44 今日はみんな揃ってるね
朝食を楽しんで、ちょっとの緊張感も経験した後は、本を持って食事場を後にしたネロの後を追いかける。ねぇネロ、と呼びかけてみた。振り返ったネロが俺を待って、立ち止まってくれた。
「ネロは、俺が来る前とかはご飯は食事場で食べてたの?」
俺が横に並ぶと、歩調を合わせて歩き始めたネロを見上げて質問をしてみる。
「家が多い。族長の所で勤務中に適当に、の時もある。」
「そっか。じゃあ、これからは家で食べない?学び舎への道はもう覚えたし、一人で行けるから。ネロは午前中はアルさんの護衛をするんでしょ。アルさんのとこは家を出て直ぐだし、その方が良さそうな気がする。」
「家で食べるのは構わない。だが、送迎はする。荷も重い。」
「荷物って、本一冊でしょ。重くない。」
「いや、琥珀には重い。送迎は止めない。」
「分かりました。」
ホントに、アルさんの言ってた通りの心配性らしい。困ったものだ。折れる気配のなさそうなネロの断言する言葉に根負けして、こっちが折れるしかなさそうだ。
学び舎に到着して、ネロが渡してくれる本を受け取る。ありがとね、と手を振って学び舎に足を踏み入れて気が付いた。今日は全員揃ってる、満員御礼じゃないですか。あれ、当分の間、人は少ないって言ってなかったかな。首を傾げてサウリ君の肩をぽんぽんと叩いてみる。
びくっと反応したサウリ君が恐る恐る振り返って視線が合わされた。大きな瞳は潤んでいて、可愛いタレ耳は怯えるように後ろに倒してしまっているサウリ君はめっちゃ可愛い。男の子でも猫ってだけで、イケそうである。あー、頭を撫でまわしたい。耳をふにふにしてみたい。持ち帰ってもいいで
(駄目です。犯罪です。)
思考回路をぶった切ってスツィの鋭い突っ込みが入れられた。分かってますって、分かっていますとも。えっとね、ただの冗談だからね、そんなドン引きな冷たい声は止めて下さい。
「おはよ、サウリ君。今日はみんな揃ってるね。」
「えっと、」
「あ、琥珀さん。昨日はネロさんのお手本凄かったです。僕もあんな風に動けるようになりたいな。」
「僕も昨日いたんです。凄かった。」
「私もいたの。かっこよかったわぁ。」
「従兄弟の兄さんに聞いたんだけど、訓練場はもっと凄かったって。兄さん達みんなで一斉にかかっても全く手が出なかったって聞いた。」
「僕も聞いた。あんな神業を間近で見れて良かったって父さんが言ってた。」
「うちのお父さんなんか、ネロさんのを見に行っちゃったよ。ボクには修行場で自主練してろって言い残して行っちゃうんだもん。ズルいよ。」
「あ、うちも。私も見に行きたかったのに、残って練習してろって。」
「僕のとこも!大人ってずるいよね。」
「ほんと、ずるい。」
「ねえねえ、琥珀さん。次はネロさんが来るのっていつになるか分かりますか?」
「僕も知りたい。」
「私も!」
サウリ君に声を掛けた瞬間に、サウリ君の返事を遮るように子供達がわっと反応して、次々に話し掛けてくる。俺の周りは子供達の群れで囲まれてしまった。みんなのテンションがヤバい事になってる。少し困ってサウリ君を見つめると、ぎこちない笑顔を返してくれたサウリ君は前を向いてしまった。
思い思いに気持ちを伝えてくる子供達の話を総合すると、ネロがスーパースターで大興奮、次はいつ出現するんだ、教えろゴラァ。って事ですね。良く分かりました。子供達のテンションの高さに困ってしまって、ネロに聞かないと答えられないしで返答にも困ってしまう。
パンパンと手を打ち鳴らす音が間近で聞こえた。救いの女神アイラさんの登場だ。アイラさんの合図で子供達はさっと自分の席に戻って、大人しく本を読み始めてくれた。みんなと同じく本を読み始めたサウリ君の肩をぽんぽんとしてみる。恐る恐る振り返ったサウリ君に、ごめんね、状況は分かった。と小声で謝ると、こくんと頷いてくれた。
その日は終始、いつもとは違うテンションの子供達が、ざわざわと盛り上がっている騒めきが止まなかった。その日の学び舎が終わり、ネロの姿を遠くに捉えた時に、アイラさんが俺の席の前に静かに移動してきた。
