第10話 待ち合わせ
都立桜ヶ丘高校の校門前には、スーツ姿の男が立っている。どの教科の先生だろうと、部活動を終えた女子生徒二人が、すれ違いざまに照れた様子で挨拶をした。
彼の風貌を一言で表すなら、間違いなく「イケメン」だ。
切れ長の瞳は品が良く、銀縁の眼鏡が似合っている。すっと通った鼻筋、薄い唇、輪郭は美しいが、どれも女性的ではなく、男っぽい。
同性からも憧れられそうな高身長のイケメンに会釈をされたら、今どきのJKとて舞い上がってしまうだろう。
「ちっかちゃ~ん、お待たせ~っ」
ちらちらと振り向くJKを撒くように、勇紀が大きな声を出しながら真賢の前で足を止める。その後ろから宏隆が顔を出したが、やはりと言うか、申し訳なさそうに肩を竦めている。
「藤沢さんですね。はじめまして、北上宏隆といいます。お休みのところ、すみません」
「ちかちゃん、こちらがぴろちゃんです」
宏隆を見下ろし、真賢は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに気を取り直して、握手を求める。
なぜ自分も花屋に行かなくてはならないのか、探偵の真似事をするはめになったのか、理由はひとつしかない。勇紀がこの事件に関わってしまったからだ。
「藤沢真賢です。事件のことは、勇紀から聞いています。まだつらいでしょう……、無理しないように」
「ありがとうございます。みんな心配してくれますけど、俺は大丈夫ですよ。それより、亡くなった奥田さんのためにも、早く事件が解決するように、警察には出来る限りの協力をしたいんです」
「ヒロもちかちゃんて呼んでね」
「勇紀、お前はお前で、いつも通りがいいんだろうが……」
大きな荷物を担ぎ直し、片手で目元を覆って首を振りながら、真賢が溜め息をつく。
勇紀が促すと、それ以上は何も言わずに歩き始めるあたり、勇紀には敵わないのだろうと、宏隆は思った。
下校時間真っ只中の商店街は、桜ヶ丘高校の生徒、また、付近の大学生で溢れ、いくつかの店舗は、それなりに賑わっている。
菓子屋の前で足を止め、勇紀は宏隆を手招きするが、数歩先を行く真賢に「買い食いをするな」と叱られ、諦めて再び駅を目指す。
勇紀たちの通う、都立桜ヶ丘高校の最寄り駅から新宿までは十三分と近く、徒歩の時間を入れても、最大四十分あればブルージュリアンに辿り着く。
交通費は自宅から通った場合の実費しか出してもらえないので、学校帰りにバイトに行くと損なのだが、休日を潰して働く方がもったいないのは、言うまでもない。
勇紀のシフトは、火、木、日の週三回に加え、他のキャストの急用時には、ヘルプとして出勤するが、その日はホールのみという契約だ。
曜日と時間で席の予約をする客にとって、推しているキャストのスケジュールほど重要視するものはない。
ブルージュリアンは、公式サイトの無料会員登録を勧めており、会員になると、月初に希望するキャスト二名までのシフトがメールで届くだけでなく、割引クーポン、ポイントを溜めれば限定グッズを購入出来る。
店舗のポイントカードとは別のグッズを取り扱っていることから、月に一度以上来店する客はすべてと言っていいほど公式サイトの会員登録をしており、当然奥田もその一人だった。
事務室に設置されているパソコンを使い、丸山がアクセス解析をしたところ、奥田のIPアドレスからのログインは、十月七日の正午頃が最後だとわかった。
その際、奥田はぴろのスケジュールチェックと、その二週間後に開催されるショーの抽選予約に申し込んでいた。
熱心なぴろファンの奥田は、ふとん&ぴろのユニット『ねむい』のショーがある日には必ず来店していたが、そのうちに抽選制に変わってしまい、ひどく残念がっていたのを、宏隆も覚えている。
そしてその最後のアクセスの翌々日、奥田が死んだとされている。注目すべきは、日参していたブルージュリアンのサイトを、前日から閲覧していないこと。また、翌週にあったショーの抽選をスルーしている点だ。
これは、自分は殺されるかもしれないと察していたと取れないだろうか。
だからぴろに迷惑がかからないように、抽選予約にエントリーせず、逆に二週間後のものには、申し込んでおいた。遅くとも、それまでには事件が発覚しているだろうと踏んで、行動に移したのだとしたら。
「勇紀、あのパソコンは読んでみたのか」
勇紀にだけ聞こえる小さな声で、真賢が勇紀に言った。勇紀の能力のことは、兄以外では真賢しか知らない。
「望んだ結果が得られるとは限らないからね。もちろん試してはみたけど、おれたちの仕事中にエロ動画サイトのサンプルを再生する店長、シフト管理表に書き込むパン子ちゃん、あとは、このパソコンの前を通り過ぎる人たちの風景のみ。事件に繋がりそうな『記憶』はなにも」
