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59 何の問題もありません

 家に到着した時には少し日が陰り始めていた。ソファに俺を下ろして、武器の保管庫に如雨露を乱暴に投げ込んだネロは何も言わずに外に出て行ってしまった。


 ネロが立ち去った後で、目にかかっている前髪を軽く引っ張って〈照明〉の光に透かしてみる。やっぱり栗色じゃない。確実にどう見ても、ほぼ銀髪と言っていい程に色素の薄い金髪だ。〈照明〉の光の中できらきらと輝いている髪は、紛うことなき白金色プラチナブロンドだ。


 俺はいつの間に髪の脱色なんかしていたのだろうか。記憶を辿ってみたけど、体調が悪くてずっと臥せっていたのにそんな事ができる訳ない。そもそも、この世界で脱色とか髪に色を入れるとか、方法が分からない。


 どうしてこうなったんだろ、なんでなんだろう。何度透かして見ても、髪の色は変わらず見慣れない色のままだ。ソファの隣が沈み込んで、気配も音もないネロが戻ってきた事に気が付いた。ネロに視線を向けると、俺を見ていたらしいネロと目が合わされる。


「お帰り。俺は色が変わった気がするんだけど、間違いじゃないよね。」


「そうだな。」


 無表情に、なんの感情も込めずにネロが淡々と肯定してくれた。めっちゃ淡々としてるけど、ネロはなんでそんな冷静なの。ってか、いつ変わったんだろ。病気で色が変わるとか、この世界では普通なのかな。


(普通では御座いません。)


 そうだよな。そんなほいほいと色が変わる訳がない。じゃあ、なんでネロはこんな冷静なんだろ。


(ガト族の個体『ネロ』についての情報がない為、答えが導き出せません。)


 スツィがいつものトーンだけど、若干申し訳なさそうに答えてくる言い方でフフッとなってしまった。そうだよね、分かんないよね。ごめん、スツィ。


「いつ変わったの?」


「先程。」


「先程って、今日?」


「琥珀の指に指輪が出現した時に髪の色が変わり始めた。瞳は伏せていたので分からない。」


「そう、なんだ。どう、変じゃない?大丈夫?」


「ああ、変わらない。」


 変わらない訳ない気がするんですけど。顔も声も無感情で何も伝わってこないよ。怖いよ、ネロさん。余りにも淡々としているネロの反応に正直、本当にそうなのかもわからず困惑してしまう。こんにちは~、お食事お持ちしました~、の声ではっとなった。


 ネロは駄目だ。ユリアさんに聞いてみよう。この、全てに興味を持ってないような男の言葉は当てにならない気がする。いや、ネロはいい人だし優しいんだけどね、言葉が少ないから違う人の意見が欲しいとこだよね。


 無言で移動して入り口を開けたネロの横をすり抜けて、可愛いピンク色のエプロンドレスを着たユリアさんが、大きなバスケットを両手で抱えて飛び込んできた。今日もふわふわのクリーム色の髪が可愛い。そしてそこから少しだけ飛び出ている小さな猫耳も可愛い。結論、可愛い。


「こんばんは、ユリアさん。」


「琥珀さん。こんばんは。」


 挨拶をした俺と目が合って、ユリアさんは一瞬止まって目を丸くしてしまった。直ぐに、にっこり笑顔に変わったユリアさんが挨拶を返してくれる。


「琥珀さん、少し元気になったみたいで良かったです。」


「栄養のあるモノを用意してくれたからだと思います。ゼリーも美味しかった。ありがとです。」


「良かったです。昨日は酸っぱいゼリーでごめんなさい。失敗しちゃいました。今日もゼリーがありますよ。新作です。」


「楽しみです。で、えっと。俺は色が変わっちゃったみたいだけど、変じゃないかな。」


「とっても綺麗ですよ。余り見ない色だからちょっとだけびっくりしちゃいました。」


「そっか。ありがと。ネロはちょっと参考にならなかったけど、ユリアさんがそう言ってくれるなら大丈夫そう。」


「はい。とっても綺麗ですし、何の問題もありません。自信を持って言えますよ。」


 ほわほわと笑顔で返してくれるユリアさんに、もう一度お礼を伝えてみる。にっこり頷いてくれたユリアさんは、テーブルの上に配膳を始めてくれた。料理を並べてくれるユリアさんの後姿でふわふわと揺れる尻尾が可愛い。


 並べ終わったユリアさんがくるっと振り向く。ネロに向かって食後に返しに来てくださいと伝えて、俺に向かって笑顔で小さく手を振って、出て行ってしまった。ネロが俺の傍に歩み寄ろうとしたけど、手で止めて自分で歩いて席に向わせて貰う。今日も席は隣同士だ。


 テーブルの上に並べられた料理を眺める。俺の食事は、ごろっと野菜とベーコンのような燻製肉の角切りが具のポトフっぽいスープ、砕いた木の実が和えられた緑の野菜のお浸しっぽいの、それと白パンが少しと桃色の透き通ったゼリーとゼリー用の透き通った液体が少量。ネロのお食事は大量のお肉のソテーと魚の蒸し物、それにゼリーと液体。


