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67 早、歩きだと?

 レオさんには本当に悪いと思う。でも、思い浮かんでしまったから仕方がない。全く面識はないけど、ご迷惑だとは思うんだけどね、数日間だけでもお邪魔させて貰いたい。ってか、駄目ならネロの家に戻りたい。


「レオ?うん、ちょっと待っててね。」


 レオさんの名前を出したら、アルさんが戸惑ったように考え込んでしまった。少しの間を置いて、待つように告げたアルさんが、素早く部屋から出て行ってしまった。


 一人になった空間で、ふーっと息を吐き出して天井を見上げてみる。透明な部分を雨粒が流れていくのが見えた。あれ、今日も雨か。ずっといい天気だったけど、雨の日は重なるもんなんだね。ここら辺はあんまり降らないって言ってたのに、雨になると続くんだろうな。


 雨に付いて考察をしながら、天井を見上げていると、視界で誰かが動いた。びくっとして顔を向けてみる。マヌさんが静かにテーブルの上の食器を片付け始めていた。慌てて手伝おうとすると、無言のマヌさんの静かな視線で制されてしまう。


 言葉を発するのすら躊躇ってしまう沈黙の中で、マヌさんは黙々とバスケットの中に食器を詰め込んでいく。俺はどうしていいか分からず、ただ、マヌさんの片付ける光景を眺める事しかできなかった。


 それにしても、マヌさんはやっぱり綺麗だ。柔らかそうな灰色の髪は少し長めで、髪の毛の隙間から同色のタレ耳が突き出ている。中性的な顔付きと細い体は一瞬女性かなって思わせるほど、線が細くしなやかな感じがする。


 ちょっときつい印象の切れ長な大きな目に薄い青の綺麗な瞳、一瞬しか目を合わせてくれなかったけどクールな綺麗さだった。マヌさんは基本、俺とは目を合わせてくれない。あんまり好かれてない事だけは分かる。だから、声を掛ける事もできず、息を顰めるしかできない。


 食器をバスケットに収め終ると、俺には一瞥もくれずに、マヌさんはバスケットを持って部屋から出ていってしまった。この村の人達って出会った人達はほぼみんな友好的にしてくれてる感じがある。


 でも、マヌさんには、好かれてないどころか、嫌われてるのかもしれない。これ以上嫌われないように、逆撫でをするような行動だけはしないって心に留めておこう。マヌさんが去って、ちょっと経った後でアルさんが戻ってきた。


「お待たせしてごめんなさいね。レオは大丈夫って事だから、今晩からはレオの所に泊まってね。部屋が少し散らかってたから、今は片付けさせてるの。本当に困った子ね。琥珀さんはもう少し、ここで寛いでてね。取り敢えず、今日と明日のレオの任は外しておくから、レオに何でも言い付けてね。もし、困った事があったら何でも言って。」


「あ、ありがとうございます。」


 もしかして、アルさんは今の時間で、レオさんの家に行って確認を取ってくれたのだろうか。そして、レオさんの部屋が散らかっていたから、片付けをさせてるのだろうか。


 だとしたらメッチャ早くないかな。レオさんの家まで往復してきて、しかもレオさんと交渉してきたって事だよね。少しぼーっとして、マヌさんが食器を片付けてくれて、またちょっとしてだから時間はそんなに経ってない気がする。


 レオさんの家は近い距離にあるのかな。まぁ、ネロの家も目と鼻の先だし、護衛さんの家は族長のテント周辺に配置されてるのかもしれない。


「えっと、アルさんの仕事とかあると思うし、邪魔になると思うから、もうレオさんのトコに行きます。泊めて貰うなら俺も片付けを手伝います。レオさんの家ってどこですか?」


「あらあら、そうね、ちょっと待っててね。」


 急いで部屋を出て行ったアルさんが直ぐに戻ってきた。慌てた感じのアルさんの行動がめっちゃ可愛い。


「今、マヌは食事場に食器を返しに向かわせたんだったわ。忘れてた。ん~。もう少しだけ待っててね。」


 困った顔のアルさんが、現状の説明からの、待機を伝えてサッと出ていってしまった。嵐のように戻ってきて、また直ぐに去ってしまったアルさんが揺らした部屋の仕切りのカーテンを見つめてしまう。


 何もする事がなくてぼんやりと待っていたら、5分くらいしてアルさんが戻ってきた。めっちゃ息を切らした、びしょ濡れのレオさんを連れている。ニッコリ笑顔を浮かべるアルさんと、膝に手をついて荒い息を整えているレオさんの対比が凄いんだけど。何があったんだ。


「レオに送らせるから、気を付けて行ってね。もし、レオの家が嫌になったら、直ぐに戻ってらっしゃい。寒かったみたいだから、一緒に寝ましょうね。寝心地が悪いなら寝具を変えるから。ね。では、レオ、頼みましたよ。琥珀さんを困らせるような事だけはしないように。」


「っはいっ。」


 アルさんは俺を凄く心配してくれるけど、そんな事態にはならないから平気なんです。俺と目を合わせたままのアルさんが、レオさんには視線を向ける事もなく、レオさんに向かって俺を託す言葉を投げ掛けている。アルさんの言葉で、膝に手をついて息を整えていたレオさんの背筋が伸びて直立不動になってしまった。


「では、琥珀さん。気を付けて。」


 俺を送り出してくれるアルさんが俺に手をかざした。俺の周りに一瞬で風の膜ができあがる。無詠唱で〈シール〉が完成した。凄い、やっぱりアルさんって魔法を極めてる人なんだ。


