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50 多分では駄目だ

夢を見た。真っ暗なのか、真っ白なのか言葉にできない空間で浮いている。上も下も右も左も判別できない。まっすぐ浮いているのか、横になっているのかも。

ぼーっとする意識の中で赤い点が見える。目を閉じてみる。閉じても明るいのか暗いのか、同じ景色が広がっている。俺、今目を閉じたよね?と確認の為に目を開けてみた。


目の前に広がるのは、あの閉じ込められていた見慣れた神殿の中。少し違うのは、朽ちた躯がない事と、壁や床が荒れ果ててない事。

真っ白な光沢を放つ綺麗な壁と光を反射する磨かれた床の、綺麗な神殿の内部に俺は立っていた。少し神殿の中を歩き回って確認してみる。


正面には金色の台座、その上に美しい白い女神像が設置されている。

女神像の左右には、跪いて頭を下げる二人の男性の像。女神像の正面には、跪きながらも顔を上げて睨むような、懇願するような不思議な表情の男性の像。

神殿内には静謐な空気が漂っている。床の上には魔法陣はないし、走り書きもない。真っ白な壁と床が、窓から射す光を反射して綺麗。

こんなに綺麗な神殿だったんだ。少し感動してしまった。だって俺はぼろぼろで朽ちた姿しか知らないから。


気配を感じて後ろを振り返ってみる。袴を穿いた少女と着物を着た少女が手を繋ぎ、深紅の瞳をこちらに向けて立っていた。歳は俺と同じくらいに見える。

袴の子は西洋人形っぽい。少しタレ目で大きな瞳にふわふわと柔らかそうな長い銀髪。着物の子は日本人形っぽい。切れ長の瞳に真っ直ぐで綺麗な長い銀髪。


外見は全く違う二人なのに醸す雰囲気は同一。二人とも瞬きもしないし、息をしているかも分からない程静かに佇みながらじっと俺を見つめている。

俺も魅入られたように二人から目が離せない。二人を見ているのに視線はどちらとも交わる。不思議な感覚。一人の子と目を合わせて見つめ合っているような気持ちになる。




「琥珀?」


 呼ばれて目を開ける。そこにあるのは深紅の目じゃなくて金色の目。顔を動かすと寝室だ。起き上がろうとすると体が動かない。また、金縛りか、溜息を吐いてしまった。


 あれ、今の今まで覚えてたと思ったのに、さっきまでどんな夢を見てたんだっけ。なんか覚えてるような、覚えてないような。考え込んで目を閉じると、体が浮かび上がった感覚がする。


 目を開けると、ネロに抱きかかえられてリビングに移動している最中だった。ってか、金縛りじゃないじゃん。ブランケットでぐるぐる巻きなだけじゃん。移動した先で、当たり前のように椅子に座って俺を膝の上に横向きで置いたネロを睨んでしまった。


「これ解いて。俺はもう一人で座れるから。」


「解熱する迄は暖かくしていろ、との事だ。これは飲めるか?」


 ネロは昨晩の食事の時に俺が食べさせた仕返しをする気らしい。薬の包みを少し開いて、俺の口元に運んできたネロを横目で睨んで、仕方ないから口を開ける。


 口の中に流れ込んできた苦い粉に眉を寄せてしまうと、ネロが直ぐにカップを口元に持ってきてくれた。縁に口をつけるとネロがカップを少し傾けてくれる。口にお茶を含んで口の中の苦い薬をコクンと飲み干したけど、口の端からお茶が少し零れてしまった。


「やっぱ零すからいい。自分で飲む。解いて。」


 零れたお茶で濡れた首元を拭いてくれるネロは、ダメだ。と短く答えてきた。抗議の意味を込めて、もう一回ネロを睨んでみたけど、睨みを正面から受け止めるネロの視線で諦めた。ふーっと長い息を吐き出しながら、冷たくて気持ちいいネロの体に凭れ掛かってしまう。


「今何時?」


「昼。」


 もうお昼なのか。結構寝てしまっていたらしい。こんなに寝ているのに、体が怠くてまだ眠い。


「仕事は?」


「当分休み。」


「休みって、護衛に休みも何もないでしょ。俺は寝てれば大丈夫だよ。」


「休みだ。」


 この言い方は何を言っても、無駄っぽい。ネロの強い意志は変わらなそうかな。そっか、と呟いてネロに寄り掛かったままで微睡んでしまう。安心できる甘い香りに包み込まれて、凄く落ち着く。


