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94 それを床に転がしていると

 武器の本を読みながら色々考えていたら、いつの間にか寝ていたらしい。体が浮く感覚で目を開けると、ネロに抱き上げられて寝室に移動するトコロだった。寝惚けた頭でネロに抱き着いてしまう。


 昨日の夜、唐突にネロに放り出された不安感がまだ残っていたのかもしれない。あとは、ネロがここにいるって安心感が勝ったのかもしれない。不安感と安心感、両方がのしかかった結果、抱き着いちゃったんだろうな。


「おはよ。もう朝なの?」


「長椅子で寝ていたのか。体調を崩すぞ?」


「本を読んでたら寝ちゃったみたい。ネロは寝るの?」


「寝る。その前に少し冷たいぞ。」


 抱き上げた姿勢のままで、詠唱を開始したネロによって二人纏めて〈浄化〉と〈乾燥〉が完了した。水でヒンヤリしたけど風が暖かくて気持ちいい。俺をベッドに下ろしてブランケットをかけてくれたネロに、お返しとブランケットの片側を開けてあげる。


 俺の横に潜り込んできたネロに背中をくっつけて二度寝をする事にした。背中がぽかぽかで温かい。でも、結構ガッツリと睡眠をとったおかげか、少し寝て起きてしまった。ベッドから抜け出して、ずれてしまったブランケットをネロにかけ直してあげる。


 リビングに移動して、読み途中でソファに投げ出されていた本をローテーブルに戻しておく。カップとケーキのお皿を流しの水で軽く洗ってみた。水で流すだけで大丈夫かな、っと思いながらもタオルで拭いてテーブルの上に置いておく。


 そして、なんかバキバキになっている体を解す為に、ストレッチをする事にした。ソファで寝ちゃったからかな、体が凝り固まっちゃった気がする。念入りにストレッチをしていたらネロが起きてきた。


「おはよ。ベッドに運んでくれてありがと。」


「寝る時は寝室に移動しろ。」


「はーい。ごめんなさい。」


 お礼を伝えたら、叱られてしまった。うん、俺が悪い。でもね、今は体が固まってるの。それどころじゃないの。軽く返事を返してストレッチを続けていると、ネロが首を傾げるのが見えた。


「なんかね、ソファで寝てたからだと思うんだけど。体がばっきばきになっちゃった。凄く痛いの。」


 言い訳みたいに小さい声で状況を伝えてみた。ネロが小さく溜息を吐く姿が見える。でも、溜息を吐いた割に、ネロは嬉しそうに口元を緩めている気がする。ネロに手招きされて寝室に戻ってみた。


「うつ伏せでベッドに。」


 言われた通りにベッドに横になると、背中に跨ったネロが肩から腰までをゆっくりとマッサージしてくれた。痛くなくて気持ちいい、丁度いい力加減。少ししてネロが離れたから、体を起こしてみる。


 体の痛さと怠さがない。固まってもないどころか、体がちょっと軽い気がする。すご。寝室を出て行くネロを追いかける。


「体が固まったのがなくなった。ありがと。」


 笑顔でお礼を伝えると、ネロは目を細めて頷いてくれた。お茶を用意するらしく、流しに向かったネロがテーブルの上に目を向けて動きを止めてしまう。俺のカップだけ、ポツンとテーブルに置かれているのが不思議だったらしい。


「あ、昨日レオさんにお湯だけ沸かして貰った。俺はお茶も淹れられないって言ったら、レオさんがお湯を沸かしてくれた。でもね、結局お茶の位置も分らなかったからお湯だけになっちゃった。」


「そうか。」


 昨日の状況を説明してみると、ネロは納得してくれたらしい。素早く俺のカップに〈浄化〉と〈乾燥〉をしたネロがお茶を淹れてくれた。


 ありがと、と受け取って美味しいお茶を頂く事にする。お茶を飲みながらまったりしていたら、向かいの椅子に座ったネロもぼんやりとお茶を飲んでいる。ネロもまったり気分っぽいのかな。ってか、眠そうな顔なのかも。


「ネロはもう起きちゃっていいの?もう少し寝る?」


「そうだな。琥珀も来るか?」


 眠そうなネロなんて初めて見た。心配になってネロに声を掛けてみたら、顔を上げたネロが甘える感じで聞き返してきた。甘えるって言っても言葉の意味合いだけで、普通に淡々としているんだけどね。


