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43 得物を替えるいい機会だ

 最初は順調に本の文字を追っていたけど、目蓋が閉じてくるに従って視界が狭くなっていく。このままじゃ椅子からずり落ちてしまうかもしれないと判断して、寝落ちする前にソファに移動する事にした。寝ちゃうかもだからって椅子で読む事を選択したのに、結局ソファに戻ってしまったね、これは寝ちゃう可能性しかないな。


 仰向けで本を胸の上で固定しながら肘掛けを枕にして頭を固定して本を読み続ける。移動した事で少しだけ目が覚めて、ページの進んだ本もだんだん読むペースが落ちてきた。ネロが帰ってきた事にも気付かずに眠りに落ちてしまっていた。


 一時間くらいなのかな、少しだけ覚醒して目を開ける。ネロがテーブルの上に書類を広げている光景が目に映った。書類の量的には昨日よりは少ない気がするけど、結構な量が積み重なってる。


 ネロの筆使いと書類の束をぼんやりと眺める。淡々と書類仕事をしているネロは凄く静かで綺麗で絵画の中の光景みたいだ。寝惚けた頭でそう思ってしまった。


 ちらりとこちらに視線を向けたネロの瞳が、〈照明〉の光を反射してきらりと光った。あー、綺麗な黒猫がいる、とまだ寝惚けている頭で思ってしまう。


 少しずつ覚醒してくる意識を瞬きする事で早めて、やっと起き上がる事ができた。俺の寝る位置を少し下方にずらしてくれたのか、肘掛けは枕になっていなかった。そして、頭の下にはクッションが置かれていた。眠りに落ちる前に体勢だったら、起きた時に首がめっちゃ痛くなっていたかもしれない。


 寝入ってしまった俺にネロが掛けてくれたのであろうブランケットを畳みながら、ネロの様子を窺う。俺が完全に起きたと判断したのか、ネロが書類仕事を一時中断して書類を脇に寄せてしまった。


 お茶を用意してくれるネロを目で追いかけてしまう。テーブルの上に置かれたお茶に誘われるように椅子に移動して腰を下ろした。


「ユリアが持たせてくれた。食べるか?」


 小さなバスケットを開けて中を見せてくるネロの言葉で、バスケットを覗き込んでみた。見た目は完全にベイクドチーズケーキだ。超美味そう。うんっと勢いよく頷いてしまうと、ネロは少しだけ頬を緩めてくれた。優しい雰囲気を纏ったネロがお皿を俺の前に置いてくれる。ネロの分は用意されてないようだ。


「ネロはスイーツ全般が苦手なの?」


「食べようと思えば食べる事は可能。だが、好まない。」


「そっか、俺だけいつもデザートを食べちゃって悪いなっと思っちゃった。」


「問題無い。」


 ちょっとの遠慮しながらも、ケーキの誘惑には勝てませんよね。綺麗にカットされているケーキの先端部分にフォークを差し込んでみた。少しの抵抗と共に下までフォークが通って、フォークを傾ける。


 ふんわりと蜂蜜とチーズの香りが漂って、いい香りに頬が緩んでしまった。切り取ったケーキをフォークで刺して口に運び、味わってみる。甘さは控えめでとても濃厚なチーズケーキ。美味い。


「これ、そこまで甘くない。美味しいよ。」


 甘さ控えめでネロもいける、と判断できる美味しさだった。少量をフォークで切り取って、向いに座るネロの方に身を乗り出す。フォークを差し出して、ネロにも味わって貰おうと、ネロをじっと見つめてしまった。


 美味しさのお裾分けのつもりだったんだよ。でも、ネロの困ったような瞳で、フォークの持って行き場をなくして、俺も困ってしまった。俺の困った様子を見たネロがくすっと笑ってくれた。顔を寄せてくれたネロは俺のお裾分けを貰ってくれるらしい。


 形の良い唇を開いてくれたネロの口内で、チラリと覗く舌が艶めかしい。ネロの口の中にケーキをそっと差し込んでみた。口を閉じたネロからフォークを引き抜いて、ネロの様子を窺う。口を閉じて味わうように口を動かしているネロが無言で俺を見つめてきた。


 味の感想を言ってくれるのかなって思ったけど、時間が経過してもネロは何も言わない。無言でじっと俺を見つめてくるネロが話し始める迄、取り敢えずケーキを食べながら待つ事にした。


「食べられなくはない。」


 言葉を慎重に選んでいたのか、口の中の物を味わって飲み込んだ後、凄い時間を置いてなんとかネロが一言呟いてくれた。その間にも俺は食べ進めていて、ほぼ完食する直前だった。