 ってか、レオさんには〈シール〉はしないのかな。ちらっと、既にびしょ濡れになってるレオさんに視線を向けてみる。アルさんは俺の横を素通りしてベッドに座ってしまった。どうやらしない模様。まぁいいか、既にレオさんはびしょ濡れだったから、今更感あるからね。


 アルさんは可愛く手を振って送り出してくれる。アルさんに小さく手を振り返して、もう部屋の外に出てしまっていたレオさんの後を追いかけて廊下に飛び出してみた。


 部屋から出ると、細長い廊下の先の入り口にマヌさんが立っているのが見える。その横でレオさんが俺を待っていてくれた。廊下を抜けて広間に出る。


 広い広間にはアルさんの居室より明るい〈照明〉の光の玉が浮かんでいて少し眩しい。俺が近付くと、レオさんは外に出て行ってしまった。レオさんを追いかけてるけど、全然追いつけないじゃん。


 外に出る前にマヌさんにぺこりと頭を下げてみる。マヌさんはふいっと目を逸らしてしまった。あ、やっぱりこれは嫌われてる系で確定か。俺はなんかしちゃったのかな。でも、まぁ、しょうがない。全ての人に好かれる訳もない。せめてこれ以上は嫌われないようにだけ、気を付けましょう。


 外に出るとレオさんが待っていてくれた。レオさんはびしょ濡れで、雨の降りしきる中で立っている。アルさんは全然濡れてなかったような気がするんだよな。


 レオさんはびしょ濡れだけど、アルさんに〈シール〉をお願いしなかったのかな。あ、ネロと同じでレオさんも雨とか気にならない系なのかもしれない。成る程、納得。


 一人で納得する俺を置いてレオさんが歩き出してしまった。レオさんの後を追いかけるけど、どんどん、どんどん離れていってしまう。めっちゃ早い、見失っちゃう。小走りになっても全然追いつかない。


 数分間、走って追いかけていたけど追いつかないし、雨で前の方が霞んでいるしで、結局レオさんの姿を見失ってしまった。最近は走ることもなかったし、そもそも寝たきりだった事もあってなのか息が切れる。


 立ち止まってハアハアと息を整えてみた。息が整った辺りで、ん~、どうしようかな、と立ち尽くしてしまう。レオさんの家は知らないし、そもそもここはどこなんだ。俺は軽く迷子になってる気がしてきた。アルさんの所にも戻れない。悲しい。


 途方に暮れて立ち竦んでいたら、向こうの方から走ってくる人影が見えて目を凝らしてみた。今日は雨な事もあって、外にいる人影は、今走ってくる人物しかない。識別できる距離で、漸くレオさんだと分った。


「いきなりはぐれるから探したよ。どうしたんだ?」


「えっと。一生懸命追いかけたんだけど、レオさんの姿を見失っちゃいました。そして走って追いかけてたから超疲れました。」


 俺の言葉を聞いても理解できないと言う顔をするレオさん。ええ、そうですよね。分からないですよね。ネロがどれだけゆっくり歩いてくれてたかがよく分かる事態ですね。ネロの有難味がここで味わえるとは。離れて初めて分かる事もあるんだね~。遠い目をしてしまった。


「琥珀。お前はどんだけ遅いの。ちょっと普通に歩いてみな?」


「どっちに向かえばいいんでしょう。」


 俺から離れて雨で霞むくらいの距離を取ったレオさんに向かって進んでいく。10秒も掛からず到着。どうだ、結構早歩きしたぞ、とどや顔でレオさんを見上げてみた。絶句した表情のレオさんを見て悟ってしまう。


 ああ、そうでした。ここはエリート村の中で、目の前にいるのはエリート中のエリート、族長の専属護衛の方でした。本当に何事にも動じないネロの有難味が良く分かる。俺の足の遅さでも、レオさんみたいな反応はしなかったもん。


「まぁ、お前が遅い事はよく分かった。ネロはどうやってお前を連れて村の中を歩き回ってるんだ?」


「ん~。普通に俺の隣を歩いてた気がする。」


 絶句したままで考え込んだレオさんが、言葉を選んでいたのか、漸く口を開いてくれた。レオさんの質問を聞いて、ちょっと考えて、ネロの行動そのままを伝えてみる。


「普通に?ちょっとこのまま真っ直ぐ歩いてってみな。」


「らじゃ。今やったみたいに早歩きですか?それとも普通の速さ?」


「早、歩きだと?」


 目を見開いたレオさんの迫力に、思わず俺も目を見開いてしまった。そうだよね、早歩きを要求されるに決まってる。敢えて聞く事ではなかった。


「分かった、早歩きだね。長い距離だと疲れちゃうけど。」


「いや、普通に歩いてくれ。で、俺はその隣を歩けばいいんだな?」


「普通に歩けばいいのね?」


「うん。」


 レオさんの要求通りに、真っ直ぐ歩いていく俺の隣を、ゆっくりぎくしゃくとレオさんが並行してくれる。横を向いてレオさんを観察してみた。俺が五歩くらい前に出ると、レオさんが一歩を踏み出している。


 いや、俺の五歩とレオさんの一歩が同じ距離って意味じゃないよ。足の長さが違うから、確かに一歩の広さは違うかもしれない。でも、そう大差はないと思う。それなのに、俺が五歩足を進めたらレオさんが一歩前に出るんだよ。で、俺とレオさんの進む速さは全く変わらない。


 俺も混乱してきてしまった。何がどうなってるんだ、時間の流れが俺とレオさんの間で違ってるのだろうか。というかね、もしこれが普通なら、なんでネロはあんなにスムーズに俺の隣を歩けてたんだろ。今度観察してみよう。そうしよう。

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