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56 なぜその名前を?

 幸せな気分で目を覚ますと、ネロはもう先に起きていたらしい。ベッドの傍の床に座って静かに本を読んでいた。コロコロと転がってネロの読んでいる本を覗いてみた。


 この前、俺におススメしてくれた武器の本だ。挿絵のある本はいいね。特にこの武器の本は色が鮮やかだから、見た目が華やかに見える。内容は華やかではないけどね。


「おはよ、何かいい武器あった?」


 頷いたネロがあるページを開いて見せてくれた。黒い鞘と黒い柄に不思議な刃紋が広がる黒い刃の黒い短刀。説明には黒刀・黒墨丸と書いてある。そのままじゃん。ってか真っ黒な武器で華がないじゃん。


 じと目でネロを見ると、照れたように頬を緩めてくれた。褒めてねぇよ、全く意思の疎通ができてなかった。ネロの本を奪って他のページを捲って何かないかな、と探してみる。


 目に留まったのは美しい薙刀だ。青と水色を基調に銀色の装飾が柄部に巻き付いていて、黒い刀身に綺麗な刃紋と紋様が浮かぶ薙刀。


「この子は綺麗じゃない?」


 ページをネロに見せて聞いてみる。俺の示したページを覗き込んだネロが頷いてくれた。寝転がりながらぺらぺらとページを捲っていたら、ぐーっとお腹が鳴った。今何時、と確認を取ってみると昼時と答えられた。


「最近、いつもお昼に起きてる気がする。」


「体の調子が悪いから。何か食べるか?」


「うん。お腹空いた。」


 立てるか?の声に頷いたものの、寝転がったままでネロに視線を向けてみた。ネロはベッドの端で俺の挙動を見守ってくれている。少しだけ甘えたくなって、ネロを見上げて両手を伸ばしてみた。


 所謂、抱っこしてのポーズですね。体調が悪くてネロに構って貰って、どんどん子供になっていく感じがする心と態度。胡蝶と白雪がお父さんを懐かしがっていて、その心が伝わって自分も家族が懐かしくて子供になる心が抑えられない。


 でも、ネロは俺に応えて抱っこしてリビングのソファまで運んでくれた。薬とお茶を手渡してくれたネロは食事の注文の為に外に出て行ってしまった。


 薬とお茶を飲んで、ふーっと息を吐き出したら冷静になってきた。ってか、超恥ずかしくね?マジで恥ずかしい行動だった。ヤバい。恥ずかしさがマックスでヤバいです。ってことで、ネロが外に出てる間に、武器の保管庫の前に移動して扉を開けてみる。


「白雪、胡蝶。俺、超恥ずかしかったかも。子供みたいに振る舞っちゃった。」


『琥珀は可愛いから大丈夫。』『琥珀は何もしても許される。』


『あの無愛想猫が気を使うべき。』『あの無表情猫が心を配るべき。』


「ネロはいつも優しいよ。」


 この恥ずかしさを軽減したくて、二人に泣き言を言ってしまった。二人は可愛く慰めてくれた上で、何故かネロを貶し始めてしまった。二人の態度が拗ねた子供みたいで、可愛くてフフッと笑ってしまう。ちょっと落ち着いてきて、ネロはそんなじゃないんだよって伝えておく。


