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77 そんなのねぇよ

 暗くなって直ぐに眠りに落ちた。朝までぐっすりと寝て、目が覚めるとぬくぬくで温かい。俺を抱き枕にして寝ているレオさんの存在を、背後に感じる。凄く温かいけど、レオさんは寝惚けて俺を抱き寄せたとかなのかな。


 まぁ、寝てる間の行動はしょうがない。俺も昨日は寝惚けて抱き着いたって言ってたし、ほぼ同じ事をされてるだけだから仕方がないよね。レオさんの重い腕をなんとか持ち上げて、少し緩んだトコロから抜け出してみた。


 ヒンヤリとした空気が部屋に充満していて肌寒い。またブランケットの中に逆戻りで二度寝したい欲求に駆られたけど耐えた。レオさんを起こしてしまいそうだからね、もう起きる事にしよう。


 ベッドの端に腰かけて、ぐっすり寝た筈なのに、まだ気怠さを感じて伸びをしてみる。後ろでクスっと微かに笑う声が聞こえた。振り返ると、肘枕で俺を眺めているレオさんと目が合った。


「起こしちゃったかな。ごめん。」


「ん?起きてたよ。」


 起きてたのかよ。じゃあ、俺を抱き締めて寝てた理由を聞かせて貰おうか。寝てる間の事は仕方がないで済ませられるけど、起きていたのなら話は別だ。


「じゃあ、なんで俺を抱き枕にしてたの。」


「寒そうだったから。あと、いい匂いがした。あと、俺が暑かった。琥珀は冷たくて気持ちいいんだもん。俺の専属抱き枕にならない?」


「なるかよ。」


 むっとして低く呟いてしまう。レオさんは目を丸くした後で、小さく息を吐いて目を細めた。朝からテンションの高いレオさんについていけず、非常に愛想のない感じで答えてしまった。


「しっかし、琥珀の体温は冷たいな。冷えてるのか、それともそれが正常なのか。ちょっと族長に聞いてくる。琥珀、飯は?」


「お腹、空いてるような気もする。」


「じゃあ、行ってくる。ちょっと族長のトコに寄ってから、飯を頼んでくるから遅くなるかも。適当に本でも読んでて。」


「いってらっしゃい。」


 少しの間、息を潜めて俺を眺めていたレオさんだったけど、心配そうに話し掛けてくれた。レオさんの問い掛けに、寝起きの低いテンションのままで受け答えをする。


 ニコッと笑顔のレオさんはテンションの低い俺を気にした様子もなく、気遣う言葉を残して出て行ってしまった。レオさんがいなくなった後で、またベッドに逆戻りして、レオさんの残した温かさの残るブランケットに包まってみる。


 改めて考えると、レオさんの話は俺が寒そうだったから、ってのが答えだったっぽい。で、残りは後付けだった感じがする。寝起きのテンションのせいもあるのかもだけど、凄くキツイ口調で言い返しちゃった。レオさんの話は冗談と本気の差が分かりにくいから困る。後でちゃんと謝ろう。


 ネロは冗談なんて全く言わなかったから、冗談に慣れてないんだもん。軽い口調で冗談を量産するレオさんに振り回されちゃってるんだろうな。被っている猫がずり落ちる感じで、つい地が出てしまうんだよ。ブランケットに包まって、ぼんやりとしているとまた眠気が押し寄せてきた。俺は寝てばっかだな。


 ベッドが揺れて、意識が覚醒した。包まっていたブランケットから顔を出すと、レオさんが覗き込んでいた。あれ、寝ちゃってたのか。レオさんが戻ってきたのが分かったのに、凄く怠くて体を起こす気力が湧かない。じっと見上げていると、レオさんが屈んで心配そうに見つめてくれる。


「琥珀、大丈夫か?今、族長のトコから薬を貰ってきた。体温は多分正常だろうって。ただ、昨日濡れたから体力が奪われたかもって事だった。」


「そっか。ありがと。アルさんにもお礼を言わなきゃだね。あと、さっきはごめんなさい。俺が寒そうだったから温めてくれたんだよね。キツイ言い方をしちゃってごめんなさい。」