「そっか、ネロは寂しくて起きちゃったのか。じゃあしょうがない、添い寝をしてあげるよ。」


「では頼む。」


 雰囲気がそんな感じに思えて、にっこり笑顔で軽口をたたいてみる。ネロはそれを聞いて、フワッと柔らかな笑みを浮かべて答えてくれた。


「今日一日は安静にって言われたし。一緒に寝よっかな。そしたら明日から筋トレしていいんでしょ?」


「そうだな。」


 明日以降の筋トレの為にも、俺自身も安静にしてた方が良さそうな気もしてきた。俺も寝なきゃいけない理由があるんですよって、情報を追加しておく事にする。ネロが目を細めて同意してくれたって事はですよ。明日から俺の武器使用への道の、第一歩の初期段階が開始される、かもしれないんだね。楽しみだ。


「じゃあ、お茶を飲んでまったりしたらベッドへ行こうね。今日は起きない。ずっと寝てようかな。」


「食事はどうする?」


「ん~。ネロに運んで貰ってネロに食べさせて貰う。」


 元気に宣言してみたら、ネロが少しだけ苦笑して質問をしてきた。それは決まってるでしょって、満面の笑みで答えてみると、ネロが驚いた顔になってしまった。


 目を丸くしてしまったネロが面白くてフフッとなっちゃう。ネロは驚きから嬉しそうで満足そうな微笑みに変化してくれた。俺の冗談は気に入ってくれたようである。


「冗談です。」


「琥珀が望むのであれば、それでも構わない。」


 真顔で俺の冗談に乗ってくれるネロは優しいね。甘えてもいいって言ってくれている感じがして嬉しい。ネロは全力で甘えても受け止めてくれそうな気配すらあるからね。全力で冗談が言えるんだよ。


「ありがと。俺がまた病気になったらそうして貰おうかな。」


 また次の機会にお願いしますってお礼を言うと、目を細めたネロが頷いてくれた。落ち着くひと時、こんな時間がずっと続けばいいのにって思ってしまう。お茶を飲み終わって、カップをテーブルに置くと、ネロがカップに〈浄化〉と〈乾燥〉をしてすぐ片付けてくれた。


 先に寝室に向かってベッドに潜り込む。まだ、ほんのり温かくていい匂いがするベッドは寝心地が最高。ネロが来たのに気が付いて少し横に退いてみた。俺の隣で静かに横になったネロは綺麗な仰向けの姿勢で目を閉じた。


「ネロってそうやって綺麗な仰向けで寝てるじゃん?」


 俺の横で寝転がるネロの横顔を眺めて疑問に思った事を口に出してみる。目を開けて俺に視線を向けたネロが頷いてくれた。


「尻尾は踏んでないの?」


「尻尾?」


「うん。尻尾。」


「踏んでない。」


「ほぉ。見てもいい?」


 返事も待たずにがばっと起き上がってネロの上に掛かっているブランケットを捲ってみる。ほぉ、少し開いた足の間に綺麗に尻尾が収まっている。成る程、こうやって寝ているのか。ブランケットを丁寧にネロに掛け直して、自分も横になる。


 尻尾持ちの人達ってどうやって寝てるのかが疑問だったけど、謎が1つ解けた気がする。俺の行動を目で追っていたネロに、お礼の意味を込めてニコっと笑顔を贈ってみた。


 俺につられたのか、ネロも頬を緩めてくれる。俺の不作法を全然気にしてないっぽくて、ネロは懐が広い事が良く分かった。まぁ、ネロの包容力は既に知っていたけどね。


「琥珀はそんなに尻尾が気になるのか?」


「うん、超気になる。だって、俺にはないもん。」


「成る程。」


 ネロに静かに聞かれて大きく頷いてしまう。そうなんだよ、俺にはないんだよ。だからね、すっごく気になるんだよ。


 ネロの尻尾は凄いモフモフな太めの尻尾で、艶々な毛並みで、しかも長くて真っ直ぐで綺麗なんだよね。その尻尾を踏んで寝てるんじゃないかって気になっていたんだよ。


 愛猫・雪丸君は自分の尻尾を踏んで寝ていても全く気にしてなかったんだよ。俺が慎重に引き抜いて体の横にそっと沿わせてあげていたんだよ。


「ネロの尻尾は綺麗だよね。艶々の毛でもふもふで。」


「そうか?」


 ネロの尻尾の良さを伝えたのに、ネロはあんまり興味はないらしい。そっか、自分の尻尾だと当たり前過ぎてどうでもいいのかもしれない。ネロの尻尾は凄いんだけどな。完璧に綺麗なモフモフ具合で、見ていてお~ってなる尻尾なのに。


「ネロの尻尾は凄いんだよ、完璧なもふもふ具合なんだよ。あ、レオさんね。昨日の散歩で歩くのは自然になったと思う。ネロは凄いって言ってたよ。最初からこれができたんだろって。」


