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95 言ってなかったか

 食事場に到着して、ネロは注文をしに調理場に向かって行った。ネロを待つ間は、いつ見ても圧巻の大きな風のテントを見上げる。雨粒が風の膜に張り付いてキラキラして綺麗なんだよね。


「琥珀さん、だよね。」 


 声を掛けられて顔を向けると、シリアさんの姿が目に映った。げっそりとした様子のシリアさんは目の下がクマになっていて、髪も少しぼさぼさだ。メッチャやつれているけど、どうしたんだ。


「こんにちは、シリアさん。お久しぶりです。えっと、お疲れみたいですね。」


「久しぶりだね。立て込んでた仕事が漸く終わったトコロ。これで、やっと休める。それにしても、琥珀さんは色が違ってたから違う人族かと思ったよ。まぁ、この村に人族なんてそうそう来ないから、琥珀さんだと確信できたけどね。」


 メッチャお疲れな感じのシリアさんに挨拶をしてみる。シリアさんは俺の色が変わった事はあっさりと流してくれた。ってか、ホントにヘロヘロだけど大丈夫なのかな。


「なんか、気が付いたら変わってました。」


「成る程、まぁ、そういう事もあるかもね。あ、仕事の最中にも、ニルの奴は琥珀さんの装備をちまちま作ってたみたいなんだよ。完成したから渡したいみたいなんだよね。もし良かったら、また工房に遊びに来てくれるかな。私は今から魂の洗濯だ。」


「装備品は受け取れないけど、また遊びに行きます。いつだったら大丈夫ですか?」


 魂の洗濯ってなんだ、と思いつつも、ニル君のほうが気になった。装備品を作ってくれたって、素直に嬉しい。流石に貰えないけど、ニル君作の装備品は見てみたい。それに、ニル君にも久しぶりに会いたい。


「ニルなら日中も夜も大体は工房に籠ってるかな。いつでも平気だと思うよ。」


「お仕事の邪魔になったりはしませんか?」


「ああ。当分の間、仕事はしたくない。じゃあ、またね。」


 会話が終了して、シリアさんが食事場に入っていくのを目で追っていたら、視界の片隅に黒い影が立っているのに気が付いた。顔を向けると、いつからいたのか横にネロが立っている。


 もう、びくっとはしなかったけど、ネロの気配が全くなくて少しだけ驚いてしまった。家に向かって歩き始めると、ネロは自然に俺の隣を同じ速度で歩いてくれる。


「なんかね、ニル君がお仕事中にちまちまと装備を作ってくれたんだって。だから遊びにおいでって誘ってくれた。」


「そうか。」


「装備品は貰えないけど、今度、ニル君の所に遊びに行ってもいいかな。」


「そうだな。」


 シリアさんとの会話をどこから聞いていたか分からないから、最初から話してみる事にした。ネロは軽い相槌で頷いてくれる。


 それにしても、仕事の最中にちまちま作るって、ニル君は器用だな。簡単な紋様的なお試し装備を作ってくれたのかな。貰う訳にはいかないけど、見させて貰うのがちょっと楽しみ。


「魂の洗濯ってなんだろ。」


「酒。」


 さっきのシリアさんの言葉の中で分からなかった事を何気なく聞いてみたら、ネロがズバッと答えてくれた。お酒だったのか。立て込んだお仕事の後に、お酒を楽しんで、ゆっくりお休みか。なんか、大人って感じでカッコいいな。


「お仕事の最中に装備品を作ってくれるって、ニル君は凄いね。」


「胡蝶と白雪のケースの細工もニルが仕上げた。」


「えぇ!アレはニル君が作ってくれたの?めっちゃ綺麗だった。知らなかった。」


 世間話的な感じだったのに、ネロがイキナリ爆弾発言をかましてくれた。驚いて目を丸くしちゃったら、ネロが頬を緩めて頭を撫でてくれる。


 そっか、そうなんだ。ニル君があの子達を模した細工を仕上げてくれたんだ。メッチャ細かくて綺麗な細工だった。ネロが頼んで数日もしないうちに仕上げてくれたんだもん。ニル君は凄いな。


「言ってなかったか。」


「うん。言われてなかった。それを聞いちゃったら、お礼も伝えたくなっちゃった。神樹の前にニル君の所に行っていいかな?」


 驚く俺に対してしれっと答えてくれるネロだけど、そんな大事な事は早く言ってよ。ニル君の作った装備品を見る以前に、お礼を伝えなきゃじゃん。ネロを見上げてお願いすると、目を細めたネロが頷いてくれた。