 レオさんが説明してくれた事はぼんやりしてて聞き流してしまった。ただ、アルさんが薬を用意してくれた事は分かった。嬉しくてニコっとしたら、レオさんは頭をぽんぽんてしてくれる。謝らなきゃって気持ちが先行して、レオさんを見上げながら謝ってみた。


 目尻を下げた優しい表情のレオさんが頭を撫でてくれた。冗談の質が少しだけ困った感じだけど、レオさんは基本的には優しくていい人なんだよね。話し易いからなのか、気が付いたら甘えちゃうし、猫を被るのが下手になってる。


「レオさんは今日は濡れてないね。雨じゃなかったんだ。それに、綺麗になった?いい匂いがする。」


 レオさんからバニラのいい香りがして、クンクンと嗅ぎながら聞いてみた。少し汗臭いブランケットだったけど気にならなくなってたのに、いい匂いを嗅いだらブランケットが臭く感じてきてしまう。


「そうなんだよ、聞いてくれよ。族長に会ったら、そんな薄汚れて琥珀さんと過ごしていたんですか?って怖い顔になって、問答無用で〈浄化〉されて、すげぇ勢いで〈乾燥〉された上に族長の香水振りかけられた。まじで殺されるかと思った。ついでに〈シール〉されて、次からは自分でしろって怒られた。雨はまだ降ってる、全然止んでない。土砂降り。」


「ってか、レオさんは〈シール〉できるんだ。何でしないの。」


 レオさんの話し方が面白くて、つい笑ってしまった。俺が笑ったからか、レオさんはほっとした感じで、また頭を撫でてくれる。優しく覗き込んでくるレオさんに、どうしても気になって質問を投げかけてみた。


「できるよ。解除してただろ。」


「あ、そういえばそうだったね。」


「なんでしないかというと、面倒臭いから。」


 レオさんが当たり前のこと聞くなよって感じで、どや顔で答えてくれた。レオさんの分かり易過ぎる答えが面白くて、更にクスクスと笑ってしまう。お礼も言えて、レオさんが怒ってないのも分かって、良かった。


「琥珀寒くないか?俺がくっついた方が良くないか?」


「ん~。いい匂いだからくっついてもいいよ。」


 俺の包まるブランケットの端を持ち上げたレオさんが、隣に滑り込んできた。寝転がりながら話し掛けてくれる、優しく気遣ってくれるレオさんの言葉が嬉しい。嬉しいのに、少し捻くれた返事をしながらレオさんに体を寄せてみた。


 レオさんがそっと腕を回して抱き寄せてくれる。レオさんが俺を心配してくれてるのが分かって、素直にくっついて貰いたいと思った。少し恥ずかしいから憎まれ口になっちゃったけど、レオさんは気にせず優しく包み込んでくれる。


「いい匂いだからって、俺はそんなに臭かったのかよ。」


「うん。」


「傷つくわ。」


 レオさんの優しい口調のぼやきに、頷くと、また優しく言い返してくれた。そんな会話がなんか嬉しくて、エヘへっと気の抜けた笑いが漏れてしまう。寝返りをした俺の背中に、ぴったりと体を寄せてくれたレオさんの体温が温かい。


 ガトの人は体温が高いのかな。アルさんはガチガチに緊張してたから、温かさとかを考えてる余裕がなかった。ネロはどうだったかな、ガトだから体温が高いのかもしれない。体調が悪くて熱が高かった時は、ネロの手は冷たくて気持ち良かった。普通の時だとどうなんだろう。


 二度寝の最初はレオさんの残していった温かさがあった筈なんだよ。でも、寝ている間にだんだん冷えてきてたみたい。ブランケットに包まってた筈なのに、寒くて体が固まっちゃったっぽい。レオさんが包み込んでくれている温かい体温で体が弛緩していくのが分かる。


 温かさに包まりながら、ぼんやりとしてきた。体が重くて怠いのを更に実感してしまう。どう考えても、今回のは確実に風邪なんだと思う。多分だけど、昨日雨で濡れて、タオルで適当に乾かしたままで寒い部屋にいたのが原因だ。自分で分析してもその答えしか出てこない。