コホンと咳払いをしたアイラさんに気が付いて、視線をアイラさんに向けてみた。疑問を浮かべて小首を傾げると、アイラさんが静かに話し掛けてきた。少し残って下さい、と。理由が分からないままで、頷いて了承を伝えてみる。笑顔を浮かべたアイラさんは子供達を先に返してしまうみたいだ。
ネロは学び舎のテントの中まで入ってくる事はなく、外で待機している。視線を俺に向けて、少し疑問の表情を浮かべるネロにペコっと頭を下げて待って貰う事にした。
子供達はネロを遠巻きに眺めながらも、少しずつ数を減らしていった。教室を見渡して、周囲に子供の姿が見えなくなったのを確認したアイラさんが、俺に近付いてきた。何の用事なのかな、と立ち上がってアイラさんの話を聞く体勢を整える。俺の前でアイラさんが立ち止まった。
「琥珀さん。」
思ったより近く、耳の直ぐ横まで顔を近付けたアイラさんが、内緒話をするように俺の名前を囁いた。距離の近いアイラさんに驚いて距離を取ろうと後退ってしまう。
俺が離れる前にアイラさんは離れていた。目の前には黒い背中が見える。アイラさんはネロによって強引に距離を取らされたようだった。手を伸ばして、机に置かれた俺の本を持ち上げたネロはアイラさんを見下ろしてる、のかな。
「アイラさんがなんか用事があるんだって。」
いきなり俺の前に移動してきたネロの行動に少しびっくりしながらも、ネロに説明をしてみる。無言で横に避けてくれたネロのおかげでアイラさんが見えるようになった。
「琥珀さん、ごめんなさいね。ネロさんに用事があったの。」
なぜ謝るのか頭に疑問を浮かべながらも頷いて、二人で話せるようにと少し距離を取ってみた。
「少し、ネロさんと内緒の話をしたいのですけど、お借りしていいかしら?」
「分かりました。ネロ、俺は食事場で待ってるね。ごゆっくり。」
分りましたとも、アイラさんの気持ちは良く分かりますよ。後は若い者同士で、ってやつですよね。馬に蹴られて死んでしまう訳にはいかないので、俺は行きますよっと。まぁ、死んでも直ぐに生き返るんですけどね。
先に行ってるってのと、またねって二つの意味を二人に伝える意味で手を振って歩き出した。琥珀、っと呼び止める低い声が聞こえたけど振り返らず歩き続ける。
一人で歩く食事場までの道は、のんびりと穏やかな日差しでぽかぽかと気持ちがいい。目を細めながら広場の方を眺めると、広場で遊んでいる幼児達とその親達の微笑ましい光景が目に入った。その楽しそうで和やかな光景の後方に何か建物が見える。テントではなく、木製の建物に見える。
ネロとアイラさん、元恋人同士の積もる話もあるだろうし、まだ時間は掛かるでしょ。食事場に行く前に気になった建物を見にいってみる事にした。広場を横切って、途中途中でお花を摘んだり、遊んだりしている幼児の姿に和みながらゆっくり進んでいく。
歩みを進めていくと、段々と建物の細部が見えるようになってきた。建物はやっぱり木製だった。布製のテントの家しかないと思っていたから、木製の建築物が凄く新鮮に映る。
ログハウスのような丸木を組んだ建物だ。近くに寄ってじっくり観察しても、釘っぽい金属の類が使われている形跡はない。完全に組み木で建造されているらしくて、角の部分は複雑に木が組み合っている。
ぐるっと建物の周りを回ってみたけど、一階の部分には入り口がなかった。そして、外部には屋根に上る為だと思われる急な階段が設置されている。階段を上って上から内部に入る作りになってるっぽい。
ピーっという鳴き声が聞こえた気がして、声の主を探して上に目を向けてみた。屋根の縁にこげ茶色と黒の斑の小型な猛禽類の姿が見える。この子が鳴いた声らしい。見つめていると、翼を広げて飛び降りた鳥がフワッと俺の肩に着地した。
重さは全く感じない。人懐っこい鳥である。誰かが飼ってる鳥だとは思うけど、めっちゃ可愛い。俺の肩に留まった後で、一点に目を向けて固定した鳥の視線を追ってみる。視線の先にはネロがいた。
「あっ、時間が掛かると思って寄り道してた。アイラさんはもういいの?」
