攻略対象者は可愛い悪役令嬢を溺愛する
※「悪役令嬢は悪役令嬢となる婚約を受け入れる」の続き&王子視点です。先にこちらの悪役令嬢視点を見てからの閲覧をお願いします。
12歳となっていた。
この国では12歳になると貴族は学園に通わなければならない。
そこで3年から5年通うことで、貴族として申し分がない教養を身につけていることを保証してもらう為だ。
俺の可愛い婚約者は俺と同年齢なので、一緒に入学することが出来る。
野郎共と狭い教室で過ごすなんて許せないから、一緒に入学できるのは本当に良かった。
せめて俺が傍に居て防波堤にならないとな。
と、学園に来るまでは思っていた。
しかし、学園の門を通り抜けてからか、どこか既視感のようなものを端々に感じた。
入学早々図書館を見学したいという可愛い子を図書館において、少しだけ散歩してみることにした。
そうしたら既視感の原因が分かるような気がしたのだ。
だから歩いていると、「に゛ゃああああ」と言う猫の不機嫌そうな鳴き声が聞こえてきた。
「待って、猫ちゃんっ!」
そしてすぐに女性の声が聞こえてきたかと思うと、茂みから猫と女性が飛び出すように出てきたので反射的にひょいっと避け、女性が転ばないように支えた。
女性に怪我されると色々と面倒なのだ。
「っ」
「大丈夫かい?」
衝突しそうなことが分かったからだろう。
ぎゅっと目を瞑っている女性をきちんと立たせ、少し離れて怪我無いことを一応確認する。
「あ……も、申し訳ございませんっ」
目を開け、勢いよく頭を下げる女生徒。
ああ、思い出した。
ここは、乙女ゲームの世界だ。
そして、目の前のこの女生徒は所謂ヒロインか。
それを理解し、即座にいつも通りの笑みを浮かべた。
「構わないさ、素敵なご令嬢に触れることが出来て光栄だよ」
とゲームの俺なら言うのだろう。
だけど、俺にはファニーが居る。お世辞でもファニー以外に触れたことを喜ぶなんて言いたくない。ファニーが誤解したらどうするんだ!
「気を付けると良い。ここは身分を翳すことの出来ない学園ではあるが、同時に社会の縮図でもある。平民では謝れば許されることでも貴族社会では攻撃の元となる。マナーは自分の身を守る為に必要な武装だ。早々に身に着けることをおススメするよ、
アニエス・モルメク嬢」
アニエス・モルメク。
モルメク男爵家の私生児。一年前まで市井で暮らしていたが、モルメク家の後継ぎになるはずだった男児が病で死んだことにより、引き取られた人。
という設定のヒロイン。
「あ、え……わ、私のことをご存じなのですか?」
「私が誰か知らないのかな?」
「い、いえっ、お初にお目にかかります。アニエス・モルメクでございます、フレデリック第三王子殿下」
慌ててカーテシーをする彼女にはゲームの知識はあるのだろうか。
俺の可愛いファニーにはこれまでの言動を考えるとありそうだ。
なくても俺がわざわざファニー以外の女と接触する可能性は排除しておきたい。
「ふむ。やはりマナー講座をきちんと受けることをおススメするよ。必要なら私の方から話を通しておこう」
「あ、ありがとうございます、フレデリック殿下」
「ああ、では私は失礼する」
種は蒔いた。
もしこれで馴れ馴れしく接触してきたら黒だと判断しよう。
だがそんなことよりも、俺の可愛い婚約者に会いたいっ!
そう、前世の記憶などなくとも、あの可愛い子は可愛いのだっ!
前世の頃からお気に入りのキャラだったけど、実物はもっと可愛いっ!
記憶はなかったけど、可愛がりまくっていた俺は最高に趣味が良い!
「てことで、ファニー分が足りないんだ。可愛がらせておくれ」
図書館を楽しんでいたファニーには悪いと思ったけど、唐突にそれだけ言って帰りの馬車に乗せた。
出来る限り回り道をするよう命令してから、馬車の中でファニーを可愛がりまくる。
膝の上に乗せ、抱きしめながら頭を撫で、頬擦りし、顔中に接吻する。
真っ赤になるファニーに言葉でもどれだけファニーが可愛いかを教えてあげる。
そうして優に一時間以上たっぷりとファニー分を充電してから、屋敷に送り届けた。
ファニーを送ってから、先程思い出した前世の記憶をじっくりと思い返す。
前世を思い出したからと言って、今の人格に変化はない。
12になるまでこの世界で生きてきたんだ。今更何かが変わることはない。
何よりファニーは可愛いのだ!
他の部分などどうでも良い。ファニーは可愛いのだ!
悪役令嬢?
