第38話 くれぐれも欲張るなよ
11月3日文化の日。時計の針は、午前4時を指している。
この時刻なら夏至ですら朝日を拝めないだろう。11月初旬なら猶更だ。
こんな超が付く程の早朝に何をやっているかと言うと、爵藍颯希の駆るDU◇E125の後ろに僕、風祭疾斗は乗車していた。
そして朝日が昇る側とは逆の西側に向け国道20号線をひたすらに走っていた。もう語るまでもあるまいが、SUZUKI・ST△EETMAGIC110、通称ストマジを受け取るべく移動している。
───す、凄い。周囲を超高層ビル群が取り囲んでいる。こんな時間の増してや祝日だというのに灯りの消え失せている建物が存在しない。
自分の住んでる表だけ都会面した街とはまるで別物だと感じる。何しろ日本で圧倒的1位の大都会を僕等二人は走っているのだ。此処が都会でなければ、日本に都会と呼べる場所がなくなる。
「───えっと颯希、今東京のどの辺り………いや待て、流石に判ったわ」
「ハハッ………。だよねぇ………だって新宿のど真ん中だもの。私だって電車以外で来るのは初めてよ」
僕は持参のフルフェイスヘルメット、颯希も当然だが同じくだ。だけども無理なく二人の会話が成立している。
何故ならスマホを介したインカムマイクを互いに使っているからだ。まるでロボットアニメのパイロットが無線で会話している気分である。
僕の厨二心は大いにそそられている。美人のオペレーターと会話しならがら愛機を操るのは、こんな気分なのかも知れない。
一方、颯希の声は流石に上擦っていた。それは当然のことだ。何しろ彼女自身、都内を自分のDU◇Eで走るのは初めての行為なのだ。
ただこの時間帯故、流石に交通量は極めて少ない。僕達は地元の街を午前3時に出発した。要は超早朝に例の伯父宅を訪問し、そのまま朝の渋滞すら避けるべくこの時間とした。
実に理に適ったやり方であると言えよう。
処で今日の颯希は流石にいつもの制服姿ではない。当人曰く『───安物』と憚かる無名メーカーモノらしい。
肩、肘、膝、そして背中の盛り上がったプロテクター入りの、如何にもバイク乗りといった雰囲気の格好良い姿である。
因みに僕は流石にそこまでの準備が出来なかった。ワークショップで購入した一応それっぽいものを羽織っているだけに過ぎない。一応グローブだけ、手の甲は守れそうなものを用意出来た。
それにしても11月初旬の早朝は流石に少々肌寒いものを感じる。季節はもう晩秋、海抜0m~10mなんて、最早標高とは言い難いこの辺りですら、銀杏並木が黄色づいている。
それでも颯希の背中に自分を預けている分、僕はまだ居心地が良い。真っ先に風を浴びている颯希は流石に幾分身体を小さくしていた。
「───あと、どれ位で着きそう?」
「流れも悪くなさそうだし、5時迄にはどうにかなりそうだよ」
「COPY」
「え、え、何?」
「な、何でもないさ………気にしないで下さい」
ついミリタリー系アニメの観過ぎの返事を露呈させた。颯希には意味が通じなかったらしい。今度小説の中、ルビ振る悪戯でもしてやろうか。
そんな頭の悪いをことをふと思った。
やがて東京23区を離れると、まるで自分達の街に戻って来た様な錯覚を感じさせる光景が道路脇に広がり始める。
「もう後、10分もあれば着くみたいよ」
ようやく緊張の解れた溌溂とした声が聞こえてきた。───え、思ったより早くね? 僕はそう感じた。
実は颯希さん、交通量と白黒の車やバイクが減ったのを良い事に、少々やんちゃしていたらしい。
国道や県道といった大きな道路とお別れして、住宅街の細い路地へと入って往く。此処まで来れば一度しか来たことのない僕ですら、どの辺りに居るか把握出来た。
10月の誕生日に訪れた大きな倉庫が真横に並んだ家が遂に姿を露わにした。そこにはあの恰幅の良い伯父さんと、白い小振りなバイクが表で早速出迎えてくれた。
キィッ!
