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82 ただ、猫耳が好きなんです

 ネロが出て行く後ろ姿を見送りながら思う。仕事の前に部屋の模様替えか、凄いな。さて、待っている間は本でも読むか。でも魔法の本は止めだ。全く身につかない気がする。寝室に入ってサイドテーブルに積まれた本の中から次に読む本を選ぶ事にした。


 どうしようかな。歴史はな、眠くなるんだよな。過去を辿るのは眠くなる、却下。偉人の伝記もな、名前が覚えられない自信しかない、却下。伝説とかは楽しそうだな、あとは生物の本も面白そうだな、どうするかな~。


 ぺらぺらとページを捲って流し読みしながら選んでいたけど、料理の本が目に止まった。一応手に取って開いてみる。ふむふむ、ああ、オムライスっぽいのが載ってる。米を使うのが載ってるのか。焼き飯もある。


 よし、一旦これを読もう。俺は病気だし、ね、これくらい軽い内容じゃないと頭に入っていかないよね。これなら挿絵も沢山あるから楽しく読める、気がする。誰に断ってるのかは分からないけど、色々と釈明を頭の中でしながら、料理の本を持ってリビングに戻る。


 クッションを引き寄せて胸の下に抱き込みながら、ソファにうつ伏せになって本を開いてみた。『世界のお料理』と題された、どうやら異国の珍しい料理を紹介する本らしい。


 スパイスの紹介や、土地毎の特産品を使った料理の紹介が挿絵付きで掲載されている。料理の挿絵の完成度はまぁ、なんというか。ちょっと下手な落書きって感じに見えない事もないかな。でも、ちゃんと料理っぽくは見えるから平気だよ、うん。美味しさは想像で補うんだよね。


 お米の料理は結構色々ある。オムライスっぽい味付きの炊いたお米を卵で巻いた奴。肉などの具材と一緒に炒めた焼き飯。お米を鍋に入れて魚介と一緒に炊き上げるパエリアみたいなの。どれも美味しそう。


 お米の料理は東の大陸の人気料理って感じで紹介されてるね。挿絵の見た目は微妙に記憶にあるモノとは違うけど、料理の説明を見る限りではそれその物だ。


 はー、いいな、お米料理、挿絵を見ただけで味が分かる、気がしてくる。めっちゃ美味しそう。やっぱり東の大陸に行こう。全世界を回ったらお米の国に移住しよう。


 しかもだよ、ネロが言ってたよね。東の大陸にはルナール族が住んでるって。すなわち狐耳ともふもふ尻尾天国な訳じゃん?行くよね。行かない手はないよね。


 問題は、俺がこのステータスでそこに辿りつけるかって話なんだよね。ん~、まぁ、それはその時に考えるか。後は、なんか美味しそうなのないかな。何か楽しくなって足をパタパタしながら料理の本を読み進める。


 おー、カレーっぽいのもある。美味そう。これ、マスターさんは作れないかな。おぉ、グラタンもあるじゃん。熱々で口の中が絶対火傷するんだよね。スパニッシュオムレツみたいなのも美味そう。なんか親近感の沸く料理があると嬉しいね。


 他には、うぉ、ヤバい料理がある。虫型モンスターの卵をボイルして半生に仕上げ、そこに特性のソースをかけたの。卵をボイルはいいよ。半生もいいよね。でも虫の卵かよ。


 動物型モンスターの胃の中にお肉を詰めて、スパイスをぶっこんで塩を振って土に埋めて、その上で焚火をして調理したお肉料理。響き的には美味しそうに感じるかな。ただ、胃の中に詰める必要があったのか。


 キノコ型モンスターの胞子を使って発酵させたお肉を使った串焼き。これは響きが危険だ。発酵とかヤバそう。エグイ感じの料理もあるんだな。


 モンスター料理の紹介とか、この世界ならではな感じだ。味の想像が全然できないし、そもそもの話、食べる勇気すら湧いてこない。


 しかも、この挿絵のクオリティよ。普通の料理は適当な落書きに見える程に落書きテイストなのに、モンスターの絵だけ輝いて見える程の精細さがある。


 モンスターが凄くリアルだよ。同一の絵師が描いてそれぞれに対する思い入れの差なのか。料理の絵師とモンスターの絵師は別で腕の差なのか。俺には良く分からない。


 料理の本を堪能してたらネロが帰ってきた。あらら、濡れ鼠ですね。おかえり、と声をかけたら、入り口で最高出力の最短時間の風がネロの周りを吹き荒れて止まる。


 ソファの上で座り直して、ネロを手招きで呼んでみる。俺の前に座り込んだネロの髪を丁寧に整えてあげる事にした。前髪と横の髪、手を伸ばして後ろ。


 ホント、見た目ほど固くなくて、柔らかくて気持ちいい手触りの髪だ。俺が整えてるのを、ネロが気持ちよさそうに目を細めて見上げてくる。もうね、猫にしか見えない。綺麗な黒猫だよ。


「風を強くすると、ぼさぼさになっちゃうよ?」


「直ぐ乾く。」


 髪を撫でつけながらネロを諭すように話しかけたら、ネロが端的に返してくれる。うん、そうだね、すぐ乾くかもしれないね。そういう事を言ってる訳じゃないんだけどね。まぁいいや。


