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78 夢ではない

 目を開けると、さっきまで寝ていた部屋じゃなかった。よく見慣れた部屋だ。あれ、ネロの家?ネロの匂い?なんでネロの家でレオさんに抱き締められて寝てるの。ってかレオさんはまた裸になってるのか、さっきまで服ちゃんと着てたじゃん。


 ボンヤリとした思考の中で文句を言いながら、腕の中で何とか寝返りをうってみる。振り返ったら、目の前にネロの顔があってびっくりしてしまった。頬と額に切り傷が数か所と首に痛そうな深く長い傷がある。でも、確実にネロに見える。どう見てもレオさんじゃない。


 目は閉じていて寝てるっぽい。幻影とかじゃなくて、そこにちゃんとネロがいるのか確かめたくて、ネロの頬を撫でてみる。傷を触ってしまって、眉を微かに顰めたネロの目が開いた。金色の綺麗な瞳を見て理解する。やっぱネロだ。


 寝起きのぼーっとした頭で思う。ネロもぼんやりとしているらしく、少しの間、至近距離で見つめ合ってしまった。夢かと思ってたけど、これは現実なのか。


 ばっと覚醒して至近距離のネロを凝視してしまう。ネロの表情は限りなく真顔だ。でも、俺を見つめ返してくるネロの瞳からは、優しい光が溢れてる感じがする。


「ネロ?」


「ああ。」


 ホントにネロなのかを確かめたくて、名前を口に出してみた。金色の瞳が優しく細められて、聞きなれた低い声が聞こえる。ホントにネロじゃん。


「あと三日か四日かかるんじゃなかったの?」


「早めに終わらせてきた。」


 ネロの腕の中で、至近距離で金色の瞳を見つめながら一生懸命話し掛けてみる。会話が途切れたら夢が覚めちゃう気がして、泣きそうになる。ネロは淡々と答えている。うん、この感じは確実にネロだ。


「傷だらけだよ?」


「問題無い程度。」


「体調悪かったのは大丈夫?」


「問題無い。それより、琥珀が体調を崩したと聞いた。」


 傷だらけの痛々しい顔で、俺の心配をしてくれるネロの言葉が嬉しい。ホントにネロだ。淡々と話してるのに、凄く優しい感じが伝わるネロが目の前にいる。


「ちょっと寝不足で、雨に濡れて寒かった所で片付けしてたから。風邪ひいちゃったみたい。」


「今の体調はどうだ?寒くないか?」


 優しく目を細めて、俺の話を聞いてくれたネロがやっぱり俺を気遣ってくれる。どう見ても、ネロだ。夢の中で戻ってきてくれたのかなって思っちゃうくらい嬉しい。ちゃんと会話ができてるし、凄く現実感あるし、ネロが傷だらけだし夢じゃないと思いたい。


「うん、大丈夫。それより聞いて。レオさんの家はもう凄かったんだから。」


「そうか。」


 言葉を止める事ができなくて話し続けてしまっても、ネロは目を細めて嬉しそうに聞いてくれる。傍にネロがいるってだけで安心する。でも、傷だらけで言葉少なく返してくれるネロは、少し元気がない感じがする。言葉が少ないのはいつもの事だけど、疲れて元気がない気がする。


「ネロ。もう少し寝る?」


「そうだな。琥珀も寝るか?」


「うん。くっついていい?」


 ネロが一緒にいてくれるのが嬉しくて、甘えてしまった。答えるようにネロがそっと抱き寄せてくれる。ネロの肌の感触とネロの香りと温かさが本当に心地いい。ネロが本当にここにいるのかを確かめるようにネロに顔をすり寄せてしまった。


「これ、夢?」


「夢ではない。」


「良かった。」


 起きた時にネロがいなくなってたら、っていうのが怖くて言葉に出して聞いてみる。自分の想像を否定して欲しいって思った質問に、ネロは望んだ答えを返してくれた。


 今度は背中からじゃなくて、ネロの腕枕の上に頭を乗せて、自分から抱き着いて寝る。起きた時に、やっぱり夢でしたってなったら怖いから、しがみつくようにネロに抱き着いてしまった。


 背中に回されているネロの腕の温かさで安心感が増す感じがある。やっぱいい匂い。落ち着く。ネロの滑らかな肌の体温が気持ちいい。すーっと眠気に引っ張られてまた眠りに落ちていった。


