64 ちょっとは元気出た?
結構な長時間になっていた読書の間に、固まってしまった感じのある肩を解しながら、顔を上げてみる。片肘を突いて、こちらを眺めているネロと目が合ってちょっと驚いてしまった。
「もしかして、ずっと見られてたりする?」
まさかね、と思いながらも、恐る恐るネロに聞いてみた。俺を眺めながら、なんでそんな事を聞く?って感じの疑問の表情をしたネロが頷くのが見える。マジかよ、と顔が赤くなってしまった。
「えっとね、ソファでゴロゴロしてたのも見てたの?」
追加で質問をしてみたら、ネロが頷いて少し口元を緩めた。ネロはとっても嬉しそうに見える。
「ころころ転がって一瞬落ちそうになったのも?」
さらに追加で質問を重ねると、ふっと優しい笑みを浮かべたネロが頷いてくれる。微笑ましいモノを見ましたよって感じのネロの反応で、顔を覆ってしまった。マジで、変なトコを見られてたじゃん。
ってかネロは今日は暇だったんだね。俺を観察する日に設定してたのかな。顔の覆いを取ってネロに視線を向けてみた。ネロはやっぱり微笑んでいて、穏やかな雰囲気を纏っている。無表情じゃないネロは、柔らかな感じでいいね。
「仰向けになって腕を伸ばして読んでて、本を落としそうになったのも。見てましたよね。」
「そうだな。」
一番恥ずかしいのも、例外じゃないよねって確認を取ってみたらやっぱりだ。少し頬を緩ませて答えてくれるネロの表情はもう、確実に笑顔に見える。超綺麗な笑顔だけど、ネロは俺のだらだらした読書の時間をずっと観察していたらしい。恥ずかしいわ。
「俺はこんなんでアルさんに幻滅されないかな。大丈夫かな、やっぱダメかな。」
「問題無い。」
俺は平気なのだろうか。疑問がいっぱいだけど、目を細めてすっと無表情に戻ったネロはいつも通りの一言で答えてくれた。ネロの言葉を聞いてやっぱりその答えかと思う。ネロの問題無い、程信用できないものはない。
むっとして睨んでしまったら、一瞬動きを止めたネロが目を逸らしてしまった。やっぱ、問題なくないじゃん。戻ってきたネロの視線を捉えてにっこり笑顔を送ってみる。
「ネロ、早く帰ってきてね。俺が猫を被っていられるのも時間の問題だから。ばれる前に帰ってきて。」
もうね、泣き言になっても仕方ないよね。ネロには俺はダメダメで何も取り柄のない貧弱な人族ってばれてるけど、アルさんにはもうちょっと猫を被っておきたい。ただの貧弱な人族でいたい。
目を細めたネロはまた目を逸らしてしまった。俺の猫被りの状況を思い浮かべて、失敗したのでも想像してしまったのかもしれない。長引けば長引く程、俺の化けの皮が剥がれていくのは確実なんだよ。
「なるべく早く戻ってくる。」
「良かった。」
俺の泣き言に、ネロは頷いて淡々と答えてくれた。淡々とした響きだけど、優しさは感じる。ほっと安堵の言葉が口からでてきてしまう。
「そろそろ食事の時間。」
「あ、俺も一緒に行く。」
慌てて立ち上がる。マントを羽織って入り口に向い、サンダルを履いてネロを見上げてみた。ネロが自然な感じで俺に〈シール〉をしようとするのを止めて、ニコッとしてみる。ネロに近付いて、ネロの腕を掴んで寄り添い、もう一度見上げてみた。
「この状態で二人にかかるように〈シール〉ってできる?」
ネロも一緒にって事は伝わってくれたらしい。ネロが頷いてくれたから、ぴたっとネロにくっついてネロの詠唱の様子を眺めさせて貰う。ネロの唇が動き、詠唱の旋律が聞こえてくる。ネロの詠唱に乗せて、俺とネロの周りに透明な膜が張り巡らされていった。
「よし。これでネロも濡れないね。ありがと。行こ。」
ネロの腕を引いて外に出てみる。雨は相変わらず降り続いているみたいだ。外は薄ぼんやりと暗くなっていて、昼間よりも見通しが悪い。風の膜のに当たると弾かれそうだから、なるべくネロにくっつきながらゆっくりと進んでいく事にした。
「雨、全然止まないね。」
「そうだな。」
「ここら辺では、雨はあんま降らないって言ってたよね。めっちゃレアな瞬間に立ち会えたのかな。」
