第11話 リヴィア
向かい合う二人と二人の間を、木枯らしが吹き抜けていく。誰がこの沈黙を破るんだと探り合い、視線が交わされる中、三人は一斉に西島に注目する。
「あの……、はじめまして。キャストの方ですか?」
「……はじめまして、藤沢と申します。私が男の娘メイドになれるとでも?」
あまりに見当違いの西島の問いに、真賢は溜め息混じりの質問で返答する。ブルージュリアンには、総勢三十人以上の男の娘メイドがいて、中には背の高いキャストも存在するが、パーツや体つきが男らしいタイプは、面接の時点で断られるのがオチだ。
「そ、そうですよね! いや、失礼しました。では、その、どういう……?」
「藤沢さんは、ふとんちゃんに言われて、わざわざ来てくださったんです」
男の娘メイドとして店に立つ時とは別人の、宏隆本人が真賢の代わりに言う。驚いて目を見開く西島に、自嘲気味な笑みを向ける宏隆は、その反応を楽しんでいるようにも見えた。
「もうじきふとんちゃんも来ます。あ、噂をすれば」
「お待たせしましたーっ! 私がいないと話がややこしくありませんか?」
アニメニアに入ろうとしていた男性が、弾かれたように振り返り、周囲を歩いていた女性たちが、小さな歓声をあげた。仕事用のメイクにウィッグ、私服のジャンパースカート姿の勇紀は、さながら「ふとんちゃんの休日」そのものだった。
「歩きながらご紹介しますね。リヴィアは、えーっと、その先の角を……」
「コンビニを右折ですね。では皆さん、行きましょう」
リヴィアのカードを取り出した飛鷹が、そこに記されている地図を見て、四人を先導する。スーツ姿の男三人、男子高生一人、そして、かわいい女の子の五人連れとすれ違い、新宿を闊歩する人々は、何を想うだろう。
「ちかちゃん、もう自己紹介は済んでるの?」
真賢のジャケットの袖を引き、勇紀は背伸びをして、真賢の耳元に小声を吹き込む。たったの数分前、勇紀がいなかったために、会話として成立しなかった旨を勇紀に伝え、真賢は眉間にシワを寄せて小さく首を振った。
「飛鷹さん、西島さん、ちょっといいですか。こちらは、藤沢真賢こと、ちかちゃんです。昨日、私の自宅についてお話しましたが、今は彼と同居しています。私が家族をなくしてからも、ずっと一緒にいてくれる、兄のような父親のような人です。わずかな手掛かりを見逃さないように、人数を揃えてみました」
「ちかちゃん」
「ちかちゃん」
西島と飛鷹が順番に呟き、真賢はばつが悪そうに二人から顔を逸らす。いやな予感ほど的中する、勇紀が先走るとろくなことにならないと、真賢は昨夜の勇紀の「ショータイム」を見て、改めて思ったばかりだ。
ブルージュリアンでのバイトが入っている日、勇紀はメイクとウィッグはそのままに、私服のスカートに着替えて、電車に乗って帰ってくる。帰宅ラッシュはとっくに過ぎているが、情けないことに、痴漢はどこにでもいる。尾行されでもしたらどうするんだと、真賢は勇紀を毎回叱りつけているのだが、堂々としていれば狙われないという安直な考えは覆らないようだ。
いっそ退勤時に、下で待っていたい気持ちは山々だが、もう勇紀は高校生なのだ。家族がバイト先まで迎えに来たら、きっと恥ずかしいだろうし、勇紀の自立心も育たない。もっともらしい言葉で納得するものの、勇紀を大切に想う真賢の気苦労は絶えず、もうどれだけの時間が流れただろうか。
ショータイムは、たっぷり一時間近くあった。西新宿のアパートで変死体が発見されたこと、それがブルージュリアンの常連客だったこと、店に刑事が来て、簡単な取り調べを受けたこと。勇紀は順を追って事件の概要を説き、真賢に協力を仰いだ。勇紀は、真賢をその気にさせるのが上手い。
『男の娘メイドと苦労人イケメンのバディってどうかな?』
勇紀が自分を「苦労人」ととらえているのは意外だったが、他でもない、ブルージュリアンを紹介してくれた友人の客が死んだとあらば、捜査に手を貸すと名乗りをあげるくらいは当然だろう。サイコメトリー能力を使い、見えた「事件に関する何か」を真賢に伝え、そして真賢は、それを刑事自身が気づくよう仕向ける。そこに残った「記憶」は、触れてみるまで、全く予想もつかないので、飛鷹や西島にそれとなく伝えるのは不可能というケースもありそうだ。その場合どうするかを、勇紀と真賢は、昨日のうちに相談しておいた。だからこそのバディ。勇紀一人では事件の核心に迫れない時は、二人でなんとかする。事件の真相を解き明かし、宏隆にそれを早く教えてあげたい。真賢は、そんな勇紀の想いが、早く報われますようにと祈った。
繁華街を数分歩いているだけで、すでに三軒のコンビニの前を通過していた。飲食店がディナーの準備を進めている時分、ぽつぽつと降り始めた雨は、五人の髪を静かに濡らしていく。
「わーっ、雨の予報なんてなかったですよね! みんな、傘持ってますか?」
