92 なんだ、その褒め方は
ネロがマントを持ってきて羽織らせてくれた。俺に〈シール〉をかけてくれた後で、ネロは自分にもちゃんとしてくれている。俺に〈シール〉をすれば流れ作業で自分にもするから、忘れないっぽい。
一足先に外に出ると、外は弱くも強くもない雨がぱらぱらと降りしきっていた。遠くが霞む程に視界が悪い感じではないくらいの雨だ。もうだいぶ暗くなっているけど、歩くのは平気なくらいの明るさ、かな。
周りを見渡しながらネロを待っていると、ネロがゆっくりと出てきた。俺が歩き出すと、ネロは少し後ろをゆっくりとついてくる。なんとなく、ネロの元気がない気がして、振り返りながら進んでいく事にした。
ネロは足音も、気配も、息遣いも何もない。後ろを歩かれると、静か過ぎて、いるのかいないのか不安になっちゃうんだよ。ネロはいつまで経っても俺の隣に追いついてくれない。立ち止まって、ネロが追いついたトコロで並んで歩く事にした。見上げながら歩いていると、ネロが顔をこっちに向けてくれた。
「ネロの夜間の護衛って、久しぶりだね。」
「そう、だな。」
「護衛の時って、アルさんのトコでずっと入り口で待機してるの?」
「護衛、の時は一応それが主。俺は書類を渡される事も多い。時間までに終わらせろ、との命令付きだ。」
へぇ、そうなんだ。ネロはアルさんのお仕事の補佐をしているって言ってたけど、護衛中にその仕事を熟すんだね。そして、時間内に終わらせろって、アルさんは何気にネロ使いが荒い人なのかもしれない。でも、まぁ、アルさんのあの可愛さでお願いされたら受けちゃいますよね。
「アルさんのお仕事を手伝う以外は待機なのかな。って事は、ネロ以外の護衛さんは基本待機してるって事なのか。」
「他は緊急性がない限りは族長の見張り。時々確認を義務付けている。」
「見張りってなんでなの。護衛じゃないの?」
「護衛と言う名の見張り。よく抜け出すから。」
抜け出すってそんな、アルさんに似合わない言葉だね。そんな可愛い事をされちゃったら、護衛さんの立場がないじゃん。冗談だよね。ネロも良く冗談を言うようになったモノですな。
「へー。ってか、抜け出されたら護衛なんてできなくない?」
「だから見張る。とは言っても、族長は強い。護衛がいなくても何の問題も無いのが事実ではある。」
って、もしかして冗談じゃないのかな。アルさんはホントに抜け出したりするって事?あと、アルさんが強いってイメージできないんだけど。あんなに可愛くて優しくて、ほんわかアルさんだよ。あ~、成る程、こっちが冗談か。そうか、高度な二段構えの冗談だったのか。
「そうなんだ。アルさんが超強いってのが想像できない。いつもほんわか可愛いから。じゃあ、今日は見張り、頑張ってね。」
「・・・そうだな。」
何か、間があったような気もするけど。そんなにアルさんの護衛という名の見張りって大変なのか。ってか、アルさんがよく抜け出すってのは、ホントにホントっぽい。アルさんはお転婆なのかな。高齢のアルさんに使う言葉じゃない気もするけど、語彙がない為にその言葉を使わせて貰おう。
お転婆とか、可愛いアルさんには良く似合う表現だし、問題ない筈。それに、アルさんはイマイチ高齢って感じがしないんだよ。下手したら俺と同年代くらいに感じる時もあるからな。猫補正が入った俺の感覚だと、年齢の見極めが正常に働かないのかもしれない。考えながら歩いていたら食事場に到着していた。
ネロと一緒に調理場に入っていくと、ニッコリ笑顔のユリアさんが出迎えてくれた。ユリアさんはネロに対して、もう怒ってないみたいで、ネロにもニコっとしてくれている。
マスターさんにお礼をと伝えてみると、ユリアさんは調理場の奥にマスターさんを呼びに行ってくれた。奥から出てきてくれたマスターさんの手を握り締めて、お昼御飯のお礼を伝える。頭を掻きながら頷いてくれるマスターさんはやっぱり可愛いです。
そして、握り締めたマスターさんの手のひらには、やっぱり大きな肉球が存在していた。俺の手のひらにあたる、マスターさんの柔らかくて温かい肉球と指の間の長い毛の感触が気持ちいい。この肉球はヤバい、凄く癒される。