「・・・そうだな。」
世間話をしながら道中を進んでいく。ネロの返答になんか間があった気がして、ネロを見上げてみた。真っ直ぐ前を見て歩くネロの横顔は、薄暗くて表情まではちょっと分からない。ネロの声には感情は込められていなかったから、気のせいかな。意図的に間を作った訳ではないっぽい。
静かなネロと並んでゆっくり進んでいく。ちょっと水たまりになっている所を、軽くジャンプして跨いで食事場に到着した。雨の中で食事をする人は誰もいなくて、閑散としている食事場は少し寂しい感じがする。いつもは賑やかだから、余計そう思うんだろうね。
ネロにくっついて調理場にお邪魔させて貰う。暇そうに椅子に座って、足をぷらぷらさせていたユリアさんが見えた。ネロの体越しに見えるユリアさんに、こんばんは、と挨拶をしてみる。
ユリアさんが顔を上げて、にっこり笑顔で迎えてくれた。ネロがユリアさんに注文していく様子をぼんやりと眺める。注文が終わったネロが出て行こうとするのを腕を掴んで止めてみた。
「ちょっとここで待たせて貰って、できたのを貰ってこ。宅配だとユリアさんがまた濡れちゃう。」
「分かった。」
不審そうな顔をしたネロに、俺の考えを提案してみる。ネロは直ぐに了承してくれて、そのあとはぼんやりと俺を眺め始めた。
「問題ないですよ。琥珀さん、私が配達します。」
「待たせて貰います。」
「む~。了解しました。」
ユリアさんは可愛く抗議してきたけど、ちょっと強めに拒否させて貰いましょう。ちょっとだけ口を尖らせて可愛い顔で睨んでくるユリアさんはとても可愛いです。
可愛いけどね、睨まれるのは嫌なんです。和んで貰おうと、にこっと笑い掛けてみた。ユリアさんは睨むのを止めてにこっと返してくれる。睨んだ顔も可愛いけど、笑顔はもっと可愛いですね。
待ち時間が長いからか、ユリアさんが椅子を勧めてくれる。でも、ネロと一緒の〈シール〉の空間のせいで座る事ができない。椅子は諦めて、ネロの隣で立って待つ事にした。
ユリアさんは椅子に座り直して、足をプラプラと揺らしている。ニコニコと可愛い笑顔で此方を見ているユリアさんは、多分だけど、お客さんがほぼいないから暇なんだろうな。
ユリアさんはカウンター用の脚の長い椅子の背を跨ぐように座っている。そして、跨いだ椅子の背の両端から脚を突き出して、プラプラと揺すっている。膝より少し短い丈のエプロンドレスのスカートの裾から覗く、健康的な脚がとても、魅力的な感じですね。
つい、ユリアさんの脚の動きに目が行ってしまう。でも、意図的に目を逸らす努力をしてみた。ぼーっとユリアさんの脚の動きを視界に入れつつ、調理場の奥の方を眺める事にする。
ちょっと待ったトコロで、奥から大きな白猫ちゃんが大きなバスケットを持って出てきたのが見えた。マスターさんは相変わらず可愛いですね、非常にもふもふで、あのお腹に抱き着いてみたい欲求に駆られてしまう。
ネロが短く言葉を紡いで、手を前方にかざしたら、〈シール〉の一部がスッと解除された。マスターさんがその隙間にバスケットを押し込んでくれる。バスケットを受け取ったネロは、俺の腕を優しく引いて外に向かってしまった。
奥の方を見る、と見せかけてユリアさんに見惚れていた俺は、ネロに引き摺られるように外に連れ出されてしまう。外に出る直前で、マスターさんとユリアさんに手を振る事ができた。二人はにっこりと手を振り返して送り出してくれる。
「びっくりした。前に腕を引かれて死んだのを思い出した。危険な行為だった。」
「死なない程度に引いた。力は入れてない。」
「急に引かれたから驚いたの。」
横を歩きながら小さく文句を言ってしまった俺をちらっと見たネロは、淡々と返してくる。でも驚いたんだもん、と言葉を続ける俺の背後にネロが回り込んだのが見えた。どうしたんだっと思う間もなく、ふわっと体が浮いている。