「ネロ。夢じゃないよね。」


「現実だ。」


「良かった。」


 眠りに落ちる間に、もう一度疑問を口にしてみる。優しく答えてくれるネロの声は響きだけしか届かない。でも、きっと肯定してくれてる筈。ぎゅっと抱き締められる感覚がする。俺もネロにしがみ付く。


 目を開けると、ネロのベッドで一人で寝ていた。ぼんやりと天井を見上げて少し考えてみる。やっぱネロの家だ。一人で寝ている部屋を見渡して、起き上がってリビングに出てみた。


 目に入るのは、見慣れたいつもの光景だ。テーブルの上には武器が並べられて、ネロが丁寧に手入れしている、馴染みのある光景。違うのはネロが傷だらけって事だ。


「体調はどうだ?」


「平気。それよりホントに夢じゃなかったんだ。お帰りなさい。」


 顔を上げたネロは一瞬柔らかな微笑みを浮かべてくれた。金色の瞳が優しく輝いて、ネロはちゃんとここにいるって主張している。直ぐに真顔に戻ったネロは俺が心配みたいだ。俺の体調より、ネロの方が傷だらけで大変じゃん。そして、夢じゃなかった事が嬉しい。


「待たせたな。」


「傷だらけじゃん。どしたの。」


 低い声が優しく響いてきてそれだけで安心する。武器をテーブルの上に放置してソファに移動したネロが、隣をぽんぽんと叩いて呼んでくる。ネロの隣に横向きでネロを見るように座ると、背もたれに寄りかかったネロが俺の髪に手を伸ばした。優しく髪を梳いてくれるネロの手の感触が凄く懐かしいモノに感じられる。ネロの顔の傷を見ながらの疑問に、ネロが少し目を細めた


「少し強い敵だった。それだけだ。」


「ネロでも大変だったの?レオさんがネロはめっちゃ強いから大丈夫って。」


「大丈夫だった、だろ?」


 ネロを見つめて話し出すのを待っていたら、短い言葉で教えてくれた。その話し方がネロだ。安堵で笑顔になってしまったら、ネロも無表情のままで口元を緩めてくれる。ネロの笑顔に見えない事もない表情で心が落ち着く。やっぱ安心する、この感じ。ネロは俺が話すのを嬉しそうに聞いてくれる。俺の危惧も、優しい言葉で否定してくれた。


「琥珀が選んだあの短刀に助けられた。」


「短刀って、あのきらきら大爆発の?」


 ネロの存在が嬉しくて見つめていたら、ネロがぽつりと話すのが聞こえた。俺が選んだ短刀っていうと、あの危険な短刀だよね。目を丸くして聞き返してみる。ネロは目を細めて、俺の髪の毛先を摘まんでいる。


「いい武器だな。こちらの意思が伝わる。」


 少しして、またポツリと説明をした後で、ネロはふーっと息を吐き出して天井見上げてしまった。ネロの反応が気になって、首を傾げてしまう。意思が伝わるってどういう事なんだろう。


「思考が伝わるかのような錯覚に陥る。斬撃を繰り出した時に、切るべき所は鋭利に切断するが、切る必要のない所は傷すらつかない。短刀が自身の体の一部になったような錯覚。」


「えっ、そんな事あるの?不思議武器って事だよね。カッコいいじゃん。」


 ネロがゆっくりと説明してくれた事は理解できた。でもね、そんな武器とか凄くないかな。ヤバいね、テンションがちょっとだけ上がってしまった俺を、ネロは嬉しそうに見守ってくれる。


「胡蝶と、白雪。みたいなもの、かもな。言葉はないけど。」


「そっか、そうだね。胡蝶と白雪みたいな武器が存在してるならそれもあるかもね。でも、良かった。無事に帰ってきてくれて。」


「そうだな。」


 静かな口調でネロが言った言葉で納得できた。そうだよね、あの子達がいるんだから、違う子もいないとも限らない。あの子達はお喋りだったけど、短刀の方は無口な子なんだね。ネロを助けてくれてありがと。心の中でお礼を言っておく事にする。


 少しの間ネロに寄りかかってぼんやりと過ごす。ネロは俺の頭を抱き込みながら髪を梳くように撫でてくれる。まったりと時を過ごしていて、気が付いてしまった。ばっと距離を取って、ネロからできるだけ離れてしまう。


「ネロ。〈浄化〉と〈乾燥〉をお願い。聞いてよ。レオさんのトコ臭いの。超臭い。汗臭い。男臭い。俺にも移ってる可能性がある、あ、アルさんの匂いになってたから大丈夫かな。でもね、混ざり合って臭くなってる気がする。ヤバいよね。危険な香りな気がする。」