マスターさんにお昼のカルパッチョのお礼の言葉を沢山伝える事ができた。そして、マスターさんの笑顔が見られて良かった。マスターさんとユリアさんに手を振って調理場を出た後で、ネロの斜め後ろをついていく。
レオさんの家へ向かう道は初めて通る道だ。感覚的にはネロの家までより少し遠く感じるくらいの距離なのかな。先行するネロに案内されながらのお散歩だ。ぼーっと、前に顔を向けて、ネロの後ろ姿を眺めながら進んでいた。
「レオさんの家はまだ綺麗かな?」
「分からない。」
「そうだよね。レオさんはせめて服を着ていてくれるといいな。」
「そうだな。」
耳を俺の方に傾けながら、ネロが適当な感じで返事を返してくれた。レオさんの事は全く興味がないらしい。少しだけ見た事のある光景に気が付いて、もうレオさんの家の近くって分かった。
レオさんの家の少し手前でネロが立ち止まった。横まで近付いてネロを見上げてみる。傍に寄った俺に視線を向けて、ネロは暫し考え込んでしまった。ネロの行動が疑問で、小首を傾げて疑問を伝えてみる。
「後はレオに頼め。」
小さく呟いたネロが視線を遠くの方に向けて走り去ってしまった。唐突にネロに突き放された感じがして、ぽかんとなってしまう。ネロの去った方向を少しの間、眺めてぼんやりとネロの姿を探してしまった。
多分だけど、時間が押していたのかもしれない。そう考える事にして、レオさんの家までの少しの距離を進む事にした。てか、一人で村の中を歩くのってあんまりないし、夜だし、暗いし、この雨だしで、迷子になるような距離ではないけど不安になってくる。
「レオさん、こんばんは。いますか?」
レオさんの家の前で少しだけ心の準備をして、声を掛けてみた。音がない。家に明かりも点いていない。もしかして、レオさんは不在なのかもしれない。って事は、この雨の中、一人で家まで戻るのか。
小さく溜息を吐いて、レオさんの家に背を向けて、ネロの家に帰る事にした。そうだよね、いない可能性もあるんだった。それに、女の人が来ている可能性もあったんだった。抜き打ちなんだもん。仕方がなかった。
せめてネロがレオさんの家の前まで送ってくれれば良かったのに。心の中で愚痴を言いながら数歩前に向かって歩いたら、腕を掴まれた。音もなくイキナリ、唐突に腕を握られてびくっとしてしまう。
恐る恐る、振り向いてみると、雨の中でレオさんが呆然と俺を見下ろしていた。雨がレオさんの裸の上半身や髪の毛、猫耳に降り注いでいて、はっとなる。
「レオさんいたんだ。びっくりした。雨で濡れちゃうから中に入って。」
「琥珀。一人か?」
「うん、そう、一人なの。中に入って。」
「ネロは?」
「さっき仕事に行っちゃった。早く中に入って。」
雨に濡れたままで質問を続けるレオさんに答えながら、レオさんのお腹を押して家の中に押し込む。まぁ、俺の力じゃびくともしないだろけど、俺の行動で自分から動いてくれたレオさんに感謝だ。
押し込んだのはいいけど、俺の腕を掴んだレオさんに引かれるように俺もレオさんの家の中に入っていた。部屋を見渡してみたら、まぁ、綺麗かな。
少し武器は散らかっているけど、畳んだ服の山はなくなっていて本も床に落ちていない。素材は箱の中に納まったままっぽくて、床には落ちていない。懸垂の棒の周りも、相変わらず何も置いてない。ぐるっと部屋を見渡した後でレオさんを見上げて頷く。
「うん。合格。抜き打ちチェックの結果は合格ですよ。おめでとう。」
「琥珀、一人で来たのか?」
「途中までネロと。あ、もしかして誰か来てたりしたかな?邪魔しちゃってたら、ごめんなさい。」
「ネロはどこに行ったんだ。」
「だから、仕事って言ってたよ?護衛でしょ?」
「・・・護衛。」
怖い顔をして俺を見下ろしているレオさんを、じっと見つめてしまう。レオさんの迫力に不安になって首を傾げると、何でもないと首を振ったレオさんがニヤッと笑ってくれた。迫力のある怖い顔じゃなくなって、一気に親近感が沸くフレンドリーな感じになった。
