第26話 試された勇気
「ハァ……ハァ………」
「ご、ごめんなさい。急に此処まで呼び出したりして………」
逢沢弘美の『今から会いたい』に応えるべく、僕は普通の自転車を全速で走らせ、約束通りの公園に辿り着いた。息を切らし、思わず自転車を放り投げる様に倒してしまう。
次いで自分自身すら芝生の上に寝転んでしまった。
でも呼び出したのは彼女じゃない、僕が此方から出向くと言い出したのだから何も謝ることなどない。
「だ、大丈夫だ………。最近は結構体力ついたんだ。………ま、まあ弘美の足元にも及ばないだろうけど」
どうにかこうにか息を整えようとする。気を利かせた弘美がタオルと冷水のペットボトルを差し出してくれた。
「わ、悪い。正直助かる………」
何よりも美味しく有難い飲み物である。身体を起こしてブランコの柵を背もたれにする僕。
その隣へ弘美もゆっくりと座る。上下ダボッとした感じのスエット姿。部屋着のまま出て来たのであろう。
何の飾りっけもないが、これで充分弘美は可愛い。寧ろ自然な方が良いとすら感じる。
「………で、でも本当にゴメンッ! 本当は疾斗の方から伝えたいことがあるんだよね?」
両手をパンッと合わせ、未だ謝ることを止めない弘美。
───そうだ………正直本題を忘れていた。だけど今は弘美の話を聞くのが先だ。
「良いんだ、先ずは弘美の話を聞くよ。………疲れてるん……だった……よな?」
僕の質問に伏目がちで頷く弘美。正直な処、僕の方も『弘美は全国大会の準備で忙しいから……』と少し遠巻きにしていたのが本音である。
「い、一生懸命練習してるの。サボったのは今日が初めて。………県予選の時はもう勝ちたくないなんて言ったけれど、今は負かした皆の代表として恥ずかしくない試合をしたいって思ってる」
やっぱり目こそ合わせないが、その言葉に噓偽りなしだと確信出来る程の力強さが籠っている。
学校の代表……父親に良い処を見せたい……そして、これは自惚れが過ぎると思うが、恐らく僕に自分は大丈夫って想いを体現したいのだろう。
責任感も達成力も人一倍強い弘美の事だ。だからこそ無理をし過ぎて、落ちる時は大いに落ち込む。
「………判ってる。僕は弘美じゃないから本当に全てを判ってると言うのは無責任だと思うけど………」
───そう、風祭疾斗と逢沢弘美は赤の他人だ。完璧に判り合えることなんて在り得ない。だからこうして少しでも距離を詰めようとこの場に来てる。
此処で弘美が首を横に振って笑顔を向けて来た。これには僕も面と向かって応じる。
「ううんっ………今、凄く嬉しい………。県予選の時もそうだった。疾斗は自分に出来る全力で私に接してくれてる。も、もぅ泣きたい位に感謝してるよ………」
「感謝とか寂しくなるから言うなよ。当たり前で、しかも出来ることをしてるだけだ」
───泣きたい位………。いや、もう既に目が潤んでいるのが見て取れる。
僕は残りの水を全て飲み干すと少し勇気を出して、だいぶ格好つけた台詞を吐いた。
「ご、ゴメンッ。いつもいつも肝心な時に甘えてばかりで………。全国大会は私なんて相手にもならない強い人が沢山いるに決まってる………」
「………」
「だ、だから全力で頑張って来たけど………プレッシャーに潰されそうになってきちゃった………」
泣きながら項垂れる弘美。そのプレッシャーを理解出来るとは正直口が裂けても言えやしない。
僕はそんな大きな舞台に立ったことなどない。Web小説家になるのですら、皆に見られる勇気が出なくて何年もかかった位だ。
アドバイス? そんな事出来る訳ない。何を言っても上っ面で終わるに相場が決まっている。
今の僕に出来る事、それは弘美の抱えた重みをなるたけ聴いてあげる。ただそれだけだ。
弘美が自分の身体を支えるために突っ張っている芝生の上の手が震えている。何も出来ないと思った僕だが、それを見て思わず間が差した。
「………は、疾斗?」
「………っ!」
その震えている手に自分の手を重ねて指同士を絡めてゆく。さらにギュッと握り締めた。
驚く弘美、僕は手を繋いだだけだというのに、真っ赤になった顔を弘美の方へ向けられない。
───小学生かよ………俺は。
自分の中途半端なリード、これに弘美が身体の向きを僕の方へ変え、さらにもう片方の手も載せて来た。
もう恥ずかしさで一杯なのに、僕も思わずそんな弘美の顔を、息を飲んで再び見つめた。
───弘美が笑っていた。泣き笑い顔の視線が絡まる。
「………嬉しい、何だかもぅこの手から疾斗の優しい想いが注ぎ込んでる気がする」
「は、恥ずかしい事を言うな………て、手を繋いだ位でそんな大袈裟過ぎんぞ」
手を繋いだだけで文字面通りに繋がったとでも言うつもりか?
