その10
昨日までの吹雪が嘘の様に、晴れ渡った空が広がっている。
「また今年もこの日が来ましたね」
護衛のフランクが言った。
「そうだな」
5年前からこの日は「聖女の日」として国中がピンク色のアイテムで飾り付けられる。
ピンク色は聖女クレアの髪色だ。
毎年ピンクに染まった街を見ると、あの日のことを思い出す。
屋上で、クレア嬢は魔王に抱きつき、魔王も彼女を抱きしめた。とても大切そうに。
魔王と聖女が想い合っているなどと誰が予想できただろう。
二人の間に何があったのかは知らない。でも何故かあの一瞬で、二人が想いあっているとあの場にいた誰もがすんなりと納得した。
まるで以前から二人を見守っていたかの様に。
『お願い! 私を連れて行って』
『それはできない』
最初魔王はクレア嬢を連れて行くことを躊躇っていた。しかし彼女は諦めず……そして二人は口付けを交わした。
普通なら目を逸らすところだが、まるで絵画のような、一つの芸術作品のような美しさに目が離せなかった。
やがて二人の足元に魔法陣が浮かび上がり光に包まれると二人の姿は消え、暗かった空が嘘のように一瞬で晴れ渡った。
しばらく身動き出来なかったが、なぜか急に彼女の言葉を思い出した。
『積極的に人間界に来ようとする魔物はいません。人間が珍しい素材や魔石を奪うために結界を壊して魔界に侵攻しなければ、彼らは人間を襲ったりはしません』
討伐要請が出た時に彼女はそう言っていた。
なぜか気になり、すぐに魔物の被害の報告があったものを全て調べ直した。
すると、やはりこちら側の結界が故意に壊されていたことがわかった。
すぐに父に報告した。
「聖女様が自らの身を差し出してこの国を守ってくれたのだ。私たちはその気持ちに応えなければならない」
国王陛下の勅命で、魔界への侵略や略奪と認められる行為を行った者を厳罰に処した。
あの場にいた者は、決してクレア嬢が国のために自らの身を差し出したわけではないことを知っているが、誰も何も言わなかった。
それでいいと思った。
「アデル殿下のお加減はいかがですか?」
側近のアレックスが聞いてきた。
「ああ、問題ない。二人目だからなのか、今回はアデルも落ち着いている」
そう言えば、政略結婚だった俺たちが寄り添える様になったのもクレア嬢のお陰だったな。
同じ事を思い出したのだろう。
アレックスが言った。
「そう言えばクレア嬢、アデル嬢に『エリック様は憧れ』で『好きな人は別の方です』って宣言していましたね」
「そうだな」
「……」
「ケヴィンどうした?」
「実は僕、クレア嬢が覚醒する前までずっとクレア嬢の側に誰かがいた様な気がしてたんだ。誰だったのか意識を集中しようとすればするほどボヤけて、結局わからずじまいだったんだけど、あの日屋上で魔王と抱き合ってるのを見て、なんかすごく納得したんだよね」
「ああ、なんかわかる」
フランクが言い、アレックスも頷いた。
皆同じ事を思っていたのだな。
俺たちに幸せを運んでくれた彼女は、きっと魔界でも多くのものを幸せにしていることだろう。
せめてもの恩返しとして、少なくとも俺が生きている間は誰にも魔界への干渉はさせないつもりだ。
『魔界は陽の光がない。人間は長く生きられない』
魔王はそう言っていたが、なんとなく、彼女ならきっと大丈夫だろうと思わされてしまう様な所が彼女にはあった。
うん、きっと大丈夫だ。
彼女は今日も魔界で皆を笑顔にしていることだろう。
〜fin〜
お読みいただきありがとうございました。
これで本編は終わりです。
この後は番外編として魔王sideを投稿いたします。
宜しければ引き続きご覧くださいませ。