 ブランケットに包まれている安堵感から、ネロに抱きかかえられた状態で寝入ってしまったらしい。少しだけ覚醒した時も、まだネロの膝の上で抱きかかえられたままだった。ネロを見上げると、怖い顔で武器の保管庫を睨んでいた。


「ごめん、寝ちゃったね。重いでしょ。俺はベッドで寝るよ。」


「重くはない。少しこのままで休め。」


 声を掛けてみると、ネロが俺に目を向けてくれた。さっきまでの怖い顔がなくなって、優しい眼差しだ。ネロの優しい声の響きと優しい眼差しの瞳に頷いて、またコクッっと船を漕いでしまう。


 どれくらい寝ていたのか、起きた時にもまだネロの膝の上にいた。座ったままで寝ていたというのに、何故か体の怠さが少しなくなった気がする。


 ぐるぐる巻きのブランケットから何とか手を引き出して、ネロの腕をぽんぽんとしてみる。見下ろしてきたネロに向かって、ニコっと笑顔を浮かべてみた。


「下ろして。トイレ。」


 ホント、マジで、漏れそう。俺の緊急性を気付いてかどうかは分からないけど、ネロが渋々とブランケットを剥がしてくれた。トイレまで誘導してくれそうなネロを、手で追い払ってトイレに入る。


 ふーっと一息吐いてトイレの中で〈根性〉を発動させてみた。光が集結してシュッと自分の中に吸い込まれていった。ふらふらしてても、集中できなくても、魔法って使えるんだなっと感心してしまう。


 だって、漫画とかだと集中力がなくなって魔法が発動しなかったとか、暴走したとか、よくある展開じゃん?この世界はそうでもなさそうで安心した。


 ふらふらとトイレから出ると、ネロは椅子に座ったままではらはらと見守ってくれている。ネロの反応が面白くてフフッと笑ってしまった。俺が笑った事に気が付いたのか、ネロが視線を逸らしてしまった。


 ごめん、悪気のある笑いじゃないんだよ。心の中で謝りながら手を洗う。振り返った俺の後ろに気配もなく近付いていたネロによって、またブランケットでぐるぐる巻きにされてしまった。ネロの行動が素早過ぎて反応できずに為すがままですよ。拒否する暇すらなかった。


 俺をブランケットで包んだネロは、そっと俺を抱え上げてソファまで移動していく。ネロの顔は真剣そのものだ。抱っこは嫌ですとか、口を挟む事ができない程真剣なんです。ソファに腰を下ろしたネロは、俺をやっぱり膝の上に置いてそっと抱き締めてきた。


「俺はまだ手も拭いてない。あとね、横になりたい。」


 ちょっとだけ文句と要望が口から漏れ出てしまった。はっと気づいたネロが〈乾燥〉の魔法をかけてくれた。俺を包むブランケット全体も暖かい風に包まれて気持ちいい。


 その後で、ソファに寝かせてくれたんだけどね。俺の頭付近に移動したネロが俺の頭を自分の太腿に乗せてくる。頭を優しく撫でてくれるネロだったけど、膝枕とかいらないから。


「重いでしょ?そんなに構わなくて大丈夫だよ。」


 言っても却下されるだろうけど、一応遠慮は伝えてみる。頭を優しく撫でてくれてるネロの手は冷たくて気持ちいい。でもね、やっぱり移動する気配のないネロの太腿は、硬くて枕としては最悪なんですよ。非常に寝辛い。


 でも、ネロは心配してくれてるみたいだし。なんて言えばいいのさ。言葉を選んで悩んでみたけどいい言葉が見付からない。困ったね。


「あのね、非常に言いにくいんだけどね。膝枕。硬くて最悪。寝にくい。」


 もうストレートに想いをぶつけるしかないよね。ちらっと見上げると、驚いた顔のネロと目が合ってしまった。ほんとネロの驚いた顔は何度も見られますね。頭を撫でてくれていたネロの手も止まって驚きが伝わってくる。心配してくれてるのは伝わってくるからこそ、申し訳なく感じてしまう。


「ベッドで寝るか?」


「うん。その方がいい。」


「そうか。すまない。」


「気遣ってくれてありがと。ごめんね。」


 俺を抱き上げて寝室に連れて行ってくれるネロに、お礼とお詫びの言葉を伝える。頷きながらそっとベッドに寝かしてくれたネロにホントありがとう、ともう一回伝えておく。俺の頭を撫でてくれたネロが寝室から出て行っちゃう後姿を目で追い掛けて、少し不安になってしまった。