 仕事の合間に色々と手を尽くしてくれていたんだ。ネロにもニル君にも感謝だ。繊細な細工で彩られたあの胡蝶と白雪のケース、ホントに綺麗だったな。あの子達に凄く良く似合う綺麗で可愛いケースだった。


「そっか。ニル君があの細工を作ってくれたんだ。」


 小さく呟く俺の頭をネロがポンと撫でてくれた。見上げると、前を向いて歩くネロの横顔も優しい笑顔になってくれている、感じがする。あんなに綺麗な細工を仕上げてくれたニル君にマジ感謝だ。


 家に到着して部屋に入ると、ネロが流れるような動作で、ささっと〈シール〉を解除してマントを外してくれた。マントを畳んで、ソファ脇のサイドテーブルに持っていく間に、ネロは自分の〈シール〉も解除してお茶を用意してくれる。


 そこまでをさらっと熟していくネロを、入り口で立ち止まったままで眺めてしまった。立ち止まったままの俺の傍に寄ってきたネロに手を引かれてソファに移動する。


 俺を誘導したネロは先に俺をソファに座らせて、続いて隣に腰を下ろした。そんなネロをじっと見つめてしまう。ネロの行動を目で追いかけて動かない状態が不思議だったのか、ネロが目で疑問を伝えてきた。


「昨日ね、レオさんに〈シール〉を解除して貰った後、マントを外してくれるのを待っちゃった。直ぐに気が付いて自分で外したけどね。いつもネロが自然に外してくれるから、それが当たり前になってたっぽい。習慣って怖いよね。今度からはちゃんと自分で脱ぐ事にする。」


 昨日の、レオさんにはばれてないとは思う失態を話してみたら、少し考えたネロが頷いてくれた。直ぐに外から元気な声が聞こえてきた。ネロは慰める為なのか、俺の頭をぽふっと撫でてから立ち上がった。


 迎え入れるネロの横を通り抜けて、にっこり笑顔のユリアさんが俺にぺこりとしてくれた。直ぐに食事を並べていってくれるユリアさんの後ろ姿はいつ見ても可愛い。尻尾が少しだけ短いのもいい。


 ネロの尻尾と見比べてみた。背の高さも少しは関係しているかもだけど、ユリアさんの尻尾はネロの尻尾の三分の一くらいの長さだ。


 ネロはだらんと垂らすと脹脛の下の方くらいまであるけど、ユリアさんは膝より少し上くらい。やっぱり、体に対してネロの尻尾は長くてユリアさんは短いって事が分かる。


 ふさふさ加減は、毛の色から判断しにくいけど、ネロはモフモフふさふさで、ユリアさんはモフモフにポワポワと柔らかい長い毛が所々はみ出ている感じだ。


 どっちも良さがある。視線を感じて顔を上げると、ネロが目を細めて俺を眺めているのが見えた。あ、尻尾観察がばれちゃった。えへっと愛想笑いをして、目を逸らしてみる。


 丁度ユリアさんの配膳が終わって帰るトコロだったみたいだ。お尻を凝視している変態の汚名を着させられなくて良かった。見ていたのはお尻じゃなくて尻尾だけど、少し短い尻尾だと、お尻を見ているみたいになっちゃうよね。危なかった。


 あの鍛冶の工房にいた、凄く短い尻尾のカイさんの尻尾なんかを見ていたら、お尻見ているとしか思われないよね?ムキムキオジサンのお尻だけを注視とか、それはそれでやばい気がする。尻尾とお尻は違うんだよ、と自分の中で言い訳をしながら小さく溜息を吐いてしまった。


「琥珀、何をしている。食べるぞ。」


 ネロの呼ぶ声で立ち上がる。椅子に腰を下ろしたら、ネロが俺を凝視しているのに気が付いた。違うんだよ、お尻は見てないんだよ。心の中でネロにも言い訳をしながら、ニコっとして目を逸らしてしまう。いただきます、と手を合わせて、テーブルの上を眺めてみた。


 俺の前にはサンドイッチとキッシュとフルーツが綺麗に盛られたお皿と野菜スープが並べられている。ネロの前には俺と同じ料理の4倍量にフルーツは無くて代わりに大盛の肉のソテーが追加されている。テーブルからネロに目を向けると祈りが終わった所だった。


 最初はスープからにしよう。スープの器に手を伸ばして、木のスプーンで底に沈んだ小さくダイスに切った野菜ごとスープを掬ってみる。息を吹きかけて少し冷まして、口に入れると魚介の風味に微かな塩味で優しいお味。