 臥せって体力が落ちた上に、徹夜して、雨に打たれて、寒い部屋、そして片付けで体を酷使っていうコンボ。分析しなくても答えは繋がるね。確実に風邪だ。


「レオさん。居候させて貰ってるのに風邪ひいちゃってごめんね。今度、何かで埋め合わせをさせて。」


「いいって、気にするな。黙って抱き枕になってればいいよ。病人は気を回すな。」


 申し訳なくて謝ってしまうと、レオさんが抱き締める腕に少し力を込めた感じがした。優しく言い聞かせるように、レオさんが気にするなって言ってくれる声が響いてくる。


「起きれそうなら、飯はもうある。薬も飲める用意はしてある。眠いなら寝てろ。」


「レオさんはなんかやる事ないの?」


「そうだな。一緒に本でも読むか?」


「じゃあ、耳尻尾特集で。」


「そんなのねぇよ。」


「じゃあ、いい。」


 本を読むって言ったから、希望を出してみたのに却下されてしまった。悲しい。頭の後ろで苦笑されてるのが分かる。てか、アルさんの匂いはメチャクチャいい匂い。実際にアルさんと一緒に寝てたら、緊張でそれどころじゃないんだろうな、と思う。


 でも、包み込まれるいい匂いで今は落ち着く、ブランケットは少し臭いままだけど。アルさんに抱っこされてるみたいな気分になる、腕は硬いけど。なんか所々ダメなとこがあるけど、いいや、眠い。すとんと眠りに落ちてしまうのが分かった。



「マジで、可愛いんだけど。俺も欲しいな、この癒し。ネロは譲ってくれないかな?」



 優しく包み込まれて安心感が凄い。内容は聞き取れなかったけど、優しく何かを呟く声が遠くで聞こえた、ような気がした。


 夢を見た。ネロが何かと戦ってる夢。暗くて大きな何か。あんなに強くて冷静なネロが、何度も挑みかかっている。それでも押されて、顔を苦しそうに歪めて負けそうに。


 びくっと震えた自分の振動で意識が浮上した。動悸が凄い。目を開けてネロの家じゃないのを自覚して少しがっかりしてしまった。何の夢を見ていたのかはもう覚えてない。でも、悪い夢だったのは確かで、夢の余韻を引きずっているのか体が震えてしまう。


「まだ、寒いのか?俺の体温じゃ駄目か。」


「違う。ちょっと悪い夢を見てたような気がする。」


 困った感じで呟くレオさんの声が至近距離で聞こえた。包み込まれる温かさはまだキープされている。レオさんはまだ後ろから抱っこしていてくれたらしい。レオさんに振り返りながら、悪い夢だったのって説明をしてみた。


 レオさんの重い腕を持ち上げて抜け出してみる。そのまま、ん~っと猫のポーズで固まった体を伸ばす事にした。はーっと息を吐き出す声が聞こえて、振り向いてみる。レオさんが半身を起き上がらせて、天井を見上げていた。


「ありがとう。大分良くなった気がする。」


「そうか、良かった。飯は食うか?」


 視線を合わさずに立ち上がったレオさんにお礼を伝える。レオさんが優しい口調でお礼の言葉を受け取ってくれた。リビングに向うレオさんにご飯を食べるか聞かれて、うん、と答えて後を追いかける。


「今どれくらいの時間だろ。朝起きて、また寝ちゃったから時間の感覚が分かんなくなってる。」


「今は、昼過ぎてちょっと経ってるくらい。」


 また、昼過ぎまで寝てた件について。そして、今回は、確実にレオさんは寝る前から抱き締めてくれてた。って事は長時間だと思う。俺が寝てる間、何もできなかっただろうし、体勢的にも身動きができなかったと思う。


 寒そうだからって、心配してくれたレオさんに甘え過ぎちゃってる気がする。さっきレオさんが天井を見上げてたのは、体が固まって疲れちゃったからな気がしてきた、ホントに悪い事をしちゃった。


「レオさん、俺が寝てる間、ずっと同じ体勢でいてくれたんだよね。ごめんね、きつかったでしょ。」


「同じ姿勢で長時間いるのは問題ない。護衛の時もそうだし。監視とか、偵察とかそんな任務の時も下手したら半日以上は同じ体勢だからね。護衛の宿命だよ。」


「そっか。ありがと。」


 謝ってみたものの、レオさんは説明を交えて謝罪を受け取ってくれなかった。気にした様子のないレオさんに、俺もあっさりと感謝を伝える事にする。感謝と謝罪の言葉をしつこく言い過ぎるのは良くない筈、かな。


