第24話 『………駄目?』
「…………いや、待って下さい。何しろ僕、原付の免許すら持ってないんですよ」
「…………えっ!?」
僕に誕生日プレゼントで譲ろうと勝手に盛り上がる颯希とそのおじさんへ、僕は大事なことを伝えねばならない。
此方に全く非はないのだが、何か言い出し辛い雰囲気をこじ開けてみると、おじさんが怪訝な顔で僕を見つめる。
───ふぅ…………やっぱりそうなのか。
颯希の彼氏である風祭疾斗。バイクはおろか運転免許証なんて一つも所有してなどいない。
それどころか国家資格なんて何一つない平凡を絵に描いたような男子高校生である。
爵藍颯希は、そんなことすら相手に伝えていない。やはり僕の想像通りであった。
───本当にこの子の一本気な処、惚れ込んだ相手を追い求め、オーストリアから日本へ渡った血筋を引いているのだろう………いや、会ったことないし知らんが。
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僕は『大変ありがたいお話ですが、とにかく少し考える時間を下さい』と言い残し、今は帰宅の電車に揺られている。
颯希の方は行く時と同様、押し黙ったままと化す。間もなく時計が16時を指す。幾ら暑い秋とはいえ、陽に陰り始めると列車の空調が涼しさを増してくる。
真昼の真夏の夢の如き格好をしている颯希にしてみれば、この涼しさは少々酷になっているのかも知れない………。
───お、おぃ………。
「い、颯希………?」
相変わらずだんまりなのだが、不意に颯希が僕の方へと身体を預けて来た。
「………さ、寒いのか?」
「………う、うん」
やっぱり互いの視線は絡めず、ぎこちない言葉を交わす。これならただ乗り合わせた乗客でなく、美少女の友達を連れた男友達位には格上げに見えるやも知れない。
「い、颯希………」
「………何?」
これから僕はこの美少女へ思い切った指摘をする………しなければならない。だけども触れ合っている肩の温かみが、その決意を惑わそうとする。
───けれどこれだけは言わねばならぬ。
「僕に言わなけりゃならないことがある筈だ。………それを拒むのなら風祭疾斗は、君の彼氏どころか友達すら辞める」
「………………っ! う、うんっ、そ、そう、だよ、ね………ゴメンッ」
触れ合っていた肩がピクンッと上下する。さらに声色に少々震えが帯びる。成り行きとはいえ、今の僕は颯希姫の彼氏だ。震える肩を空いた片手でしっかりと掴んでやった。
「………本当にごめんなさい。もう察してると思うけど、本来ならあのバイク10万円位の値は付けたいって言われたんだ」
僕がきちんと肩を抱いたした所為か、ようやく颯希の声に滑らかさが戻って来た。
10万円………。中古バイクの値段なんてまるで判りやしないが、恐らく店頭に並べば、もっと良い値札が付いていてもおかしくない気がする。
「疾斗の口座に貯まっているお金、免許位なら問題なさそうだったじゃない? だけど肝心のバイクを買うには足りないだろうって思ってさ………」
「………カマ掛けてみた?」
コクンッと頷く颯希である。心なしか肩から伝わる体温が上がっている気がした。
「………そぅ、なんだ。『私の彼氏の誕生日でも………駄目?』ってね」
───くぅ!?
今の颯希の声色の艶めかしさと甘さの混じった感じ。『駄目?』『駄目?』『駄目?………………』僕の脳内に焼かれる。
あのおじさんもこの『駄目?』で堕ちたに違いあるまい。これは狡いが過ぎる。何なら10万円分に相当したのかも知れない。
ゴクリッ…………これは息、飲まずにはいられないッ!
「…で、なら良いかと?」
これにまたコクンッと小さく頷く颯希である。…………可愛い、これ圧倒的に可愛いが酷い。不意に向こう側の窓が暗くなり、僕に抱かれた颯希が首を下げた瞬間が映える。
───これはイカン、非常にイカン。此方まで堕落させる気か? けれども僕は、これに遺憾であると言わねばならない。
「………あ、有難い話だと僕が言うとでも思ったか? 正直余りにも押し付けが過ぎるし、何なら10万円キチンと払いたい気分だ」
───違う! 断じて違う! 颯希の『駄目?』を10万円でご購入………そんな話では断じてない!
これにはまたしても颯希の肩がビクッと震え、心拍すら伝わって来る気さえした。
「………判ってる! そんなこと判ってるよぉっ!」
僕の隣で急に乱れ始める。これには流石に周囲の視線を感じずにはいられない。しかし事此処に至れば、最早バカップルぶりを演じ抜こうと腹を括った。
「………お、落ち着いて。ちゃんと最後まで聞くから」
颯希の肩を強く揺すり促す僕。我ながら信じ難い程の良い男を演じているのではなかろうか?
「………ま、またごめんなさい。うん、自分でも重過ぎるって自覚してる。だけど………」
「………?」
▼こうかは、ばつぐんだ。
だったらしい………。颯希の声に落着きが戻る。僕は続きの発言をじっと待つ。
「………だってさ、あの凄く可愛い逢沢さんに、私が勝つためにはこれしか思いつかなかったのよ」
声は確かに落着き払っている。けれども肩が小刻みに震えているのは抑えきれない。
───私が勝つ!? ………こんな平凡を絵に描いた様な男子高校生。増してや未だ出会って2ヶ月目なのに、何故それ程に? 母さんが言ってた『人の好意に気付かないのは罪』をふと思い出す。
───好意………? 好きってことさ………風祭疾斗君。
どれだけ鈍い朴念仁でも流石に颯希の気持ちを判らずにはいられないだろう。
でもどうして此処まで彼女が堕ちたのかがまるで解せない。繰り返すが僕達は知り合ったばかりの友人の筈だ。性別の違いがあるにせよ。
「………ど、どうして僕なんかをそんなに………」
これには応答がなく、時だけが無常に過ぎていった。僕は大いに悩んだ。彼女の好意を受け取るべきなのか………。