『『琥珀が言うなら信じる。』』


「うん。ありがと。」


『『琥珀、ありがとう。』』


「ん?」


『僕たちに見せてくれた遠い記憶。』

『私たちに映してくれた大切な思い出。』


「うん、俺も嬉しかったよ。君達の気持ちが伝わって。」


『『琥珀、大好き。』』


「ありがと、俺も大好きだよ。またね。」


『『うん。また会いに行く。』』


「待ってるね。」


 扉を閉じてソファに戻る。大人しく本を開いて読み始めるのと同時に、風が動いて隣の座面が沈み込んだ。顔を横に向けると、俺をじっと見つめる無表情なネロと目が合った。


 おかえり、と笑顔で迎えると、ネロの表情が少しだけ緩んだ感じがする。その後は、ネロの視線を気にしないようにして、読書を再開する。


 ネロの視線の意味は分かってる。武器庫に近寄っただろって非難の視線だと思う。目を合わせたら確実にばれてしまうからね、俺は目を合わせないんだよ。


 ネロの視線を回避する為の読書だから、内容は全く入ってこない。文字を辿るだけの無意味な読書。少ししてユリアさんの元気な声で読書が中断された。


 ネロが立ち上がってユリアさんを迎え入れている。こんにちは、とにっこり笑顔のユリアさんはいつも通りの可愛さだ。俺も笑顔で挨拶を返す。


 挨拶の後は、ユリアさんは黙々とテーブルに食事を並べていく。食事の支度が終わると、ネロに後片付けの指示をしたユリアさんは俺に手を振って帰っていった。


 ユリアさんが去った後で、俺の傍に戻ってきたネロが当たり前のように俺を抱き上げてくれた。椅子に座らせてくれたから、膝の上は回避されたようで一安心です。隣に座ったネロにニコっとしてからテーブルに目を向けてみた。


 細かく刻んだ野菜と細かい白身の肉の透明なスープ、ふんわりとした焦げ茶色の黒パン、それとほんのり濁った透明なゼリーが並んでいる。スープは昨日の器より少し大き目、かな。


 ネロの前には相変わらずの大盛のお肉のソテーと俺のと同じゼリー。今日のソテー肉は白身っぽいのと赤身っぽいの二種類みたい。スパイスと焼いたお肉のいい香りがして自然とそっちに目が行ってしまう。


 いただきます、と手を合わせる横でネロも祈りを始めた。今日はネロの食べ始めを待とうかな、とネロに視線を向けてみる。俺と目が合ったネロは意図が分かったのか食べ始めてくれた。


 ネロが食べ始めたから、俺もスープに手を伸ばしてみる。俺が伸ばす手の先でスープの器が先に持ち上がった。ネロがスッとスープの器を俺の食べ易い位置に置いてくれた。


 ありがとう、と小さく呟いて、スプーンでスープだけを掬って口に入れてみる。あっさりとした塩味で生姜と大蒜の風味がして美味しい。もう一掬い、今度は底に沈む野菜と肉を選んで口に運んでみた。


 もぐもぐと咀嚼すると、口の中でほろほろと解けていく程に柔らかい野菜とお肉だ。コクンと飲み込んで、黒パンに手を伸ばしてみる。黒パンのお皿が俺の手元に差し出された。ありがと、と1つ黒パンを貰うと、お皿は元の位置に戻っていった。


 ちらっと横を見ると、ネロの食べるペースは変わらない。というか、もう半分程のお肉がお皿から消えている。俺がスープを数口とパンを選んでる間に、かなり食べ進めてるじゃん。ちょっと驚いてしまった。


 ネロがそこまで食べ進めていたのに気付かなかった要因は分かるよ。ネロは肉を食べているというのに咀嚼音が全くしないんだよ。本当に噛んで食べているのか、とネロを観察してしまった。ちゃんと顎は動いている。飲み込む時に喉も動いている。


 音がしないだけで、ちゃんと噛んでる事は判明した。納得しながら、黒パンをちぎって口の中に放り込む。ほんのり甘くて白パンより香ばしい香りが鼻に抜ける。


 パンを戻そうと手を動かしたら、すかさずお皿が差し出された。もう介護の域である。まあ、病人には優しくしたくなるのはちょっと分かる。スープとパンを交互に食べていたけど、途中でお腹がいっぱいになってしまった。


 この時点で、ネロのお皿は空っぽだ。俺の食事が終わるの待ちだったみたい。もういいのか?と聞いてくれたネロにコクっと頷く。お茶を用意して俺の前に置いてくれたネロがゼリーの器もその横に置いてくれた。


 残ったパンとスープは、食っていいかと一言断りを入れて、さくっと食べ切ってくれた。自分の前にもゼリーを置いたネロは、俺が食べ始めるのをお茶を飲みながら見守り始めてしまった。


「今日は、一緒に食べようね。」


 語調を強めて、提案をするとネロが頷いてくれる。ネロが器に手を伸ばしてくれたから、スプーンで少し掬って口に入れてみた。


 髪の毛が下から順に逆立っていくような感覚で、動きが止まってしまった。今日のゼリーはめっちゃ酸っぱい。仄かに甘味はあるけど、レモンをそのまま食っているような酸っぱさ。


