68 感情が篭ってねぇよ
3分くらいだろうか、普通に歩く俺の隣を不自然な動作で歩くレオさんとの散歩が続いた。不意にレオさんに止められてしまう。無言のレオさんが問答無用でイキナリ俺の〈シール〉を解除してきた。
そして、間髪を入れずに、俺を掴んで肩に担ぎ上げようとするレオさんの動きで、慌てて〈根性〉を発動させる。〈シール〉を解除する、という一手間があったからか、間一髪、発動して直ぐ効果が切れる〈根性〉。俺、よく反応できたな。自分を褒めよう。
「レオさん、落ち着いて、ゆっくり、静かにそっと、できるだけ丁寧に下ろして。」
肩の上で身を固くしたまま、慌ててレオさんに指示を出してしまった。慌てた語調の言葉と肩を叩く手で理解してくれたのか、レオさんがそっと下ろしてくれる。
良かった、乱暴に下ろされたら終わってた。ネロが帰ってくる迄、あの神殿の冷たくて埃っぽい床で寝泊まりしなきゃになるトコだった。地面に下りた俺の上に雨が降り注いで、だんだん濡れてくるし、マントが水を吸って重くなってくる。
「レオさん。俺は直ぐ死ぬから。乱暴に扱うと死ぬよ。」
「なんだ、それ。そんな事がある訳ないだろ。」
「あるんです。そして、今一回死にました。」
納得してくれないレオさんを見上げてキッパリと断言しておく。俺を不審な目で見てくるレオさんに、大きく頷いてみた。でも、レオさんの不審な表情はなくならない。
「死んでねぇだろ。今目の前に立ってるし。」
「死んだけど、死んでないんです。魔法の〈根性〉なんです。」
「な、〈根性〉持ちなのか?希少魔法だぞ?どこでゲットしたんだよ。」
「秘密です。」
俺の話を聞いて納得する以前に、レオさんは魔法の方に興味を示してしまったらしい。俺に詰め寄ってくるレオさんの背後に、一人の人影が音もなく忍び寄ってきた。
「レオ、琥珀さんを困らせない事。そう言いましたよね。何をやっているんですか?」
静かな淡々とした綺麗な声が響いて、レオさんがびくっと硬直するのが見える。レオさんの横を素通りして、アルさんは俺の傍に駆け寄ってきてくれた。
そして、アルさんは再び俺に〈シール〉をかけてくれる。よく見ると、アルさんの体に沿って水の粒が滑り落ちているのが分かった。体にぴったりと沿わせた〈シール〉らしい。
成る程、そんな事もできるのか。それなら人と接する時も楽だよね。感心しながらアルさんにお礼を言っていると、優しく微笑んでくれたアルさんが俺に手をかざしてきた。
フワッと柔らかな風が、俺を取り巻く風の膜の内部を循環するように吹き抜けていく。ずっしりと重くなっていたマントもふんわりと軽くなった。
アルさんが手を払うように動かすと、〈シール〉の中の空気がスッと動いた気がする。湿った空気が排出されて、乾いた気持ちいい空気だけになった感じだ。どんな魔法なんだろ。超気になる。
「琥珀さん、ごめんなさいね。レオはホントに乱暴で困った子なの。レオ、琥珀さんは脆いの。手荒に扱わないように、分かりましたね?琥珀さん、やっぱり私と家に帰らない?レオは乱暴者だから心配だわ。」
「えっと、レオさんが嫌じゃなければ、今日はレオさんの所でお世話になりたいです。」
「そうなの、分かったわ。でも、問題があったら直ぐ戻ってきてね。レオ、後は本当に琥珀さんの事、頼みましたよ。琥珀さん、私も送っていった方がいいかしら。最初から一緒に行けば良かったわ。ホントにごめんなさいね。」
「えっと、ダイジョウブデス。レオさんと行くので、アルさんはお仕事を頑張って下さい。」
「そお?本当に大丈夫かしら。心配だわ。」
「うん、大丈夫です。」
「じゃあ、私はもう行くわね。レオ、本当に気を付けなさい。丁重に丁寧に接してね。」
「っ了解です。」
にっこり笑顔で、大丈夫と繰り返す俺を、アルさんは心配そうに見つめてくる。ニッコリ笑顔を崩さずに対応していたら、アルさんは分かってくれたっぽい。レオさんに何度も注意の念押しをしていたアルさんだったけど、何とか帰ってくれた。
レオさんは緊張からか、直立不動の姿勢で固まっている。つんつんしたこげ茶色の短髪が雨でびっしょりになって顔に水が流れてるし、ピンと尖った耳の先からも水滴が垂れている。
「ごめん、レオさん。俺が遅いから怒られちゃったね。」
「いや、琥珀のせいじゃない。俺の気が回らなかった、すまん。でも、どうするかな。琥珀に合わせてゆっくり行くか、俺が抱き上げてサクッと行くか、どっちがいい?あ、抱き上げるって言ってもさっきみたいに肩には担がない。ネロがやってるみたいに横抱きが一番負担が少なそうだよな。」
「因みに、俺の速さで行くと、どれくらいかかるんでしょうか。」
「ん~、多分30分くらいかな。もう少しかかるかも。お前の速さで歩いた事がないから分からん。」
「連れて行って貰うとどれくらいなんでしょう。」
