな頃から本気の風を贈ってくれた。だから僕にしてみれば逢沢弘美も憧れの風使いなのだ。
ガシャンッ!
「弘美ぃ! 僕はこんな人間だから上手く想いを伝えられなかったけど、お前の上げたい大きな花火ぃ! これからも見届けたいって思っているんだぁっ!」
落下防止用のフェンスに寄り添う弘美に溜らずこの身を寄せてしまう僕。大してメンテしてないであろう錆だらけのフェンスが押さえつけられ悲鳴を上げた。
それは弘美の身体をフェンスに押し付けたと同義である。男勝りな運動神経を持ち合わせた弘美の顔が少々引き攣り、赤らめた顔を俯かせ視線を逸らした。
「───え、えっと………そ、それって好きって意味の告白……じゃないよ……ね?」
───ハッ!?
僕は自分の告げた言葉を頭の中で幾度も反芻する。今の発言に偽りはないと断言出来る。
でも良く考え直してみれば、これではまるで好きって言うより添い遂げたいとすら受け取れるかも知れない飛び抜けた言葉だ。
「ご、ゴメンッ! つい気持ちが昂ったんだ」
「う、うんっ…わ、判った。な、何となくだけど………」
上擦った返事をする弘美。
そうだ───これは愛してるとかそういう意味じゃ決してない。けれども僕の行動は裏腹。フェンスの間に拘束した弘美を解く気がどうにも起きない。
「しょ、正直に言うっ! 開き直ったと思ってくれて構いやしないっ!」
「うっ? う、うんっ!」
やっぱり駄目だ。この純な顔の前で隠し事なんて出来やしない。───ゴメンな颯希。
「い、颯希に大好きって告白されたっ! 僕も正直応じようとしたっ!」
「───ッ!」
弘美の肩がピクリッとしたのがハッキリ判る。凄く申し訳ないという自覚に潰されそうだ。
「でも颯希にはこうも言われた───『貴方には応えなきゃいけない人、もう一人いるでしょ?』ってさ!」
───言った、聞かせてしまった。僕には恋の駆け引きなんて出来やしない。でもだからと言って、これをもう1つの三角の一点に伝えるのは卑怯だ。
弘美の肩………いや全身が震え始め、目尻を揺らして大粒の涙を流し出す。
「ず、狡いよ疾斗ぉ………。そんな開き直り、私何て返せば良いのよッ! 私の気持ち知ってるよねぇッ!」
「…………ッ!」
返す言葉が見つからないのは僕とて同じだ。ただただ暫くの間、涙枯れるまでその肩を抱き寄せていようと思った。一見世渡り上手な男のやり口に映るかも知れない。
でも実際は真逆。他の術を知らない惰弱な男子に過ぎないのだ。
「───は、疾斗ぅ」
「ンッ?」
未だに嗚咽しながら僕の胸の家で何かを伝えようとしているらしい。
「い、颯希ちゃんは『あくまで疾斗の意志を尊重する』───そ、そういうことで合ってるのかな?」
「た、多分としか言えない。とても身勝手な解釈だと………思う」
颯希はそこまでハッキリ言った訳ではない。しかもその受け答えを僕が伝えているから、余計に言葉が足りない筈だ。だけど弘美は、恐らく的確な結論に辿り着いたのだと思えた。
「な、なら………私も一緒だよ疾斗。疾斗のやりたいことをずっと見ていたい。───それが例え貴方の隣でなくてもだよ………」
窮屈な僕の胸の中、上目遣いで言った言葉。その視線、自分を可愛いと想って欲しいなどというあざとさではなく、本気の決意に満ちた目に思えた。




