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異世界は美味しい

作者: 森ノ畑

 私の名前はアリサ、冒険者だ。

 どちらかというと小柄な方、というかかなり小柄の部類に入る。幼い顔のせいでよく子どもに間違われるが、れっきとした成人である。(この世界は15歳で成人となる。冒険者登録は12歳から可能)

 まだ成長してる途中で、これからナイスバディな大人の女性になる予定だ。

 魔法も使えるし、冒険者としてのキャリアも3年になるベテランだ。(魔法は初級魔法だけだし、まだ1人で魔獣討伐は無理だけど)




 今日も薬草採取の依頼を受けて森へやって来た。



 森とはいえ、魔獣がいる魔の森の最端にある森の入口で、魔獣が現れることはほとんどない。現れてもホーンラビットなど小型の魔獣で、私の初級魔法でも十分に対応できる。

 魔の森は魔獣が跋扈する危険な森だが、人が滅多に入ってこないため素材の宝庫であり、色々な薬草や珍しい木の実などがあるらしい。



 私が依頼を受けた薬草はそれほど珍しいものではなくソウハクという傷薬になる薬草で、森の浅いところで群生している。


 いつも同じような依頼を受けているので、森の周辺のどこに何の薬草があるかということはこの3年でだいたい分かってきた。季節によって採取できる薬草も変わるし、日が当たるところを好むものや日陰に群生している薬草があったりと、薬草によっても採取できる場所はけっこう違っている。




 街道から外れて森の入口まで私が秘密にしている目印に沿って歩いてきた。


 生活がかかっていることなので、自分で調べた薬草の群生地域などは他人には教えられない。みんなが採り尽くしてしまうとその薬草は採れなくなってしまう。必要なときに必要な量を採ることで、その薬草を長く採取できるようになるのだ。



