第17話 可愛いとは………?
確かにあの日、逢沢弘美は、手に入れた才能を発揮することに躊躇いを感じていた。
それを払拭したのは、僕………でなくて僕の中に居るこの口の悪い俺野郎の応援だった。
しかしだからと言って、明誠高校テニス部を一気に最高の評価まで押し上げたのだ。それを褒める処か『あんなのに頼ってるうちは駄目だ』とか言ったらしい。
───堪忍袋の緒が切れるとは、まさしくこういう気分だろう。
「折角、弘美が全国大会出場を決めたってのに、それでも文句があるって言うんかァンッ!? 俺の様な落ちこぼれが目立ってそんなに気分悪ィってっかッ!」
「ま、待って疾斗………。貴方は何も悪くない……か…ら…」
フィアマンダの暴走が止まらない。ついさっきまで息を切らして坂道をどうにか登ったひ弱さは、何処かへ吹き飛んだ。
これにはとても慌てる弘美、少し可哀想だが俺にも止める術がない。
「ああっ、そうだッ! 俺は何も悪くねぇ、増してや弘美は最高のことをやってのけたっ! だから何にも悪びれる必要ねぇぞっ!」
意識の中の暴走に任せっきりなのは、かなり子供っぽいが、後に引く気には、到底なれない。
「クッソ、胸糞悪ィな………何ならこのまま弘美んとこに押し掛けてやっかッ!」
「待ってぇ!! 落着きなってよッ!!」
声を荒げ続けるこの俺を上回る大声で、急に弘美が止めに掛かる。地団駄踏んで、俺の方へ半泣きで詰め寄ってきた。
俺の両手を強く握り締め、またもや他には見せない泣き虫顔。だけども強い意志を感じた。全く目を逸らそうとしない。
───しまった………。これは………このやり取りだけは、完全に俺が悪い。
「わ、悪い………済まねぇ………。此処で俺迄しゃしゃり出た日にゃ、お前の親父とまるで変わらねえな………」
そうなのだ………。俺はあの日『お前が楽しむテニスをやってこい』と言ったではないか。
要は自分の意志で勝ちたいと思うのであれば……だから押し付けは決してしない。
そう決めていたのに今の俺は、自分勝手を押し通す気満々であった。これはしっかり謝んなきゃ駄目だ。
「………う、うん。疾斗の気持ちだけ受け取っておくね。でもこれは私とお父さんの問題だから………」
俺が頭を下げたことで、弘美の方も取り合えず落ち着いたようだ。握っていた手を慌てて離し、声量こそ下がったが、自分のやるべきことが判っているとはっきり告げる。
次は眼下に広がる田園風景を向いて続けてきた。
「わ、私はぁ………昔みたく疾斗と仲良しに戻り………たい。出来れば子供の頃のように、家の庭でBBQとかして………さ」
声が随分上擦っている。少々無理を通してる感じなのが伝わってきた。
「だ、だからさ! わ、私がちゃんと結果を出せれば、お父さんだって………きっと………」
「……弘美」
───な、何だろうこの胸の高鳴りは。とても健気に頑張ろうとしている弘美が…………。
「……可愛い」
「え…………」
───ポロリと漏らした心の声。停止する刻。
前にも言ったが逢沢弘美は、同性からも本気の告りを受ける程にとても綺麗だ。だから僕には釣り合わないと自分を蔑んでいた。
けれどこれほどまでに、弘美のことを可愛いと感じたのは、初めての感情だ。
───僕の頭の処理能力が暴走を始める………。
検索結果【可愛いとは?】
1 小さいもの、弱いものなどに心惹かれる気持ちを抱くさま。
───違う………。小さくはないし弱いとは思えない。
2 他と比べて小さいさま。
───やっぱり違う………。皆に頼りにされる弘美が他人と比べて小さいとは感じない。
3 可哀想だ。不憫である。
───これも異なる………。父親の理解を得られない処は確かにそうだが、向かい合おうと頑張っている。
4 無邪気で、憎めない。擦れてなく、子供っぽい。
───うん……? 3と同じく該当点もあるが、子供っぽい? それなら僕の方が余程子供だ。
『バッカじゃねえの! 恋愛は理屈じゃねえんだよっ! この童貞作家野郎がっ!』
───煩いぞフィアマンダ。大体お前だって、その童貞作家様から生まれたキャラクターだろうが。
お前も風の皇女へ、未だガキの様に絡むことしか出来ないくせにどの口が言う?
───だが『理屈じゃねえ!』というのは多分、正解なのだろう。
夕暮れ時を背に受けて、ただ頑張るだけだと『えへっ』って笑顔で首を傾けるこの瞬間の此奴は可愛い………脈打つ僕の心がそう告げていた。
「疾…斗?」
「………ハッ!」
───今僕なんつった? 可愛いィィィィッ!? 可愛いだとぉー!?
可愛い可愛いければ可愛いな可愛いよ可愛いじゃない可愛いぜ可愛いです可愛いらしい可愛いんだ可愛い可愛い可愛い可愛いkawaiiPretty!!
───や、やってしまった………。だけどもそうだっ! 僕の幼馴染『逢沢弘美』は可愛いんだッ!!
頭の中の冷却装置がまるで追いつかない。煙が出てきて鼻から上がりそうだ。
『何で今まで気が付かなかったンだァァ? 頭湧いてんのかテメェ?』
『世の中に100人の男性が居るとするなら、99人はそう思うのではないでしょうか……』
フィアマンダと賢い従者が一気呵成に畳み掛ける。
「は、疾斗……」
「は、ハィィィィッ!!」
「………あ、ありがと。で、でも……そんなこと面と向かって言われたの初めてだから……照れる」
───クッ! やっ、やっぱり可愛いじゃァないかッ!
照れながら俯く姿も、またいとおかしかな……。
「……は、初めて……なの……か?」
語彙力を喪失した僕の問いに小さくコクリと頷く弘美。
───初めて……何て甘美な響きなんだ。こんな僕如きが学校のアイドルの初めてを奪ってしまった……。