 余りの酸っぱさに困惑して横に目を向けると、ネロは美味しそうに食べている。まあ、美味しそうっていうか全くの無表情だった。でも、食べる速度が速かったから美味しそうって判断できる、かな。


 食べ終わったネロの口元に、スプーンで掬ったゼリーをそろそろと差し出してみる。不思議そうな顔をしたネロだったけど、口を開けてくれた。残りのゼリーは全部ネロの口の中に収め終わって、ほっと一息を吐く。


「琥珀の口には合わなかったか?」


「ん、ちょっと酸っぱかった。ごめん、全部食べて貰っちゃったね。」


「問題無い。美味かった。」


 お茶で口の酸っぱさを中和している間に、ネロが片付けを始めた。片付けが終わると、俺を抱えてソファに座らせてくれた。ブランケットを肩に被せて読み途中だった本を持たせてくれる。


 バスケットを持ったネロは何も言わずに出て行ってしまった。ネロの持たせてくれた本を開いて、文字を追ってみたけど全然集中できない。


 武器の保管庫から聞こえてくる呼ぶ声が綺麗で優しくて心地良くてうとうとしてくる。同じページを開いたままで結構な時間、同じ文字を辿っていたらしい。


 不意に横から本を取り上げられて顔を上げる。いつの間にか戻っていて、しかも既に隣に座っていたネロと目が合った。少しだけ心配そうな表情のネロ小首を傾げてしまう。


「寝るか?」


 優しく聞いてくれたネロに頷いてみる。俺を抱えてベッドに運んでくれるネロをぼんやりと見つめてしまった。抱き上げてベッドに運ぶ間もずっと、目を逸らさず俺を見つめ返してくれるネロに安堵感を覚えていた。


「ネロはマヒトツ様って知ってる?」


「何故その名前を?」


 ベッドの隣に座り込んで、俺の額に手を乗せてくれるネロに質問をしてみた。手を戻して不審げに眉を寄せながら、覗き込んでくるネロに安心して貰おうと笑顔を浮かべる。


「胡蝶と白雪に聞いた。」


「成る程。初代マヒトツは千余年の昔に存在した伝説の職人。月を霞ませ、陽を隠す二振を鍛え上げた、という伝承がある。マヒトツの称号を受け継ぐ職人にあの二振の修復を依頼した時に聞いた。」


「あの子達の事かな。」


「多分。とはいえ、千年も昔の武器が現役の状態で今も現存している訳はない。模して造られた二振の可能性が高い、と結論付けていた。今回の琥珀の話を聞く限りでは本物、かもしれないな。」


 不審な表情を解いてくれないネロに簡潔に返答してみる。少し考え込んだネロが静かにマヒトツ様について教えてくれた。途中口を挟んでみたけど、それも肯定してくれた。


「本物だよ。多分ね。そんな昔の武器なんだ。」


 千年が経っても気持ちが変わらないんだね。あの子達のお父さんに対する想いは凄く伝わってきた。懐かしさと悲しさが入り混じってて、自分達の存在を誇りに思ってる感じがした。お父さんに鍛えて貰った自分達を、とっても大切にしていたって伝わってきた。


(モノに疑似的な魂が宿る時の想いがモノの原動力であり、力でもあります。)


 そっか、時間が経過しても変わらない想いなんだね。あの子達の魂はずっとなくならずに存在し続けるのかな。


(モノに宿る疑似的な魂な為、モノが完全に消滅するまでは存在し続けます。)


 仮に俺が生き返り続けても、一緒に存在してくれるかもって事だよね。もし一緒にいたら、ずっと一緒にいてくれるのかな。


(はい。拒否されない限りは共にいる事も可能です。モノの耐久が持つ間は、という制約も御座いますが琥珀様と共にいる事も可能です。)


 そっか。俺は一人で過ごさなくてもいいかもしれないんだ。良かった。


(一人では御座いません。『スツィーオ』が永遠に共にいます。)