そんなのゲームの王子が悪いに決まってる。
なんであのバカ王子はこんなに可愛いファニーを選ばないのか全く理解が出来ない。
あの無表情で冷たく厳格だと見られている表情をよく見て見ろっ!
どこが無表情なんだと言いたくなるくらいに表情豊かだろう!
むしろ笑いそうになって一生懸命無表情でいようと努めているあの不自然に歪んだ唇! キスしてしまいたくなるくらいに最高に可愛いだろう!
いや、バカ王子にファニーはもったいないから、やっぱり分からなくていい。
ファニーは俺のものだ!
そう、ファニーは俺のものなんだ。
前世の記憶があるかどうかなんて分からない。だけど、あのヒロインへの対策はしておいた方が良いだろう。
万が一にもファニーと結婚出来ない芽など残しておきたくない。
「俺の可愛いファニー、作って欲しいものがあるんだけど、いいかな?」
ファニーと婚約した後、ファニーは発明品を開発することで俺の手助けをしてくれるようになった。
ファニーは発明を楽しんでいるから止める気はないけど、第三者から見れば俺がファニーを利用しているようにしか見えないことは自覚している。
それでもファニーの凄さを知らしめたいし、俺が王になる為に必要な根回しにファニーの発明品は非常に有効だということも分かっている。
だから、結局俺はファニーを利用している。
「何ですか?」
「魅了や洗脳と言った精神攻撃を感知できる魔道具が欲しいんだ」
あのヒロインにそんな魔法が使えるとは思っていない。
だけど、あのゲームには課金することで好感度上昇アイテムを使うことが出来た。
俺はファニー目当てであのゲームをしていたから、ヒロインの好感度をあげる為のミニゲームなんて面倒くさくてこの好感度上昇アイテムを利用していたのだ。
勿論、好感度上昇アイテムなんてゲームだったから効果があったのだろうし、あのアイテム自体に相手を無条件に魅了させるような特殊効能はないだろう。
流石に裏設定までは調べなかったから、憶測だが。
でも、この世界には魔法がある。
勿論魔法と言ってもきちんと体系付けられたもので、科学に近い。想像や願いの力で不思議な力が働くみたいな超常的なものではない。
しかし、精神に影響を及ぼす魔法が存在することも事実なのだ。
当然、精神に影響が及ぶものは例え良い効果のものであっても非常に厳格に管理されている。
基本的に精神に影響が及ぶものは禁忌魔法なのだ。
だけど万が一がないとは言い切れない。
「感知、ですか? 防御や無効化などではなく」
「感知だけで良いよ。防御や無効化は出来ないだろう?」
精神攻撃というのは、人為的に精神に悪い影響を与えるものだから攻撃と言われる。
でも、精神に作用するよう働きかけているものは普段から存在している。自然界から無意識に人間は精神を始めとした人体に影響があるものを取り込んでいるのだ。
精神攻撃を遮断するようなことをすると、自然界からも遮断されて人体に悪影響が出る。
そして精神に及ぶ影響が悪いか良いかは人間が勝手に判断しているものだ。
だから精神攻撃と呼ばれているもののみをどうこうすることは不可能と言うのが定説だ。
勿論時間を掛ければ、もしかしたらどうにか出来るかもしれない。ファニーは天才だからね。
でも、学園生活を送る際に着けさせたいのだからスピードが肝心なのだ。
だから出来るか出来ないかの研究は頼まない。
今は何か自分達の意思以外の力が働く可能性を除外しておきたいのだ。
「承知いたしました。すぐに取り掛かりますね」
「ああ、ありがとう。本当にファニーは賢くて可愛いね」
ファニーの発明品のお陰で色んな所から支援金という名の対価を貰っている。
とある領地をファニーの発明品で救った対価であったり、ファニーの発明品を量産化及び商品化する権利をあげる対価であったりと色々だ。
だから、俺の個人資産はとても莫大なものとなっており、それがファニーの発明資金にもなっている。
勿論色々交渉したりしたのは俺だけど、ファニーの発明品のお陰でもあるのだから、これは夫婦の資産だと常々言っている。
俺が運用した方が良いからとファニーはあまり執着していないようだが。
まあ、そんなわけで数日後には魔道具は完成していた。
潤沢な資金とファニーの頭脳があればこんなものだ。
「というわけで、お前らも付けておけ。これは命令だ」
側近達の分も作ってもらったのは、領地を救ったりした際に俺自身に忠誠を誓ってくれた奴らだからではない。
前世の記憶が戻ったことで、こいつらが攻略対象者だと気づいたからだ。
道理でファニーが微妙そうな顔をしていたわけだ。
ヒロインとぶつかりそうになったあの出逢いイベントと言い、こいつらと言い、これはゲームの強制力なのだろうか。
まあ、俺には効かないようだが。
チラリと見るファニーはいつも通り無表情と言われる顔で本を読んでいた。
うん、今日もファニーは可愛い。
「し、しかしこのような高価なものを付けるなど畏れ多いことです」
「殿下とステファニー嬢が付けていらっしゃるだけで良いのではないでしょうか」
辞退を申し出る側近達を見て、最初にファニーに魔道具を贈った時のファニーも可愛かったなと思い出す。
今では結界の魔道具だけでなく、毒を検知する魔道具や万が一の時に場所を感知する為の魔道具など色々付けさせているので、今回のように魔道具を追加しても何か言われることはない。