ウィッグがずれると慌てる勇紀に、真賢がピンクの折り畳み傘を差し出す。宏隆と一緒に入れと言おうとしたところで、もう一本の傘が開かれ、飛鷹は西島と宏隆をその下に押し込み、自分は手のひらで雨を受ける。
「飛鷹さん、ありがとうございます」
「ありがとうございます。こういうところがずるいんだよなぁ、飛鷹工」
一つの傘の中という至近距離で、宏隆と目が合い、西島はつい口元に愛層笑いを浮かべてしまう。すると宏隆は、一度目を閉じて雨の音を聴き、すぐにまぶたを上げて、歩き出しながら西島に話す。
「びっくりされたと思います。無理もありません。自分でも、ファンの人を騙してるなぁって、罪悪感はあります。でも、キャストが全員そうなわけじゃないですから、気を落とさないでくださいね。俺がお店を一歩出たらノーメイクなのは、入り待ち出待ちのマナーの悪い客を欺くためなんです。声を出さなければ、ぴろだってバレないので」
「もちろん、びっくりは……しましたけど、ナンバーワン男の娘メイド喫茶として、それだけキャスト個人に負担がかかってるってことですよね。僕はぴろちゃんのプロ意識は立派だと思うし、そういう困った客には、芸能人じゃないんだぞって言ってやりたいです。応援してます」
「ありがとうございます。新宿や秋葉原のメイドや地下アイドルは、芸能人よりも会いに行けて、そのぶん勘違いもしやすいんだそうです。店長が言ってました。前に車に乗せられそうになったキャストは、トラウマになって退職を」
「憶えています。犯人は担当刑事が現行犯で逮捕しましたが、未遂だったので、数日で釈放せざるを得ませんでした。もちろん、未遂で済んでよかったですが」
一番前を歩いていた飛鷹が、首を半分振り向かせて、宏隆に言う。自分が西新宿署に配属される前にも、ブルージュリアンのキャストが関わる事件が起こっていたと、西島はこの時まで知らなかった。
「あ、見えて来ましたね」
重苦しくなった雰囲気を断ち切ろうと、宏隆が明るい声を出す。もうすぐそこに迫っているリヴィアの向こうの空には、うっすらと虹がかかり、雨もじきに止んでいった。
入口のドアを引くと、上部に掛けられている鐘が透明な音を立てた。来店に気づいた店員が、作業の手を休めて、客を歓迎する。
「いらっしゃいませーっ」
店内には、若い男と女の二人の店員が立っている。カウンター付近の女性店員を選んで近づいた飛鷹と西島は、自分たちの他に客がいないことを確認してから、警察手帳を提示する。
「昼間お電話いたしました、警視庁西新宿署の飛鷹です」
「西島です」
「はい、その時応対させて頂いたのは私です。すみません、少々お待ちください」
言いながら男性店員に近づき、途中まで作っていた花束を託すと、小走りで戻ってくる。「戸松」というネームプレートを左胸につけている彼女は、飛鷹の後ろに宏隆と勇紀を見つけ、笑顔で手を振ってみせた。
「ブルージュリアンには、以前から毎日のように花束の配達に行っています。先ほどお電話でも申し上げましたが、ぴろちゃんに花束を届けてほしいとのご注文は、すべてネットからでした。十月七日から十四日までの分を六日に、十五日から十一月二日までの分を九日に、それぞれ銀行振込でのお支払いで」
「そんなに先まで予約されてるんですか……?」
もうとっくに奥田は死に、昨日やっと遺体が発見されたばかりだというのに、宏隆はショックでそれきり黙り込んでしまった。宏隆の心情を察した勇紀が、そっと華奢な肩を抱き、戸松の証言を真剣に聞いている。
「ぴろちゃんの前で、あまりこういうことは言いたくないんですが、珍しいお花が中心になっていたりと、毎日かなり高価な花束が出来上がっています。注文された方が亡くなられたとのことで、ぴろちゃんが受け取りたくないなら、今日の分から作らないことは可能です。でも、それでは注文者さん……、奥田さんがあまりにかわいそうで、リヴィアとしましては、最後までお届けしたいというのが本音です。ぴろちゃん、いいかな?」
戸松が宏隆の顔を覗き込み、神妙な面持ちで頷く。すると、戸松から預かった花束を作り終えた男性店員が奥から現れ、宏隆の前に大きな赤い薔薇の花束が差し出された。
『あなたを愛しています』
カードに記された文字は、赤い薔薇の花言葉であり、奥田の心からの気持ちに他ならなかった。宏隆は、男から花束を受け取り、深く頭を下げては、嗚咽を漏らす。
「……はい」
奥田がなぜ死の前日から、宏隆に花束を贈ろうと決めたのかは、謎のままだ。自分が殺されると予感していたのか、だとしたら誰が犯人なのか、そもそも他殺か、自殺か。発見まで十日もかかってしまった遺体の司法解剖の結果が出るまでには、数日から二週間程度の日数がかかるようだ。
宏隆の肩を支えたまま、勇紀は無駄だとは思いつつも、花束の「記憶」を読み取る。そこに残っていた切なげな光景を、勇紀は早く真賢に伝えたいと思った。




