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ふとんちゃんにはおみとおし  作者: 薫野みるく
15/16

第15話 最後に見たのは

 十月九日の正午から約二時間、百瀬は息子を連れて、来年から通い始める保育園の説明会に参加していた。その後は夕方まで、出来たばかりの「ママ友」たちとお茶の時間を楽しみ、レストランの店員の証言も取れているようだ。


「うーん、騒音トラブルの方面は、もう無視しちゃっていいのかなぁ。ていうか、みんな奥田さんは殺されたと思ってるんだね。多くの人に恨まれていた、殺されて当然、みたいな?」


 数分前と同じく、アパートを背にして地上に立つと、二人はこれまでに住人に聞いた話を整理し始める。203号室の臼井と同様、百瀬が他殺と断定している点が気になる真賢は、手帳のページを行ったり来たりと、落ち着かない。


「殺されたのだとしたら、怪しい人物の目撃証言くらい出てもいいものだろう。ブルージュリアンに通い始めるまでは、引きこもりだったという奥田さんだ。当然、部屋に出入りする人間もおらず、訪問者のような存在は目立つはず。大家さんを含め、住人が一丸となって『ある事実』を隠蔽している気さえする。まぁ、そのあたりは、警察も念入りに捜査を進めているだろうが」

「とにかく司法解剖の結果だよね。散々他殺のセンから調査しておいて、自殺でしたってわかったら、何もかもやり直しじゃん。でもそもそもその解剖のことが、おれたちの耳に入るかは不明、ってね……」

「なぁ勇紀、やはり無理があるんじゃないか? 警察と情報を共有出来るならまだしも、探偵だけでやれることは限られている。いっそお前の能力を、飛鷹さんたちに教えてみたらどうだ。案外スムーズに事が運ぶかもしれないぞ」

「ちかちゃん……。あの飛鷹さんという壁を、そんな非科学的な説得で超えられると思う? 男の娘メイドに興味がない、奥田さんみたいなオタクの心理も理解不能。典型的な堅物だよね。いい国立大学を出て、キャリアで、真面目で努力家なんだろうけど、ゆくゆくは西島さんの方が優秀な刑事になりそう」


 今はまだ踏んだ場数が少なく、飛鷹のお荷物というイメージが拭えない西島だが、勇紀や宏隆とは年齢が近いぶん、相手の心に寄り添った対応で、彼らの信頼を得ている。責任感が強く、警察への理想や使命感にも燃える飛鷹は、得てして一般人には好かれにくい。


「勇紀、お前はどうしたい? 警察よりも先に犯人を特定し、自首を勧めるつもりか?」


 勇紀のやる気や行動を、否定も禁止もしない。ただ、勇紀がこの事件とどう関わるつもりなのかが不透明で、真賢はゆっくりとやさしく、勇紀に訊ねる。


「ううん、おれはとにかく、ちかちゃんと自分たちの手で、出来る限りのことがしたい。それだけなんだ。どこかできっと、おれの力が役に立つ。もしもおれたちが事件を解決に導けたら、それは嬉しい。でも、動機はあくまで、ぴろちゃんの心を守りたいという気持ちから。おれの数少ない友達、だからさ」


 ぴろちゃんは、ブルージュリアンを紹介してくれた恩人であり、自分の大事な友達だから。そうさみしそうに言う勇紀の頭をぽんぽんと撫で、真賢は再び手帳に目を落とした。エテルノ西新宿の住人・臼井と百瀬からの証言のほかに、これまでに見聞きした情報が、細かく神経質そうな文字で記録されている。


「俺は三日前に一度しか会っていないが、それでも警察もほぼ他殺とみて捜査を進めていると感じた。勇紀、お前はどうだ?」

「おれだって、たったの三回だよ。なんとかして飛鷹さんを『読んで』みたいんだけど、ガードが固くて苦戦してる。まだ死因もはっきりしないうちから、うちの店の従業員全員にアリバイを確認してるのはなぜかと言うと、やっぱりどこかに犯人がいると思ってるからなのかな。それとも、飛鷹さんの個人的な方針?」

「融通が利かないのは確かだろうな。お前の言う通り、西島さんの方が柔軟に事件と向き合えそうだ。俺たちが探偵として動いていることも、西島さんなら、きっと喜んで応援する。目に浮かぶよ」

「はっ! そうか。おれはずっと、飛鷹さんを攻略しなきゃって、そればかり考えてた。西島さんはちょっと頼りないけど、そこは飛鷹さんではなく、おれたちがサポートしてあげればいいんだ。たとえば、さりげなくヒントをちらつかせる……とかね。コナンが小五郎のおじちゃんにするみたいに!」

「コナンはあからさまだがな」


 真賢も意欲的に発言してくれるようになり、いよいよ本格的に俺たちの出番だと、勇紀は喜んでにこにこしている。円陣を組むには、あと一人以上が足りないが、二人がいれば誰にも負けないバディの自信がある勇紀は、背伸びをして真賢に抱き着き、背中に彼の腕が回されるのを待ちわびた。



 傍からすれば、若い女の子とイチャイチャしている成人男性だ。どこかから見られているのを感じた真賢は、慌てて勇紀を引き剥がすが、104号室から出て来た女は、口を半開きに絶句している。


