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96 ホントだね、困っちゃった

 食事場の手前で立ち止まって幻想的な光景を楽しんでいる間に、ネロは調理場にバスケットを返して直ぐに戻ってきてくれた。ネロが進む少し後ろをついていく事にする。


 少しだけネロが先行するように調節して歩いていたら、ネロは意図が分かっているかのように少し先行して俺の歩調になってくれた。


 ネロの顔は前に向いている。それなのに、ネロは斜め後ろを歩く俺の速度ぴったりで進んでいる。俺を目で捉えずに歩調を合わせるとか、スゴイ。


「ネロは前を見たままなのに、何で俺の動きが分かるの?」


「音を聴いている。」


 少しゆっくり歩いてみたけど、ネロは普通に合わせてきた。ネロの顔は勿論、前を向いたままである。余りに疑問過ぎて尋ねてみると、振り返ったネロが答えてくれた。


「まじで。」


 マジで、って心の言葉は口からそのまま反映されていた。口元を緩めたネロは頷いて、前に向き直ってしまう。確かに、ネロの大きな耳は2つとも俺に向けられている。


「その猫耳って、可愛いだけじゃなくてそんな高性能なの?」


「可愛いかどうかは分らないが、音は拾える。」


 音で判断ってヤバいじゃん。猫耳は可愛いだけじゃなくて超高性能だった。可愛くて、機能もいいって羨まし過ぎる。ネロは苦笑交じりに答えているけど、可愛いは確定要素だから。ソコは疑いのない要素だからね。


「まじか。いいな、その可愛い猫耳。俺も欲しいな。」


「そうだな。琥珀もこの耳があれば良かった。琥珀に似合う可愛い耳なら愛着が持てた。」


 羨ましさを前面に出しつつ呟いた俺の声も、ネロの高性能な耳はちゃんと拾ってくれたっぽい。楽しそうに俺に同意してくれるネロの話し方は、どう聞いても猫耳の良さを理解している。


 そうかそうか、ネロも猫耳の良さが漸く分かってくれたか。その上、高性能とかメッチャいいじゃん。俺にって言葉を付け加えて気遣ってくれるネロに感謝だ。あ、でも、そうだ。気が付いてしまった事実に愕然としてしまった。


「でも、気がついちゃったんだけど、聞いてくれる?」


「ん?」


 ネロに追いついて、悲しさを目に込めて見上げると、ネロは疑問の表情になっちゃった。そうだよね、ネロも気が付いてないよね。そうなんだよ、自分では分からないんだよ。


「俺に猫耳があっても、自分では見られなくない?」


「・・・そうだな。」


 ネロですら答えるまでに間が開く程に、動揺しちゃったじゃん。そうだよね、ネロも動揺する程に重要な事項だった。あ~、俺は何でそこに気が付かなかったんだ。


「あぁ、気が付いてしまった。って事はですよ。俺が猫耳だったとしても誰も得しないじゃん。」


「俺は見て楽しめる。」


 しょぼんと嘆いていたら、揶揄う口調の声が聞こえてきた。顔を上げると、口の端を上げたネロが凄く楽しそうに目を細めている姿が見える。ネロの慰め方が面白くて、フフッとなっちゃった。ネロは軽口で、俺の落胆を軽減させてくれようとしたらしい。


「ネロは、実は冗談も結構言うんだね。真面目過ぎる人かと思ってた。でもね、そんなネロもいい。」


「そうか?」


「うん。親近感がわく。」


「そうか。」


「あぁ、忘れてた。」


 ちょっと楽しくなっていたトコロで唐突に思い出してしまった。立ち止まって困った顔をすると、ネロも一緒に立ち止まって小首を傾げてくれる。


「如雨露を持ってくるの忘れてた。ニル君の所に行った後で神樹の所に行きたかったのに。」


「工房まで送った後、取ってくる。」


「ありがと、ネロ。」


 普通に忘れていた事実を嘆いてしまったら、ネロが救いの手を差し伸べてくれた。マジでネロは優しい、ネロに軽く抱き着いてお礼を伝えてみる。問題無いって感じで、ネロは俺の頭をぽんぽんと撫でてくれた。