 それにしても、レオさんは最初に会った時とイメージが真逆だ。全然冷たい感じがしない。気遣いのできる凄く優しい人だった。あんな怖い目付きで睨みつけてきた人と同一人物とは思えない。少しだけ、鍛錬場で首に短剣を突き付けられた時の事を思い出してしまった。


 ゆっくり歩く俺に合わせて、レオさんもゆっくり移動してくれてたみたい。会話しながらだから気付かなかった。寝室のベッドから、リビングのテーブルまでの短距離の移動にどれだけの時間を使っていたのか。


 テーブルの上には食事が並んでいる、コーンスープと白パン、スクランブルエッグとソーセージとグリーンサラダにフルーツがちょっと。テーブルの上全体を覆う〈シール〉がしてあったけど、俺が近付くと直ぐにレオさんが解除してくれた。


 レオさんは流しに移動してカップに水入れて戻ってきた。俺の直ぐ傍で言葉を紡ぐレオさんを見上げてみる。カップから湯気が立ち上ってきた。レオさんが薬の包みとカップを手渡してくれる。


 ありがとう、とお礼を言って、湯気の立ち上るお湯の入ったカップを眺めてしまう。どう見ても熱々の熱湯だよね。一旦、薬の包みをテーブルに置いて、両手でカップを抱えてお湯に息を吹きかける作業の始まりです。


「何やってんの?」


「熱いから覚ましてる。」


「ネロの淹れた茶は普通に飲んでるんじゃないの?」


「ネロは適温で用意してくれるもん。」


 俺の行動で疑問の表情になったレオさんが言葉でも疑問を伝えてきた。カップに息を吹きかけるのを中断して、普通に理由を答えてみる。ネロを引き合いに出されたけど、これも普通に理由を答えた。


「マジかよ。どんだけ気に入ってるんだ。」


「ん?」


「いや、ちょっと貸せ。」


 真剣に息を吹きかけてお湯を冷ましていたら、レオさんの発言を聞き逃した。もう一度聞こうと顔を上げると、手を差し出された。折角冷えてきたのにと思いながらも、しょうがないからレオさんの手の上にカップを置く事にする。


 レオさんは中身を流しに捨てて、水を入れて戻ってきた。眉間に眉を寄せて短く言葉を紡いでいくレオさんは真剣で見入ってしまう。カップに集中していたレオさんが、かざしていた手を離した。にこっとやり切った笑顔のレオさんが差し出してくれたカップを受け取る。


「これでどうだ?」


「うん。ありがと。」


 おお~、凄く温い、というかほぼ水だけど飲める。にっこり笑顔でお礼を言って、薬を口に含んだ。めっちゃ苦。顔を顰めてお湯にはなれなかった水で流し込む。ふーっと息を吐き出す俺の横で、レオさんがスープに手をかざして詠唱を始めた。スープが少し沸騰しかけた所で詠唱が止まった。


「液体しか温められないけど、温かいの食べたら少しは寒いのがましになるかもな。」


「うん。ありがと。」


 レオさんの優しい言葉に笑顔で頷いて、お礼を伝える。笑顔を返してくれたレオさんがソファに移動して腰を下ろした。目の前の食事から遠ざかっていったレオさんの行動に首を傾げてしまう。


「レオさんは食べないの?」


「ん?俺の膝の上で食べたいのか?いいから、椅子に座ってゆっくり食べろ。」


「了解です。ありがと。」


 レオさんの茶化すような気遣いにふふっとなって頷いてみた。椅子に座っていただきます、と手を合わせる。早速、レオさんが温めてくれたスープの入った器を持ってみた。ってか熱。


 でも、まぁ、スプーンでフーフーできるからいいか。器も熱くなってるから、テーブルに器を置いたまま頂く事にする。顔を器に寄せて、一匙掬って息を吹きかけて冷ます。適度なトコロで口に含むと、甘くて温かくて美味しい。