 ネロは無表情の中に、明らかに分かる程の疑問を浮かべている。俺が飛び退いた事が疑問らしい。そうだよね、疑問だよね。ネロに縋り付きたい気持ちを押さえて、お願いしてみる。


 そうなんだよ、今俺はヤバい臭さかもしれなかったんだよ。忘れてた。アルさんの香りに包まれていい匂いに慣れたかもだけどね。ずっと〈浄化〉もされないままで、レオさんの家にいたんだよ。ヤバいよね、臭いと思うんだ。


「・・・問題無い。」


 うん、いつも通りの真顔と、いつも通りの問題無いだね。だけどね、今、微妙な間があったじゃん。絶対に嘘じゃん。問題あるって事じゃん。いつもの適当な言葉を言うネロを涙目で睨んでしまった。


 もう、強引にしてもらうしかない。立ち上がって、はい、って両手を広げてみた。手をかざしたネロが言葉を紡いでくれる。優しい旋律に乗せて、冷たい水の感触に包み込まれる。


 目を閉じて水を感の中を楽しんでみた。水の感覚がなくなった後で、ふわっと柔らかく暖かい風が包み込んでくれる。風が止んで目を開けてみた。金色の瞳が優しく細められていて嬉しくなる。


「ありがと、ネロ。ホントに帰って来たんだね。」


 ソファにぐでっと座っているネロに乗り掛かる勢いで、正面からぎゅっと抱き着いてしまった。俺はめっちゃ不安だったらしい。アルさんで心を乱されて、レオさんに振り回されて、あんまり気にならなかったと思ってた。


 でも、やっぱり不安だったんだ。こんなに抱き着いてしまう程に不安だったとか、自分の心すらも分かってなかった。抱き着いた俺をネロはそっと抱き返してくれる。そして、背中と太腿に手を添えてフワッと抱き上げられていた。驚く間もなく、ネロは俺を横抱きの姿勢で自分の太腿の上に座らせてくる。


「もう臭くない?」


「いい匂い。」


 ネロの膝の上でネロに抱き着きながら、聞いてみた。ネロはふっと口元を綻ばせて肯定してくれた。良かった、臭くなければいい。お世辞でも嬉しい。


「良かった。あと三日もいたら俺は。俺はレオさんと同じ匂いになるトコだった。ネロは汗臭い俺は嫌でしょ?俺も嫌。」


「そうだな。」


 眉を寄せて勢いよく話していたら、ネロの片眉がピクっと反応したのが見えた。ネロも臭い俺を想像したのかもしれない。落ち着く為なのか、髪を優しく撫でてくれるネロを見つめながら返事を待ってみる。少しして、静かに同意してくれたネロの声に、だよね、って大きく頷いてしまった。


「あとね、レオさんは超お喋りなんだよ。ネロの十倍くらいお喋りしてた。それとね、なんかイヤらしい本が散乱してて大変だった。それを俺にも見ろって押し付けてきたんだよ。ちらっと見たら綺麗なルナールのお姉さんだった。でも、凄いセクシーだった。見ちゃいけない感じのだった。」


 話したい事が止まらなくて、ネロを見つめながら勢いよく話を続けてしまった。またぴくっとネロの片眉が反応している。髪を撫でる手も、髪を弄ぶ感じでくすぐったい。


「あ、俺もお喋りだよね。ごめん。ちょっと疲れてる?」


「問題無い。琥珀の話は耳に心地良い。」


「そっか。ありがと。でね、ルナール族って狐の亜人なんだね。衣装が俺の故郷の伝統的な服と同じ感じで、少し懐かしかった。あ、あれだよ。あんなエロい着方はしないよ。普通にびしっと着るから。ネロはルナールの人に会った事とかある?」


「東の大陸にいた。あと、北の大陸にも少数。」


「そっか、東の大陸か。いつか行ってみたいな。」


「ルナールが好みか?」


「えとね、尻尾がもふもふで耳がでかくて可愛かった。そう、聞いて。レオさんに耳と尻尾がいいねって感想を言ったら、変わった性癖って言われちゃった。レオさんとは違うっての。思わず怒っちゃった。」


「耳と尻尾?」


「うん。もふもふでしゅっとした尻尾で、大きくてふわふわな耳。可愛かった。」


 ちょっと挿絵で見ただけだけど、どれだけルナール族が可愛かったのかをネロに伝えてみる。ついでに、レオさんへの愚痴も一緒に吐き出してしまった。興味深そうな顔をして聞き返してくるネロに、ニコニコでルナールの良さを語ってみる。ホント、ルナールさんのモフモフ尻尾はヤバかったんだよ、伝わるかなこの想い。