「10分はかからないと思う。」
選択肢を投げかけてきたって事は、レオさんは早く帰りたいんだろうな。それに、俺に付き合って歩いてたら、雨の中をびしょ濡れで長時間歩く事になる。俺は歩いても全然問題ない。ってか、抱っこで移動よりは、歩いて行きたい気持ちの方が強い。
でも、今対応してくれてる相手はネロじゃなくてレオさんだ。ゆっくり歩くのが迷惑にしかならないのは、さっきのを見てれば分かる。お世話になるし、レオさんの意向に沿うのがベストな選択だよね。頭をフル回転させて答えを導き出してレオさんを見上げる。
「お手数お掛けしますが、連れて行って下さい。」
「分かった。〈シール〉を解除するぞ。」
「了解です。」
レオさんが手をかざして短い言葉を紡ぐ。俺を取り巻いていた風の膜がなくなっていき、小雨が俺の体にも降り注ぎ始めた。ぶるっと体が震えてしまう。ってか寒、めっちゃ寒い。マントで包まれてる体はともかく、顔と足と手がメチャクチャ寒く感じる。〈シール〉の中はめっちゃ暖かかったみたいだ。
さっきはイキナリのレオさんの強引な行動に驚き過ぎて、寒く感じる暇もなかったらしい。驚きが去る前に、アルさんが〈シール〉をかけ直してくれて乾かしてくれたから、この寒さに気が付かなかったっぽい。
ひんやりと感じる寒気で震えてしまう俺の太腿と背中に、屈んだレオさんが手を添えてきた。レオさんに身を任せていると、優しくふんわりと持ち上げてくれる。さっきの乱暴な担ぎ上げとは全然違う、優しさが感じられる抱き上げ方だ。
レオさんは何も言わずに走り出した。ちょ、ちょっと振動が凄い。後、結構揺れますね。まあ、でも抱っこで走って貰ったらこんなものなのかな。
ってか、ネロはどうなってるの。同じ抱っこでの移動なのに、振動も揺れも何もなかった。レオさんと一緒にいる時間はまだちょっとしか経ってない。それなのに、ネロの凄さの方がどんどん浮き彫りになってくる。
走り出した時の振動で体を固くした俺に気が付いたのか、レオさんがスピードを落としてくれたみたいだ。振動が少しだけ少なくなって、揺れも少なくなった。レオさんなりに丁寧に走ってくれてるのが分かる。
「ごめんなさい。重くないですか?」
「軽いくらいだろ。飯は食ってるのか?」
「実は最近、少し臥せってたからあんまり食べてなかったかもです。」
恐縮する俺だったけど、レオさんは特に気分を害した感じもない。かなり気さくに聞き返してくれるレオさんを見上げて、返事を返してみた。
「こんな距離があるのに、迎えに来てくれた時は早かったね。アルさんは往復だったんでしょ?」
「マジで、俺の全力以上で走らされた。死ぬかと思った。」
話し易い雰囲気のレオさんに、ついでに疑問もぶつけてみる事にした。レオさんの速さで片道10分以上かかる道のりを、アルさんは5分くらいで往復したみたいだから気になったんだよ。レオさんが表情を歪ませて、嫌そうな顔になってしまう。そして、レオさんが低い声で呟くのが聞こえた。
レオさんの感じだとゆっくり走って10分くらいか。全力ならもうちょっと早く着くかもだけど、それにしても凄いよね。レオさんの全力以上だったからか疲労困憊な感じが伝わってきたけど、アルさんは息一つ乱れてなかった。
「アルさんは凄いね。」
「俺を褒めろよ。」
「レオサンモスゴイ。」
「感情が篭ってねぇよ。」
思わずアルさんへの賛辞が口から飛び出たら、レオさんが的確に突っ込んでくる。じっとレオさんを見つめながら少し考えて、レオさんも褒めてみる事にした。そしたら、更に突っ込まれてしまったでゴザル。
レオさんはかなり気さくで話し易い人かもしれない。鍛錬場での雰囲気だと、ちょっと怖い人かと思ってたから、ちょっと安心だ。良かった。
レオさんを見上げていたら、レオさんが俺に目を向けてくれた。目が合ったトコロで、お礼を込めてニコッと笑顔を贈ってみる。レオさんもニコっと笑顔を返してくれた。良かった。
10分くらい移動して、森の手前のこじんまりとしたテントの前で、レオさんが立ち止まった。そっと下ろしてくれたレオさんに、ニコッとしながらお礼を伝えてみる。
見上げると、空色のチャームが家の入り口の上でゆらゆらと揺れて煌めいていた。透き通ってキラキラとしていて綺麗な空色だ。光が差してないのに、煌めいてるチャームは、光が当たるともっと綺麗そうだよね。
背景が青空ならもっと綺麗だっただろうな。見上げた目線をもっと上に移動させて、曇った鉛色の空を見上げてみる。早く入れ、とレオさんの声が聞こえて、視線を前に戻してみた。
お邪魔します。入る前に小さく言葉を掛けてみる。レオさんは無言で俺を見下ろしている。早く入れって事ですよね。すいません。レオさんが開けてくれていた入り口をくぐって、テントに入らせて貰った。