俺を横抱きにしたネロが走り出していて、驚いてしまった。もうね、抱っこは慣れてきたんだよ。でもね、一声くらい掛けてから抱っこをして欲しい。そして、ネロはかなりのスピードで走ってるのに振動とか揺れとかが全くないのに気が付いて、感動してしまった。凄い。一体どうなってるんだろ。
「ネロ、いきなり抱っこはびっくりする。」
「食事が冷める。」
「あ、そっか。そうだよね。忘れてた。ありがと。」
急に抱き上げて、走り出した事に文句を言ってみたけど、ネロの言い分を聞いて、成る程、と頷いてしまった。ネロの言い分は正しい。温かいご飯は温かい内に食べたい。分かります。
ネロが走り出して5分もしないうちに家に到着していた。家に入って〈シール〉を解除したネロが、俺に〈乾燥〉をかけようとするのを止める。〈シール〉の中にいたんだから、俺は濡れてないでしょ。
ネロをじっと見つめたら、頷いてくれた。ちょっとでも俺が濡れてたら体調を崩すと思っているらしいネロは、やっぱり心配性なんだろうね。
「あ、ネロ。食事が終わったら、〈浄化〉と〈乾燥〉をお願いしたいです。アルさんの家に行く前に綺麗にしていかなきゃだと思うから。」
「分かった。」
俺を慎重に下ろして立たせてくれるネロに、希望を伝えながらネロの頭に手を伸ばして髪を触ってみる。よし、濡れてない。俺の行動に対して、少し目を細めたネロが頷いてくれた。俺の手が離れると、テーブルに向かったネロがバスケットの中身をテーブルの上に並べていってくれる。
俺は椅子に座って、ネロがセットしてくれる料理を眺める事にした。俺の前に置かれたのは、ブラウンシチューと白パン、サーモンピンク色のソースがかけられた温野菜の皿とチーズケーキ。
ネロの前にはやっぱり大量のお肉のソテーと温野菜。全部温かそうで湯気が立っている。ネロが急いでくれて正解でしたね。湯気が見えると更に美味しそうに見えてくる温かそうな料理達はほんわか気分になる。
ネロが席に着くのを待って、いただきます、と手を合わせる。ネロが静かに祈るのを待って、ブラウンシチューに手を伸ばしてみた。スプーンで掬ってみると大きな茶色のお肉の塊が窪みに乗ってくれた。
どう見ても熱々だから、息を吹きかけて冷ましてから口に運んでみる。ほろほろに解けていく煮込まれたお肉は絶品ですよ。微かにワインの酸味のような、風味とコクのあるデミグラスソースのような味わいのブラウンシチューだ。
もう一掬い、今度は大きめに切られた根菜を味わう事にした。ふわふわとした不思議な食感で、お肉との味のバランスも最高である。白パンをちぎって口に入れる。やっぱり美味い。
温野菜に手を伸ばして、緑色の野菜を選んで口に入れてみた。甘酸っぱいソースとちょっと青臭い野菜がマッチして美味しい。
視線を感じて顔を上げてみる。片肘を突いたまま、ぼんやりと俺の食べる様子を眺めているネロの姿が目に入った。無表情だけど、ネロはめっちゃぼんやりしてて視線は合わされない。
ネロの前に置かれているお皿の上のお肉は、手つかずで一枚も減っていないように見える。最近は消えるマジック並みに食事を終わらせるのが早かったのに、どうしたんだろ。体調でも悪いのかな。
「ネロ、どうした?お腹は空いてなかったの?もしかして、風邪が移っちゃったのかな。」
ぼんやりとしたままのネロだけど、俺の声が届いたのか、のろのろと視線を合わせてくれた。ネロの様子はどう見てもおかしい。じっと見ていると、なんでもないって感じで首を振ったネロがゆっくり食べ始めてくれた。
俺も食事を再開したけど、ネロの様子を見ながらゆっくり食べ進める。ネロもぼんやりした感じで俺を眺めながら、器用に肉を切り分けて食べていく。
俺は零すから時々自分の手元を見ながらだけど、多分、ネロは全くお皿を見ていない。それでいて、ソースの一滴も零さずに綺麗に食べていく。
余りにネロの様子がおかしくて、食事の手が止まってしまった。俺が食べるのを止めると、ネロも止まってしまう。パンに手を伸ばして、ちぎりながら見ていると、ネロものろのろと食べ始めてくれる。
「やっぱ、風邪が移っちゃったかな。お仕事は今度にして貰うのってできる?」