 野菜はよく煮込まれていて美味しい。スープでほっこりしながら、ネロに目を向けてみた。綺麗な所作で優雅にお肉を食べているネロの姿が見える。


 あぁ、お肉を見ると食べたくなる不思議。ってか、ネロが食べていると、メッチャ美味しそうに見えるんだよ。隣の芝生的精神状態になっている可能性が高いかな。


 ネロは俺のもの欲しそうな様子に直ぐに気が付いたらしい。楽しそうに頬を緩めたネロは、少量のお肉を切り分けて差し出してくれる。顔を近付けて咥えて元の位置に戻る。


 もきゅもきゅ、と口を動かすと、中から出てくる肉汁と薄い塩味にスパイスの香りがたまりませんな。美味しいです。はぁ、幸せ。こくん、と飲み込んで、にこっと笑顔でネロにお礼を伝えてみた。


 さて、自分の料理を食べるか。キッシュはめっちゃ美味しそうだから後にして、シンプルに緑の葉っぱとハムの挟まれたサンドイッチ先に食べようかな。


 サンドイッチは、一番オーソドックスな感じで間違いのない美味しさだ。でも、ハムに独特な香りがあるんだよね。お肉の風味なのか、燻製で燻す時の素材なのか。でも美味しいから何の問題もない。


 次は卵サンド。甘い厚焼き玉子がサンドされていてメッチャ美味い。コレは甘いけどネロは食べられるのかな。気になってネロのお皿をチラ見してみたら、ネロの所には卵サンドはなかった。


 一度、野菜スープでリセットしてからの、お楽しみのキッシュ。味の付いたひき肉とホクホクのお芋にチーズが入っていて食べ応えが抜群の美味しさ。少し味が濃い気もするけど、これがいいのかもしれない。


 キッシュを半分くらい食べて、フルーツを1つ摘まんでみる。薄緑色の大きな果実を一口大に切ったモノだ。見た目も味もメロンっぽい。青臭さのない美味しいメロン。


 レオさんの所で食べた酸っぱい詐欺メロンじゃなくて、甘くて美味しいメロンだ。しょっぱかったキッシュの後だと甘さが際立って美味しい。


 スープを食べながらネロの食べている様子を窺ってみる。ネロはもうほぼ完食だった。お肉は綺麗に無くなっていてキッシュも食べ終わっている。今は俺と同じくスープを食べている最中だった。目の合ったネロは嬉しそうに目を細めてくれる。


 俺ももう一息で完食なんだよ。サンドイッチを食べきって、キッシュを食べてメロン(仮)で〆る。美味しかった、ご馳走様。手を合わせると、ネロは直ぐにお茶を淹れてくれた。お茶を飲みながらネロの片付けを眺める。


「ネロが何でもやってくれるから、俺はダメダメになってる気がする。ホントに、一人で生活していけるのかな。」


 ぼそっと呟いてしまった言葉でネロの動きが止まってしまった。ゆっくりと視線を動かして目が合ったネロの目には何かの感情が込められている気がした。


 目を少しだけ見開いたネロの、その迫力で俺も目を見開いてしまった。ネロは直ぐに目を逸らして片付けに戻ってしまった。黙って黙々と片付けていくネロは、俺の問いかけには答えてくれそうにない。


 食器を詰め終ったバスケットを床に置いたネロが椅子に腰を下ろした。一瞬、寂しそうな目をしたネロだったけど、目を逸らしてお茶を飲み始めた。


 背もたれに寄りかかって足を組み、俺から目を逸らして物憂げにお茶を飲むネロの姿は、綺麗な一枚の絵画みたいな綺麗さだ。少しの間、息を止めて見入ってしまった。


「琥珀は一人で生活をしたいのか?」


 小さく呟かれた低く掠れた声で、ネロの全体像を見ていた視線をネロの目に向けてみる。ネロに見入っていて頭を素通りした言葉を引き戻して、意味を理解した。あ~、そういう意味で取られてしまったのか。


 俺が言いたかったのは、全然違う意味なのに。ネロが色々とやってくれるから、それに頼りきっている俺はダメダメじゃんって意味だったのに。でも、そっか。独り立ちしたら一人で生活になるのか。そうだよね、当たり前の話だった。


