55 詫びだ
ふわっと漂うお肉の香りで意識が覚醒する。冷たい手の感触が気持ちいい。目を開けると薄い緑色の綺麗な瞳と白くて細い指が見える。ふわふわのクリーム色の髪が甘くて美味しそう。
ぼーっと見ていたら、にこっと笑顔のユリアさんがお大事にね、と出て行ってしまった。あ、もう行っちゃうのか、名残惜しい。
うつ伏せの寝た姿勢のままで、入り口をぼんやりと眺めていたら、黒い影が死角から飛び出てきた。覗き込んできたのは金色の瞳の黒猫だ。綺麗だな。
手を伸ばしてみると、黒猫が握ってくれた。覚醒する頭で気が付いた。ネロじゃん、黒猫じゃなかった。ネロがそっと握ってくれている手を引き抜いて、体を起こしてみる。
抱き上げて連れてってくれそうなネロに、手でいらないって意思表示をしておく。まだちょっとくらくらする頭を押さえて深呼吸をしてみた。なんとか大丈夫そうかなっと、そろそろと立ち上がってみる。
ぐらっと傾いてしまった体をネロが抱き留めて支えてくれた。そして、そのまま抱き上げられてしまう。でも、椅子には座らせて貰えた。勿論、隣にはネロの椅子も置かれている。
椅子2脚が同じ側に置いてあるからか、ご飯の配膳もこちらサイドに纏められている。ユリアさんが超有能なのが確定してしまいましたね。
テーブルの上に並ぶ食事は今日も美味しそう。俺用の食事は、ミルクのシチューとソテーしたお肉がちょっと、白パンと昨日と色が違う赤紫色のゼリー。ネロの前には、山盛りのソテーしたお肉と俺のと同じ赤紫色のゼリー。
「ネロはお肉しか食べないの?」
「俺も肉が食いたくなった。あと、選ぶのが面倒だった。」
ネロの余りにも潔い料理のチョイスにくすっと笑ってしまった。一応、質問をしてみると、ネロらしい返答が返ってきた。
「俺のは選んでくれたの?」
「ユリアが用意した。琥珀にも肉をと言ったら睨まれた。」
「あぅ、ごめん。普通にネロのをちょっと貰えば良かったね。」
いただきます、と手を合わせる俺の隣でネロが静かに祈り始めた。ネロの祈りが終わったのを確認して、お肉に手を伸ばしてみる。俺の動きを先回りして、ネロがお肉を切り分けてフォークに刺して渡してくれた。
今日はネロがめっちゃ世話焼きモードらしい。俺が肉を頬張るのを確認したネロも肉も切り分けて食べ始めた。俺がもきゅもきゅと口に入っている小さな肉の塊を噛み締めている間に、ネロのお肉がどんどん減ってく。
口の中の肉をごっくんと飲み込んで、シチューに手を伸ばしてみる。俺を先回りをするように、ネロが器を目の前に持ってきてくれた。スプーンを持って一匙を口に入れてみる。
ミルクの甘さと鶏肉の風味が口に広がる。野菜はスープの時みたいに、小さく刻まれていて食べ易い。小さく刻んだ鶏肉も入っていて、ちょっとだけ濃厚で美味しい。ほっこりする味に顔が緩んでしまう。
白パンを食べようと手を伸ばすと、ネロが白パンを俺の手元に運んでくれた。そんなに先回りして行動してるのに、ネロの食べるペースは一切崩れていない。器用な食べ方をしてるな、と感心してしまった。
白パンを小さくちぎってシチューに浸してから口に入れる。久しぶりに食べる白パンは甘くて美味しい。また白パンをちぎってシチューを付けてネロの口元に運んでみた。普通に口を開けて食べてくれたネロをワクワクと見守る。
「美味いでしょ。」
どや顔で自慢してみると、ネロが頬を緩めて頷いてくれる。もう、ほぼ笑顔と言っていい表情のネロに釣られて、俺も笑顔になってしまった。美味しいってネロの表情からも伝わってくるのが嬉しい。美味しく感じたから、お裾分けした甲斐があった。
「ネロもシチューを食べれば良かったのに。お肉だけだと飽きない?」
「飽きない。肉も美味い。」
「そだよね。お肉は美味いよね。でも、俺は胃も虚弱体質になっちゃったみたい。せっかく用意してくれたのに、胃もたれしそうで食べられない。泣ける。」
「肉はもういいのか?」
ネロが聞いてきた事に、シチューを食べながら頷いてみる。ネロは俺の皿からお肉を自分の皿に移動させて、サクッと食べ始めた。小さな肉だったからか、ネロは素早く切り分けてあっという間に食べ切っていた。
