第29話 決して逃げられない恋
初めて颯希の125DU◇Eへ相乗りした時の事をふと思い出す。
ヘルメットからはみ出た黒髪を風に流しながら、清らかな笑顔で走る彼女。その姿に自分のWeb小説のヒロイン『フィルニア・ウィニゲスタ』の影を重ねたものだ。
たった今、その颯希からフィルニア愛をまざまざと見せつけられ、僕のあの感じ方は間違いじゃなかった感じた。
───だって颯希自身が風の担い手になることを強く望んでいるのだから………。
「ご、ごめん………なさい。私がこの事実を伝えれば、逢沢さんの前に恐らく立てる。………で、でも、それは余りにも酷く汚いやり方だと思い、黙っていたの」
此処でようやく僕に対する敬語が終わる。そして僕自身、少し落ち着き始めてきた。
何しろ爵藍邸に来てから今まで、滝の様にありとあらゆる形で驚きが流れ込んだ。
だから部屋着とは到底思えない颯希の御洒落へ気を配れずにいた。
爵藍颯希は長く美しい天使の輪が光る黒髪の美少女だ。
一方………僕の心に潜むフィルニア姫。颯希と同じ碧眼だが、髪は短くその色合いも赤茶けている。
もっと言うなら怒りに満ちた時にだけ、あの蒼き瞳が紅へ転じる。………何が言いたい? 純粋な見た目だけなら実の処この両者。それ程似てる訳ではないのだ。
あくまで風を運ぶ者としての僕のイメージに過ぎない。
だけども今夜の颯希。いつもの学生服でなく、白のブレザーに風を彷彿させる蒼いスカーフ。
加えてフィルニアを思わせる水色のルージュを引いていた。
その姿………コスプレというには大袈裟が過ぎるのだが、フィルニア姫が精霊王に拝謁した話を意識してると思わせるのに充分であった。
彼女はこれまでの間、『自分があの@ADV1290Rです』という告白をこれまでグッと堪えてきたのだろう。
『弘美さんじゃなくて、もっと貴方を大好きな私を見て!』
本来なら、そんな図々しくなれる子では無い筈だ。だからこれまでずっと、その想いをひた隠しにしていたのであろう。
だがストマジという形の好意をどうにか僕に受け取って欲しい。だったら正直にさらけ出そうと思い至ったのが今の彼女という訳だ。
此処まで開き直ったのだ。後は自分の差を大いにお披露目しよう。そんな風に僕の目には映った。
「………こ、此処……座って」
そんなコスプレの上着を不意に脱いでしまう颯希。如何にも下ろし立てな真っ白いワイシャツ姿へ変化した。
加えて自分のベッドへ座って見せる。左隣を空け僕を誘う。だいぶ顔が赤みを帯びているのが判る。
そして僕自身、鏡なぞ見なくても同じ顔色をしていること位、火照っているから把握している。
───何故だ? その誘いに逆らう気がまるで起きない………。
ゆっくりと慎重に………。言われるがまま左隣へ座ってしまった。すると颯希が甘えた感じで首を此方へ傾げてきた。薄い頼りのないシャツが体温を感じさせる。
そのシャツですら、首元から3つのボタンが外れており、あられもないその姿を存分に晒しているのだ。
今日は本当にとんでもない日だ。夕方頃、学校のアイドルをこの僕が抱き締めたのだ。
同じ日の夜………。次は転入時に美少女だと話題をさらった爵藍颯希の身体を預かる。もぅ一生分のモテ期を使い果たすのではあるまいかと心配になってきた。
「ね、ねぇ………。こ、これから私……。も、もっと狡い事をするの。軽蔑されても仕方がないかも………」
───ま、待ってくれ!
近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い!
───近過ぎんだよッ!! 囁く程の颯希の声が、僕の耳に直接攻撃!! も、もぅ止めてくれ………。疾斗のHPはゼロ寸前だ。
勿論、墓地に伏せてるトラップカードみたく、逆転の目などあろう筈がない。
「あ、あのね………。君は覚えてないかもだけど、わ、私……小学生になる前、一度だけ出逢っているんだよ」
───ハァ!? 何だろう。僕が思い描いていた展開と、かなり話が違ってきたぞ?
美少女が上着を脱ぎ捨て、御自らベッドに座る。
↓
貴方も座れと僕を誘う。
↓
甘美な声で『もっと狡いことをする』と囁く。
↓
………………………(自主規制)そんなごく自然な流れを期待せずにはいられなかった。思わず真顔へ変わってしまう僕である。
───嗚呼ッ!! 期待してたさァァッ!! 悪いかァッ!!(?) 神よ………果たして僕の心は、穢れていたのでしょうか?
しかし颯希の言葉に噓偽りなどなかったと知ることになる。僕の想像の斜め上をゆく強過ぎる束縛が、颯希の火照った唇より飛び出すのだ。
「わ、私……信号を良く見ずに道路へ飛び出してしまったの………」
「………え?」
僕の期待値ではなかったものの、未だぎこちない口調を変えない颯希である。心の奥底へ、ひた隠しにしていた何かを、さらけ出そうしている事に違いはない様だ。
「そこへ………若い男性の乗る自転車が止まり切れずに飛び込んで来たの。も、勿論、私が悪いタイミング………だった」
───何故だろう、颯希の蒼き瞳が完全に潤み切っている。今にも頬を伝って落ちそうだ。
「で、でも私は何とも無かった。………か、代わりに私を突き飛ばした、同じ位の男の子が傷だらけで倒……れて………」
───思い出したっ! その一部始終をっ!
「………そ、それは、間違いなく昔の僕だ」
「うわぁぁぁぁっ!!」
愕然とする僕の身体へ、横から無造作に抱き付いてきた颯希。その勢いが余りに強過ぎた。
僕、風祭疾斗17歳は、女の子の方からベッドへ押し倒されるという、余りにも現実味のない経験をしたのである。
もっともその彼女の行動に於いて、穢れた男子の描く妄想の続きでないこと位、経験ゼロの僕にだって流石に判る。
颯希は、ただひたすら僕の胸の内で慟哭し、その柔らかな身体を震わせる。
嘗て命を救った少年………同じ人物がWeb小説を書いている事を偶然知り、大好きになった。
それでも二度と直接会う機会などないだろう………。そう諦めつつ、元居た街へ颯希は帰って来たのだ。僅かなる望みを抱いて。
すると自分の隣の席へ座っていた同い年の学生が、自分が追い求めていたあの人だと、友達として僕と付き合う間に、やがてその正体に気づいたのだ。
これは逃げることを決して赦されない恋───。ベッドの上で颯希を受け止めながら、僕は思い知った。