俺の言葉に、ぼんやりとした顔で首を振って答えるネロは凄く元気がない。確実に風邪が移ってる。ってか、昼間にびしょ濡れで歩いたからだよね。こんな調子で仕事なんか無理でしょ、しっかり休んだ方がいいと思う。
「じゃあ、後でアルさんのトコに行った時に俺から聞いてみる。」
俺の提案を聞いていたネロの目に光が戻った感じがした。凄くぼんやりとしていたのに、俺の目を見て目を細めたネロの顔に感情が一瞬だけ出て消えてしまう。
「体怠い?」
ネロが心配で体調を聞いてみたけど、ネロは首を横に振って答えてくれた。俺が食べ終わっても、ゆっくり食べていたネロのお皿の上には、まだ少しお肉が残っている。いつもは大きく切り分けてパクパク食べるネロなのに、今日はちまちま切っては少しずつ口に運んでいる。
「お茶ってどうやって淹れるの?」
ネロはお食事中だから、俺がお茶を淹れてみようかな。でも、お茶の淹れ方が分からない。お茶の淹れ方を聞いてみると、ネロが腰を浮かせてしまった。ネロを手で制して、ネロは食べててって伝える。
「魔法で湯を沸かす。」
ぼそっと答えてくれたネロの言葉に驚愕してしまった。なんという事だ、俺にはできないではないか。ってか、今まで魔法でお湯を沸かしてお茶を淹れてたのかよ。魔法ってそんなご家庭的な物なのかよ。モーティナって凄い世界じゃね。ヤバい。魔法が超身近じゃん。
「そっか。俺はお茶も淹れられないのか。」
一瞬テンション上がったけど、低く呟くように出た自分の言葉で落ち込んでしまう。しょぼんと俯いてしまったら、ネロはふっと笑ってくれた感じがした。顔を上げるとネロが少しだけ笑顔になってる。
「ちょっとは元気出た?」
「そうだな。」
「じゃ、お肉を食べちゃって、あと、野菜もね。で、お茶をお願いします。」
「分かった。」
了承の言葉の数秒後には、ネロの前のお皿の上のお肉はなくなっていた。やればできるんじゃん、流石ネロさんですね。食べ終わったネロは、早速お茶を淹れてくれる。
振り返ってネロがお茶を淹れる様子を見学させて貰う事にした。確かに水を入れたカップに手をかざしてお湯にしてから、茶葉の入っているティーストレーナーをカップに沈めている。
ネロがお茶のカップを運んでくる様子も観察してみた。さっきまでの元気のなさがなくなって、普通な感じに見える。俺の前にカップを置いたネロは、その横に自分のカップも置いている。
ん?と思いながらも、ネロの動きを見守ってみた。奥に置かれているチーズケーキを俺の前に置いてくれたネロは、反対側に回って椅子を持ってこっち側に戻ってくる。俺の隣に椅子を設置して腰を下ろしてしまった。ネロは足を組み、カップを片手に至近距離でぼんやりと俺を眺め出す。
至近距離で観察されるとメチャクチャ食べにくいんですけど。と言いたい気持ちを抑える。ネロは体調が悪いみたいだからね、きっと寂しくなったんだよ。多分だけど、人肌が恋しい感じになってるんだよね。
ネロから視線を外して、チーズケーキに目を向けてみる。小さなフォークでケーキの先端を切り取って、口に入れてみた。レモン風味で酸味が強い。爽やかな感じで甘味もあるけど、酸味の方が勝ってるかな。酸味の強い爽やかなチーズケーキで大変美味ですよ。
ちらっとネロをに視線を向けてみる。背もたれに寄りかかって、俺に向けられているぼんやりとしたネロの瞳は、さっきみたいに無表情を通り越して無気力になってる気がする。
やっぱり体調が悪いのかもしれない、ってか悪いよね。それか、看病疲れなのかもしれない。かなり無理させちゃった感しかないからな。この数日間、ずっと俺に付き添ってくれてたし。睡眠不足にもなってたし。
疲れた時は甘いのがいいと思うんだけど、ネロは甘いの無理だよね。でもこのケーキなら酸味も強いからいけるかな。ケーキを小さく切り取って、ネロの口に運んでみた。ぼんやりとしたままで口を開けてくれるネロにケーキを食べさせてみる。味わうようにゆっくり口を動かすネロを眺める。
「どう?美味しい?」
「甘い。」