俺の残したお肉が最後の一切れだったらしい。さっき、ネロのお皿の上には山盛りのお肉がいたよね。俺はまだシチューを食べ終わってないよ?どんだけ早食いなんだ。
「肉、まだ食いたかったか?すまない。」
「いや、お肉はもういい。ネロはお腹空いてたの?スゴイ食欲だったね。山盛りお肉だったよね。」
ぼーっとネロが食べる状況を眺めていたら、ネロが謝ってきた。首を振って、俺が見ていた理由を話してみると、ネロは納得したように頷いてくれた。
「よく寝たら、腹が減ったらしい。」
「2時間くらいしか寝てないよ?」
「2時間でも爆睡できた。ここのところ、寝ても浅い睡眠だったから。」
「1時間しか寝てなくてしかも浅い睡眠だったの?」
「あいつらのせいで寝られなかった。」
ちらっと武器の保管庫を睨んだネロを、よしよしと慰めておく。もうあの子達は邪魔しないからぐっすり寝られるからね。やっぱり睡眠不足はつらいよね。前に、あんまり寝なくても平気って言ってたけど、ちゃんと寝ないと駄目ってのが分かって良かった。ネロも普通の人だった。
「まだ、食べ終わってないからちょっと待ってね。白パンいる?」
「いや、いい。琥珀が食べろ。」
いいと言われても、差し出したら口を開けてくれるネロの反応が嬉しい。ニコニコしながら、時々ネロの口の中にもシチュー付き白パンを放り込んでたら、漸く食事が終わった。
俺が食事を終了したら、ネロがゼリーを俺の前に置いてくれた。自分のゼリーは放置してるけど、一緒に食べないのかな?小さなスプーンをゼリーの中に入れると、昨日と同じジュレのような柔らかなゼリーだ。
ガラスの器を持って小さなスプーンを口に運んでみる。昨日より酸味が強くて、甘味もそこそこ。味は李かプラムの酸味に桜桃の甘みを足した感じかな。これもさっぱりとして美味しい。
口の中でスッと溶けていくゼリーの食感が喉に優しい。ちらっと横を見ると、頬杖をついたネロと目が合った。器を近付けて、スプーンで掬ったゼリーをネロの口元に近付けてみる。普通に口を開けてくれたネロにゼリーを食べさせてあげた。
「ネロは自分のがあるから自分の食べなさいよ。」
無表情に、俺が食べさせるままに口を閉じて味わうネロに、思わず思った事を進言してしまった。てか、こんな簡単に餌付けされていいのかよ。ネロは護衛のトップでガトのナンバー2しょ。
目を細めて俺を見つめてくるネロから目を逸らして、もうあげない、と自分の分をゆっくりと味わいながら食べ切ってしまう。俺のゼリーがなくなると、ネロがお茶を淹れてくれた。お礼を言いながら受け取ってお茶を頂いていると、ネロが俺の前にもう一皿のゼリーを置いてくれた。
「これは昨日のより好きじゃなかった?俺は美味しいと思ったけど。酸っぱくてネロは好きそうな感じだと思った。」
「これも美味い。」
「じゃあ食べなよ。俺の分はもう食べたし。これはネロのでしょ。」
「昨日、琥珀の分を食べてしまった詫び。」
「でも、沢山持って帰ってくれたじゃん。」
「詫びだ。」
一歩も引かないネロに折れて、取り敢えず受け取ってみた。一匙掬ってネロの口元に持っていく。小さく口を開けてくれた形のいい唇の隙間から見える、ネロの舌が艶めかしくて目を逸らしてしまった。
口まで到達していないスプーンをネロの方からパクッと咥えて食べてくれた。ちらっとネロを見ると、金色の瞳が光って綺麗な顔が更に綺麗に見える。
もう一匙を掬ってネロの口に運んでみる。また口を開いて待ってくれるネロに、今度は目を逸らさずスプーンも差し込まない。
ちょっと意地悪をした俺の目を見て、ネロがまた自分からスプーンを咥えにきた。自分から食べにくるって事は、やっぱ美味しくて食べたいんじゃん。まぁ、俺も甘えさせて貰ったし、お返しと考えればいいか。
次からは意地悪をせずに、スプーンに乗せたゼリーをゆっくりとネロの口元に運んでいく。ネロは何の疑問もないように俺の運ぶゼリーを食べてくれて、無事完食。たくさん食べれたね、偉いぞネロちゃん。ついでにネロの頭を撫でてあげタ。ご馳走様でした。と手を合わせて食事は完了。
結局俺が全部食べてしまったな、と呟いたネロが俺を抱き上げてソファに運んで座らせてくれた。そして、今日はまたブランケットでぐるぐる巻きにされてしまった。