「ネロはまたお肉だけ?」


「今日は魚もある。」


「そですか。いただきます。」


 手を合わせると、ネロも隣で祈り始める。ネロの祈りが終わったら、スープに手を伸ばしてみた。当たり前のようにスープの器は俺の手の上に移動させられていた。渡してくれた本人は、ソテーされたお肉を切り分けて口に運び始めている。


 ネロを横目で見てスープを口に含んでみる。あ、これはやっぱりポトフだ。超あっさりで美味い。ベーコンの塩気と優しいコンソメの風味が野菜に染み込んでるのがメッチャ美味い。野菜を噛み締めると中からスープが湧き出てきて癖になる味だ。


 スープの器をテーブルに置くと、すかさず白パンのお皿が差し出された。白パンを1つ持って、小さくちぎってパンをお皿に戻してみる。パンのお皿は自動的にテーブルの上に戻されていった。白パンの欠片を口に入れながら顔を横に向けてみる。


 ネロの手の動きに合わせて、凄い勢いでお肉が減っていくのが見える。白パンの咀嚼が終わって飲み込んだのと同時に、お浸しの小鉢を渡されてフォークを握らされていた。


 あのね、確かに、今、ネロの渡した順番で食べようと思ってたよ。でも、なんで分かるんだよ。サイキックか?心を読んでいるのか?怖いわ。心の中で突っ込んで、お浸しを口に運んで味わってみる。


 少し青臭い野菜なんだけど、歯応えのある茹で加減で、味付けのスパイスといい具合にマッチしてる。そして、カリっとした木の実の食感と風味がお浸しにとても合っている。口の中のモノをコクンと飲み込んで、ネロに視線を向けてみた。


「自分で取れるから、ネロは自分の食事に集中して。」


「分かった。」


 介護はもういらないんです、って不満をぶつけてみる。ネロは一言で了承してくれた。ってかね、集中してって言ってしまったけど、ネロの前のお皿の上にはもうお肉がなくなってた。魚しかない状況だった。


 食べるの早過ぎでしょ。前を向いて、俺も自分の食事に集中する事にする。ポトフを少し食べて、白パンを口に入れる。やっぱ、白パンの甘さはポトフの塩気にめっちゃ合いますわ。お浸しを口に入れる。香ばしい風味と甘みのある木の実の食感がとてもいい。


 ゆっくりと三角食べをしていたら、視線を感じて横をちらっと見てみた。綺麗に頭と骨だけになった魚のお皿と、ソースだけが残っているお肉のお皿が見える。ネロはもう完食していたらしい。


 お皿の向こう側で片肘を突いたネロが俺を眺めていた。無表情に見てくる視線で食べにくい事この上ない。ネロの前にゼリーを置いてスプーンを握らせてみる。ネロは一瞬驚いた顔をしたけど、大人しくゼリーにスプーンを差し込んでくれた。


 俺は自分の食事に戻る事にする。スープを食べながら、ネロの様子を窺ってしまう。ネロは一匙を掬って口に入れた後で顔を顰めてしまった。俺に視線を向けたネロが首を横に振って拒否の姿勢を見せてきた。


 ん?今日のは駄目だったのか。ネロはスプーンを器に戻して、俺の前にあるゼリーの隣に自分の器を並べてしまった。やっぱりもういらないって事らしい。


 ネロがまた片肘をついて俺を眺める作業に戻ってしまった。しょうがない、ネロの視線は我慢して食べる事にしますか。


 ポトフを大きなスプーンで掬ってネロの口元に運んでみる。ネロはぼんやりと口を開けてくれた。ネロが食べている間に俺もちまちま食べて、またネロに食べさせる。


 白パンを大きくちぎってネロの口に放り込み、自分も少しちぎって食べる。お浸しは全部ネロに食べて貰って、ポトフの最後の一掬いを食べ切って、完食。残りの白パンは全部、口を開けてくれたネロに食べさせたから、残りはゼリーだ。お楽しみのデザートだ。


 ネロが手を伸ばして、奥の方に置いてある、まだ口をつけてない方のゼリーを俺の前に置いてくれた。お茶を用意してくれて、お茶を飲み始めたネロは相変わらず俺を眺めている。ぼんやりとした表情には感情らしき感情は何も見られない。


 ゼリーを食べる前にちらっとネロに視線を向けみた。さっきのネロの反応が気になったんだけど、どうなんだろ。目が合ったネロは何の反応もしてくれない。


 差し込まれた小さなスプーンで掬ってみる。キラキラと綺麗な桃色に輝く、やっぱりジュレのように柔らかいゼリーだ。香りはとてもフルーティで仄かな酸味を連想させてくれる。


 これは確実に美味しいでしょう、と期待して口に含んでみた。強烈な甘さが口の中を駆け巡っていく。バナナの甘みを強烈にしたモノに練乳を足して、なにも引かなかったような甘さだ。