「───よぅ、爵藍ちゃん。良く来られたねえ、後ろの彼氏君もお久しぶりぃ!」
少し寒そうに大きな身体を震わせつつも、破顔で僕等二人を迎えてくれた。
「おっはよう伯父様。今日は無理言って、こんな早朝で本当にごめんなさい」
ヘルメットを脱ぎ、長い黒髪を振り解いた颯希が深々と頭を下げる。
「お、おはようございます。こ、この度は色々と準備して頂いてありがとうございます」
僕も当然、鄭重なる挨拶をすべき場面だと心得ている。颯希の左隣で同じ角度で御辞儀した。この絵面、いよいよカレカノに見えるだろう。
「いやいや大丈夫さ。年取ると朝早いから寧ろ有難い。しかも疾斗君からしっかりした話を貰ったから、此方もそれ相応の対応をさせて貰ったよ」
───そうなのだ。一応出来得る限りの支払をさせて頂くと約束した。頭金3万払った上で、総額15万払う事を確約したのである。あちらが当初出してた10万に上乗せさせて頂いた。
これには伯父さんも大変喜んでくれた。何しろ個人所有の中古バイクだ。当初10万と颯希に告げたのは、最低限の整備をしただけの言わば現状販売という意味だ。
ただこれではタイヤやブレーキ、ワイヤーといった消耗品の類をロクに交換出来ず、相手へ渡すことになる。
僕は勿論、現ライダーの颯希ですらも未だメカという意味ではド素人だ。なのでお金を払うからにはキチンと互いが安心出来る金額を用意をしようと決めたのだ。
なので10月には埃を被っていたストマジだが、それら消耗品の内、部品が揃うものだけではあるが、しっかりと交換して頂けた。
未だ陽こそ昇っていないが、防犯灯に照らされた白い車体がやけに綺麗だ。整備処か洗車迄、キッチリやってくれたに違いあるまい。
「オイル管理さえちゃんとしてくれれば向こう3年、此奴は戦えると確約するよ」
───いや、本当に戦闘メカのパイロットになるつもりはない。『戦える』とは一体なんぞや?
「いえ、本当に助かります。何せバイク屋の知り合いなんて、いやしませんから………」
これは心からの本音である。もし故障したら例の喫茶店にでも頭を下げて、何処か紹介してもらうしかない。
「こっちも気持ちの良い取引が出来て嬉しいよ。あっ………くれぐれも此奴で欲張らん様にな」
「えっ?」
これから譲渡されるというのに、まさかの良く判らぬ忠告を告げられた。欲張るとは一体どういう意味だろう。
颯希と顔を見合わせて思わず一緒に首を傾げた。
「やがて君も此奴に慣れたら、もっと速く、もっと遠くへ………必ずそう思いたくなる。何せ原付2種じゃなくて、ちゃんと400の免許、取ったんだからね」
「は、はぁ………」
これでも僕の方はまるで要領を得なかった。一方、颯希の方は解釈したらしく、通訳者の様に会話を交わす。
「大丈夫よ伯父さん。まさか疾斗が排気量UPとか、ウエイトローラー変えるとか、そんなこと考える訳ないからフフフッ………」
───ボアアップ!? ウエイトローラー!? ミニ四駆かな?
代わりに応えてくれたのは良いが、単語の意味がまるで判らない。詰まる所『改造をするなよ』恐らくそう伝えたいのだろう。
「まあ良いまあ良い。もしそういう欲が出てきたら、また俺に相談しなさい。もっとデカくて良いの紹介してやっから」
伯父さんが笑いながら僕の背中を幾度も叩く。颯希の言う通り、バイク初心者の僕には訳が判らない。
「───伯父さん、勝手で申し訳ないけど私達、混まない内にせめて都内を抜けたいの」
颯希が真面目な決め顔でそう告げた。言われた伯父さんが『スマンスマン………』と返してきた。
さあいよいよ風祭疾斗のバイク公道デビュー&颯希とのランデブー走行の幕開けである。