 そだったね。忘れてた。ありがと、スツィ。スツィの少しだけ優しい響きの声がちょっと嬉しい。いつもはお澄ましスツィで淡々としてるのにね。そのまま眠りに落ちてしまった。


 時々眼が覚めて、隣にネロがいる事に安心してまた眠る。完全に覚醒したのは夜になってからだった。半身を起こした俺を抱えたネロがソファに連れて行ってくれる。体が怠くて動きたくない。


 ぼーっとする意識の中で呼ばれる声に反応する度にネロに遮られてしまう。大きな手と優しく響く声でネロの存在を近くに感じて安心する。でも、ネロの声と同じくらいあの子達の声も優しいんだよ。安心する。


「琥珀、食事は?」


「食欲ない。ネロだけ食べて。」


「俺も腹は減ってない。」


「食べて。」


 夕ご飯の事を聞かれたけど、ソファでぼーっとしてたい。動きたくない。俺が無反応になった事で少し考え込んだ様子のネロだったけど、結局は出て行ってくれた。ぼんやりと天井を眺める。天井の透明な隙間から少しだけ星が見える。


 どんな構造になってるんだろ。テントだけど木の梁が巡らされていて、布の隙間から空が見える。天井の一番高いトコロには〈照明〉の光の玉が浮かんでる。


 あの子達の呼ぶ声が耳に優しく、鈴虫の声のように心地良く耳に響く。心地いい響きの声を聞きながらテントの構造について考えていたら、ソファの隣の座面が沈み込んだ。


 動くのも怠かったけど首を動かして隣に目を向ける。分かってたけど、ネロが帰ってきていた。いつもの甘めな香りではなくて、スパイスと焼いた肉の香りがする。ちゃんとご飯を食べてきてくれたんだね。


「おかえり。ご飯は美味しかった?」


「急いで済ませてきた。琥珀に、と渡された。食べるか?」


 俺に見えるようにネロが小さなバスケットを掲げてくれる。


「昼のゼリーは少し酸味が強かったようだと伝えたら、味を変えたと言っていた。」


 ちょっとお腹に入れたいって気分になって、頷いてみる。ゼリーの器を、俺の太腿の上に置かれていた手のひらの上に乗せてくれた。ひんやりとした冷たさが気持ちいい。でも、指一本動かしたくない程怠い。


 ゼリーに視線を向けて、ぼんやりとしてしまう。ネロが器を持ち上げて、ネロの指には小さく見えるスプーンを摘まんだのが見えた。ネロの行動をぼんやりと見守ってしまう。


 慎重に俺の口元にゼリーを運んできてくれたネロが、小首を傾げてきた。ちょっとだけ口を開けると、ゆっくりと口の中にスプーンを差し込んでくれる。スプーンが傾いて、ゼリーが俺の舌の上に滑り落ちてきた。


 舌の上に広がる酸味と、蜂蜜の甘さ。蜂蜜レモンうめぇ。瞬きをして、ぼんやりとしていた意識が覚醒した。ネロの手の上のゼリーをじっと見つめてしまう。ネロがまた口元にゼリーを運んでくれた。


 やっぱり、蜂蜜レモンだね、めっちゃ美味しい。口の中の体温で溶けたゼリーをコクンと飲み込んで、ほわっと笑顔を浮かべてしまった。


 俺を見守っていたネロが息を飲んだ音が聞こえて、ん?とネロに視線を向けてみた。目が合ったネロはいつも通りの無表情、ではなかった。何の感情も浮かばないと思っていたネロの目が、少しだけ潤んでいるような気がする、かな。気のせいかも。


 今はゼリーの方が気になる。またゼリーに目を向けると、ネロが食べさせてくれる。甘くて酸っぱい、いいお味でした。ご馳走様。食べ終わった器は即行、ネロによって片付けられてミニバスケットの中に収められていた。


「ネロからお肉の匂いがしたから、食べたくなってきた。」


「少し、用意させるか?」


「いい。食べたいだけで、食べれないと思うから。」


「そうか。」


 片付けが終わったネロが隣に座る。ネロに寄りかかっていると蜂蜜レモンで覚醒していた意識がまたぼんやりとしてくる。

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