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54 今は、少し煩くて

 隣に座ってるネロと目を合わせていたけど、不意に呼ばれる声で視線をそちらに向けてしまう。即座にネロの手が俺の目を塞いでくる。


「離して。見えない。」


「見なくていい。」


「じゃあ、見ないから離して。」


 抗議の意味を込めて強く言ってみたら、ネロの手がすっと離れてくれた。流石に神経を尖らせ過ぎじゃないだろうか。ネロをじっと見つめたら目を逸らされてしまった。


 ネロの目元が少しクマのように暗くなってるような気がして手を伸ばしてしまう。ネロの目元を触ると、一瞬、俺を見たネロが背もたれに寄りかかり天井を見上げてしまった。気が付かなかったけど、目も少し充血してる気がする。


「クマになってるじゃん。ちゃんと寝てる?もしかして、俺だけ爆睡してた?」


「少しは寝た。問題無い。」


「少しってどれくらい。」


「一時間程。」


「一時間?一時間だけ?」


 驚く俺と視線を合わせてくれないネロが頷いている。ぼんやりと中空を眺めているネロを見つめていてもこっちに視線は戻ってこない。


「なんでそんな少ないの。もしかして、俺と住むようになってから、毎日ずっとそれくらいしか寝てないとかだったりするの?」


「今までは普通に寝ている。今は、少し煩くて。」


「煩いって。俺の寝言とかが煩かったりしてた?ごめん。」


「琥珀ではない。あいつら。」


 ぼんやりと上を見上げながら話をしていたのに、次の瞬間、忌々しそうな顔でネロが武器の保管庫を睨んだ。


「胡蝶と白雪?」


「そんな名前を呼んでいたな。そう、あいつらが何か喚いていて煩くて寝られない。」


 ネロの視線を辿って、ネロの意図する意味が分かった。あの子達がネロに迷惑を掛けていた事実に少し驚いてしまった。それと同時に、ちょっとだけあの子達と話さないといけないと思ってしまう。


「そう。ちょっと、あの子達と話させて。」


「駄目だ。」


「ネロ。」


 少し低い声でお願いという名の強要をするように、名前を呼んでしまった。びくっと体を硬直させたネロが俺の目を覗き込んでくる。目が合ったネロは見入られたように俺の目を見つめながら瞳孔を広げた。


 その後で、緩慢な動作で立ち上がったネロが、武器の保管庫に移動して扉を開けてくれた。ケースを2つ抱えて、俺の前に置いてくれるネロをじっと見つめる。2つのケースが俺の前に置かれた途端に、元気で可愛い少女達の声が流れ出す。


『琥珀、会いたかった。』『また、会えた。』


『そこの無愛想猫、ひどい。』『そこの無表情猫、ひどい。』


「白雪、胡蝶。待って。」


『『でも。』』


「聞いて。ネロに、お喋りして睡眠を邪魔してたの?」


『『うん。』』


『私たちを虐めるから仕返し。』『僕たちに意地悪するから仕返し。』


「仕返しって何に対する仕返しなの。」


『琥珀と居たいのに邪魔するもの。』『琥珀を独り占めするから嫌い。』


「俺は白雪も胡蝶も好きだよ?それと同じでネロも好き。ネロには凄くお世話になってる。俺の事を大切にしてくれる人も嫌いなのかな。」


『『う~ん。』』


『琥珀は私たちを好きでいてくれるけどその無愛想猫は私たちを嫌いだもん。』

『うん、その無表情猫は僕たちを嫌いだよね。』


『『だから、嫌い。』』


「ネロは君達を好きだよ。見てて分かるもん。俺の言う事も信じられない?」


『琥珀が言うなら信じる。』『うん。信じる。琥珀だもん。』


「ありがと。じゃあ、ネロに意地悪しないでくれないかな。」


『『わかった。』』


「ありがと。」


『『夜に待ってる。また会おうね。』』


「うん、またね。」


 ちらっとネロに視線を送ってみる。会話が終わったと判断してくれたのか、ネロがゆっくりと武器を片付けてくれた。扉を閉めて戻ってきたネロが隣に座るのを待って、ソファの上で正座してネロに向き合う。


「ネロ。」


 俺の隣に戻ってきたけど、俯いたままで俺を見てくれないネロを呼んでみた。やっと顔を上げてくれたネロの表情は感情が何も見えない。でも、にこっと笑顔でちょっと一緒にお昼寝しようと伝えてみる。