「お前達はファニーに近寄ることが多い。ファニーの安全の為にお前達が精神攻撃を受けない対策をすることは仕事の一環だ。肌身離さず付けていろ。再度言うが、これは命令だ」
でもファニーと押し問答するのはそれはそれで楽しい。
こんな野郎共と押し問答する趣味はないから、野郎共の意見など一蹴して強引に話を切り上げた。
ヒロインのマナーについては既に頼んでいるし、これでしばらく様子見かな。
そもそも学園生活なんて青春は可愛いファニーに捧げるべきなのだ。
「ファニーは今日も可愛いよね」
「……リック様、ここは学園です。もう少し自重なさって下さい」
婚約してから、人目を憚ることなくファニーを可愛がりまくった。
良く膝の上に乗せて腕の中に閉じ込めるし、手や髪だけでなく顔中に接吻しまくるし、可愛いが常にゲシュタルト崩壊しているくらいに可愛いと言いまくる。
ファニーは恥ずかしがり屋なので、これでも一応人前では少し自重しているつもりだ。可愛いファニーを自慢はしたいが、誰かに分けてやるつもりなど全くないのだ。
しかし俺がファニーを溺愛していることは有名だ。
お陰で今ではもう何かを言ってくる人などいない。
精々「今日も仲が良いですな」と挨拶のように述べてくるくらいだ。
多分、俺の見た目が美少女だからだろう。
見た目が野郎だったら、婚約者でもやりすぎだと止められていたはずだ。
だが、美少女のお陰で仲の良い女同士にしか見えなくて、誰も注意をしないどころか、スルーするのだと思う。
でも、ファニーは未だにこうして時々控えめに抗議してくる。
勿論、嫌がっていないのは知っているからやっていることなんだけど。
「ファニーが可愛いのは事実なんだから仕方ない。むしろファニーの可愛さを世に知らしめることこそが俺の使命だと思わないか?」
「思いません」
「そうか。ファニーは俺一人に可愛がられればそれでいいもんな。それは申し訳ないことをした」
「っ」
ここで口先だけでも否定の声を述べられないというのがファニーの可愛さを示している。
それにしてもファニーを見ていると、前世の淡い恋を思い出す。
そもそもファニーにハマったのも、あの人に似ていたからだ。
あの人は高嶺の花だった。
孤峰の存在だった。
接点なんてなかった。
だけど、昔神童だと騒がれた天才だということは知っていた。
だから俺は有名人に心酔するただの痛い人だったと言えるだろう。
それでも、あの人の一人で立ち、そして成果を出している姿がとても眩しかったのだ。
俺は前世でも女っぽかった。
虐めを受けるということは幸いにもなかったものの、とてもじゃないけど男として自信は持てずにいた。
そうだ、最初はそれであのバカ王子に共感したんだ。
ヒロインに惹かれていくのが信じられなくて忘れていた。
結局、俺は勇気を出すことが出来なかった。
あの人に声を掛けることさえ出来なかった。
もし、好きだと言えていたら、何か変わっていただろうか。
「報告します。昨日魔道具が反応致しました」
ある日、側近――いや、攻略対象者と言おう――の一人がそう告げてきた。
入学から半年経っていた。
「全員、魔道具は所持しているか?」
即座に確認する。
「当然ですっ」
真っ先に返事をしたのは皇室魔導士を目指しているパスカル・アモン。
お姉様方が喜ぶショタっ子にしか見えない元気っ子だ。中身は真っ黒なので俺とは気が合う。バッドエンドルートだと血生臭いことになるので要注意だ。
「おう、勿論ですぜ」
怪しい敬語を使うのは脳まで筋肉尽くしなモルガン・デモス。
暑苦しい熱血タイプで、剣を所持しているものの得意な得物は槍という細マッチョだ。明るいように見えて幼い頃に親友を亡くしていることが心の傷となっているらしい。が、脳まで筋肉尽くしなので変な拗らせ方をしている。攻略するのに武力が必要という意味の分からない奴だ。
「常に身に着けております」
文官を目指している子爵家の四男のヨアン・バジュー。
という設定で実のところは影の一員でもある。表に出て俺の側近の振りをしているのは、俺の本当の味方が少なかった頃の名残だ。人前では軽薄な女好きを装っているが、むしろ頭が固いくらいに真面目だ。
そして魔道具が反応したと報告してきたティッキー・デュポン。
商売が成功したことにより爵位を賜ったとある商家の次男。
真面目な委員長タイプで、片目に着けられているモノクルが特徴的なやつだ。勿論見た目が真面目なだけで実はかなりの悪戯っ子だ。どこが本心か分かりづらいのがミステリアスで良いそう。
因みに俺は美少女なのに言動は王子らしく尊大なところもあるが基本は優しい王子様。女らしいことに悩んでいるが、それは本当に親しくならないと絶対に見せないくらいに徹底して理想の王子様を演じている心の強い人。実は剣も魔法も強いし、努力も怠らず、万人に優しいが優しいだけでなく政治力が優れている。
という設定だったのに、ファニーに対してだけは色眼鏡で見まくっていたバカ王子。
例えゲームでもアレが俺だとは思いたくもない。
「よし、ティッキー。犯人は割れているのか?」
「はい。アニエス・モルメク嬢です」
アニエス・モルメク嬢。
ヒロインか。
あの後、俺に対して接触してこなかったのに、こんなことをしでかすのか。
やはりあの時ゲームのセリフでなかったことで警戒心を呼び起こしたと見た方がいいのか?