「違うよ。何れ、独り立ちできてね、その後の事。」


「そうか。」


 俺の考えを伝えても、ネロは目を合わせてくれない。物憂げに相槌を打ってくれるだけだ。視線を合わせてくれないネロに不安になって、ネロの前に移動してみる。


 ネロの頬を両手で挟んで上から覗き込んでみた。目に映るのは何の感情も見えない金色の瞳だ。黄色でもオレンジでもなく、金色としか表現できない綺麗な瞳を覗き込む。ネロは感情を隠すのが上手いっぽくて、何を考えているのか本当に分らない。


「ネロが俺の事を先回りしてやってくれるから。俺はどんどんダメなヤツになってないか不安なの。全部ネロにおんぶにだっこで生きていってる気がしちゃった。」


 もう一度、目を見て自分の考えをネロに伝えてみる。ネロの瞳に感情が浮かんだ気がした。ネロの顔を固定していた両手を離してみた。それでも目を合わせたままでいてくれるネロから、一歩下がってテーブルの端に寄りかかるようにして腰を下ろす。


「琥珀は体調が悪かった。心配だった。」


「そうなんだよね。俺はこんな貧弱なんだ。困ったよね。」


 自分の貧弱さを嘆いて溜息を漏らしてしまったら、ネロが手を伸ばして俺の頬を優しく撫でてくれた。直ぐに手を離してしまったネロと入れ替わるように、俺も手を伸ばしてネロの頬に触れてみる。


 綺麗なネロの顔なのに、今は傷だらけだ。こんな傷だらけなのに、帰宅後とか食事後とか、俺の事もネロが全部やってくれてる。


 今日の朝だって、ソファで寝落ちした俺をベッドまで運んでくれた。マッサージまでしてくれた。ネロの負担にしかなってない気がする。でも、俺が行動する前に、ネロは全部先回りして自然にやってくれるんだよ。


 そのネロの優しさに甘えてしまっている自分に気が付いてしまった。ネロの頬の傷を撫でてみると、ネロがくすぐったそうに片目を細める。穏やかで優しいネロだけど、俺はネロの負担になっているんだよな。昨日、レオさんと過ごして気が付いちゃったんだよ。


「ネロはこんな傷だらけで、大変な仕事をしてるのに。俺は家でごろごろ、寝るか、食べるか。あとは、本を読むのしかしてないんだもん。その上、仕事から帰ってきたネロが全部してくれるとか。ネロに負担がかかり過ぎな気しかしてこない。」


「俺は楽しい。」


 溜息しか出てこない愚痴の内容なのに、ネロは真っ直ぐに俺を見て聞いてくれる。そして、俺の話が終わると、ネロは本当に嬉しそうで満足そうな笑みを浮かべてくれた。言葉の上でも、楽しいって言い切ってくれている。


「楽しいって、俺は凄くダメダメでネロに迷惑掛け捲りなのに?」


「今まで一人で生きてきた。琥珀と共にいると、全てが面倒でやらなかった事をやるようになった。他人との関わりを含めて。」


 ネロの気持ちが理解できなくて、いじけた口調で愚痴を続けてしまう。ネロは満足そうに目を細めてくれた。ネロの話を聞くと、なんとなく分かる気がした。確かに、ネロは人との関りは面倒臭そうにしているかも。


 穏やかに話すネロは優しい微笑みを浮かべている。普段の真顔で感情も考えも何も分からない表情じゃない。俺を負担に思っているなんて欠片すらない感じに見える。


「そうなんだ。じゃぁ、負担じゃないの?」


「全く迷惑でも負担でもない。」


 ネロの視線は真っ直ぐに俺に向けられている。少しの感情の揺らぎすらなく、ネロは言い切ってくれた。金色の瞳は真剣で、ネロの気持ちが伝わってくる。


 そっか、迷惑でも負担でもないって思ってくれているのか。良かった。でも、実際問題、迷惑しか掛けてない気がする。傷だらけになったのも元を辿れば俺のせいだったし。


「俺は結構子供っぽいし、結構我儘だし、気分屋で凄く振り回してる気がする。ネロは疲れちゃわない?」


「それがいい。心地良い。」


 自分で自覚している俺の駄目なトコロを羅列したのに、ネロは嬉しそうに目を細めて、それを受け入れてくれた。俺の頬を撫でてくれるネロの手のひらは、今度は直ぐに離されない。ネロは、凄く、なんというか。


「・・・ネロって本当に世話好きなんだね。」


「そうか?」


「そうだよ。こんな得体の知れない人族の面倒を見てるんだもん、超優しい。ネロで良かった。最初に会ったのがネロで良かった。受け入れてくれたのがネロで良かった。」


「そうか。」


 優しく微笑んだネロが、優しく相槌を打ってくれる。マジで、ネロと出会えて良かった。スツィがいるとはいえ全く知らない世界で、こうやって普通以上に楽しくて幸せな生活をできているのはネロがいるからだ。