俺の腕から手を離したレオさんは、奥に引っ込んでタオルを手にして戻ってきた。濡れた体を適当に拭いてた後で、乱暴に頭を拭き始めた。
あー、猫耳が折れて。タレ耳に、あ、反対に折れた。猫耳を凝視する俺に気が付いたのか、レオさんが頭を振って折れた耳を戻してしまう。慌てて見てないよって目を逸らしたけど、レオさんにフッと笑われてしまった。
「レオさん、今日はちゃんとズボンは穿いてるんだね。偉い。」
「なんだ、その褒め方は。」
「だって、下着だけだと、ねぇ。」
「そうだな。ユリアにも怒られる可能性しかない。下は穿いとく事にした。上は暑い。」
「でも、護衛の時はちゃんと着てるじゃん。」
「族長の前で裸とか、殺される。」
体を抱いて震えるモーションをするレオさんはオーバーアクションですね。アルさんがそんな過激な事をする訳ないでしょうに。せいぜい、ちょっと迫力のある怖い笑顔で、にっこり注意されるくらいでしょう。
「アルさんはそんな事はしないでしょ。」
「いや、族長は怖い。あの人は怖いんだよ。」
そんな切実な目で見られても俺は騙されないからね。ってか、分かった。ユリアさんと同じで、アルさんにも素行の面で注意されまくってるから怖いんだ。そうだね、アルさんは校長先生っぽい雰囲気があるからね、悪戯坊主っぽいレオさんは怖いのかもしれない。まぁ、この話題はここらへんでいいか。
「へぇ、そうなんだね。それより、合格ですよ。感想は?」
「あー。嬉しいです。」
「ホントに?」
なんだ、その棒読みな感じの喜びの表現は。ホントに嬉しいのか?懐疑的になってじっとレオさんを見上げたら、にこっとしてくれた。どうやら嬉しいのは本当らしい。
「これを続ければ琥珀はまた来てくれるんでしょ。」
「来る、かもですね。」
「じゃあ、頑張っとかないとな。」
嬉しそうな笑顔になったレオさんに頷いておく。後一つ言える事があるんだよ。落ちてた服がなくなったからか、致命的だったのが改善されているんだよ。
「あとね、部屋が綺麗になったからか汗臭くない。これも合格。」
「そんなに臭かったか?」
がっくりと肩を落としてしまったレオさんを見て思い出した。この子は繊細だったのを忘れていた。手招きして、近付いてくれたレオさんの肩に手を置いて背伸びしてみる。
レオさんが屈んでくれたから、頭をぽんぽんと撫でてあげた。俺を見下ろしているレオさんに、ニッコリと笑顔を贈ってみた。レオさんは戸惑った感じの表情だ。
「でも、今は臭くないから大丈夫。」
「慰めになってねぇ。」
慰めの言葉を伝えたのに、レオさんは何故か悲しそうにぼやいていますね。うんうん、と頷いて流しながら、足元に落ちている短剣を拾ってみた。おお、やっぱりずしっとくる重さだ。でも、持てない事はない。
問題は振ったり突いたりってのが、できるかだと思うんだよ。鞘から抜こうとしたらレオさんが俺の手から武器を抜き取ってしまった。あれ、ここでも武器は触らせて貰えないか。
じっとレオさんを見つめていたら、レオさんが困ったように目を泳がせた後で、短剣を渡してくれた。武器に釘付けの俺を放置して、しゃがみ込んだレオさんがサンダルを脱がしてくれる。
そのまま、手を引いたレオさんによって、ソファに移動させられていた。カップにお湯を沸かしてローテーブルの上に置いてくれたレオさんにニコっとしてみる。レオさんもニッコリ返してくれた。
それでは、いざ、短剣チェック。柄を握って、慎重に短剣を鞘から引き抜いてみる。銀色の綺麗な刃が少し欠けていた。欠けたトコロを触ろうと指を伸ばしたら、レオさんが指を握って止めてきた。俺の指を握ったままで隣に座り込んできたレオさんをじっと見つめてみたら、レオさんは手を離してくれた。
柄を握る左手を少し動かしてみる。やっぱり手首を立てて持つと、重量を結構感じるんだね。隣で短く息を吐き出す声が聞こえて、横に顔を向けてみた。結構な至近距離にレオさんの顔があって、びっくりしてしまう。
「そんな真剣な顔して、どした?」
「短剣って結構重いんだなと思って。」