 俺の提案に頷いてくれたネロに向かって抱っこ、って甘えるように両手を突き出してみた。ネロは何も言わず両手で抱き上げてくれる。これ、確実に脚の筋肉が落ちてそう。元気になったらウォーキングを頑張ろうと思います。


 そのまま寝室に移動してベッドの上に置かれた。ベッドの横の床に座ってしまったネロの為に、コロコロ転がってスペースを作ってあげる。ぽんぽんとベッドの上を叩いてネロを呼んでみた。


 のそのそとベッドに上がって、ネロは素直に俺の横に寝転がってくれた。笑顔でブランケットを掛けてあげて、俺もブランケットに潜り込む。ぼんやりと俺を見つめてくるネロにおやすみ、と声を掛けてから目を閉じる。


 目を閉じたのはいいけど、寝過ぎて眠れる訳もない。ちょっとしてから目を開けて天井をぼんやりと見上げてみた。ちらっとネロに視線を向けてみる。真っ直ぐ綺麗な姿勢で横になっているネロは多分熟睡しているっぽい。目を閉じたネロの綺麗な顔が見える。


 どうやら本格的に寝てくれたらしいネロの寝顔を、まじまじと至近距離から観察してしまった。睫毛長っ、目を閉じてても超綺麗な顔してる。


 鼻筋は通ってるし、唇も少し薄目で綺麗な形だ。白い肌は陶器のように綺麗。一切のマイナス要素がない、完璧な綺麗な顔だ。更に言うと、猫耳がその美しさを更に引き立てている。漆黒の綺麗なもふもふの大きな肉厚な耳だ。


 少し、やつれたようなネロの寝顔を眺めて思ってしまう。憑りつかれてたのはネロの方じゃん。こんな直ぐに眠りに落ちるって事はかなり消耗してたっって事だよね。それなのに、俺の看病という名の世話をしてくれてたんだ、感謝しかない。


 俺は寝過ぎたからか全く眠れない。ネロの横でぼんやりと天井を見上げていた。ネロの寝相はよくてピクリとも動かないし、寝息も聞こえない。静か過ぎて視界に入らないといるかいないか判別できないくらいだ。時々ちらちらとネロに視線を向けながらぼんやりと時間を過ごしてみた。


 2時間くらいして、視線を向けた時に丁度起きたらしいネロの姿が目に入った。目を開けてぼーっとしているネロの姿が珍しくて、見続けてしまう。何回か瞬きをした後で、ネロがむくっと起き上がった。


「よく寝られた?」


 質問をしてみると、顔をこちらに向けてくれたネロが頷いてくれた。心なしか、顔色も目の感じも健康そうになった、かな。良かった。


「胡蝶も白雪も邪魔しないっていってたから、これからは夜も寝られるよ。」


「そうか。」


「そういえば、寝込んじゃったからネロのランスが見られなかったな。」


「体調が回復してからにすればいい。いつでもやれる。」


「そっか、楽しみにしてる。あ、後で〈浄化〉をお願いします。朝忘れてた。今俺は汗臭いから、精一杯離れてるの。」


 俺の言葉を聞いたネロが、俺に覆い被さるように移動してきた。俺の頭の両脇に手を突いたネロが顔を近付けてくる。俺の首元の匂いを嗅いでくるその仕草で、かなり動揺してしまった。


 ネロの頭を押して遠ざけとうとしても、びくとも動かない。ネロが俺の頭の両脇に手を突いてるおかげで転がって逃げる事もできない。至近距離のネロをじっと見つめてフルフルっと首を横に振ってしまった。


「ちょ、臭いから、やめ。」


「いい匂い。問題無い。」


「そんな事を言わずにお願いします。じゃなきゃ、後で水を被る事にします。風邪が悪化しそうだけど、汗臭いよりはマシ。」


「分かった。今やる。立てるか?」


 引き気味の俺から離れてくれたネロが軽い微笑みと共に、問題無いって言ってくれたけどね。問題あるから。今、俺は汗臭くてヤバいから。もう、やってくれないならいいよっと覚悟を伝えてみたら、ネロが直ぐに行動してくれる事になった。