「あの! すみませ~ん!」


 勇紀は手を挙げ、いまだ警戒した様子の女に走り寄る。年は三十歳前後、普通よりやや太めの体型で、明らかに勇紀の方が少女らしく、かわいかった。


「202号室の奥田さんが亡くなった事件について調べております、探偵の藤沢と申します。いま、お時間よろしいですか?」

「え、えぇ……。買い物に行くところなので、少しでよければ」


 真賢が勇紀の隣につくと、なおもじろじろと二人を交互に見ては、女は眉をひそめている。すると、真賢と視線を交わし合った勇紀は、女に不信感を持たせないよう、究極のワードで先手を打った。


「こちらは、私の兄です。皆さんがこれからも安心してここに住めるよう、兄と二人でがんばりますので、どうか数分ご協力ください」

「あ、ご兄妹なんですね。奥田さんは、ほとんどご近所付き合いなどはされてなかったと思います。私もたまにゴミ捨て場で会ったりするくらいでしたから」


 勇紀の読み通り、椎名は「兄妹」と聞くと納得したらしく、表情を緩めて話してくれた。決して男っぽくはない声が、こういう時には役に立つ。勇紀も、パン子ほどではないにしても、女装や男の娘を自身の才能だと思い始めていた。


「お隣203号室の臼井さんとは、騒音トラブルがあったそうですが、それをご存知でしたか?」

「ええ、もちろん。ここに住んでる方なら、大家さんも含めて全員知ってますよ。私は週に四回、昼間はパートに出てるので、その時間帯には被害に遭いませんでした。在宅ワーカーや、年金生活のお年寄りもいるのに、あの音量は悪質です。いつか、日曜日の夜遅くにうるさかったことがあって、旦那が『殺してやる!』と怒鳴り込みかけました」


 言ってしまったあとに、まずいと気づいた椎名が、口元に愛想笑いを浮かべて、二人から目を逸らす。足先はすでに道路側に向いており、勇紀は椎名が去らないうちにと、やや早口で核心をつく。


「では、椎名さんも騒音には困っていたということですね。特にご主人は、奥田さんを憎んでいた」

「そっ……、それは誰にでも言えるでしょう。ここは建物の造りも良くないですし、みんな迷惑してたんです。でも、私たちには家族が、生活があります。大切なものを失うとわかっていて凶行に及ぶほど、うちの旦那もバカじゃありません。臼井さんは独り暮らしだから知りませんけど、他の部屋の方は、同じように話されたんじゃないですか?」


 椎名の主張はもっともで、現に百瀬からも、そう聞いたばかりだ。勇紀と真賢は、奥田の発していた騒音がどれほどだったか、奥田がどれだけ非常識だったかを知らず、もう確認する術もない。だが、もし自分が当事者だったらと考えると、人はそう簡単に人を殺せないと断言出来るのだ。住民全員、いや、実家の家族にも疎まれ、親しい友人もいなかっただろう奥田が、店でやさしく接してくれるぴろを、心の拠り所にしていたのは間違いないが、それが更なる孤独を生んでいると、どうして想像しなかったのか。


「すみません、妹が失礼を。あの、もう一つだけ教えてください。最後に奥田さんを見たのは、何日の何時頃だったか覚えていますか?」


 歩き出していた椎名を呼び止め、真賢が静かに問う。椎名は、二人に背を向けたまましばらく動かなかったが、振り向くと同時に金切り声でまくし立てた。


「九日の朝八時に、あそこのゴミ捨て場です! 奥田さんのご遺体が発見された日、警察にもそう言いました。私からは挨拶しましたが、向こうは毎度返事もなく、大量のゴミを何往復もして運んでいました! もういいですよね。夕市が始まってるじゃないですか!」


 エコバッグと財布の入った手提げを、前方のかごに投げ入れ、椎名は怒りながら自転車に乗ると、すぐに見えなくなった。臼井も百瀬もそうだったが、近隣の住人は、度重なる自宅への訪問や、同じ質問に疲れて苛立っている。事件の真相が解明されない限り、エテルノ西新宿に住まう人々は、ストレスに晒され続け、このままではみな病んでしまう。


「勇紀」

「うん。ゴミ捨て場を読んでみるね」


 月曜日は可燃、火曜日はプラスチックなど、出せる曜日と時間帯が決められているゴミ捨て場には、デッキブラシがぽつんとあるだけだ。勇紀は、そのコンクリートで囲われた狭いスペースに屈み、指先を下へとすべらせる。

 残っていたのは、小さなアパートをとりまく、ありきたりな風景だった。知らない顔は、まだ訪ねていない部屋の住人や、その家族や恋人だろうか。挨拶を交わしながら、半透明の袋にまとめたゴミを出し、真賢より少し上の年代と思われる女性たちは、世間話や情報交換をしている。

 その直後、フラッシュバックのように場面が変わり、奥田が椎名とすれ違う瞬間をとらえた。奥田が両手に持っているたくさんの廃棄物、その詳細までは見えないが、少なくとも奥田は、断捨離をしたわけではなさそうだ。


「ちかちゃん。残りのお宅には、行かなくていいかもしれない」

「……何が見えたんだ」

「奥田さんの生きる理由。自殺の可能性が高いことを踏まえて、ブルージュリアン周辺の聞き込みを開始しよう」


 奥田を自殺に追い込んだ、あるいは、直接手をくだした犯人を特定する。真賢が差し出したウェットティッシュで手を拭った勇紀は、いつになく凛々しい瞳をしていた。


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