「そうか。」


 あ、レオさんの事伝えておこうかな。ついでにもうひと押しネロの尻尾の良さを語らせて貰おう。目を輝かせてネロの尻尾について語ってみたけど、やっぱり反応は悪かった。


 でも、レオさんの話をしたら、目を細めて聞いてくれた。ネロの目論見通りに、レオさんがちゃんと歩くのが改善されて嬉しいって感じだね。俺も役立てて嬉しい。


「あと、ユリアさんとレオさんは幼馴染なんだね。ちっちゃい頃の二人は可愛かっただろうね。」


「そうだな。」


 ユリアさんとレオさんの子供の頃を思い浮かべて話をしてみる。ネロは頬を緩めながら話を聞いてくれた。ネロもちびちゃんに対してならそんな微笑ましい、優しい顔になれるんだね。他の人にもちょっとは愛想を良くすればいいのに、と思ってしまった。


「ネロの子供の頃も可愛かった?」


「普通。」


 普通な訳ないよ、ネロのちびちゃんの時だよ。ぽてぽてと歩くちっちゃいネロは可愛かったと思うな。子供のガトはみんな可愛いもん、ネロも絶対可愛いに決まってる。


「でも、ちっちゃいネロだよ。可愛いかっただろうな。今より頭に対して耳が大きくて尻尾も体に対して長くて。ふわふわモコモコでしょ?」


「ふわふわモコモコかは分からないが、普通の子供だった、多分。」


 いや、その尻尾の感じは絶対ふわモコな子供だったよ。確信が持てる。ネロの子供時代って、ちょっと想像しただけでも超可愛いって分かるよね。だってこんなにきれいな艶々尻尾だよ。綺麗で大きな猫耳だよ。可愛くないわけがない。


 そして、ネロで想像しなくても、この村には可愛い子供さんが沢山いるんだよ。子供さんだけじゃない、大人さんもヤバいよ。みんな、一人ひとり、少しずつ違う猫耳と尻尾。最高過ぎる。


「あ~。ガトの子供ってめっちゃ可愛いよね。子供に限らないけど、ガトの人達はみんな可愛い。」


「俺には分らない。」


 ふっと口元を緩めて答えてくれるネロは苦笑してるっぽい。ガトの人達の可愛さが分からないなんて、なんて贅沢なんだ。でも、そうだよね。ネロからすると、日常だもんね。普通に同じ種族だから分かんないんだろうな。


「そっか、ネロは見慣れてるもんね。じゃぁ、もし、俺に猫耳がついてたらどうだろう。」


「間違いなく可愛い。」


 おぉ、食いついてきた。って事はだよ、猫耳の良さがネロにも分かるって事だよね。そうだよね、慣れちゃっただけで良さがなくなる訳じゃないからね。忘れているだけなんだよ。もうちょっと掘り起こしてあげようか。


「じゃぁ、俺に尻尾がついてたら?」


「それも可愛い。」


 そうでしょう、そうでしょう。ネロも尻尾の良さまで分かってるじゃん。そうだな~、俺も猫耳と尻尾があったら幸せだったと思う。


「俺もガトになりたい。」


「そうだな。そうなってくれたら嬉しい。」


 しみじみと呟いてみたら、ネロが目を細めて同意してくれた。嬉しくてニコニコになってしまうと、ネロも優しい微笑みを返してくれる。夜にネロがいなかったのが寂しかったからか、会話が弾んでしまった。


 途中ではっと気が付いて黙り込んでしまう。ネロは寝るんだったんだ。これ以上は邪魔をしないように、静かに目を閉じた。


 ネロは呼吸音すらも聞こえない程に静かだから、隣に感じる温かさだけでネロの存在を感じる。余りにも静かで目を開けて横を見てみた。目を閉じたネロが横に寝ていて安心する。


 寝る向きを変えて背中をネロにくっつけてみた。背中がぽっかぽかで温かくて安心する感じ。俺は睡魔には絶対に勝てないらしい。いつの間にか寝入っていて、起きると背中は温かくなかった。


 起き上がって、ん~っと伸びをする。そしてクローゼットに向い、扉を開ける。俺の見易い位置に、昨日ネロが買ってくれた服が丁寧に畳まれて収納されていた。そして、俺の服の数が多い気がする。