「成る程。」
「あと、刃が欠けてるよ。いいの?」
「そうなんだよ。修復でカイさんの所に持って行こうと思ってたんだけど、ずっと忘れてて服の下に埋まってたらしい。」
「そっか。じゃあ、良かったね。この子もやっと直して貰える。」
剣身を鞘に納めて、短剣を撫でてみた。シンプルでこれぞ短剣って感じの、飾り気のない綺麗な真っ直ぐな剣身だった。欠けている刃を直して貰って、また使って貰えるといいね。
小さな溜息が聞こえて顔を横に向けてみる。俺と目が合った途端に、レオさんが目を逸らして背もたれに寄りかかってしまった。
「そういえばどうしたんだ?」
「ん?」
「今日は俺の家に泊まりにでもきたのか?」
そうだ、用事を伝えてなかった。ただの抜き打ちチェックをしに来た人になってた。そして、こんな夜分にお邪魔するとか、泊まりに来たって思われても仕方がなかったかもしれない。ネロも仕事って伝えてたし、そう思っちゃっいますよね。
「あ、そうだった。ネロがレオさんと散歩しろって。」
「は?」
要件を伝えると、レオさんは心底疑問の表情になってしまった。ぽかんとしたレオさんに、えへっと笑いかけてみる。レオさんの目が丸くなって目を逸らされてしまった。
あ~、そうだね。散歩しろって、突然言われても嫌だと思うよ。だって、あの歩きにくそうな感じからは、俺と散歩なんて嫌がらせ級の嫌さだよね。絶対嫌だよね。でもね、理由があるんだよ。それを聞いてから判断しようね。
「えっとね。レオさんが俺の速度で動きがおかしいのは、筋肉が滑らかに動いてないからみたい。だから、俺の速度で散歩したらいいってネロが言ってた。」
「ああ、成る程ね。適当に散歩したら、今日は俺の家に泊まるのか?」
ネロが言っていた説明をレオさんに披露してみる。レオさんの視線が俺に戻ってきてくれた。そして、納得してくれたらしくて、笑顔を浮かべてくれた。ほら、理由を聞いたら納得できたでしょ。
「ん~。ネロの家に帰る。」
「でも、今日はネロは仕事でいないんだろ?」
俺が一人になるのが心配っぽいレオさんは、やっぱり優しいですね。でも、子供じゃないんだし、一晩くらい一人で寝られるよ。
でも、レオさんには、お泊りさせて貰った時に、風邪でフラフラだった姿しか見せてなかったからな。そりゃ大丈夫かよってなっちゃうよね。
「一人でも寝られるよ。風邪もだいぶ良くなったし。明日の朝にはネロも帰って来るって言ってたし。なんかあったらアルさんのトコにいけばいいでしょ。直ぐ近くだし、ネロもいると思うから平気なんです。」
「え。あ、そうだな。」
一人で平気ですよって笑顔で伝えたら、少し歯切れの悪い返事をしたレオさんが目を逸らしてしまった。あ、レオさんの家に泊まるのを嫌がってるって思われちゃったのかな。レオさんの気持ちは凄く嬉しいんだよ。俺の方が恐縮した方がいいくらいだと思うんだよ。
「レオさんにネロの家まで送って貰えって。できるだけゆっくり歩けって言ってた。」
「うわぁ、マジかよ。琥珀が前歩いたのって普通に歩いてたんだよな。あれより遅い?」
気分を変えるように明るく言ってみると、レオさんが渋い顔になってしまった。頭を撫でてもレオさんの渋い顔は解除されない。俺の低速はレオさんにそんな顔をさせてしまう破壊力があるらしい。
それならっと、両手でレオさんのほっぺを挟んでマッサージしてみた。レオさんは俺を止める事なく、クスっとしてくれた。渋い顔の解除が完了。離れて、レオさんの眉が顰められてないのを確認して、にこっと笑顔で頷いてみる。
「レオさんが送ってくれると嬉しい。でも、何かやってる途中だったら一人で帰れるから平気だよ。」
「本を読んでただけだから大丈夫。」
「あ、そうですか。じゃあ、行こっか。」
サンダルを履いてレオさんを見上げると、靴を履いたレオさんはそのまま外に出て行こうとしていた。レオさんのズボンを引っ張って、レオさんが外に出るのを阻止してみる。
疑問の表情で俺を見下ろしてきたレオさんに、〈シール〉を、と一言伝えてみた。頷いたレオさんが俺に手をかざすのを遮って、レオさんの手を掴んでレオさん自身に向けさせてみる。