「成る程。」


「でね、レオさんにイヤらしい本以外に持ってないの?って聞いたら、誰でも持ってるだろって。ネロは持ってないって言い返してみたら、隠してるだろって。ネロは隠してるの?」


「いや、ない。」


「だよね。で、ネロは武器の本は持ってるよって言ってみたら、変わった趣味だなって。レオさんは面白いね。」


「そうか。」


「でも、レオさんは凄く優しかった。面識ないのに嫌な顔をせずに泊めてくれたし、凄く心配してくれた。で、凄い甘えて迷惑掛け捲っちゃった。あ、まだレオさんにお礼を伝えてない。」


「問題無い。会った時に伝えればいい。」


 ネロが目の前にいて話を聞いてくれるのが嬉し過ぎて、勢いよく話をしてしまった。レオさんの家での事は話が尽きなくて一気に話しちゃってた。ネロは静かに聞いて、優しく相槌を打ってくれるから止まらなかった。


 表情をほぼ変える事ないネロの顔は傷だらけで、少し冷静になってきた。そうだった、ネロは強い敵と戦って帰ってきたばかりだったんだ。今は凄く消耗してるんだった。


「ごめん。久しぶりにネロと会えて嬉しくてめっちゃ話してた。ネロは疲れてるよね。もう一回一緒に寝る?」


「琥珀は少し休め。」


「ネロは?」


「俺は休めた。」


 冷静になったトコロで、ネロに休んで貰おうとしたけど失敗だ。ネロは俺の方が心配らしい。どう見ても、満身創痍なのはネロなのに。俺はもう平気なのに。


「もう、どこにも行かない?」


「当分の間、遠出はない。」


「そっか。良かった。アルさんはもう怒ってない?」


「多分。」


 ネロは俺を抱き上げて寝室に移動を始めてしまった。強制的にベッドに運ばれるらしい。離れたくなくてネロの首元に抱き着いてしまう。ベッドに下ろされても、ネロの首から腕を離せない。ネロがどっかに行っちゃうのがヤなの。


 困ったように小さく息を吐いたネロは俺の隣で横になってくれた。ネロもレオさん程じゃないけど温かい。この家の温度は寒いとは感じなかったけど、でもくっついて温かさを感じていたかった。俺がしがみ付いて、ネロは優しく抱き返してくれる。安心していたトコロで鳴る、俺の腹。


「何か食べるか?」


「今は何時なの?」


「もう深夜。」


「深夜でも食事は作って貰えるの?」


 お腹の音でネロがクスっと笑ったのが聞こえた。少し柔らかい声色でネロが食事をどうするか聞いてくれる。恥ずかしくて、ネロにしがみついたままで、聞き返してみた。ネロが答えてくれた時間帯を聞いて、しがみ付いていた腕を緩めて顔を上げてしまった。深夜って、夜遅くって意味だよね。深夜だったら、ご飯は無理じゃね?改めて質問をしてしまう。


「問題無い、筈。」


「えっ、そうなの?」


 当たり前だろって感じであっさりと答えてくれたネロの首から腕を離してしまった。深夜でも普通に食事って用意して貰えるんだ。リビングに移動していくネロにくっついて俺も移動する。ネロからぴったり離れない態度を貫いていたら、口元を緩めたネロが頭を撫でてくれた。


「じゃあ、食事場まで一緒に散歩に行きたい。」


「分かった。その前に服を変えるか?」


「あ、そうだ。レオさんの服を借りっぱなしだった。で、マントを置いてちゃった。服も置きっぱなしだ。」


「後で取りに行ってくる。」


「ちょっと待ってね、着替えちゃう。」


 寝室に駆け込んで、箪笥から服を取り出して急いで着替える。寝室に入ってきたネロが床に放り出してある俺の脱ぎ散らかした服を拾い上げていく。俺が着替えている間に、ネロはその服に〈浄化〉と〈乾燥〉をしてくれるらしい。


 着替えながら見ていたら、ネロは綺麗になった服を軽く纏めてぽいっと床に投げ捨ててしまった。その行動に驚いてしまう。ネロが服を放り出すって初めて見るんだけど、何があったの。


「それすると、散らかっちゃうよ。」


 ネロを軽く窘めながら、シャツのボタンを留めるのを中断して放り出された服に近付いてみた。ネロの放り出した服を拾って、軽く畳んでベッドの上に置かせて貰う。ボタンを全部留めて着替えを完了した後で、ネロに近付いて下から覗き込んでみた。