「ネロはご飯食べた?」


 小さな声で問い掛けてみると、寝室から出て行こうとしていたネロが振り返った。金色の目が少し細められて視線が凄く優しく感じる。


「食べていない。」


「俺が起きたら、一緒に何か食べよ。」


「分かった。」


 話は終わったと判断したのか、ネロがまた後ろを向いてカーテンに手をかけてしまった。ネロの姿が見えなくなるのが嫌で、不安になってしまう。


「ネロ。」


 思わず呼び止めてしまった。振り返ってくれたネロが嬉しくて安心する。ネロは俺の言葉を待っているけど、別に用があって呼び止めちゃった訳じゃない。


 黙ったままの俺を少しの間眺めていたネロは、カーテンに伸ばしていた手を下ろして俺の傍に近付いてきてくれた。ベッドの脇にしゃがみ込んで、俺を覗き込んでくれるネロの存在が嬉しい。


 近くにいてくれるネロが嬉しくて、へにゃっと少し気の抜けた笑みを浮かべてしまった。近くに見える金色の目も瞳孔も大きく丸くなって綺麗だ。ネロに触れたくて手を伸ばしたいけど動けない。


 俺の想いが伝わったのか、ネロの方から俺の額に手を伸ばしてくれた。大きな手のひらがヒンヤリして気持ちいい。俺の額を冷やしてくれる気持ちのいい冷たさの手のひらと、落ち着く甘い香りで、目を閉じると直ぐに眠気がやってきた。


 でも、ネロの手が額からなくなる気配で目を覚ましてしまう。目を開けると、ネロがまた手を俺の額に置いてくれた。冷たさが気持ち良くて目を閉じてうとうとして、また手がなくなって目を開ける。


 困ったような表情を浮かべたネロは、本格的に隣に座り込んでしまった。俺の額に手を置いたままでいてくれるらしい。傍にいてくれるネロがの存在が嬉しい。とても安心できる存在だ。


「俺が呪い殺されたら、またあそこに迎えに来てね。」


 目を閉じたまま、小さな声で呟いてみる。分かった、と静かな優しい声が返ってきた。低く響く声は落ち着く響きで、眠気に包まれる。


 目を覚ました時にもネロの手のひらがまだ額にあった。俺の体温でネロの手のひらも温かくなってしまったらしく、もうヒンヤリしていない。顔を動かしたらネロが手を退けてくれた。隣に座ったままで傍にいてくれたネロが俺を覗き込んでいる。


「ごめん、結構寝ちゃった?」


「そう長くない。」


「どれくらい?」


「今は夜。いつも食事をするくらいの時間。」


「えっ、結構経ってるじゃん。ずっといてくれたの?ごめんね。」


 慌てて起き上がろうとしたけど、ブランケットのせいで起き上がれない。ってか、ぐるぐる巻きはもういいよ。ブランケットから這い出ようとするとネロがそれを制してくる。ブランケットに巻かれたままの俺を抱き上げてくれたネロの胸に頭を寄せて寄り掛かってしまった。


「問題無い。よく寝れたか?」


 ネロの優しく響く声と耳に聞こえるゆったりとした心音は落ち着く響きで、安心できる。ネロの腕の中で小さく頷いてみる。長い時間、ずっと傍にいてくれたネロの存在が凄く嬉しい。


「食事は食べられるか?」


 ネロが優しく聞いてくる質問に頷くと、俺をソファにそっと下ろしてくれた。巻き付いたブランケットを解いてくれたネロが、肩にそっと掛け直してくれる。


 ぼんやりとした俺の傍から離れて、お茶を淹れて手渡してくれた。少し出てくる、という言葉を残したネロはそのまま外に行ってしまった。


 一瞬何か聞こえた気がして、カップを抱えている両手を太腿に乗せたままで視線を動かしてみた。やっぱり誰かに呼ばれている気がして、武器の保管庫に目を向けてみる。


 保管庫の扉は閉じたままだけど、紅い光が二つ瞬いているような気がして目が離せない。見続ける俺の視界を、突然大きな手が塞いでしまった。


「琥珀、見なくていい。」


 低く響く優しいネロの声で、俺を呼ぶ声が聞こえなくなってしまった。外された手を辿ってみると、心配そうな金色の瞳が俺を見ている。


 いつの間に帰ってきたのか、そして、そんなに時間が経ってたのか。ぼんやりとネロを見続ける俺が心配なのか、しゃがみ込んで目線を合わせてくるネロに、大丈夫と笑ってみる。