 もしかして、昨日ネロが抱えていた服は全部俺用だったのだろうか、と思ってしまう錯覚がヤバい。気にしちゃ駄目だ。服を選んでササッと着替えてしまう事にした。


 リビングに出るとネロは武器の手入れをしていた。ネロの向かいに座ってテーブルの上を眺める。ネロは黒い漆塗りの短刀を大事そうに手入れしていた。


 ネロが綺麗な指で武器を丁寧に扱っていく。剥き出しになっている刀身の金色の紋様がきらきらと輝いていて綺麗だ。


 ネロが手入れが終わって鞘に納めた短刀をテーブルの上に置いた。他の武器の手入れを始めたネロをチラチラと見ながら、黒漆の短刀に手を伸ばしてみる。


 制される事はなく短刀を持ち上げる事ができた。あ、結構軽い。うぉ、つやっつや過ぎて指紋が付くかと思ったけど、指紋がついても吸い込まれるように消えていく。どんな材質のコーティングなんだよ、凄いな。


 鞘に納まった短刀を観察してみる。何の装飾もない黒い艶っとした短刀。かと思ったけど、透明な膜の下に何やら紋様らしき模様が透けて見える。って事は、この短刀は刀身にも柄や鞘にも何かの効果が付与されてるって事みたいだ。


 顔を上げると、ネロは俺の手元を見ながら手入れを進めていた。確実にネロの視線は俺の手元に注がれている。ってか、そんな剥き出しの刃を扱っているのに、余所見していて怪我しないって凄いと思うんだ。


 でも、余所見で武器の取り扱いは危険。短刀を持った手を持ち上げると、ネロの視線が俺の目に固定された。にこっとしてみたら、ネロは漸く自分が持っている武器を見てくれた。


「この武器はやっぱり綺麗だね。」


「硬いモノを切っても刃こぼれも歪みもしない。強度も切れ味も最高な刀。」


「軽いね。」


「そうだな。琥珀が使うには適度な重さ。」


「短剣とか、レオさんの家で持たせて貰ったら結構重かった。」


「持たせて貰った?」


 武器に向けていた視線を俺に移したネロの表情が険しくなっている。あぁ、言わなくていい事を言っちゃった感しかない。えっと、ちょっとだけ言い訳をしてみようかな。


「あ、えっと。床に落ちてて拾っただけなの。それだけだからね、別に変なことじゃないんだよ。」


「一度、注意をする必要があるみたいだな。武器をそのように保管しているのか。」


 あぁ、更に墓穴掘った感しかない。ってか、レオさんの墓穴を掘っちゃった。レオさん、巻き込んでごめんよ。何とかフォローするからね。大丈夫、まだ巻き返せる。


「違うの。なんか、補修する武器だって。だからね、置いてあったの。目立つ床に置いてあっただけ、だと思う。」


「ほぅ。それを床に転がしていると。」


 目を細めて冷たい目をするネロにびくっとなってしまう。俺が怯えたのに気が付いたのか、ネロの雰囲気が一気に変わって優しい微笑みになってくれた。


 一瞬とはいえ、冷たいネロの冷たい視線が俺に向けられた緊張感は怖かった。微笑みに変わってくれたネロにほっとする。ネロは武器には厳しいのね。レオさんごめんよ。今度謝らなきゃだ。


「それが終わったら、ご飯食べる?」


「そうだな。俺が運んで琥珀に食べさせる、だったな。」


 揶揄いを交えたネロを拗ねた感じで睨んでしまう。口の端を上げたネロがお茶と薬をテーブルに用意してくれた。そして、手際よく武器を片付け始めてくれる。


「手入れは終わりなの?最後までいいよ?」


「使用した武器は手入れを終わらせた。後は今度でいい。」


「そっか。じゃあ、行こ。」


 薬を飲みながらネロの片付けるのを止めてみたけど、もう平気だったらしい。じゃあ、お腹が鳴る前に行こうかなっと、マントを取ってきて羽織る。ネロの詠唱で風の膜が体を覆っていくのを見ながら、先に外に出てみた。


 お昼ちょっと前の時間帯だけど、相変わらずの小雨で薄ぼんやりしている。空を見上げていたら、ネロが出てきた。ネロの手が背中に添えられる感覚がして、歩き始めた。


「ネロが回復したら、神樹の所に行きたいな。」


「食事が終わったら行くか?」


「ネロの体は大丈夫?顔の怪我も首の怪我も酷いけど。体も怪我してるんでしょ?」


「琥珀を運ぶくらいなら問題無い。」


 問題無いって言うけど、どう見ても満身創痍な状態だよ。特に首の傷が凄く深そうなのに、ネロは全く痛そうな顔もせず日常生活を送っている。マジで凄い。でも、その状態で人一人を抱えて長距離を移動するのは、どう考えても負担だと思う。


