第40話 原付1種の壁を超える
「───お待たせ」
爵藍颯希がコンビニの御手洗から帰って来た。「何か少し位、お腹に入れた方が良いよ」と言いつつ渡してくれた鮭握り。
「あ、ありがとう…………そ、そっか。そう、だよな。これからまだまだ道中長いし………」
普段、昼夜逆転で執筆をしている僕は、丁度今頃寝る時間だ。近頃、颯希や弘美との友達付き合いが増えたので、少しは人間らしい体内時計も養いつつはある。
だけど朝御飯を食べる習慣が未だ身についていなかった。改めて人の常識に僅かだが心揺さぶられた気分……というのは少しばかし大袈裟か。
店内に食べる場所は存在無く、外の駐車場の車輪止めにしゃがみ込んだ。朝5時過ぎなので、そもそも車が殆ど停まっていない。
「こうやってDU◇Eを眺めながら食べる御飯って結構好きなんだよね」
所詮、車輪止めの高さなのでほぼ椅子として役割を果たしていない。地べたに等しき場所で、このお姫様がコンビニ飯を頬張っている。
これも颯希に取っては平常運転。さっきの発言からしてそういう事だろう。
「───かなり意外そうな顔してるね」
「えっ……そ、そんなことは……」
ニコニコしながら心を読まれた。その緩んだ顔で覗き込まれた僕は酷く動揺する。颯希はお姫様なんかじゃない。
とても可愛らしいだけの女子高生である。コンビニの駐輪場で美味しく御飯を食べる青春なんて当たり前であるに違いない。
「判るよぉ。私だってバイク乗りになるまで、こんなのしなかったもの。あっ……飲み物買ってなかったね」
「あ……さ、サンキュ」
───何だ、DU◇E乗る迄なかったのか。やっぱり少しはお嬢様だったじゃないか。
何気なく渡された麦茶のペットボトルを受け取り、何の迷いもなく口へ運んだ。
───ってアレ? 今シレッて渡されたけど…………。
暗がりの最中、既に終わったらしい淡いピンクの唇を思わず意識する。いや、アレはカウントして良いのだろうか………。
「───う、うーんっ。5時過ぎかあ……。ちょっと頑張らないと面倒なことになりそう」
立ち上がった勢いと『うーんっ』という声に合わせて颯希が背伸びした。そのまま肩回しや肘伸ばしなどの柔軟を始めた。
僕も真似してやってみる。実はただの照れ隠し。
颯希の言う『面倒なこと』とは間違いなく23区内での渋滞を指している。確かに少々急がないと、行く時、気持ち良く抜けられた辺りで、都会の喧騒って奴にハマるのだろう。
「此処から30km縛りを止めます」
「お、おぅ…」
颯希が柔軟体操の続けざまにこれからのプランを話し始めた。こうなると間接キスが思い起させたこの間の不意打ちAは、僕とて頭の端に追いやる。
「5分位40km縛りで走ったら合図するよ。それから先は道路の制限速度に合わせてゆく。この先ちょっとコーナーが増え始めるから、怖いと感じた時はアクセルを緩めること」
「こ、了解」
インカム越しでなく、素で厨二じみた返事をした僕が余程可笑しかったのか。颯希が少し吹いて笑顔になった。
但し僕、風祭疾斗は至極真面目なのだ。
遂に遊びは終わりの時間。これからは颯希と同じ舞台で走ると思うと、緊張感が増してゆくのを止められない。思わず肩が力んでしまう。
そのまま肩をポンッと叩かれ、それで終わりかと油断してたら、続けてをギュッと鷲掴みされた。
「大丈夫、スグに慣れるって。───じゃあ行こう!」
僕はまるで颯希の影写しの様に同じタイミングでメットを被り、バイクに跨る。
たまに走り去る大型トラックが創り出した光の帯が緊張を増大させた。今からそこへ僕等は飛び出す。
車が来ないのを見計らい2台揃って道路へ飛び出し、緊張のランデブーが幕を開けた。
ブルンッ!
───クッ! やっぱ速いなっ!
時速30kmも40kmですらも、到達するまでの感覚は、それ程変わった気はしない。恐らく颯希が言う通り、直に慣れてしまうのだろう。
だけど初の公道40kmが斬り裂く風は、意外な程に牙を剝いて襲って来た。こうなるとワークショップで購入した安物は隙間風を通してゆく。
『あ、言い忘れてたけど…………』
『何だぁ?」
『制限速度に達したらもう後ろに遠慮は要らないよ!』
時速30km制限の時より弾んでいると感じた颯希の声。そうか、当然だよな。余程の馬鹿に煽られない限り、道を譲ってやる義理は不要だ。
僕達だって同じ速度で走れるのだ。それは恐怖もあるが少し楽しみでもある。直ぐにその時間はやってきた。インカムから『GO!』の声が聞こえて来た。
この道路の制限速度は50km。それは即ち原付2種の制限速度だ。早速遠慮無用の刻が訪れた。アクセルを回す手につい力が入る。
エンジンが唸りを上げる。路面とタイヤの摩擦音が一挙に増えて僅かな段差での跳ねが大きくなった。
前を行く軽トラックを容赦なく追い越す颯希のDU◇E。殆どハンドルを切らず、身体の捻りだけで滑らかに抜けていった。
───怖いか疾斗? ───いや違うね!
『これは間違いなく気持ち良いッ!』
フィルニア姫の様に風を切って走る颯希の後ろを行き先を辿ってゆく。この僕が操るST△EETMAGIC 110がそれを成し得て往くのだ。
インカムを通じて漏れた僕の心の声は、颯希へ届いているだろう。だけども最早それすら心地良いのだ。
ロードノイズにバンピーな路面。本来なら不快に感じるそれら全てが、僕の冒険心を大いに搔き立てるのだ。
───楽しいッ! なんてなんて楽しいんだろうッ!
きっと僕の脳内ではアドレナリンが量産されているに違いない。でもこの瞬間だけはその危ない麻薬にさえ浸っていたい。
『あ、何度もゴメンッ………』
『ンッ? どうした?』
颯希からの通信をキャッチ。何やら少し声色がおかしい気がする。
『───肩、随分こっているね。や、やっぱりWeb小説の書き過ぎかな…………。帰ったらしっかり揉んであげる……ね』
───ッ!?
本当に颯希姫は悪戯が過ぎる。何もこのタイミングで、しかも少し言い淀んだ声を出す事ないんじゃァァないかッ!?
この情景に浸っていた僕を自分に注目するよう引っ張り出した。DU◇Eを駆る颯希のお尻を追い掛ける僕という演出を、半ば無理矢理意識させられた。