「もうご飯頼んできたの?早いね。」


「直ぐ届く。」


「今日は沢山食べる?お肉あるの?」


「俺はな。琥珀はスープだけ。」


「まじで。俺も肉が食いたい。」


「元気になったらな。」


 会話が成立したから安心したのか、全然飲んでない俺のカップを持ち去ったネロがお茶を淹れ直してくれた。ネロが俺の近くからいなくなると、また呼ぶ声が聞こえてきた。鈴を転がすような、ガラスの風鈴のような透き通った綺麗な声の主を求めて、視線がまた武器の保管庫に向いてしまう。


 お茶を淹れて戻ったネロがカップをローテーブルに置いた後で、小さく舌打ちをして武器の保管庫を睨んだ。その後で、俺を抱え上げたネロはソファに腰を下ろして、自分の膝の上に俺を置き、後ろから片手でそっと抱き締めてくる。


「琥珀。聞かなくていい。見なくていい。」


 もう片手で俺の目を塞いだネロが、俺の肩に顔を寄せて耳元で囁く声が聞こえる。ネロの声に集中したら呼ぶ声が聞こえなくなった。


「ネロ。」


 ネロに呼び掛けてみると、塞がれていた視界が明るくなった。明るい〈照明〉の中で少し眉を顰めて目を細めてしまう。


「でも、凄く悲しそうな声だよ。」


 そう、呼ぶ声は凄く悲しそうに聞こえたんだ。だから、気になる。怖くもないし害する気配もない、ただ悲しそうな声。しかも二人の声がサラウンドで聞こえてくる。子供のような、少女のような声が俺を求めて呼んでるから、答えてあげたくなる。


 一人は寂しいよね。二人だけど、一人な気がする。俺の言葉の響きをどう捉えたのかは分からない。でも、後ろから腕を回したネロが、死なない程度の力でギュッと抱き締めてくれた。


「あの子達は俺を害する気はないんでしょ?」


「多分。でも、多分では駄目だ。」


「アルさんも、解放してあげてって言ってたんでしょ。大丈夫じゃない?」


「不確定では解放はできない。」


「きっといい子達だよ。」


「琥珀を弱らせてるのにか?」


「多分これは風邪だと思う。こっちに来て色々と緊張の連続が終わって、ネロの所で過ごすようになって安心したんだよ。気が抜けて風邪ひいちゃっただけだと思う。偶々、タイミングが合っただけだって。」


「琥珀が治るまでは判断もできない。」


「そっか。きっといい子達だと思うけどな。」


「いい子なら、保管場所は壊さないし、振るった時に建物も破壊しない。無益な殺生もしない。」


「えっ、そんな暴れん坊なの。困った子達だね。でも、いい子達だよ。多分ね。」


 お食事お持ちしました~の元気な声が聞こえてきて、会話は終了してしまった。俺をソファに置いて出迎えるネロの横を通り抜けて、ユリアさんが元気に入ってきた。


 琥珀さん、こんにちは、とにっこり笑ってくれるユリアさんの笑顔に癒される。こんにちは、と手を振ったら、ぐらっと体が傾いてしまった。


 そのままパタンとソファに倒れ込んでしまう。驚いた顔で見つめてくるユリアさんと、驚いて駆け寄ってくるネロの表情が一緒で、フフっと笑ってしまった。


「ちょっと風邪ひいちゃって、ヘロヘロなんです。」


 安心させるようにユリアさんに説明をすると、ユリアさんは驚いた顔から心配そうな顔になってしまった。


「だから、野菜スープだけなんですね。明日はもうちょっと滋養のあるモノ用意します。ネロさん、ちゃんと教えてくれないと困るじゃないですか。次からは宜しくお願いしますね。」


 怒った顔でネロを睨んでお説教をするユリアさんは可愛い。その後で、配膳をしてくれるユリアさんの後姿を横になって眺める。ちらっとネロを見上げると、俺の近くで困ったような顔をしてユリアさんを見ていた。


 ユリアさんは元気で可愛いけど、ネロに厳しく言う事もあるんだ。ってか、初めて見た。ネロにこんなにハッキリと意見を言う子。でも、てきぱきと動き回って、俺より年上だとは思うけど凄く可愛い。