食べ終わって俺を移動させたら、即片付けを始めたネロをぼんやりと眺める事しかできない。動けないのは不満だけど、ブランケットで包まれてぬくぬくで暖かい。少し眠気が襲ってきた。ミノムシってこんな気持ちなんだろうね。
行ってくる、とバスケットを持って外に出て行くネロを無言で見送る。ってか、胡蝶と白雪に会ってたのがばれたから、こんなぐるぐる巻きなのかな。でも、ばれてないよね。俺は床に寝てただけだし。
む~っと考え込んでしまったら眠気が引いていった。ちらっと武器の保管庫に視線を向けてみる。俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。ほんと、可愛くていい子達だと思うんだけどな。
涼しい風が吹き込んできて、視線を入り口に向けるとネロが帰ってきた。お帰り、と手を振ろうとしても手が出せない。眉を寄せてしまった俺に近付いたネロがふわっと抱き上げてくる。顔を赤くしながら、トイレっと申告してみた。なんだ、この辱めは。
俺の言葉に頷いたネロは、慣れた手つきでソファに腰を下ろし膝の上に俺をおいた。そして、そのままくるくるっとブランケットを解いてくれる。
ありがと、っとトイレに駆け込もうとして、躓きそうになってしまった。腰を浮かしたネロに大丈夫と頷いて、ゆっくりトイレに向かう。トイレから出て、手を洗って振り返えると、すかさず〈乾燥〉をかけられて拉致されてしまった。
ベッドまで運ばれて、丁寧に寝かされた後で隣にネロも横になった。ブランケットを掛けてくれた後で、〈照明〉が消された。ササッと寝る体勢を取ったネロは眠かったのかもしれない。
まだ全然睡眠が足りてないからだよね。一時間しか寝れてなかったなら、そりゃそうだ。ごろん、と寝返りをうってネロに背中を向けて寝ていると、背中にネロの体温を感じて暖かくてすぐ眠くなった。
「胡蝶、白雪。こんにちは。」『『こんにちは、琥珀。』』
俺と目を合わせてニッコリ笑う二人。
『懐かしい景色。』『懐かしい音。』『『懐かしい、父様。』』「お父さんなの?」
『うん、僕たちを創ってくれた。』『うん、私たちを鍛えてくれた。』『『マヒトツ様がお父様。』』
俺を素通りして後ろのおっさんを見つめる4つの瞳。懐かしそうに、嬉しそうに、そして悲しそうに。
「そっか。じゃあ、懐かしいよね。君達の故郷の風景か。俺も胡蝶と白雪の故郷が見れて良かった。」二人の頭を撫る。
『『うん、懐かしい。琥珀、ありがとう。』』再び俺に注がれる嬉しそうで、楽しそうな瞳。
「俺はいいから、お父さんを見てな。今、作ってるのは胡蝶かな?白雪かな?」
『多分弟。』『多分妹。』
「そっか、弟か妹が鍛えられてるのを君達が見てるのか。」
『うん、出来上がるのが楽しみ。』『うん、出来上がるのが愉しみ。』
「弟君か妹ちゃんも君たちと同じ綺麗な武器なんだろうね。」
『『うん、でもこの着物は父様が創ってくれたものじゃない。』』「そうなの?」
『あの無表情猫が違う奴に拵えさせた』『あの無愛想猫が違う奴に誂えさせた。』
『『マヒトツ様の血を残す、ずっと遠い子供だから許した。でも悲しい。』』
「そっか、でも、綺麗に作って貰えたね。二人とも綺麗だよ。」
『『琥珀が言うなら嬉しい。少し悲しくなくなった。』』儚げに笑う二人の顔はやっぱり悲しそうだ。
『でも、父様の服を模して作ってくれた。』『でも、父様の服に似せて造ってくれた。』呟くように囁く二人は複雑な表情で俺を見つめてくる。
思わず二人の頭を撫でる。「君達のお父さんは、君達が大切だったんだね。本当の子供みたいに。だから子供に君達を伝えてくれてたんだね。」
『『うん。嬉しかった。マヒトツ様のくれた大切な姿。』』
「良かった。君達のお父さんは凄い人だったんだね。君達みたいな美しい武器を鍛えれるんだもん。」
『『うん。』』嬉しそうに笑う二人が可愛い。
「兎霞と烏隠。お父さんがつけてくれたの?いい名前。俺好きだよ。」
『『うん。』』にっこり笑ってくれる胡蝶と白雪が可愛過ぎです。有難う御座います。
頭を撫でると、嬉しそうに抱き着いてくる二人を抱きしめる。二人の喜びと懐かしさとちょっとの悲しさが伝わってくる。




