第30話 やはり血は受け継がれていた
僕こと風祭疾斗……彼女いない歴17年。ただ今クラスで話題の超が付く美少女である爵藍颯希を、この情けない胸板に抱いている。
しかも颯希当人の部屋のベッド上という、まるでこれ以上前へ進む事を承認されたかの様な状態である。
いや……正確に言えば抱けていない。胸元で身震いしながら泣いている彼女を俎板の如く受け止めているに過ぎない。
彼女が自分に対し、その蒼き瞳と同じ色をした海の様に、深い愛情を向けているのは良く理解した。
しかしだからと言って、この状態を僕が都合良く解釈し、利用するのは如何なものか?
───そもそもである。
つい数時間前、幼馴染の逢沢弘美を励ますという大義名分があったにせよ、次に颯希まで抱くというのは、最底辺の行動ではあるまいか?
それはもう完全に、相手の弱みに漬け込んだやり口だと思う。
───判っている……判っているのだ。
だがしかァァァしィィィィッ!!
この状況をただ放っておくのも違う意味で、健全たる男子として如何なものか!?
ゴクリッ……。
果たして今日何回目の息を飲むってヤツだろう。今飲み込んだのは、息ではなく涎……でないと僕は言い切れるのか?
「──い、颯……希」
理性と欲情のせめぎ合い、もぅ……流石に限界値を超えてしまった。まともな思考? 最早そんなもの、何処へ吹き飛んだ。
僕に擦り寄る颯希の両肩を、ガシリと掴むと僅かばかりの距離を置く。
「疾……斗?」
涙で赤ら顔な颯希の視線を、僕の視線と重なる位置まで身勝手にも移動させた。
普段割と強気な颯希姫だが、こうして男の手で握ってみると、その丸みを帯びた柔らかみに性別が異なるのだと再認識させられる。
欲情に狩られた側の風祭疾斗、何故だろう……男として以外な程、冷静でいられた。
自分の顔をゆっくりとゆっくりと、颯希の顔へ近付けてゆく。此処で何と颯希は、察してくれた様だ。
その蒼き瞳を静かに閉じる。ルージュでなく恐らく血流で、自然に染まった唇。僕の視界に映るもの、完全にそれだけと化した。
互いの吐く息がダイレクトで交換される位置まで近づく。僕は息を止める、颯希も……かも知れない。後は互いを重ねゆくだけであった。
コンコンッ!!
「──ッ!?」
「ハッ!?」
慌ててベッドから飛び起きる颯希。僕も同様に跳ね起きると、わざとらしくスマホへ視線を落とした。
「大丈夫? 入るわよ?」
「あ、あ……は、はいっ!」
ガチャと部屋の扉が開く。白い花柄のトレイに茶菓子を盛った爵藍家の御母様が颯爽と現れた。
「──ごめんなさい、ひょっとして私、お邪魔だったかしら?」
「ま、ママ? な、な、何のこと? そ、そんな訳ない…じゃない……」
真っ赤な顔を出来得る限り合わせない様にして応える颯希。普段ハキハキ喋る彼女からは想像出来ぬ片言の日本語。
───お、御母様。何てバッド……じゃねぇッ! 日本代表すらびっくりのナイスセービングだよッ! ──うぅっ(?)
「風祭君のお土産がちょっと多過ぎて……戴き物で饗すとか……本当にごめんなさいね」
「と、と、と、とんでもございませーーんっ!」
後退りしつつ深々と頭を下げる僕。
───寧ろこっちがダイビング土下座したい気分ですよッ!!
お陰様で大切な娘様の操は守られましたァァァッ!
殆ど音らしい音を立てず、颯希の机の上に食器類を並べてゆく。侯爵夫人の作法が余りにも板に付いている。
「そうだ風祭君、貴方こんな時間に来ちゃったから、ひょっとして御夕飯はまだかしら?」
「え……ええっ! いえ、そんなお構いなくっ!」
懐中時計をチラリと見ながらさらなる気を遣おうとする颯希の御母様。僕は全力で手と首を大いに振った。
「うふふ……良いの良いの。肉じゃが作り過ぎちゃって。良かったら食べてくれると大助かりなのよ」
「は、はぁ……じゃあ、お言葉に甘えて」
颯希の『お弁当作り過ぎちゃった』は御母様譲りなのだろうか? 最早恋人どころか婚約者として嫁の実家へ上がりこんだかの様な歓待ぶりだ。
「あ、でもでもそしたら帰りが随分遅くなっちゃうわね──もぅいっそ泊まって下さいな。御部屋もお布団も余ってるしぃ……」
───はっ、はぁぁッ!?
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!
さっきナイスセービングしたかと思えば、舌の根も乾かぬ内に、次はアシストするのこの人!?
恐るべし爵藍家。やはり猪突猛進は血の為せる業やも知れぬ。
善は急げとばかりに慌ただしく動く御母様。取り合えず夕飯を取りにゆくため、颯希の部屋を後にした。
「──ご、ごめんなさい。ママ言い出したら聴かないから」
───いやそれ壮大なるブーメランッ!!
心の中で盛大なる突っ込みを入れる僕である。先程迄の胸が張り裂けんばかりのやり取りは取り合えず過ぎ去った。
「はい、どうぞどうぞ召し上がれぇ~」
「お、おおぅ……で、では頂きます」
やはり肉じゃがだけではなかった。旬の秋刀魚の塩焼きや、きんぴらごぼうに如何にも上品なお吸い物。The 日本の食卓が目の前に広げられた。
颯希の机じゃ足りないだろうと態々ちゃぶ台と、実に分厚い座布団まで……至れり尽くせり達が整列する。
風のお姫様の部屋だった場所が、瞬時に豪勢な旅館と化した。
───んっ? 旅館? そういや僕、今夜此処にお泊りするんだっけ? 何か途轍もなく居心地の良い温泉に片足を突っ込んだ気がするんだが……。
「疾斗君……箸はそのままで構わないから聞いて欲しい事があるの」
「え……あ、は、はい」
え、え? 今この御母様、僕の事を疾斗君って下の名前で呼んだりした? 爵藍家のゾーンプレスが尋常じゃない。
そして娘の次は御母様から大切な話があるというのか? まるで芸妓さんが酒をお酌する艶めかしい手つきでグラスに冷えた緑茶を注いでくれた。
───いや……無論芸妓もお酒も知らないタダのガキである。
しかし改まった態度で娘の颯希すら超える重い話をこれからするのだ。