「う~ん。まぁ、耳がパタパタして可愛かったけどね。」


「耳?」


 適当に感想を伝えたらネロが聞き返してきた。変なトコロに食いついかれてしまったでゴザル。まぁ、真実だからいいか。ネロを見下ろしながら頷く。


 あぁ、レオさん。君は正しかった、かもしれない。認めたくはない、ないんだけど。この世界では俺の性癖になってしまった、かもしれない。


 猫耳っていいよね。女の子の猫耳は勿論可愛いよ。でもね、子供も、お姉さんも、お兄さんも、お爺ちゃんも、お婆ちゃんも全部可愛い。みんなそれぞれ違って全員可愛い。


 猫耳は正義。うん、ぶっちゃけて言うと誰でもいいの。猫耳を触らせて欲しい。そのモフモフの耳を堪能してみたい。自分の世界に入りかけたけど、俺を見上げてる金色の瞳を見て冷静になれた。


 正直に言葉にすればいいよね。飾らないシンプルな言葉なら、変な意味にはとられないと思うんだよ。どうだろう、いい考えだと思う。


「耳が好きなんです。」


「ほう。」


「それ以上でも、それ以下でもないんです。ただ、猫耳が好きなんです。」


「では、高出力でも何の問題もないな。」


 俺を見上げて口の端を上げるネロは、死ぬほど綺麗です。何故そこに帰結するのかは分かりません。でも問題ないです。その笑顔を止めて下さい、怖いです。


「はい。問題ないです。」


 口の端を上げたままで、目を細めたネロが俺をじっと見上げてくる。メチャクチャ綺麗な笑顔ですね。笑顔って言っていいのか微妙な線かもしれない。でも、笑顔と言っていいでしょう。なんでこんな時にイキナリそんな綺麗な笑顔になるんでしょうか。


 ネロから目を逸らす事もできずにネロを見続けてしまう。見つめ合う事暫しの時間が経過して、ネロがすっと立ち上がった。ネロは何事もなかったかのように、お茶を用意してくれるらしい。ネロの後ろ姿をぼんやりと目で追い掛けてしまう。


 俺は、猫耳に屈してしまった。いつになったら猫耳の耐性はつくのでしょうか。そもそも、猫耳に耐性がついたとして、狐耳を目の当たりにした時には、そっちにまた屈してしまうのではないだろうか。


 はー、ホントに困ったね。俺ってこんな性癖があったんだ。知らなかった。溜息をついて項垂れてしまうと、ネロがお茶を差し出してくれた。ありがとう、と受け取って、いつも通りの適温の美味しいお茶を頂く。


 隣に座って足を組んだネロの体越しに尻尾が見える。あ、尻尾もいいよね。そういえば、ガトの人の尻尾って細かったり太かったりするよな。


 レオさんの尻尾は長くてほっそりしてたし、アイラさんの尻尾は短くてもふってなってた。ユリアさんも姉妹だからなのか、少し短めのふわふわの尻尾だった。


 ネロの尻尾は少し太めで長い。毛が長いのかな?毛量が多いのかな?骨太で肉付きが良くて構造的に太いのかな?超気になる。目線がお茶から横に向いて固定されてしまった。


 ネロの尻尾から目が離せなくなってきた。尻尾がゆらゆらと動くのに合わせて顔も動いてしまう。さっきより尻尾が大きく動いてる気がする。はっと気が付いて、恐る恐るネロを見上げてみた。


「違うの。尻尾がもふってしてるのは毛なのか、身なのかを考えてただけなの。」


「ほう。」


 俺を観察していたらしいネロと目が合ってしまった。片眉を上げるネロに早口で弁明してみる。ネロは楽しそうに相槌を打ってくれた。口の端が微妙に上がってて、ちょっと楽しそうな表情だ。


「別に尻尾も好きって事じゃないから。」


「成る程。」


 弁明を続けながら、視線を落とすと目に飛び込む揺れる黒い尻尾。ネロの楽しそうな相槌の声が聞こえた。あぁ、何故こんなに尻尾に惹かれてしまうのか。


 あれか、自分にないモノに惹かれるって心理ですよ。そうか、くそぉ。俺に尻尾があったなら。こんなに惹かれなかっただろうに。


 ゆっくり動く尻尾から目が離せない。駄目だ。誘惑を振り切って顔を上げる。ネロが俺を見下ろしていた、口の端を上げて目を細めて。金色の目に光が反射してきらっと輝くのが見えた。いつもの無感情じゃないネロの表情には、何かの感情が込められている感じがして、目が離せなくなってしまう。


「琥珀は耳と尻尾に惹かれる。という事だな。」


 低い声が呟いた。はい、否定できません。ネロの静かな断定を否定する事もできず、コクリと頷いてしまう。成る程、と呟いたネロが目を逸らしてくれた。


 良かった。ネロさん、マジ大人。俺の幼いフェティシズムを、成る程という短い言葉で収めてくれた。マジ感謝。もう、この話は終りです、っと尻尾に目を向けないように料理の本を開く事にした。

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