 もう一口、適度に冷まして口に運んでみた。あ、冷ましが足りなかった。舌がひりひりして顔を顰めてしまう。スープは一旦放置で他のを食べる事にしよう。顔を上げたら、俺を眺めるレオさんと目が合ってしまった。


 もしかして舌火傷の瞬間を見られてたのかもしれない。少し恥ずかしくて、へらっと照れ笑いをしてみた。レオさんは恥ずかしそうに目を逸らしてしまう。恥ずかしかったのはこっちだっての。  


 まぁいいや、白パンを食べよ。うん、冷えてるけど、モチモチふわふわで美味しい。って事は、スープに浸せば温かくなってもっと美味しい筈。天才の発想じゃん?白パンをちぎってスープに浸して口に運んでみた。いいね。これはいい、温かいとパンの甘さも引き立つ。


 じゃあ、サラダをっと。美味い、サラダは冷たくても全然いける、って当たり前の話だった。って事は、フルーツも美味しい筈。だって、フルーツは基本温かくないのが常識なトコロがあるからね。


 名推理に、ニマっとなってメロンに似た黄緑色の果実の切り身を口に放り込んでみた。酸っぱ。フルーツを一口食べて顔を顰めてしまう。見た目はメロンぽいのにメチャクチャ酸っぱいじゃん。メロンって言ったら甘いって想像になるじゃん、詐欺だ。


 そういえば、酸っぱいっていえば、アルさんはあの時なんで敢えて酸っぱいフルーツを選んだんだろ。甘いフルーツは沢山ある筈なのに。思い浮かんだ思い出に首を傾げてしまった。


「どした?」


「フルーツが酸っぱい。」


「ほぅ?」


 俺の疑問の外側から、レオさんの疑問が飛んできた。レオさんの疑問に端的に答えて視線をレオさんに向けてみる。レオさんは更に疑問の表情になってしまった。それがどうしたって顔をしてるね。


 って事は、ネロと同じ酸っぱいの大好き系だ。それだと俺の今の気持ちは理解できない筈。甘いと思って食べたフルーツが酸っぱくて詐欺に感じるとか、分からない筈。少しだけ、この心の叫びを愚痴りたい気分になったけど、止めておこう。


「なんでもない。スープが温かくて美味しい。ありがとね。」


 レオさんに首を振って誤魔化すようにお礼を言う事にする。にこっと笑顔を贈って、食事に戻らせて貰う。スクランブルエッグをフォークで掬って口に運んでみた。


 ん~。卵料理はやっぱり温かい方が美味しいに決まってたね。そっかそっか、まぁ仕方ない。ソーセージを少し切って食べてみる。これは脂っこい。ちょっと駄目だ、今の胃では受け付けない。口に入れた分はなんとかスープで流し込んでみる。


 あ、適温になってる。少し置いたから飲み易くなった。計算通りだった。スープだけ凄い勢いでなくなって、サラダは完食。でもこの時点でお腹がいっぱいだ。ちらっとレオさんをに視線を送ってみた。


 レオさんはぼんやりと俺の食事風景を眺めてるっぽい。ネロもこんな感じで、ぼんやりと俺が食事してるのを眺めてた気がする。気のせいかな。目が合ったレオさんが首を傾げて疑問を伝えてくれる。一応、俺は口を付けた物は食べきりたいタイプなんだよ。でもね、今日は無理。これ以上は入る気がしない。


「レオさん。お腹いっぱいになっちゃった。お残しは許さない系とかじゃないよね。」


「俺が食うから残していいよ。じゃあ、場所交代ね。」


「了解。お先に頂きました。ご馳走様でした。」


 レオさんにヘルプを求めて聞いてみる事にする。レオさんが立ち上がってこっちに歩いてくるのと、俺が立ち上がってソファに向かうのですれ違った。ふわっといい匂いがして、レオさんを見上げてみる。俺の視線を受けて、立ち止まってくれたレオさんが片眉を器用に上げて疑問の表情を浮かべた。