 問題が解決して、歩き出したネロを追いかける。大粒の雨じゃない霧雨だからか、ネロにくっついた時に融合した風の膜が修復する前にしっとりと服が濡れていく。少しだけ冷えたように感じながら歩いていると工房に到着した。


 入り口を開けてくれるネロの横を通り抜けて先に入らせて貰う。中に入ると明るい光の中で、作業台に向かって細工をするニル君の横顔が見えた。


 真剣だけど楽しそうに、優しそうに微笑みながら細工をするニル君は超綺麗だ。ニル君の横顔に一瞬見惚れて、振り返るとネロはもういなかった。如雨露を取りに行ってくれたのかもしれない。


「ニル君、こんにちは。」


 楽しそうなニル君を邪魔するのも気が引けたけど、小さな声で挨拶をしてみる。ピタッと作業を止めたニル君が俺に顔を向けてくれた。


 一瞬、真顔になったニル君が手に持っていた細工品を作業台に丁寧に置くのが見えた。そして、ニル君が、多分だけど、全速力で駆け寄ってきてくれた。


 ぱたぱたと足音を立てる感じがメッチャ可愛い。俺の前で立ち止まってニコっと笑顔になったニル君に俺もニコっと返してみる。年上の男の人に可愛いという言葉を使っていいモノか分からないけど、ニル君に対しては許される気がする。


 俺の手をそっと握って少し引っ張るように作業台の近くに連れてきてくれたニル君が、ぱたぱたと動き回って椅子を運んできてくれた。


 その椅子に座ると、ニル君は自分の席に座って俺をじっと見つめてくる。ニコニコのニル君の笑顔につられて、俺も自然に笑顔になってきちゃう。


「琥珀、一人で来たのか?寒くなかったか?」


「さっきまでネロと一緒だったよ。雨、止まないね。今は大丈夫だけど、この前はすっごく寒かった。」


 心配そうに俺を見つめて聞いてくるニル君に、ネロも一緒だったよって答えたら笑顔になってくれた。ガトの人達は本当に優しいね、いつも心配してくれる感じがある。


「そうか。来てくれて嬉しいぞ。琥珀の為の装備を作ったのだが、少し合わせて欲しい。最終調整をしたら完成だ。」


「えっとね、装備品は貰えないけど、お礼を言いに来たんだよ。」


 雨の話題が続くかなって思ったら、ニル君が装備の話を始めてしまった。最終調整とか、貰わなきゃいけない雰囲気が満載で、慌てて首を振って要件を伝えてみる。


「礼?礼などいらない。」


「違うの。武器のケースの装飾をニル君が作ってくれたって聞いたから。そのお礼を伝えたかったの。」


 お礼を伝えようとしたら、辞退されてしまった。でも、多分、違う意味のお礼をって思われてそうで、ちゃんと訂正してみる。きょとんとした顔をしていたニル君だけど、ケースの事って分かって笑顔になってくれた。


「ああ。琥珀の為にと依頼されたから、最高の品を創った。気に入ってくれたか?」


「うん、めっちゃ可愛くて綺麗だった。」


「そうか。」


 ニル君の作った装飾が嬉しい事を伝えると、ニル君はニコニコで頷いてくれた。にこにこしてくれるニル君は可愛い。少しタレ目なのもいい。


 猫はタレ目ちゃんって少ないような気もするけど、ガトの人は亜人だからタレ目ちゃんも結構いるっぽい。ニル君は大きな綺麗な橙色の猫目でタレ目ってのが可愛い。


 猫耳と尻尾だけが俺の性癖なのかと思っていたけど、実はこの猫目もいいって事に気が付いてしまった。綺麗で可愛いのって罪だよね。目がそこから離せなくなる。


 ニル君の大きな目を覗き込んでいると、ニル君も俺の目を見つめ返してくれた。引き込まれるような輝く橙色がきらきらして凄く綺麗。ニル君の瞳はニル君の気分を反映しているっぽくて、楽しげで嬉し気に輝いている。