「奥田さん自身が使っていたものでない以上、仕方ないか……。そして、勇紀が現場に入れるわけでもない」
「さっすがちかちゃん。いいところに気づいたよね。そう、おれは警察関係者じゃないから、実際の現場を見られないし、遺留品にもさわれない。そこで、昨日出会った刑事さんたちとの連携が問われるわけ。特に、一人は使いようによっては、能力で見えたものの代弁者になってくれそうなんだ。おれのファンみたいだし」
嬉しそうにひそひそと話す勇紀だが、真賢は不安げに眉をひそめ、一度目を閉じて小さく唸った。
そもそも、勇紀が「男の娘メイド喫茶」などという俗物的な店でバイトを始めると宣言した時から、いやな予感はしていたのだ。
面倒な客にまとわりつかれはしないか、ノルマに追われるのではないか、住所を特定され、勇紀に危険が及ぶ事態にでもなったら、店を訴えるどころの話ではなくなる。
真賢は勇紀に、バイトなんかしなくていいと返した。あまり広くはないが、こうしてマンションの一室を借りて、二人で楽しく生活している。
勇紀の給料をあてに、もっといい暮らしをしようとはならないし、今のままで、とっくに心は充実しているのではないか、と。
だが勇紀は、どうしても真賢に恩返しがしたく、その提案を跳ね返した。
誰にでも出来る仕事じゃない。容姿の良さと、持って生まれたサイコメトリーという能力を活かし、唯一無二の男の娘メイドになるんだと、勇紀は聞かなかった。
勇紀が強情を張ったが最後、もう従うしかないとは学んでいるので、真賢はそれきり黙った。
あれから半年、いつか何かが起こるだろうと予感していた真賢は、そんな時ばかり勘のいい自分に呆れ、勇紀を見つめる。
「勇紀、そろそろじゃないのか」
真賢が自身の腕時計を指し示すと、勇紀はそれを覗き込んで、あっと声をあげた。目の前には、それまで真賢が背負っていた、大きなバッグが掲げられている。
「ほんとだ。十分前だね。すぐに着替えてくるから、ちかちゃんとヒロは先に下に降りててくれる?」
「え、着替えって勇紀、メイド服を着るの?」
「まっさか、今日はオフだもん。でも、いくら警察とはいえ、すっぴんを見せるわけにはいきませんので」
パン子の口調の真似をしながら、勇紀は更衣室へと走っていった。しばらくその余韻に浸っていた二人だったが、時間がないことを思い出すと、真賢は宏隆に先を譲った。
「どうぞ。足元に気を付けて」
「ありがとうございます。ふふっ、藤沢さんて、勇紀に甘いんですねぇ」
外階段をトントンと下っていく宏隆の背中を眺め、真賢は恥ずかしさに、片手で顔を覆う。
もちろんわかっている。その弱みを、勇紀に握られているとも察している。
それでも、俺はこれからも、勇紀の居場所であり続けたいのだと、真賢は自信をもって一歩を踏み出した。
平日の夕方、一階のアニメニアには、学校や会社帰りと思われる女性客を中心に、男性もちらほらと見受けられた。もうじき約束の十八時だが、周辺にぴろの姿はない。
「まだ来てないみたいですね。お店は……、昨日はいなかったキャストの方が」
目の上に手をかざし、西島がブルージュリアンの店内に視線を向ける。
飛鷹はそんな西島の腰を掴んで回収し、アニメニアを利用する人の邪魔にならないよう、端に寄ってから、西島を立たせた。
「週に一度しか出勤しないキャストもいるようだが、支配人に事件だと伝えてもらった。あと数日はブルージュリアンに通って聞き取りを行うが、有益な情報は得られないだろうな」
「うーん、俺は順序が大事だと思ってます。いくら奥田さんの推しがブルージュリアンのメイドさんだったといっても、その店にこだわったところで、正しいルートからでないと何も出て来ません。それより、まずはこれからみんなでリヴィアに行って、店員さんに話を聞き、そこから始まるんです。早期解決はもちろんですが、そのために協力してくれる人がたくさんいるんですから」
「西島、その『オシ』というやつだが……」
「すみませーん! 飛鷹さん、西島さん、もう来てらっしゃったんですね!」
ぴろの声がして、西島は笑顔で振り向くが、肝心の相手が見つからない。
すると、きょろきょろとぴろを探す西島と飛鷹の前に、地味な雰囲気の少年が足を止め、近い距離で小さく手を振って、苦笑いをしてみせた。
「えっと……、だれ、ですか……?」
メイクをしていない宏隆は、「ぴろ」とは完全に別人で、西島は飛鷹に訴えかけるような目をする。
知らない少年と、自分たちと同年代くらいの青年を前に、飛鷹は事件の長期化を予感せずにはいられなかった。