 俺を抱き上げたネロはそっと床の上に下ろして、慎重に立たせてくれた。〈浄化〉と〈乾燥〉をしてくれて、箪笥から着替えの服を取り出して手渡してくれる。


 ベッドに座って、ゆっくりと着替えながらお礼の言葉と一緒に笑顔を浮かべてみた。ネロも頬を少しだけ緩めてくれた。笑顔といえる程の表情ではない。でも、いつものネロの真顔よりは柔らかい表情で優しく見える。


「よく寝た。」


 首をこきこきっと左右に倒しながら、ネロがリビングに出ていってしまう。ベッドに取り残されてしまって、ネロを追い掛けようと立ち上がってみた。急に立ち上がった事で、くらっとしてベッドに座り込んでしまった。振り返ったネロが戻ってきて、普通に俺を抱きかかえてソファまで運んでくれた。


「すまない。忘れていた。」


「よく寝たみたいだね。良かった。」


 ホントに申し訳なさそうに呟いたネロに、ふふっと笑ってネロの目元を触ってみる。俺を見ている金色の瞳が優しい。ネロの目元を撫でながら、俺もほっと一安心の一言を呟いてしまった。


 呼ぶ声でネロから目を離すと、視界をネロの大きな体で塞がれてしまう。むっとしてネロを見上げると、無表情にダメ、って感じに首を横に振られてしまった。


 まあ、しょうがないかな。白雪も胡蝶も悪戯が過ぎたみたいだし。ネロがちょっとだけ、あの子達の事を悪く思ってしまうのも、何となく分かるような気がしないでもない。でも、直ぐ分かってくれると思う。ネロは優しいからね。


 俺の中で勝手に結論付けて、そうだよね、って同意を求めてネロに笑顔を向けてみる。瞳孔が少し大きくなって、黒目が大きく見えるネロはイケメン度が上がった気がする。ネロを見ながらそんな事を考えてしまった。


 ネロはぼーっとしだした俺が心配になってしまったらしい。しゃがんで俺を覗き込んでくるネロを揶揄うように、ちらっと武器の保管庫に視線を向けてみる。困った顔をするネロが面白くてクスクスと笑ってしまった。


「食事はどうする?」


「もうそんな時間か。お腹空いた。」


 いきなり笑い出した俺に困ったのか、ネロが唐突に問い掛けてきた。ネロの言葉で少しだけお腹が空いたような気がしてきた。俺の答えに微かに頬を緩ませたネロが頷いてくれる。


「今日はお肉も食べたい。」


「少しだけな。」


 ついでに希望も追加してみた。俺の要望に頷いて、ネロがささっと出て行ってくれる。ネロを見送って、武器の保管庫に近付いてみた。ふらふらしてるから、慎重に倒れないようにゆっくりと歩みを進めて漸く到着。扉を開けると飛び込んでくる元気な声を聞いて、身体の辛さが少しなくなった気がした。


『琥珀、身体きつい?』『琥珀、身体怠い?』


「ん~。大丈夫だよ。今は体力が落ちてるだけ。直ぐ良くなるよ。」


『僕たちのせい?』『私たちが悪い?』


「いや。胡蝶も白雪も俺に何もしてないでしょ。俺の責任だから気にしなくて大丈夫だよ。」


『あの無表情猫が言ってた。僕たちの気に中てられたって。』

『あの無愛想猫が言ってた。私たちの気が琥珀を害するって。』


「多分ネロは何かのせいにしたいだけだよ。君達の責任じゃない。」


『『琥珀、ごめんね。大好き。』』


「うん、俺も胡蝶と白雪の事が好きだよ。さっきは俺の言う事を聞いてくれてありがと。じゃ、またね。」


『『うん。またね。待ってる。』』


 そっと扉を閉めて、ソファに向かう俺だったけど途中で蹲ってしまった。めまいが凄い。ソファまではあと数歩。でもいいや、ここで寝よう。


 どうせネロが綺麗に掃除してある床だ、板張りの冷たい床に寝るのもいいかもしれない。フローリングが気持ちいい。床に寝転がって目を閉じてみた。


 あ、涼しい風が気持ちいい。床の冷たさを楽しんでいると、体がふわっと浮き上がった感覚がある。もう帰ってきちゃったのか。ばれなくて良かった、ぎりぎりなトコロだったかもね。ソファにそっと置かれて、髪を撫でてくれる、冷たい指の感触に目を閉じてしまう。

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