どちらにしろ俺とファニーがラブラブな時点で直接的に来るとは思えないのだが。
「詳細は」
「先日少々手を貸したのですが、そのお礼にとクッキーを貰ったのです。そのクッキーに混入しているものが反応した理由のようです」
「薬物か」
「分かりません。アニエス・モルメク嬢は市井で暮らしていた期間が長く、クッキーを手作りしたらしいのですが、その際に一部の材料を森で集めたそうです。まだこれが何か等は調べられておりません」
「そうか」
さて、これが故意だったら手を下せるんだが、どうしたものかな。
「現物は所持しているか?」
「はい、ここに」
「よし、ヨアン、混入物を特定してくれ」
「はっ」
「モルガンはブツが分かり次第、その森に行って簡単に手に入るものか実際に調べてきてくれ。闇市への潜入となりそうだったら、別途作戦を練り直すから戻ってこい」
「おうっ」
「ティッキーはクッキーは良い。本人の経歴について調べてくれ。市井に居たならお前が適任だろう」
「承知しました」
「パスカルは今現在の本人について評判等を聞いてきてくれ。学園内だけで十分だ」
「了解ですっ」
ああ、これでようやく影を付ける理由が出来た。
後でヨアン経由で影を付けさせよう。
だがまずはファニーへのフォローだな。
「大丈夫かい? 俺の可愛いファニー。随分と動揺しているね」
今のところ、ファニーに前世の記憶が戻ったことを告げていない。
何でかと言われたら上手く言えないけど、あの人の幻影をファニーに見てしまっていることが躊躇する原因なのだと思う。
「……私も、捜査に加わってよろしいでしょうか」
「駄目」
ヒロインと関わりを持たせるなんて冗談じゃない。
万が一、ゲームの強制力とやらが働いたらどうするんだ。
「ですが……」
「万が一、俺やファニーへの攻撃が目的だったらどうするんだ。俺達は守られることも仕事だぞ」
「そう、ですね……申し訳ございません」
ヒロインが接触してきたことで動揺する気持ちは分かる。
でも俺がファニーをどれだけ愛しているかは告げてきたつもりだ。
「大丈夫。俺はファニーをいつだって愛しているよ。何があってもファニーの味方だから安心して俺の可愛い婚約者で居ておくれ」
「リック様……」
決して俺はあのバカ王子のようにはならない。
前世の俺にも言ってやりたい。
男として自信を持ちたければ、自分の全てを使って愛する人を守り抜けと。
与えられる恋をしているうちは男とは言えない。
自信も愛も夢も希望も全て俺が与えるべきものだ。
見ろ、この安心した笑みを。信頼した瞳を。
これを守り切ることが男としての使命というものだろう。
そうだ。
あの人の凛とした姿は好きだった。
でも、本当はこんな顔をして欲しかったんだ。
俺が幸せにしたかったんだ。
だから、今度こそは間違えない。
折角ここまで来れたんだ。
ゲームだか何だか知るものか。
俺とファニーはここに生きている。
決して誰にもこの幸せを奪わせたりしない。
愛して守り抜いてやる。
俺はファニーと生きていくんだ。
やっぱり一番のポイントである前世の恋を今世で成就する部分を書かないと意味が分からないかなと思い、続きを書きました。
最初は悪役令嬢視点だったのですが、王子の前世を書かないと結局意味が分からないので王子視点です。
※「天才な姉は美少女王子に溺愛され、そして俺達は……」に続きます。
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