 ユリアさんの様子を見守っていると、直ぐに配膳が終わったらしい。後は、宜しくお願いしますね、と強い口調でネロに伝えたユリアさんが俺に向き直ってくれた。琥珀さんお大事に、って可愛い笑顔でで手を振ってくれて、ユリアさんは出て行ってしまう。


「ユリアさんは可愛いね。ネロにあんなにきつく言える女の人は初めて見た。」


 起きる上がる気力も力もなく、視線だけを動かしてネロを見上げる。俺を見下ろしているネロが、少し口の端を歪めて苦笑交じりの表情を浮かべた。


「確かに、ユリアは特殊かもしれない。」


「特殊ってどういう事なの?」


「何でもない。起き上がれるか?」


「大丈夫。」


 腕を踏ん張って体を持ち上げる。何とか体は持ち上がったけど、腕がプルプルしてまたパタンといきそうだ。これ以上は無理っぽいってネロを見上げて目で訴えてしまう。頬を緩めてたネロが屈み込んできた。


「今日はどうする?」


 ネロが椅子と自分を指差して選択を迫ってきたけど、決まってるでしょ。椅子で、と即答してしまう。苦笑して頷いたネロが俺を抱えて椅子に運んでくれた。


 椅子に座らせてくれたけど、隣から移動しないネロを見上げてみる。大丈夫、と頷いたのに、俺の隣に椅子を運んできてしまったネロは心配性が過ぎると思ってしまった。


 テーブルの上を眺めてみる。俺の前には、量を減らした昨日と同じ野菜スープが置いてある。ネロの座る側だった場所には、俺が苦手だった魚の香草蒸しと大量の肉のソテーの乗った大皿が置いてあった。


 お肉と魚の皿に手を伸ばして野菜スープの隣に移動させたネロが祈りを始めた。俺も、いただきます、と手を合わせる。


 祈りの終わったネロに視線を向けてぼんやりしてしまう。ネロも俺と目を合わせて動かない。どうやら、俺が食べ始めるまでネロも食べないみたいだ。


 じゃあ、一口目は俺からいただきましょう、とスープに手を伸ばしてみた。スープの器をスッと俺の近くに寄せてくれたネロは流石です。


 木のボウルにスプーンを差し込んでスープを掬い、口に運んでみた。昨日は少ししょっぱいくらいに感じたスープも、今日は美味しく食べられる。


 ネロが隣で魚やお肉を口に運んでいくのを、スープをちびちび食べながら、じーっと見てしまう。だってね、ネロが食べてるとメッチャ美味しそうに見えるんだもん。


 ネロの綺麗な指がお肉を小さく切り分けて、俺の口元に持ってきてくれた。お肉だ、っと反射的に口を開けてしまう。口の中にそっとフォークが差し込まれて、お肉を歯で挟むと、そっとフォークが引き抜かれた。モキュモキュと口を動かす俺を、ネロが見つめてくる。


 満足そうな顔で俺を見守っているネロの瞳がきらりと光って凄く綺麗。お肉は元気になったら、と言っていた筈なのに。時々切り分けては、俺の口に運んでくれるネロの手元から目が離せない。スープを飲む手も止まってしまった。


「琥珀。」


 低い声に呼び掛けられて、はっとなってスープに戻る。もぐもぐとスープを食べていたら、不意に隣からフォークが差し出された。何も考えずにぱくっと食らいついてしまった。


 直後に口の中に広がる酸味と辛味で動きが止まってしまう。なんとかもぐもぐと口を動かして、ごくんと飲み込む事ができて、非難の目をネロに向けてしまった。


「少し仕置きだ。」


 低く揶揄うような口調のネロが、頬を緩ませて口元に笑みを浮かべていた。金色の目が少し細められて、ちょっとだけ意地悪く光っている。


「俺は病気なのに酷い。」


 泣き真似をして顔を覆ってみた。途端に、慌てたように動くネロの尻尾が俯いた視界に入ってくる。ネロが動揺したらしい事が分かったトコロで、顔を上げてネタ晴らし。


「意地悪をするから、お仕置きです。」


 にっこり笑顔で反撃してみた。瞳孔が一瞬だけ広がったネロの無表情をちょっとの間、楽しませて貰う事にする。瞳孔は直ぐに戻っちゃったし、表情も変わらず真顔だけど。動揺したネロを見る事ができるとか、ちょっとレアな瞬間に立ち会えた気がする。