 稀に出没するホーンラビットに注意しながら、できるだけ音を立てないように進んで行く。


 普通の動物であれば人間を恐れて人の音に気が付くと逃げていくのだけど、魔獣は違う。人の気配を感じると襲ってくるのだ。



 目当ての薬草を採取できる場所までやって来た。

 周囲を確認してから薬草採取にかかる。

 薬草の種類によっても採取の方法が違い、葉だけを採ればよいものや、根が必要なものだったり花が必要だったりするので、注意して採取していく。

 このソウハクは葉を煎じることで効果を出す薬草なので、採取用のナイフでできるだけ若い葉を切り取っていく。

 薬草は新鮮さも大事なので、できるだけ手早く採取し持ち帰らなければいけない。



 依頼された量の薬草を採取し終わったので、町へ戻ろうかと思い立ち上がったところ、少し離れた大きな木の幹に大きな穴が開いているのが見えた。


「あれ? あんなところに穴なんてあったかな?」


 今まで気が付かなかっただけかもしれないけど、何の穴だろうかと興味が湧いて、近づいてみることにした。


 周囲に魔獣がいないかを意識しながらその大きな木の傍に近づいた。

 木の幹に開いた穴から少し距離を取って少しの間見ていたが、特に動物や魔獣の気配はないので、少しずつ近づいて木の幹の目の前までやって来た。



 穴の中は真っ暗で何も見えないし、何も聞こえない。

 木の幹は直径2.5メートルくらいだから穴の深さもそんなにあるわけないのに何で真っ暗なんだろうと、小柄な私が少しかがんで入れるくらいの穴に足を踏み込んでみた。


「きゃぁー!」


 滑り落ちた。

 何で? 木の幹でしょって思っていたのに、急に地面が無くなったような感覚でとにかく滑り落ちた。




「いったぁーい」


 硬い地面に尻もちをついて止まった。


「何これ? どうなってんの?」


 地面は土や木ではなく、黒くて硬いもので一面敷き詰められていた。

 周りを見渡すと、さっきまでいた森とはまったく違う光景が目に入ってきた。


「えっ!」


 森にあった木や草はすべて無くなっており、地面は真っ黒で周りには灰色の壁が空高くそびえていた。


「どうなってんの?」



 そのとき大きくて白い四角いものがこちらに向かって走ってきた。

 慌てて飛びのいたが、その四角いものは「ギャー」っと大きな叫び声のようなものを発して止まった。


「見たことない新種の魔獣?」


 むこうに攻撃の意思があるかわからないけど、とにかく身を守るために魔法を発動した。


「ファイヤーボール!」


 何も起こらなかった。


「何で魔法がでないの?」


 恐怖でパニックになって魔法を何度も発動させようとした。


「ファイヤーボール! ファイヤーボール! ファイヤーボール!」


「何やってんだ?」


「えっ?」


「そんな道の真ん中で突っ立ってると危ないぞ。ちゃんと歩道を歩けよ」


 白い四角いものには人間が入っていた。


 急いで灰色の壁の近くに逃げると、その四角いものはうなり声をあげながら走り去っていった。


「使役魔獣……?」


 話には聞いたことがある。魔獣を飼いならし、戦いに使うテイマーという職業があると。

 初めて見たが、きっと今の人がテイマーに違いない。



 なんとか自分を納得させ、まだ聞いたこともない魔獣がいるんだなと思ったが、今の状況をどうするべきかと頭を悩ませた。



 ふと見ると、壁の向かい側に人がいる。でも、見たこともないような服装をして、歩いている。見たところ武器も装備していないし、こんな見たこともない魔獣が現れる場所で大丈夫なのだろうかと心配してしまう。


「そうだ! 薬草を早く持って帰らなきゃ」


 今日の依頼を思い出したが、どこに行けば帰れるのか分からない。滑り落ちたからと上を見ても、高い壁の上に空が見えるだけだった。薄曇りの空だったが、幸いなことに太陽の位置が少し見えている。


 見渡す限り左右どちらに向かっても灰色の壁が続いているようだけど、このままここにいても帰り道が見つかるように思えなかったので、とりあえず太陽の位置から判断して東に向かうことにした。




 しばらく歩いたが壁の模様が違っているだけで、周囲の景色は変化しなかった。所々に分かれ道になっているところがあったが、どちらを見てもあまり変わらない景色だったので、とにかく東を目指した。

 ここが魔の森の中にいるのであれば、町に帰るためには東に向かって歩かないといけない。



 1人では心細く、座り込んで泣き出したい気持ちだったが、日が暮れる前に町まで帰らないと魔獣が現れるかもしれないと、心を奮い立たせた。



 歩いていると時々人を見かけたが、見たこともない服装で雰囲気も変わっていて、なんだか違う世界の人に見えた。へたに貴族などに話しかけたりすると、そのまま処分されることもあったので、できるだけ目を合わせないようにして歩いた。




 ずいぶん歩いていて疲れてきたので、壁にもたれて座って休んだ。

 いつもならのどが渇いたときに水魔法で飲み水を出すのだけど、いくら試してみても魔法が発動しない。


「疲れちゃったな。どうすればいいんだろう」



 膝に顔をうずめて座っていると、急に何かがぶつかってきた。


「うわっ! 何だ? おい! お前こんなところに座って何やってんだよ!」



 びっくりして顔をあげると、いかついお兄さんがこちらを向いて睨んでいる。


「なんだ~。コスプレでもやってんのかよ。小学生なら学校に行ってろよ!」



 コスプレ? よくわからない言葉が出てきたが、なんか歳のことで馬鹿にされているような気がする。きっと顔が幼いから、子ども扱いをされているような。


「なによ! 急にぶつかってきておいて謝ることもしないの? それに、私はれっきとした大人よ!」


「ははっ! 何が大人だ、お子様じゃねぇか。子どもは家に帰ってママのおっぱいでも飲んでろよ!」


「言わせておけば! 見ていなさい、痛い目にあわせてあげるわよ。」



 魔法を発動させようとして気がついた。ここでは魔法が出ないんだった!

 冷汗が流れてきた。


「痛い目? いったいどうしてくれるっていうんだ?」


 その男はニヤニヤしながら近づいてきた。



 やばいやばいやばい。どうしよう。冷汗が止まらない。

 手を前に出し、魔法を発動させる体勢にはなっているが、魔法が発動する気配はない。

 じりじりと後ろに下がって、距離を取ろうとした。



「おい! 何をしてるんだ?」

「やべっ、警官か!」

「どうかしたのか?」

「くそっ! ガキは早く家へ帰れ!」


 そう言うと、その男は振り向きざまに速足で去って行った。


「ふう~。焦ったわ」



 安心したのも束の間、声をかけてきた青い服を着た男が近づいてきた。

 とりあえず絡まれていたところを助けてくれたんだし悪い人には見えなかったけど、どんな人なのか分からなくて身を固めた。


「お嬢ちゃん、こんなところでどうしたのかい?」

「えーっと、帰り道が分からなくなっちゃたの」

「どこから来たのかな?」

「オルトの町からなんだけど……」

「うーん、聞いたことないな」


 えっ? オルトの町を聞いたことがないって、魔の森の近くにあるのはオルトの町しかないはずなのに。

 もしかして遠くの場所に飛ばされちゃった? そんな……


「もしかして外国から来たのかな? 顔立ちも日本人じゃないみたいだし。でも、日本語すごく上手だね」

「……」

「お嬢ちゃんの名前はわかるかな?」

「アリサ……」

「アリサちゃんか。苗字は分かるかな?」


 苗字なんて貴族しか持っていないはずなのに。ここは貴族しかいない場所なのかな?