「琥珀は少し色が変わったか?」


「少しじゃないよ、凄く変わった。俺は自分を鏡で見て止まっちゃったもん。」


 あ、そうだね。ってか、ニル君も全然驚いてないじゃん。ってか、少しってどういう基準なの。栗色と白金プラチナブロンドだよ?栗色と紺だよ、全然違うでしょ。


 でも、ニル君はかなりの天然っぽくて、おっとりでこの感じも可愛いんだよね。それに、ニル君だけじゃなくて、色の変化を驚かない人のほうが多かったからこんなものなのかも。


 シリアさんも特に気にしてなかったし、少し変わった程度って認識が正しいのかな。でも、レオさんはメッチャ驚いてたよな。ってか、もしかして、メッチャ驚いてたのってレオさんだけじゃね?


「そうか。僕の目には相変らず綺麗な琥珀が映ってるぞ。」


 色の変化を驚いたのが、自分自身とレオさんだけな事実に少し驚愕していたら、ニル君の声が聞こえてきた。ニル君が褒めてくれてフフッとなってしまう。綺麗なニル君に、綺麗って言葉を使われると、ちょっと照れてしまう。


 でも、お世辞の言葉を言ってるって感じではないニル君の言葉は、素直に嬉しい。ニコニコで俺の髪に手を伸ばしてきたニル君が、俺の髪を撫でてくれた。


「確かに、髪の色はきらきらして綺麗だよね。」


「琥珀によく似合ってる。瞳の色もよく似合ってる。」


 そうだね、目は自分では見る機会が余りないから良く分からない。でも、髪はきらきらしてるから綺麗と言えば綺麗なんだよね。ニル君は俺の髪から手を放して、目元も撫でてから、似合ってるって言ってくれた。


 ニル君の言葉は何の飾りもないけど、ネロと同じで嘘は含まれてない。気がする。ニル君の本心からの言葉に思えて、嬉しい。もう、元の色には戻れない気もするし、似合うって言葉がありがたい。


「ありがと。ニル君の瞳も綺麗な橙色だよね。あんまり他で見ない色。」


「この色は好きか?」


 お礼の言葉と一緒に、俺なんかより何十倍も綺麗なニル君の目の綺麗さを伝えてみた。目を輝かせて聞き返してきたニル君に、ニッコリと頷いて肯定の意を示してみる。ニル君は華が咲いたような綺麗な笑顔になってくれた。


 ニル君と和気藹々、和やかに話をしている最中に、視界に黒い服が入り込んできた。ニル君のキラキラな目から視線を移して、見上げるとネロが俺達を見下ろしている。手には如雨露を持っていた。


「あ、ネロ。ありがと。」


「問題無い。終わったか?」


 ネロを見上げてお礼を伝えると、ネロは無表情に頷いてくれる。そして、さっさと行きたそうな雰囲気を出してくる。ネロはせっかちで困る。まだお礼を言ってなかったんですよ。


「まだお礼を言ってる最中です。」


「瞳の話をしてなかったか?」


「えっとね、世間話の一環だったのかも。ニル君と久しぶりに会ったし、話がはずんじゃったの。」


「成る程?」


 首を振って、要件を果たしてない事を伝えてみる。ネロは不思議そうな顔で聞き返してきたけど、それは世間話だし。ニル君と久しぶりに会ったから話したかったんだもん。折角、ニル君が椅子も用意してくれたし、ちょっと長話くらいしてもいいじゃん。


「ニル君。武器のケースの綺麗な飾りを作ってくれてありがとう。」


 ネロのおかげで、本来の目的を思い出した。ネロからニル君に顔を戻して、改めてお礼を伝える。にっこり笑顔で頷いてくれるニル君に、ぺこっと頭を下げて感謝の心も伝えてみた。ニル君が俺の頭をナデナデしてくれた。よし、ちゃんとお礼は伝えられた。