「レオさんの家はそれの繰り返しで大変な事になってた。ネロは綺麗好きで良かった。」


「そうか。」


「じゃあ、行こ。えっと、まだ雨は降ってるよね。」


 レオさんの家の惨状と、ネロへの賛辞を伝えてみる。ネロは静かに相槌を打ってくれた。ネロは疲れ切ってるから面倒臭くなったんだろうな。天井を見上げると、透明な隙間に降り注ぐ雨粒が確認できる。


「じゃあ、また二人入る大きさの〈シール〉できる?」


 ネロの腕に抱き着いてお願いをしてみると、頬を緩めたネロが頷いてくれた。じゃあ、お願いってニッコリ笑顔でネロの腕をギュッと抱き締めてみる。ネロが〈シール〉を発動させてくれたから、ネロの腕に掴まって出かける事にした。


 腕から手を離したら、ネロがまたいなくなっちゃいそうで不安だったのかもしれない。雲で覆われて、月も星もない小雨の降る夜道は、真っ暗で何も見えない。所々、他の家のテントの中の〈照明〉が透けて見えるのが細々とした光源だ。道を照らす程の光量はない。転ばないように慎重にネロの腕に掴まって進んでいく。


 そういえばレオさんは俺と歩く時に変な歩き方だった。急に思い出して、民家が密集している少し明るい所でネロの動きを観察してみる。俺が二歩くらいでネロが一歩踏み出す感じだけど、足の長さの誤差範囲っぽい。


 ゆったりと隣を歩くネロは普通に滑らかに歩いている。なんでレオさんはあんな変だったんだろ。疑問に思ってネロを見上げる。俺が見ているのに気が付いたのか、前方をぼんやりと見つめていたネロが俺に顔を向けてくれた。


「なんかね、レオさんと一緒に歩いてたら、レオさんの動きがおかしかった。ネロは普通だなと思ってちょっと観察してみた。」


「そうか。ゆっくり歩けば問題無い。」


「そうだよね。同じ歩調になってくれてありがと。」


 ネロが話しを促すみたいに目を細めてくれたから、疑問に浮かんだ事を話してみる。ネロが返してくれた言葉が嬉しい。ニコニコの笑顔でお礼を伝えてみる。ネロは眩しそうに目を細めた後で、また前を向いてしまった。ネロの腕に掴まって慎重に進んで、20分くらいで食事場に到着した。


 調理場に入るとユリアさんはいなかった。白猫のマスターさんが腕を組んで椅子に座り、ぼんやりとしている。この大きな猫ちゃんはやっぱり可愛い。腕を組んでるのも可愛い。それよりもいいのが、あのモフモフそうなお腹。お腹にもふって抱き着きたい。そんな妄想を抑えながらネロがマスターさんに注文をするのを横で眺める。マスターさんは頷いて奥に入っていってしまった。


「雨、止まないね。」


「そうだな。」


「神樹のとこに行けないね。」


「明日、行くか?」


 ネロは自分が怪我をしてるのを忘れている、というより全く気にしてないらしい。普通にサクッと答えてきたネロをちょっと睨んでしまった。そして、首を横に振って意思表示を伝える。雨だから行けないってのもあるけど、ネロの怪我が凄いから行けないって事も含んでるんだよ。ネロは俺を運んでくれる人ってのを忘れてるのかな。


「ネロのその怪我じゃ無理でしょ。」


「琥珀を運ぶくらいなら全く問題無い。」


「でもいい。ネロの怪我が治って、もうちょっと元気になってからお願いします。」


「そうか?」


「うん。ありがと。」


 他愛のない会話をしていると、マスターさんがバスケットを持って出てきた。お礼の言葉と共に、ぺこりと頭を下げてみる。マスターさんは手を振って送り出してくれた。外に出ると、ネロは俺を抱き上げて走り出した。


「怪我してるけど平気なの?」


「問題無い。」


 俺と目を合わせて、口元を緩めて返事をしてくれたネロの台詞は、いつも通りでちょっと安心した。顔が傷だらけだし、首の傷も凄く痛そうだけどいつものネロだ。


 そして、メッチャ速く走ってるのに、レオさんの時と違ってやっぱり、振動も揺れも全く感じられない。ネロは凄いな。ネロを見上げる。暗くて表情が分からないし、猫耳も髪も空と同化して見えない。見えないけど、俺を抱き上げて走るネロの存在は分かる。ちゃんとここにいる。

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