「レオさん。今日は超いい匂いだね。」


「俺の匂いじゃねえよ。族長の匂い。」


「そうだった。アルさんの匂いは超いい匂い。」


 感想をそのまま伝えて、アルさんの甘いバニラの匂いにフワッと笑顔になってしまった。驚いたように固まったレオさんから視線を外す。俺はそのままソファまで移動して、背もたれに寄り掛からせて貰った。


 正面でレオさんが食事を始めるのが見える。視線を上に向けて、ぼんやりと天井を見上げる。天井近くに干されたタオルと下着が見える。下着は干すっていうより乗ってる感じだけど、あの状態で乾くのかな。臭くならないかな。


 俺を見下ろしてくるレオさんに遮られて、俺のぼーっとした時間は終わった。もう食べ終わったのか?慌てて前を見ると、バスケットがテーブルに乗ってる。片付けまで終わってた。片付ける音もレオさんが近づく音も全くしなかったような気がする。


「レオさん。ネロはまだかな。」


「後三日か四日で帰ってくるだろ。」


「そんなにかかるのか。」


「昨日お前が言ってたんだろ。あと四日って。」


「そだったね。早く帰ってこないかな。」


 アルさんの匂いがするからか、レオさんが優しい感じがするからか、レオさんを見上げて甘えるように疑問を口に出していた。レオさんが冷静に返答してくれて成る程、と思う。


「帰ってくるまでに体調悪いのを直しとけ。いいからベッドに行くぞ。」


「眠くない、けど寒い。」


「じゃあ、ベッドでごろごろしてろ。ブランケットに包まってればいいじゃん。」


「それもありだね。」


 レオさんの提案に頷いて立ち上がる。寝室に移動する俺に続いて、レオさんもやっぱりくっついて寝室にくるみたいだ。疑問を顔に貼り付けて振り返ってしまった。寒いんだろ、と呟いたレオさんが横を通り抜けて本棚に向かう後姿を眺めてしまう。


 本を数冊抜き取ったレオさんは先にベッドに潜り込んでいる。レオさんはうつ伏せで本を枕元に置いた後で、ブランケットの端を持ち上げてくれた。立ち止まったままの俺に、片眉を上げたレオさんが、さっさと来いって感じの顔をする。


「ありがと?」


「なんで疑問形なんだよ。」


 近付いて目を見て、一応お礼の言葉を伝えみる。レオさんが苦笑交じりに返してくれる声を聞きながら、レオさんに背中をぴったりつけて横になる。レオさんと接している背中がめっちゃ温かい。


 ぼんやりと視界に入る寝室の仕切りのカーテンを眺めてしまう。ネロは本当に大丈夫なのだろうか。あんな体調が悪そうなネロは初めて見た。もし、凄く危険で夢の中で聞いたみたいに死ぬ事があったら、俺は耐えられるのかな。


 悪い想像に思わずブルっと体が震えてしまった。そんな事はない。胡蝶、白雪。大丈夫だよね?心に浮かんだ不安から、右手の俺を守るように嵌まっている指輪を撫でてみる。


 きっとネロは直ぐに戻ってくるから、大丈夫だよね。胡蝶と白雪に話し掛けながら、自分にも言い聞かせるように心の中で呟いて自分を納得させる事しかできなかった。


 背中でレオさんが体勢を変えるのが分かった。そのままぴったりと、俺を包むように抱き込んでくれたレオさんからは、やっぱりアルさんのいい香りがする。


 アルさんの香りはリラックス効果があるんだろうな。温かさと香りと、満腹感でうとうとしてきた。香りに引き摺られて、体調の悪さからかまた眠気に引きずり込まれていく。



「うわ、どうやって入ってきたんだよ。いや、違うんだよ。琥珀が寒そうだったから。」



 少しの振動とふわっと浮く感じ。あ、ネロの匂い。思わず首に抱き着いてしまう。ん?レオさんがなんか言ってる、かな?でもネロの匂いはアルさんより落ち着く。離れたくなくてぎゅっと抱き着いてしまった。背中に添えられた手が優しく抱き返してくれる。


 夢を見た。ネロの家で、ネロが甘えたようにテーブルに腕を伸ばして頭を乗せて見上げてくる。猫かよ、と思いながらも、手を伸ばして髪を梳くと、ネロが気持ち良さそうに目を細める、穏やかな時間。

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