「ほんっとに無理してない?」


「無理なら言う。」


 遠回しに遠慮してみたけど、ネロは平気みたい、なのかな。そこまで言ってくれるならちょっと行きたくなってしまう。ネロも心配だけど、樹の子供達が心配だから。あんなに少なくなって、元気もなくなっていたから。ちょっと、ネロに甘えちゃってもいいのかな。


「そっか。じゃあ、お願いします。この前、樹の子供達が少なかったのが凄く気になるの。胡蝶と白雪を送ってくれたからだと思うんだよ。凄く心配なんだ。」


「そうか。」


 優しく頷いてくれるネロにニコっとしたら、目を細めてくれた。ホントは、自分一人で行けるのが一番いいんだろうけどね。この村は下道がない、従って俺一人では無理。


 まぁ、行くだけならいけるんだけどね。ネロが心配しちゃうからね。それに、俺は死にたくない。困っちゃいますよね。あ、如雨露はどうしようかな。雨だと水はいらないかな。でもな、お礼の意味でかけてあげたい気がするんだよね。


「最近ずっと雨だから如雨露はいらないかな?でも折角だから水をかけてあげたいな。」


「持っていけばいい。」


「そうだよね。うん。そうしよう。」


 雨の中で水をかけるのは変かなってちらっとネロを見上げて呟いてしまった。ネロは俺の気持ちが分かっているみたいに肯定してくれる。嬉しくなって笑顔になってしまった。そうだよね、水をあげるのが目的じゃないんだよ、何か、お礼っぽいモーションが必要なんだよ。


「琥珀、レオの所までは迷わなかったか?」


 俺の気持ちが分かってくれるネロにニコニコとしていたら、ネロが急に話題を変えてきた。そうだった。ネロは俺を全く知らない道に放置したんだ。昨夜の事を思い出して真顔になってしまった。


「それだよ。ネロは途中でいなくなっちゃうんだもん。迷いはしなかったよ。でも、雨だし、暗いし、あんまり通らない道だしで、少し怖かった。レオさんの家も静かで最初は留守かと思った。」


「そうか。少し、急いでいて。」


 急過ぎるんだもん、スッとネロがいなくなっちゃうから少し寂しかったんだよ、ってな事を拗ねるように伝えてみる。ネロは慌てたように俺を覗き込んで釈明してくれたから、ふふっとなって頷いてみた。俺の笑顔でネロの表情が緩んでくれる。


「だと思った。ネロがあんな風にいなくなるなんて、びっくりしただけだよ。」


「すまない。」


「大丈夫。ちゃんとレオさんの家に行けたし、レオさんにちゃんと送って貰ったし。〈シール〉も解除して貰って、デザートも食べられた。問題は何もなかった。」


「そうか。」


「あとはね、レオさんの家はまだ片付いてたよ。匂いも大丈夫だった。汗臭くなかった。あの汗臭さは、多分だけど、床に落ちてた服の匂いだったのかもしれないね。」


「かもな。」


 笑顔で問題なかったよ、の報告を、ネロは少し寂しそうな顔で聞いてくれる。短く相槌を打ってくれるネロの言葉は優しい響きで、話が止まらなくなってしまった。注がれるネロの優しい眼差しが嬉しくて、笑顔で会話が弾んでしまう。


「あと、家に着く前にレオさんの歩き方を見たら大丈夫そうだった。でも、最終チェックはネロに見て貰ってって言っておいた。」


「分かった。今日は夜、レオと散歩するか?」


「ん~。レオさんが暇で訓練になるならそれもいいかも。」


「そうか。」


 レオさんはネロの最終チェックがドキドキっぽそうだった。でも、ネロ考案だから、ネロのチェックは必要だよね。報告を終わらせたら、ネロに今日もどうか聞かれてちょっと首を傾げてしまう。


 別に俺は暇だからいつでもいいんだけど、レオさんにも用事の1つや2つはあると思うんだよ。それに、昨日の時点で、レオさんは普通に滑らかに歩いてた。まだ特訓をする必要なんてあるのかな。


「でも、一回散歩しただけで、レオさんは綺麗に歩いてたよ。これ以上の訓練的なのって必要かな?」


「何回も積み重ねて、初めて訓練と言える。」


「そんなモノなんだ。」


「筋肉の連動は反復が必要。」


「ほぉ。そうなんだ。って事は、俺も何か簡単な筋トレを繰り返していけば、何れ、筋肉がついてくれるかな。」


「多分。」


「先は長そうだね。」


 ネロが俺を見下ろして、少し何かを考えるようにじっと見つめた後で頭をぽんぽんと撫でてくれた。先は長いよね、改めて思う。でも、やれるだけの事はやろう。うんうん、と頷いて前を向く。

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