「また欲しいモノがあったらいつでも言え。琥珀のモノなら優先して作る。」


「うん。また何かあったらお願いするかも。その時はお願いします。」


 社交辞令のニル君には、社交辞令で返させて貰いますよ。ネロは俺達の会話には全く興味がないようで、ニル君の作業台の上の作品を興味深げに眺めている。ニッコリ笑顔のニル君はやっぱり綺麗ですね。ネロとニル君が並ぶとヤバい。


 ってか、改めて気が付いた。この並んでる二人のビジュアルがヤバい。ニル君に寄り添うように立っているネロと作業台でニコニコしているニル君。背景に花が描かれてそうな麗しい見た目過ぎてヤバい。


「待っているぞ。僕の技術を総動員して最高のモノを仕上げてみせる。」


 二人を眺めて違う方向に思考が流れてたら、ニル君の話していく内容で現実に戻されてしまった。もしかして、さっきのは社交辞令じゃなかったのかな。


「でも、ニル君の作る最高のモノって、超高そう。俺は買えないよ。ただでさえお金がないのに。」


「琥珀から金を貰う訳はないだろう。金の心配はいらない。」


 ってか、凄い腕の職人さんの技術の総動員って無理無理、払えない。顔を引き攣らせて首を振ってしまうと、ニル君はフンっとどや顔で絶対ダメだろって事を告げてくる。お金を払わないとかは、絶対ありえないでしょ。


「えぇ。それじゃ絶対頼めないよ。」


「むぅ。困ったな。」


「ホントだね、困っちゃった。」


 二人で困ってしまってネロを見上げてしまう。ネロは、何を言っているんだ?と困惑の表情をしている。そうだね、ネロが正しい。仮定の話で困る必要はなかった、困惑させてごめんなさい。


「そうだ、琥珀。これを合わせてくれ。」


 ニル君の声で視線を戻すと、ニル君がさっきまで細工していた腕輪っぽいのを差し出してきた。巻き付く蔓状の螺旋の随所に紋様らしき飾りが散らされていて豪華な腕輪だ。


 真ん中で半分に割れて開く作りみたいで、どうやら上腕に装着する腕輪っぽい。全然お試し装備じゃなかった。がっつり装備じゃん。これは、マジで貰えない奴だ。


「ニル君。ホントに貰えないから。こんな高価そうなの。絶対無理。」


「シリアは気持ちなら貰ってくれるって言っていたぞ?」


「うん。気持ちってね、心の中の気持ちなんだよ。品物じゃないの。」


「でも、琥珀の為に心を込めて作った気持ちだ。」


 ガッツリ腰が引けてる俺に対して、ニル君はぐいぐいくる。何とか俺の気持ちを伝えてみるものの、伝わらない感がスゴイ。ニル君の目がキラキラして眩しいよ。


「うぅぅ。」


「じゃあ、取り敢えず、合わせるだけ合わせてくれ。腕を出せ。」

 

 言葉がもう出てこなくなって困ってしまった。助けを求めてネロを見上げると、ネロは我関せずの無表情で静観する構えだ。駄目だ。助けにならない。観念して右手の緩い袖を捲り上げてみた。


「服の袖を固定していろ。」


 真剣な表情のニル君が指示を出してきた。指示通りに袖を抑えていたら、慎重に俺の上腕部に腕輪を合わせていたニル君が溜息を吐いたのが聞こえた。


 見ると、腕からずり落ちそうな腕輪をニル君が支えている。大き過ぎたらしい。しょぼんとしたニル君はちょっと可哀想かな。大きな猫目も可愛い猫耳も悲しさを表現してるのが可愛い。