「俺はネロにして貰ったのがまだあるから大丈夫。」
「おー、そう言われてみると。」
俺に手を伸ばしたレオさんが髪とか顔とかをペタペタ触ってくる。そうだよね、そういう反応になるよね。分ります。俺も初めてこのぴったり〈シール〉を見た時は、ユリアさんを触ってみたかった。いや、そういう意味ではなくてね、今のレオさんみたいな気分ってやつ。
だって空気の層が体ぴったりにくっついているんだもん。凄いよね。長い間ぺたぺたと触っていたレオさんだったけど、納得してくれたらしい。自分に〈シール〉をかけたレオさんが頷いてくれた。
「じゃぁ、行こ。ゆっくり歩いて平気?」
「お手柔らかに頼む。」
外に出て、レオさんを見上げながら話しかけてみたら、手加減しろって言われてしまった。そうだね、ネロにはできるだけゆっくりって言われてるけど、イキナリそれはきついよね。
「じゃぁ、今日は普通に歩こうかな。」
「それで頼む。ってか、琥珀、髪切った?」
「え、今更?」
今更過ぎてフフッとなってしまうと、レオさんもはにかむように笑ってくれた。ここら辺はまだ民家で明るいからレオさんの表情がよく見える。
「あ~、さっきは焦ってたから気付かなかった。今、髪を触って短くなったかなっと。」
「ネロが切ってくれた。ネロってこんな事もできるんだね。」
「まじか。」
帰り道が不安だったから、レオさんに帰り道を聞きながら進んでいく。横を見ながら歩いていると、最初は前みたいに変な歩き方のレオさんだった。でも、数分も歩いているだけで、何となく普通っぽい歩きになっていっている。こんな短時間で修正できるとか、レオさんの身体能力は凄いんだな。
「雨、止まないね。」
「そうだね。ここら辺でこんなに集中的に降るなんてなかったんじゃないか?」
「そうなんだ。」
「少なくとも俺が生まれてからはなかったな。記憶の中には、だけどな。」
「そうなんだ。じゃあ、ちびちゃん達は雨なんて初めての体験なんだね。」
「そうだな~。子供達は初めて雨を見ただろうな。」
「俺は雨も結構好きなんだ。」
「俺も冷たくて好きだ。」
「このヒンヤリした空気もいいよね。〈シール〉があるとあんまり分かんないけど。」
話しながら歩いていると、レオさんも俺の歩くペースが分かって慣れてきたのか自然に歩けている気がする。とても、初日にぎくしゃくと歩いていた人と同じとは思えない。
「なんであんなに変な歩き方だったの?」
「なんでなんだろうな。ゆっくりに慣れてなかったのかも。」
「そうなんだ。」
「琥珀の動きを見ながらだと漸くコツが分かってきた。ネロはこれを最初からやってたんだろ?凄いな。」
何が凄いか全く分かんないけど、レオさん的には凄い事らしい。ネロが言ってた滑らかに筋肉を動かすのが凄いって事だよね。よく分かんないけど。
「凄いの?」
「うん、単純に凄い。何というかな、すっごいゆっくり筋トレしてるみたいな感じ?」
「へぇ。」
「ゆっくり筋肉を動かすんだけど、止まらずに休まずに動かし続けてるっての?」
「成る程、分からん。」
くすっと笑うレオさんを見上げてみる。俺にはさっぱり分からなくて、適当に答えていたら笑われてしまった。違うんだよ、適当に答えたように聞こえただけで、色々と考えた結果、適当に答えたんだよ。
心の中で言い訳をしながら、暗くて薄ぼんやりとしか見えないレオさんを見つめる。レオさんも俺を見下ろしていたけど、またクスッと笑って前を向いてしまった。
「そうだよな。分らんよな。」
「あ、そうだ。ネロの家についたら、デザートの〈シール〉を解除して欲しいです。」
「お~。分かった。」
違う話題って思って忘れる前に、絶対必須の〈シール〉の解除をお願いしておく事にした。これで俺が忘れていてもレオさんは覚えている筈。完璧。さっきまで忘れていたけど思い出して良かった。
「さっきは夕ご飯の後でお腹いっぱいで食べられなかったんだよね。いつもはネロと後で食べるんだけど、ネロは今日いないんだもん。」