「俺には酸っぱく感じた。味見はもういい?」
食べさせても表情の変化がないネロに味の感想を聞いてみたら、想像通りの答えが返ってきてふふっと笑ってしまった。
「もういらない。琥珀が楽しんでくれ。」
「そっか。イケると思ったんだけどな。」
ボンヤリとだけど、お茶を楽しんでいたネロがカップをテーブルの上に置いてしまった。そして、腕をテーブルの上に伸ばしたネロは、寝転がるように腕を枕にして俺を見上げてくる。
なんだ、構って欲しいのか。ケーキを食べながら、右手を伸ばしてネロの髪を梳くように撫でてみる。気持ち良さそうに目を細めたネロが、猫にしか見えなくなっている俺はおかしいのでしょうか。
この行動は、我が家の愛猫、雪丸さんがよくやっていたモノです。俺が出かける前に俺の前にぐでんと転がって撫でろ、構えと無言の圧力をかけていたのと一緒です。
猫だと思うとめっちゃ可愛く見えてくる不思議。こんな年上の大きいお兄さんを可愛いとか、脳の変換って怖いですね。でも、可愛く見えるのは仕方がない。
「体調悪い?」
俺の質問に、ネロは首をフルフルと振って答えてくれた。ネロの髪を撫でつつケーキを食べる。最後の一口をネロの口元に運んでみたけど、ネロは口を開けてくれなかったから俺が食べて終了。
ご馳走様でした、と手を合わせると、ネロが面倒臭そうにのろのろと片付けを始めてくれた。俺も手伝って一緒にバスケットにお皿を詰め込んでいく。今日は〈浄化〉はしないらしい。
バスケットを持ってネロが怠そうに立ち上がった。俺も慌ててマントを掴んで家を出る支度を整える。〈シール〉をしようとしてくれるネロを止めて、マントで頭の上を覆って頷いてみた。バスケットを持ったネロが家を出るのに続いて俺も出る。
「さっきみたいにアルさんのとこまで走って行って。」
ネロに声をかけると首を振られてしまった。しょうがない、とマントを広げて、ネロにも背伸びして端っこで覆って貰った。動き出す気配のないネロの手首を握って、行くよ、と歩き始める。俺よりゆっくりと歩いてついてくるネロの手を引っ張って、族長のテントに到着。
マントを二人の上から外してバサバサと振って水気を落として、羽織り直した。すかさず〈乾燥〉をかけてくれようとするネロを止めて先にテントに入ろうと手を引いてみる。
動かないネロの手を引いて入り口をくぐると、入った所にレオさんが立っていた。レオさんの視線が少し彷徨う感じで動くのが見える。俺を見て、視線を髪に向けて、また視線が戻ってきた。目が合って驚愕の表情のレオさんが固まってしまった。
俺を凝視したままで止まってしまったレオさんに、にこっと笑顔で挨拶をしてみる。レオさんからは言葉が返ってこないし、瞬きすらも止まったままだ。レオさんと目を合わせたままで首を傾げてみた。
レオさんが驚いた表情のままで瞬きをした。俺の視線の先にある、深い緑の綺麗な瞳の奥の瞳孔が広がってまん丸になってる。驚きが遅れて瞳孔に伝わったらしい。
あ、俺の色が変わったからびっくりしてるのか。そういえば、マヌさんも驚いてたけど一瞬だったな。今までネロ、ユリアさん、アルさんと、みんな反応が薄かったから、色が変わった自覚がなかった。
自分自身を見る事も余りないから、自覚がなかったんだろうな。レオさんのこの驚き方が普通の反応なのか。納得。これくらい驚いてくれると実感できていいですね。
レオさんと見つめ合って、俺もレオさんも動きが止まってしまっていた。割って入るように、ネロが俺とレオさんの間に入って、手に持っていたバスケットをレオさんに渡している。
レオさんのぴたっと止まっていた尻尾が、ネロの向こう側でゆらゆらと揺れ始めた。レオさんの止まった時間が動き出したようだ。ネロの横から顔を出して、もう一度挨拶をしてみる。
目が合ったレオさんは、少しだけ笑顔を浮かべて挨拶を返してくれた。レオさんの反応でほっとして、ぺこっと頭を下げておく。ネロの手を引いてアルさんの居室に向かうべく、廊下に向かって歩みを進めてみた。