「ガトの男の腕のサイズで作ったから、琥珀には大き過ぎた。盲点だった。」


「じゃあ、それが合うサイズの人にプレゼントだね。」


 サイズが合わないならしょうがないよね。ほっとして、安堵からフフッとなってしまった。ニル君のガッツリ装備は見てるだけで楽しいんだよ。


 がっくりと肩を落としてしまったニル君には悪いけど、それが合う人にあげたらいいじゃん。俺は貰えないよ。貰う理由もないし、何より、ニル君の技術はそれを必要な人が使うべき。


「いや。大きさを調整する。少し時間がかかる、ついでにもう少し改良する事にした。」


「だから貰えないって。」


「少し待て。」


 安心したのも束の間、大きさを調整できるらしい。しかも、改良するらしい。貰えないって伝えても、ニル君はもう聞いてくれてないっぽい。会話も要件も終わりで、ニル君の興味は腕輪に移っちゃったみたいだ。


 ぽてぽてと工房の隅っこにある棚の所に歩いて行くニル君を目で追ってしまう。ニル君が棚の抽斗を次々と引き出している姿が見える。目当てのモノが見つかったのか、引き出したのはそのままに、ニル君が戻って来た。


 あぁ、後でシリアさんに怒られそうな風景だと思うんだよ。抽斗が全部出しっぱなしだよ、いいのかな。戻ってきたニル君が俺の前に立ちはだかった。


 真剣な顔のニル君が俺をじっと見下ろしてくる。どうしていいか分からずネロに視線を向けてみた。ネロはやっぱり我関せずで、ぼんやりと見守りの姿勢を崩さない。


「琥珀、腕を出せ。」


「え?」


「腕。さっきみたいに袖を捲れ。」


「う。」


「少しの間だ。」


 真剣なニル君の声と顔で思わず袖を捲ってしまう。慎重にメジャーを巻き付けて書き留めていくニル君の指先を眺める事しかできない。華奢で細くて綺麗な指だな。時々触れるニル君の指先はひんやりしている。


 ニル君は俺の上腕の長さと上から数㌢おきに腕の周囲を測っては書き留めていく。目の前でちらちらと動くニル君の猫耳と細かく動くニル君の指先をぼーっと眺めてしまった。


 全部終わったのか、ニル君はメジャーを首にかけてメモした紙を作業台に置いた。作業台に向かって腰を下ろし、ニル君が満足そうな満面の笑みを浮かべた。


「琥珀。これで完璧な物を作る事ができる。ちょっとの間、待っていろ。」


 言いたい事だけを言い切ったニル君は、作業台に向かって直ぐに作業を始めてしまった。袖を抑えた状態で、ニル君をぽかんと眺めてしまう。


 もう、ニル君は誰の存在も気に留めない程に真剣な表情になっている。近くにいる俺もネロも眼中にないっぽいニル君の瞳は、作業台に置かれた腕輪とメモに釘付けだ。腕輪とメモを見比べたニル君は、また何かを書きつけ始めてしまった。