「へぇ。ってか、ネロはスイーツなんて食うのか?イメージ無いわ。」
「ネロはね、食べない。見てる。」
「あ~、成る程ね。」
レオさんの想像通り、ネロはスイーツなんて甘いものは食べませんよ。甘いのだと口に入れて顔を顰めちゃうからね。でも、俺には食べられないスイーツなら食べてるんだよ。スイーツという名の、名前に反した酸っぱいヤツを美味しそうに食べるネロは結構可愛いんだよ。
「でも、時々驚くほど酸っぱいゼリーとか食べてるよ。ユリアさん特性の。」
「成る程。ネロっぽいな。でも、確かにユリアが言ってた気がする。琥珀が食べてくれるから作るのが楽しい、とか。」
「俺もユリアさんのスイーツが超楽しみなんだよね。あんな可愛くて、お菓子作りが趣味とか、可愛過ぎだよね。」
「・・・そうだな。」
なんでそこで答える前に間があったんだ。お菓子作りが趣味のユリアさんは可愛いじゃん。でも、そっか、俺が食べるのをユリアさんが喜んでくれているのは嬉しいな。
「レオさんはユリアさんのお菓子をよく食べるの?」
「昔は、なんかおどろおどろしいモノを作ってきて食わせられたな。」
ぶるっと震えるレオさんの反応が面白くて笑ってしまった。おどろおどろしいモノってどんなだよ。ユリアさんの美味しいお菓子に、そんな前段階があったのか。そんなユリアさんのお菓子を食べるレオさん、まだ小さい頃の幼馴染同士の日常が思い浮かんだ。ほんわか可愛い二人だったんだろうな。
「そんな時代が会ったんだ。」
「そうだな。昔は料理は壊滅的だった。マスターの所で働くようになってから、デザートだけは上手くなったな。」
昔を懐かしむように笑いながら話すレオさんにつられて、俺までほっこりしてニコニコしてしまう。幼馴染か、いいな。ちっちゃいレオさんとちっちゃいユリアさんが戯れているのを想像して、更にほっこりなってしまった。
あー、きっと可愛い子供達だったんだろうな。レオさんを見上げてみる。民家の光に照らされて俺を見下ろしながら優しく微笑んでいるレオさんが目に映った。穏やかな微笑みは、昔を懐かしんでいるって感じだ。
「子供の頃のユリアさんは可愛かったんだろうな。あと、レオさんも。」
「俺はついでかよ。」
「ん。そんな事はないよ。きっとレオさんも少しは可愛かった。うん。でも、ユリアさんの方がもっと可愛かったと思う。」
言い訳みたいにレオさんも勿論可愛かったって力説してみたら、レオさんに苦笑されてしまった気がした。でも、二人合わせて可愛かった筈で間違いない。可愛い猫耳のガトの子だよ。ちょっと目付きの鋭いレオさんと、可愛いユリアさんの子供時代だよ、可愛いに決まってるじゃん。
「あいつは、変わらないよ。ずっとあんな感じ。」
「きっとユリアさんもそう思ってそうだね。」
「かもな。」
ふっと笑ったレオさんが呟くのを聞いて、俺もふふっと笑って答える。優しく肯定してくれるレオさんの声に更に笑顔になってしまった。話しながら歩いていたら、漸くネロの家が見えてきた。雨で霞む距離だけど少しほっとする。
「どう、レオさん。歩くのは慣れてきた?」
「そうだな。どう思う?」
少し距離を取って、レオさんの動きを眺めながら少しの間進んでみた。おお、超滑らかに歩いてるじゃん。途中も全然普通に歩いていたけど、今は普通を通り越して滑らかに歩いている。話しながら歩いていたから気が付かなかった。またレオさんの近くまで寄ってレオさんを見上げる。
「合格。」
「おぉ。やった。」
「最終試験はネロのチェックだね。」
「まじかよ。それはパスできない気がする。」
「大丈夫だよ。ネロ優しいから。」
「へぇ。優しい、ね。」
俺としては太鼓判のレオさんの歩きだけど、ネロはどう判断するんだろう。不安そうなレオさんにネロは優しいから大丈夫って伝えてみる。レオさんはそれに対して含みを持たせた呟きを返してきた。
ニッコリ笑顔で優しいでしょって同意の頷きをしたら、レオさんが溜息を吐きだすのが聞こえた気がする。レオさんの動きの最終チェックをしながら歩いていたら家に到着した。