やっぱり小学生の恋愛模様だぞ、これは………。仕方がない、だったら俺もさらに重ねてやろう。
俺も身体毎、弘美の方を向いてから、さらに空いた手も上に重ねてみた。手を繋ぐ位、初めての行為じゃない。
それなのに、それなのに………。自分の全神経が両手に集中している錯覚に陥る。
「ね、ねぇ………疾斗。こうしてるとまるでガス欠だった私の勇気が湧き出してきた………そんな気がするの」
「わ、判らんっ! て、手を繋いでるだけじゃないかっ!」
緩んだ笑顔を向ける弘美に俺は少々荒っぽい本音を告げる。
───だってそうだろ? そんなの非科学的だし、俺には君に分け与えられる程の勇気の容量なんて存在しない。
此処で弘美がゴクリッと息を飲み、重ねた両手をさらに強く握り返した。
「ね、ねぇ………わ、私。そういうの………も、もっと欲しい……な」
「そ、そういうのって、どういうのだよっ!」
「そ、そんなの自分で考えなさいっ!」
顔を真っ赤に染め抜いてるのに、もうお構いなしに寄せて来る弘美。少し口角が悪戯じみた感じで上がっている。
その顔、その唇………。最早何をしても許容される気さえする。
───い、一体何をどうすれば正解なんだっ!?
風祭疾斗17歳、こんな時にギャルゲーの選択ウインドウが見える気がした。
A.そりゃあもうAだけにA その火照った唇を奪えっ!
B.いや、もういっそ事、Bいっちゃう? A&Bコンボで落とそうぜっ!
C.いやいや、漢だろ? 行けっ! 最後まで! 此処を逃がすと一生後悔するぞっ!
だ、駄目です………母さん事件です。いや、事故………そう、事故なんです。俗に言う出会い頭ってやつです。
もぅ、
どうしようもなかったんです………本当です。
僕は咄嗟に膝立ちとなり、腰を地面に下ろしている弘美よりも高い位置へ移行すると、両腕を広げ彼女の頭と肩を自分の胸へ、思い切り抱き寄せた。
………しかし、これ以上先へは進めなかった。未だ大切な友達という、もう悪足掻きに近い事実を此処で持ち出したのである。
「ご、ゴメンッ! こ、これが今の僕に出来る精一杯の勇気なんだッ!」
弘美を抱き締めたままの姿勢で懺悔する僕。一体に何に何を謝っているのか? もぅ、何だか良く判らない。
「………ううんっ、あ・り・が・と・う・疾斗。貴方の気持ち、もう充分に伝わったから………うんっ、大丈夫」
僕の胸の内で首を横に振りながら喜んでくれた弘美であった。
───バイクの免許を取った話? そんなの言いっぱぐれたに決まってんだろうがァァァァッ!!