 ネロは俺の要件は終わったと判断したらしい。俺の手を引いたネロに入り口まで連れていかれた所ではっとした。


「ニル君。だから、貰えないからね。ホントに無理だからね。」


 改めて貰えないからね、って伝えてみたけど、ニル君は顔も上げずに手をぱたぱたと振って返してくれた。困ってネロに視線を向けてしまう。


 ネロは興味なさそうに、入り口を開けてくれたままで俺を見下ろしている。あぁ、ダメだ。ネロが助けてくれない。しょぼんと下を向いて外に出る。


 テントの外には籠が用意されていた。のそのそと潜り込むと、ネロが俺の膝の上に如雨露を置いてくれた。ネロが籠を持ち上げてくれると視点が上がった。


 そのまま走り出したネロの動きに合わせて、霧の中の景色が流れるように霞んでいく。幻想的な景色を少しの間楽しんで、神殿の前に到着した。


 朽ちて崩れた橋を挟んで建つ神殿も霧で少し霞んでいた。膝の上の如雨露を持ち上げたネロが反対の手を差し出してくれる。


 差し出された手を掴んで籠から出ると、ネロが如雨露を渡してくれた。優しい微笑みのネロはさっきまでの興味なさそうな態度とは全然違う。


 如雨露を受け取って、しょんぼりしたまま神樹の所に向かう事にした。霧で霞む神樹は幻想的な雰囲気だ。樹の根っこの橋は濡れていて滑りそうかな。


 慎重に進んでみたけど、全然滑らなかった。寧ろ足にフィットして柔らかな絨毯の上を歩いてる感じだ。固い木の根の感触だった筈なのに不思議だ。


 神樹の前で上を見上げてみた。大きな枝が幾重にも突き出ていて、葉っぱも濃く茂っている。前と余り変わらず、荘厳さと生命力に溢れる大樹に見える。


 幹に手を当ててみると、上空で葉っぱの音がサワサワと聞こえた。大丈夫って言ってくれてるみたいに感じる。池の縁に移動して如雨露で水を掬い、ゆっくりと神樹の太い幹を周りながら根元に水をかけていく。


 フワッと薄緑色の光の玉が見えた気がする。顔を上げると、広がる葉っぱの天井からふわふわと降りてくる光の玉達が見える。ゆっくりと俺の周囲に集まってきてくれる樹の子供達の明滅する光は弱々しい。


 でも、この前は十にも満たなかった子供達だけど、今回は数えなければ数が分からないくらいはいる。この前よりは確実に多い数で安心した。


「ごめんね。俺の為にみんなは力を使ってくれたんだよね。数が少なくなっちゃって寂しいよね。」


 明滅する事で話しかけてくれてるみたいな、薄緑の光の玉達に謝ってしまう。俺の周りで優しくゆっくり点滅してくれる子供達は、そんなことないよ、って言ってくれてるみたいだ。


 俺がそう思いたいだけなのかも。そう思った瞬間に、樹の子供達が抗議するみたいに一斉に強く光った。どうやら、最初に感じたので合ってたらしい。


 そして、力を使い果たしたみたいに一瞬、子供達の光が薄くなってしまった。動きも惰性で動くような緩慢な感じになってしまっている。


 少ししたら、明滅する光や動きがちょっと復活してくれた。変に力を使わせちゃってごめんね。心の中で謝ると、樹の子供達の光や動きがちょっと元気になってくれた。俺の心を気遣ってくれてる子供達に感謝だ。


「ホントにありがと。あの子達の気持ちに応えてくれて、凄く嬉しかった。」


 少しの間、俺の周囲を浮遊していた樹の子供達は神樹の中に戻っていったり、上空に移動していってくれた。神樹の幹を撫でて、神樹にもしっかりとお礼を伝える。応えるようにさわさわと音を立ててくれる葉っぱの音が心地いい。


「あとね、あんな綺麗な景色を見せてくれて、ありがとね。凄く懐かしかった。」


 少しして話しかけると、途端に、俺の周りにまた樹の子供達が集結してくれた。光り輝く程に密集した子供達は俺の周りから離れてくれなくなっちゃった。


 ちょっと経っても、明るく楽し気に明滅をしながら飛び回る子供達に少しだけ困ってしまう。上空の葉っぱが少し大きく騒めいた。名残惜しそうに明滅しながら離れてくれた樹の子供達が少しずつ消えていく。


 全員消えたのを確認して、もう一度、神樹の幹に手を置いてお別れを告げてみた。上空の葉っぱが答えてくれるのを聞きながら、神樹から離れる。


 足元を確認しながら俯いて歩いていたからか、ネロの近くに移動したら覗き込まれてしまった。顔を上げてニコッとしてみると、ネロは安心したように少し笑って返してくれた。  


 言葉を交わさずに籠に潜り込むと、ネロが直ぐに持ち上げてくれて移動を始めてくれる。籠の中で後ろに流れる森の緑をぼんやりと眺めてしまった。

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