 マジで、出会えた事に感謝だ。少しウルっときた目元をネロが優しく撫でてくれた。いや、泣かないよ。ウルっときただけだからね。ちょっと涙目になったのは、ウルっときただけなの。


「ごめんね。本当に。これからも宜しくお願いします。」


 ぺこりと頭を下げて、改めてお詫びとこれからの事を頼んでみた。ネロの大きな手が俺の髪を撫でてくれる。ふわっと落ち着く香りが漂って、安心感に包まれる気がした。


「いつまでもいてくれて構わない。」


「うん。ありがと。」


 優しく静かにネロが答えてくれる声が聞こえて顔を上げてみる。穏やかに頬を緩めた優しいネロの表情が嬉しくて、笑顔でお礼を伝えていた。俺から手を離したネロも頬を緩めて優しく微笑んでくれた。


「では、返した後でニルの所に行くか。」


「うん。ニル君と会うのは久しぶりだね。元気かな?」


「ニルは工房に籠っていれば元気、多分。」


「そっか。じゃあ、行こ。」


 ネロの差し出してくれる手を掴んで立ち上がる。ついでに、その手を引っ張ってネロも立ち上がらせてあげた。今回は、ちゃんと自分でマントを取りにいって羽織る。


 バスケットを手にして入り口で待っていてくれたネロの近くに移動したら、ネロが魔法を唱えてくれる。いつ聞いても、ネロの詠唱の旋律はいい響きだ。詠唱の言葉は理解できないから、〈翻訳〉のスキルでは訳せない言葉なんだと思う。


 外に出て霧雨の中をネロと並んで歩く、食事場までの散歩道は楽しい。霧雨だからか、水滴が霧吹きで吹いたみたいにネロの体に集まっていく。すぐに大きな水滴になって流れていくのが見ていても楽しい。ニコニコでネロを見上げて歩くと、ネロも俺を見下ろして優しく見守ってくれていた。


「そうやってゆっくり歩くのって、ゆっくり筋トレしてる感じなの?」


「意識しながらだとそう、多分。」


「意識しないと?」


「普通に歩いている。」


「ん?」


 要するにどういう事だ。全く分からん。難解なネロの問答に首を傾げてしまったら、ネロがふっと口元を緩めて頭を撫でてくれた。それじゃ分かんないんですよ、ってじっと見つめてみる。ネロは頬を緩めて笑顔になってくれた。優しい笑顔で綺麗な笑顔だ。


「説明が難しい。」


 見つめ続けて答えを待っていたら、ネロは困った感じで答えてくれた。そうか、ネロでも説明できないんだね。それくらいの高等テクニックなのかもしれない。でも、ゆっくり歩くだけだよね、高等なのかな。まぁ、いいか。


「そんなモノなんだ。」


「レオも同じ感覚になるのが理想。」


「じゃあ、そこまでは散歩に付き合わないと、なんだね。」


「そうだな。」


 そっか、要するに、ネロの理想はホントに自然に何の意識をする事もなくゆっくり歩ける事なんだね。そこまでいけて、初めて合格なんだ。


 ただ、滑らかに歩くだけじゃ不合格って事っぽいな。先は長いのかもしれないね。レオさんに聞かないと分からない事だ。それか、ネロが見ればすぐ分かるモノなのか。ゆっくり歩く事しかできない俺には分からない。


「ネロも夜に仕事ない時は一緒に来てくれるの?」


「そうだな。」


「やった。」


 お~、ネロの同意を得られた。ネロとのお散歩はゆっくりゆったりで落ち着くんだよ。賑やかに話をしてくれるレオさんもいいけど、ネロとの静かなお散歩も凄くいいんですよ。


 レオさんとネロの会話はどんな感じなんだろうな。やっぱりレオさんが一方的に話してネロが相槌かな。楽しみだな。ネロがアルさん以外の他人と長く会話をしてるのを見たことがないからメッチャ楽しみ。特に、お喋りなレオさんとネロの会話だもん。


「レオと二人は嫌か?」


「ん~。嫌ではないけど、ネロと一緒がいい。」


「そうか。」


 会話をしながらの楽しい散歩だと、直ぐに目的地に到着しちゃう気がする。霞む視界の先に大きな風の膜とその中に並ぶテーブルと椅子、白い布製の日除けが立ち並ぶ食事場が見えてきた。

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