黙って頷いたネロが腕を前に差し出した。即座に反応した鳥は、俺の肩から飛び立ってネロの腕に移動していく。重さは感じていなかったけど、鳥が飛び立った時に羽ばたいた翼から風圧を感じて、少しよろけてしまった。
体勢を少しだけ崩してしまった俺を、ネロが抱き留めて支えてくれた。結構な距離を素早く跳んで移動したネロの動きにも、鳥は一切動じずにネロの腕に留まっている。大丈夫か?と心配してくれるネロに頷いて、ネロから離れる。
改めて、ネロの腕に留まる鳥を至近距離で眺めてしまった。鳥は片方の翼を広げて羽繕いをしている。大きさは小さめのカラス程だと思う。それにしても綺麗な鳥だ。猛禽類のカッコよさはあるのに可愛さもある。
「ネロ、この子。」
「ソラスという。」
「綺麗な子だね。ここで飼ってるのかな?」
「伝令や森の警戒などを任せている。この場所を含めた計三か所の護衛の詰め所のどこかにいる事もあるが、基本は森の中で自由に動いてる。」
「ネロの鳥なの?」
ネロの話口調からは、ネロの子って感じがヒシヒシと伝わってきた。仔猿のカイムに向ける眼差しと同じ感じの優しい目でソラスを見ているからね。これは確実でしょう。俺の質問に頷いたネロがソラスの頭の後ろあたりを毛繕いするように撫でている。気持ち良さそうにソラスが頭を傾けた。
俺も触ってみたいと強請ってみた。ネロが腕を俺の前まで下ろしてくれる。俺が手を伸ばすと、ソラスの方から摺り寄ってくれた。小さな頭を俺の手に当ててくれるソラスは、メチャクチャ可愛い。
なんかキュイキュイと話し掛けてくれてるし、それでいて、きりっとするとカッコいいとか、マジでヤバい。鳥もありですな。うん。暫し、ソラスと戯れさせて貰った。俺が満足したと見えたのか、ネロが腕を上げてしまった。
ソラスはネロの意図を汲んだのか、直ぐに飛び立っていく。空を旋回したソラスは俺の肩の上に戻ってきた。ふわっと頬に風を感じて横を見ると、キラキラしたこげ茶色の瞳が俺を覗き込んでいる。俺もネロみたいに頭の羽毛を毛繕いするように撫でてみた。頭を傾けて、目を閉じたソラスは気持ち良さそうだ。
俺が手を離すと、毛繕いのお礼なのか、ソラスが俺の前髪を優しく嘴ではむはむと啄んでくれた。そして、そっと肩から飛び降りたソラスは、地面に到達する前に翼を広げてフワっと浮き上がった。
ソラスは今度は旋回もせずに真っ直ぐ飛び去ってしまった。さっき風圧で俺を押しちゃったのを気にして、肩から直接飛び去るの辞めたのかもしれない。優しい子だ。
「ソラスが寄り付くとは珍しいな。」
ソラスの飛び去った空を眺めていたら、ネロが不意に静かに呟いた。俺に話し掛けたのかなって、振り返ってネロに向かって小首を傾げてしまう。頬を少し緩めたネロが、俺の背中に手を添えて歩き始めながら説明してくれた。
元々ソラスは他のガトの村で訓練を受けていた鳥で、他の鳥より群を抜いて頭がいい優秀な鳥だったらしい。ただ、優秀過ぎる為か、指示は理解しているだろうけど従ってくれない、という問題鳥だったんだって。
ネロがその村に立ち寄って視察をしていた時は非常に動きが良く、指示通りに全てを完璧にこなしたらしい。でも、ネロがいなくなると一切いう事を聞かなくなってしまった問題児ぶりに、鳥の訓練士が降参しちゃった。
訓練をこなした平均以上の能力を持つ鳥を野に放つ訳もいかず、かといって使えない鳥を置いておくという選択肢もない。結局、結論としては、処分する事に決まってしまった。それを察知したソラスはケージから逃げ出して、他の街にいたネロの元まで飛んでったらしい。
ソラスが逃げ出したケージは厳重に鍵がされてたのに、何重かの鍵を鳥が内部から解除して逃げた事に驚愕して、行方を捜す訓練士の元にソラスを返しにきたネロ。ネロの肩の上で平然と訓練士を見下ろすソラスの態度で、訓練士の方からネロに貰ってやって下さいと頼み込む事態になったのだそうな。
今現在でも、ネロの指令はこなすけど、他の人には寄り付きもしないんだって。で、俺の肩に留まってるのを見たネロは驚いたんだって。驚いたと言いながらも、全然驚いた顔をしていないネロにふふっと笑ってしまった。