「ネロはその魚の蒸し物が好物なの?」


「そうだな。好みの味。」


「辛くて酸っぱくない?」


「それがいい。」


 ネロへの反撃が成功したトコロで普通に会話を再開してみる。議題は、今俺が食べさせられた、俺の苦手な魚の蒸し物だ。俺は食べられないけど、ネロの好物っぽい。


「舌がぴりぴりするよ?」


「それが良さ。辛味は増して貰っている。」


「俺は辛すぎるのは苦手だ。」


「そうか。」


「ネロ、舌を出してみて。」


「舌?」


 俺がべーっと舌を出してみると、疑問を浮かべながらも、ネロも舌を少し出してくれた。ネロの舌を覗き込んでみたけど、トゲトゲがない。猫の亜人だけど、猫とは違うらしい。


 雪丸には頬っぺたをじょりじょりと舐められて超痛かった。でも、ガトは普通の舌なんだね。もういいか?と舌を仕舞ってしまったネロに、ニコっと笑顔をお礼に変えて届けてみる。。


「舌がどうかしたか?」


「ちょっと見たかっただけ。」


「そうか。」


「あんな辛いモノを食べても平気な舌が気になった。」


「少し元気になったな。肉のおかげか?」


「うん。お肉のおかげ。ありがと。」


 そう言いながらも、スープは残してしまった。もういいのか?と聞いてくれるネロに頷いてしまう。先に寝るか?という優しい問い掛けには、首を横に振ってネロの食事が終わるのを待つ事にする。


 待つっていう程時間はかからず、即行片付いたけどね。ネロの食べる速度は半端ないんだよ。その上、音もしないし食べ方も綺麗。凄いよね。


 俺を抱き上げて、ソファにそっと置いてくれたネロは、ブランケットも丁寧に掛けてくれた。俺をソファに残して、ネロは片付けを始めてくれる。ネロの魔法を使って食器を綺麗にしていく姿を、ソファに座ってぼんやりと眺める。


 時々、悲しそうに呼ぶ声にちらっと視線を向けると、ネロが武器の保管庫を睨みつけてしまう。食器をバスケットに詰め終えたネロが、お茶を用意して手渡してくれた。片付け終わったバスケットに視線を向けると、ネロは俺の隣に座り込んでしまった。


「返しにいかないの?」


「後で行く。」


「なんで?俺は大丈夫だよ。結構元気になってきたし。」


 俺の隣に座ったネロは動く気配もなく、俺を見つめてくる。ネロから視線をバスケットに移して、聞いてみると、ネロの答えは後でとの事だ。ネロが凄く心配してくれてる感じが伝わってくる。大丈夫だよってニコってしてみた。


「俺がいないと声が聞こえる、だろ?」


「ネロも聞こえるの?」


「ああ。煩い。」


「煩くない。可愛いじゃん。」


 ネロが視線を合わせたままでポツリと呟いた言葉を聞いて目が丸くなってしまった。恐る恐る聞いてみると、ネロも声が聞こえているらしい。やっぱりあの子達が話し掛けてくれてるんじゃん。


 やっぱ、そうだよね。俺の気のせいじゃなかった。忌々しそうに呟くネロは、まぁまぁと宥めておいて、武器の保管庫に目を向けてみる。直ぐにネロに目を塞がれてしまって、顔を戻すと手が外られた。


「可愛くはない。」


「可愛いよ。」


「・・・そうか。」


「俺は大丈夫だから、行ってきちゃいなよ。あの子達は大丈夫、いい子だから。」


「そうか。でも、あそこには近寄るな。」


 武器の保管庫を指差すネロを安心させる為に頷いておく。俺をじっと見ていたネロは、返しに行く事を決めたのか立ち上がってバスケットを持ってくれた。入り口でもう一度こちらを見るネロに、笑顔で大きく頷いてみる。


 ネロは渋々といった表情で出て行ってくれた。ネロが家からいなくなって直ぐに、俺を呼ぶ声が聞こえ始める。さっき聞こえたのより少し大きくて鮮明になった声は聞き取り易い。囁くように俺の名前を呼んでいる。


 ずっと閉じ込められてたら辛いよね。よく分かる。目を閉じて声に集中する。悲しそうで、辛そうで、少し嬉しそう、なのかな。なんで嬉しそうなんだろ。


 目を開けて、武器の保管庫に目を向けてみた。紅く光る二つの光が見える。首を傾げてその光を見つめてしまう。嬉しい事があったの?質問をしてみると二つの紅い光が頷くように瞬いてくれた。

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