「うーん、困ったね。とりあえず交番まで一緒に行こうか。疲れているみたいだし、お茶かジュースでも飲みたくない?」


 お茶! お茶なんて一般庶民が飲めるようなものじゃないわ。やっぱり貴族なのかな。私が貴族様と一緒に歩いていて、処罰されないかな。

 でも喉は乾いたし、お茶って飲んでみたいしな。


 私が悩んでうつむいていると、その青い服の男が背中を優しく押して、声をかけてきた。


「すぐそこだからおいでよ。一緒にお家を探してあげるよ」


 私はどうしてよいのか分からず、その青い服の男に背中を押されて歩いて行った。




 歩き出してほどなく、その青い服の男が言っていたコウバンという場所に着いた。

 入口が大きなガラス張りになっていることに驚いたが、そのまま中に入らされた。

 中にはテーブルとイスがあり、そのイスに座るようにと言われたので素直に座った。どうしてよいか分からなかったので、助けてくれそうな青い服の男を少しは信用してみようかという気になったのだ。


「さて、とりあえず喉が乾いてないかい?」


 ガラスのグラスに茶色い水を入れて出してくれた。

 よく見ると水には白っぽい塊が浮いていて、グラスを触るととても冷たかった。

 これも魔法なのかなと思いながら、グラスの中に入っている茶色い水を少しだけ口に含んでみた。


「!!」


 冷たい! そして美味しい! 何これ!? 貴族様ってこんなものを飲んでいるの?

 思わずごくごくと一気に飲んでしまった。


「やっぱり喉が乾いていたんだね。もう一杯入れようか?」


 私は言葉が出ずに、ただコクコクとうなずいた。


 青い服の男は奥に入って行って、しばらくするとさっきのグラスと一緒に、お皿に乗った白いものを持ってきた。


「おなかも減ってないかい? ちょうどショートケーキがあったから、良かったら食べて」


 ショートケーキ? 何だろう?

 まじまじと見てみると、柔らかそうな白い塊の上に赤い丸いものが乗っている。


 そのショートケーキというものがのせられたお皿と一緒にスプーンがあったので、恐る恐る少しだけ白い塊を取って、口に入れてみた。


「美味しい!」


「お口に合って良かった。遠慮せずに食べていいよ」


 こんな美味しい食べ物、生まれて初めて。甘くてふわふわで口の中ですぐに溶けて無くなった。

 夢中で食べた。


「こんな食べ物が世の中にあるなんて……」


「何か言ったかい?」


 独り言を聞かれたみたい。

 私はブルブルと首を振った。


 こんな美味しい食べ物、もっと食べたい! どうすれば食べられるのかな。

 もっと食べたいけど、この青い服の男になんて言ったらいいのか分からない。




 うーん、うーんと悩んでいると、突然目の前が歪んで見えた。

 なんか眩暈が……




 気がつくと薬草を採取していた場所で倒れていた。


「あれ? 私どうしてたんだっけ?」


 確か、木の幹にあった穴を覗いたら知らない場所に飛ばされて……


「そうだ! あの甘い食べ物! もう一回食べてみたい!」



 慌てて起き上がって周りを見渡してみたが、穴のあった大きな木も、木の幹の穴もどこにも無い。


 夢だったのかな? いや、あの冷たい飲み物の感触や甘くてすごく美味しい食べ物の味。絶対夢なんかじゃないわ。


 諦めきれずに少し離れた場所まで探しに行ったけど、木の幹にあった穴は見つからなかった。


 夢中で探しているうちに日が傾いてきたので、断腸の思いで仕方なく町に帰った。




 あれから何度も、あの日見た木の幹にできた穴を探しに行ってみたが、いまだに見つけることができずにいた。



 それでもアリサは諦めきれない。


「あの甘いショートケーキという食べ物、もう一度食べるまで絶対諦めないんだから!」

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