第44話 一方的な告白と見なきゃいけない舞台袖
───ふぅ…………。
時刻は午前11時。自部屋で思わず溜息を一つ。僕こと風祭疾斗、無事に西東京から自分の原付バイクを連れて帰るミッションに成功した。
爵藍颯希の駆る125DU◇Eの後ろに2人乗りするのとは大違いの感覚だった。例えば信号待ちで擦れ違う大型トレーラー。
車と異なり全く鎧の無いひ弱な此方側。まるで生きた心地がしなかった。ほんの数m違っていればバイク毎宙を舞い、そのまま天国へご案内だったに違いない。逆に後ろから煽られた際も同様だった。
───けど…………何だろう。在り得ない経験値を稼ぎ、伸びた試しがない能力値が跳ね上がった気がする。
それは恐らくこれまで自転車視線で感じたものを、僕の想像の及ばない速さで駆け抜けたからだろう。凄く新鮮な刺激を貰えたと確信している。
どんな創作物を読もうが観ようとも書けなかったであろう想い。これからの僕なら引き出しから綴れる気がする。
───それはそれとして…………だ。
僕の部屋に在り得ない者が落ち着かない様子でキョロキョロしながら座っている。
その挙動不審ぶり、僕の前をバイクで走りながら、不意にステップの上で腰を浮かしてほぐしていた感じに似ている。何て器用に目に余ることをするんだと思ったものだ。
インカムで『帰ったらこってる肩、揉んであげるね』と、とんでもないメッセージを伝えて来たあの颯希である。これは律儀にも程がある。本当に家までついて来たのだ。
家に上げる時、舞桜に凄い顔をされてしまった。当然であろう。今頃、僕の部屋の扉に耳を密着させているかも知れない。
『───も、もぅ颯希の家にはお邪魔したんだ』
誰に何を言われた訳でもないのに、僕の口からそんな言葉が勝手に零れた。
───もう一つ在り得ない問題を僕のスマホが抱えている。
逢沢弘美からのNLEN通知が溜まっているのだ。余りに怖い選択肢、未だその通知を開けずにいた。
───何で? 何でこのタイミングなのだろう? 要らぬ罪悪感の皮算用が積み重なっていくのを感じる。
「───ご、ゴメンね。な、何か勢い余ってそのまま来ちゃった」
「───い、いや、此方こそ不味い珈琲位しか出せるものがなくて済まない」
飾りっけのない僕の部屋。それだけに一輪の可憐な花が余計に目立ってしまうのだ。例えそれがバイクジャケットにパンツという厳つい格好であろうともだ。
「そ、そんなことないよ。少し体が冷えていたから寧ろ有難い………くらい」
「そ、そっか…………なら、良かった」
僕の部屋には自分の机と安っぽいパイプベッドしかない。自然、座って貰う場所がベッドの上になるのだ。しかも颯希…………『体が冷えて………』と呟きながら僕の隣に寄せて来たのだ。
此処はあくまで部屋の中だ。しかも陽当りの良い2階、寒いと言うにはだいぶ無理がある。ついこの間、颯希の部屋でもっと距離を詰めたというのに鼓動が高鳴るを抑えきれない。
加えて首を横に傾げて僕の肩に乗せて来た。数時間もバイクのヘルメットに蒸されたとは思えぬ程、とてもかぐわしき香りに惑わされる。
逆に自分の体臭がどう思われてるのか心配になるというものだ。こっちは体が冷える処か、汗すら掻いてる気がしてきた。
「疾風先生はその机で執筆しているんだね。そのノートPCを使っているのかな?」
───可愛い…………可愛いが過ぎるよ颯希。
君はやっぱりフィルニアの代わりなんかじゃない。現実にいつでも触れられる場所に居る。もう僕の妄想が描いた姫と比較何て出来る訳がない。
「あ、嗚呼、そうだよ颯希。疾風@風の担い手は普段そこにいるんだ」
初めは無理矢理言わされていた颯希呼びも、気がつきゃ随分馴染んだ気がする。だけどこんなドキドキの最中、ポケットの奥底にしまい込んだスマホがブルッと震えるのを感じた。
───な、何だろ? この雰囲気、僕は君に何かを伝えなきゃいけない気がする。スマホの通知へ応じる前に。
「───い、颯希」
「さ、お約束の時間だよっ。ねっ」
まるで僕の行動を先読みしたかの如く、ベッドに上がって膝立ちになり、確かにこってる両肩を後ろから掴まれてしまった。
「や、やっぱり固いね。少しはストレッチとかしなきゃ駄目だよ? こんなの高校生の肩じゃないよ」
「そ、そんな事判らんぞ。今どき皆スマホとか覗いてるじゃないか。───そ、それにだ。他の男子高校生の肩の凝り具合なんて知ってるのか?」
颯希の細い指。直に触れてる訳でもないのに意識せずにはいられない。バイク乗りの握力だろうか? 思わぬ食い込み具合に正直面食らった。
心が震度7強な僕。思わず意地の悪い質問を漏らした。他の男の凝り具合、仮に知っていたとしても、例の侯爵位に決まっているのに。
「ンッもぅ……い、意地悪だなあ……。もし知ってたら、一体何て言うつもりなの?」
「か、可愛い颯希のことだ。転校前の学校でも放って置かれなかっただろ?」
売り言葉に買い言葉。
しかも余計な事を言い出したのは僕の方だと言うのに、さらに追い打ちを掛けてしまった。まるで好きな女子を敢えて虐める小学生みたいじゃないか。
「───い、颯希ぃ!?」
「もぅ───今のは酷いぞ疾斗君。他の男の子の肩なんて触ったことすらないのよ。───そ、そんな事より判るでしょ? このドキドキ」
突然颯希は肩揉みを止め、そのままの体制で僕の頭を胸に抱いた。確かに聴こえる心臓の音。激しいビートを刻んでいる。
「もう今日一日…………ううん、違うな。昨日寝る時からずっとなんだよ。お陰で全然眠れなかった。今朝エナドリ2本も決めちゃったんだから」
「い、颯希ぃ………。ご、ゴメン。未だに信じられないんだ。君みたいに綺麗な女子が、ぼ、僕なんかを………す、好きになるだなんて」
───嘘だ。爵藍颯希は、風祭疾斗のことが好きだ。鈍感過ぎる僕でさえ流石に理解している。だけど……いやだからこそ、もっと確認したくなる。
幾度でも、何度もでも『───貴方が好き』って言わせたいのだ。この幸福をじっくりと味わいたいのだ。颯希の愛車DU◇Eの様に、この果実を贅沢に堪能したい。
「───疾斗、大好きだよ貴方のことが。この背中も匂いも可愛い頭も全部が好き」
「い、颯希………お、俺」
身に余る光栄と感じる颯希の告白。俺も男らしくそれに応じようと口を開こうとした処を人差し指で颯希が制した。
「颯希?」
「疾斗、こういうのは勢いでやったら駄目だよ。貴方にはもう一人、応えなきゃいけない女子…………居るでしょ?」
少し俯き加減で俺の告白を敢えて遮る颯希。恐らく判っているのだろう。ポケットの奥底にしまい込んだもう一人の想いに。