 驚きを隠せない俺を眺めていたネロがクスっと笑った。成る程、ネロがさっき顔を顰めたのも分かる味だ。俺でもびっくりした。前に食べたルブルム程ではないけど、この甘さは強烈かもしれない。そりゃ、ネロも顔を顰めてしまう筈だよね。


 さっきのネロの様子を思い出していて、目に留まったゼリーの横の液体。謎の液体に手を伸ばすと、すかさずネロが取って手渡してくれた。ガラスの小さな小瓶をそっとゼリーの上で傾けてみる。


 とろっとした透明な液体が桃色のゼリーの上に流れ出ていく。そして、液体の触れた部分のゼリーが鮮やかな紅色に染まっていった。色の変わった部分を掬って、恐る恐る口に入れてみる。何これ、めっちゃ美味い。


 透明な液体は酸っぱい果実のジュースだったみたいだ。甘いゼリーと合わさると、酸味の強いイチゴミルクな感じになって、マジで美味い。器をネロの顔に寄せて、紅色のゼリーを少し掬ってネロの口元に近付けてみた。


 唇を閉じたまま首を横に振るネロをじーっと見つめてみる。ネロは諦めたように口を少しだけ開けてくれた。ネロの口の中に滑り込ませるようにスプーンを差し込んで傾ける。ネロの反応を窺っていると、眉を寄せながら味わっていたネロの眉の間の皺がなくなっていく。


「ね、めっちゃ美味しいでしょ。」


「少し甘めだが、美味い。」


 ネロの言葉に満足して、奥の方に残されていたゼリーと液体をネロの前に移動してあげた。俺は自分のゼリーをを完食して、さっきの仕返しとばかりに、片肘を突いてネロを見守る事にする。


 長い指でガラスの小瓶を摘まんだネロがゼリーに液体を回しかけた。器を持ち、小さなスプーンを摘まんだネロは恐る恐る一匙を口に運んでいった。その一口を時間をかけてを味わってから嚥下する。飲み込んだ時に、ネロの喉ぼとけが動いて少し煽情的に見えた。


 俺はネロの淹れてくれたお茶を楽しみながら、ネロのデザートを食べる様子を見守る事にした。肉を食べていた時のスピードとは比較にならない程、ネロはゆっくりと食べ進めていく。


 最後の一匙には液体の効果が及ばなかったのか、桃色のままのゼリーが残されている。困った顔で俺に視線を送ってきたネロに、片頬を上げて少し笑みを浮かべた悪戯っぽい顔で首を横に振ってみた。


 目が合って、一瞬、見惚れたように動きを止めたネロが視線をゼリーに戻した。ネロはガラスの器に残された桃色の一匙に集中している。残されたゼリーを睨みつけるように見つめている金色の瞳は真剣だ。


 ピンと張られた緊張の糸が見えるような錯覚すら感じてくる程に張りつめた空気。ぴりぴりとした気迫の波が隣にいる俺にも伝わってくる。いや、ゼリー1つにそんな覚悟を決めなくてもいいと思うんですけど、いかがでしょうか。


 最後の一匙をネロが口に入れる前に、ネロ、と呼んで顔を寄せて口を少し開いてみた。睨みつけたままの視線が俺を射貫いてくる。器を持ったままで、ネロがそろそろと俺の口の中に最後の一口を差し込んできた。途端に、口に広がる強烈な甘さ。


 でも、たった一口で想像できる味なら全然美味しく頂ける。最後の甘さを目を閉じて味わって、目を開けると、金色の瞳が俺を見ていた。よっぽど甘いのが嫌だったんだと思う。回避した事で少しだけ涙目になってしまったのかもしれない。


 金色の瞳は、蕩けたように潤んで引き込まれるような光を放っている。表情もほっとしたのか少し緩んで蕩けたような顔になっている。凄く綺麗で何か、ちょっとだけ色気を感じさせる表情にも見える、かな。


「最後の一口はめっちゃ甘かったね。でも、美味しかった。ご馳走様でした。これはアルさんもきっと好きだろうなって味だと思う。ソースを掛けないヴァージョンの方ね。」


 一瞬だけその金色の瞳の綺麗さに見惚れた後で、笑顔で感想を言ってみた。金色の瞳が数回瞬いて、ネロの顔はスッと無表情に戻ってしまう。ちょっと恥ずかしかったんだと思う。いつもの冷静なネロの顔じゃなかった感じだったからね。でも苦手な物は仕方ない。


 抱き上げてソファに移動する事なく俺を椅子に残して、ネロが新しいお茶を用意してくれた。てきぱきと片付けをしていくネロをお茶を飲みながら眺める。魔法を使うネロはやっぱり綺麗だ。そして、俺も魔法を使ってみたい。〈浄化〉くらいできるようになりたい。


「ネロ。心配させちゃってごめんね。色々ありがとでした。」


 自然と言葉が出てくる。感謝の言葉を伝えても伝えきれないけど、やっぱり言葉で伝えたくなった。俺の言葉で、一瞬止まったネロが目を合わさずに頷いてくれる。片付けの終わったネロはバスケットを持って返却しに行ってしまった。

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