「うん。美味しいよね。」


 不器用にフォローの言葉を選んでくれたネロの言葉が嬉しくて、笑顔で返事を返すとネロが頷いてくれた。微かに口元に笑みを浮かべた、柔らかな表情のネロがお茶を飲んでいる。ネロの微かな笑みにつられて、ニッコリ笑顔になって俺もお茶に手を伸ばした。


 このお茶はホントに何にでも合うお茶だよな。魚料理にも肉料理にも甘いデザートにも合う、万能なお茶だ。紅茶にも似て香りが強く、緑茶のように甘みと渋みもあって、後味のいい苦みもある。日本人の俺の口には合うんだろうな。


 最後に残されたケーキの欠片を名残惜しく口に入れて味わう。ねっとりとしたチーズの風味の後で、蜂蜜の香りが追いかけてくる。ふーっと幸せな息を吐いてご馳走様っと手を合わせる。満足感と共にティータイムは終わりだ。


 ネロはまた書類に取り掛かるらしい。俺はもう少し本でも読んで時間を潰す事にした。ソファに移動して寝転がり、本を開く。学び舎でアイラさんが言っていた、学問の都ソピア。少しだけ気になる、かな。ちょっとだけ調べてみようかな。本をぱらぱらと捲ってそれらしい項目を探していくと見つかった。



 学問の都ソピアとは、国全体が大きな研究機関のようになっていて、様々な学問を研究する最先端の学術都市らしい。歴史は古く、元々はこの地に古い図書館が存在していて、学者達が多く集まった事がこの国の起源とされている。約1000年程前にはもう国として纏まったようだ。


 国を治めているのは、学者の中でも各分野で特に優秀な者達で複数人という事だ。昔から今に至るまで、中の大陸のみならず、東や北の大陸の各地方からも優秀な人材がこの国に集結しているみたいだ。それによって、更に技術や知識が進化や発展に結びつき、益々学術都市として規模が大きくなり続けている、と書かれている。


 歴史、地理、古代文字、天候、生物、医術、魔法の各分野、スキルや能力、特殊技能、紋様、鉱石などの学術に関するものから、裁縫、錬金、彫金、鍛冶、木工、錬金、精密細工などの生産系技術の分野、鉱石の採掘や樹木の伐採など採取系の分野、絵画、音楽などの芸術系の分野など、ありとあらゆる分野を網羅しているのがソピアの特徴らしい。


 ソピアで学び卒業する、研究職につき他の地域に移動するなど、ソピア出身といわれる人材は人族、亜人族、魚人族の種族の如何を問わず尊敬されるとの事だった。ソピアの教育機関に入学するにあたっては純粋に個人の能力で可否が決まる為、種族や身分の違いなどで優遇或いは冷遇される事はない。純粋な能力至上主義の国という事だ。


 学園で研究されている一部の技術は他の国々に提供される事もある為、各国から多大な寄付が集まり、国の運営と学問の向上に繋がっているみたいだ。元来、国が成り立つ以前から魔法の研究職の学者が多かった為に、魔法やそれに付随する分野では世界の最先端に位置しているとの事だ。


 今現在でも魔法や魔法由来の技術が都市の至る所で活用されているらしい。魔法以外の分野もソピアで扱っている分野の殆どは現在では最先端に位置しているみたい。最先端の技術や魔法を駆使して整備されてる都市の一部は観光もできるとの事だ。



 学術都市っていうか、もはや魔法学園都市って感じに聞こえるね。超ファンタジーじゃん。いつか行ってみたいリストに入れておこう。ソピアの情報は凄く楽しかったけど、流石に目の疲れが限界になった俺は読書を終了する事にした。


 顔は書類に向けたままで、耳だけをこちらに向けているネロを邪魔しないように先に寝てる、と小さく呟いてみる。俺の呟きに応えて、頷いてくれたネロが顔を上げて手招きをしてきた。ネロに近付くと、〈浄化〉と〈乾燥〉をしてくれた。


 お礼の言葉を笑顔で伝えると、ネロが頬を緩めてくれた。目じりが少し下がって優しい表情だ。ソファの上のブランケットを持って寝室まで直行する。箪笥を開いてラフな服を探し出して、ぱぱっと着替えてしまう。


 ベッドにダイブしてブランケットを肩まで引っ張り上げて、枕に頭を埋める。直ぐに睡魔が訪れて、眠りに落ちていった。眠りに落ちながらも、途中で入ってきた温かい塊に抱き着いてしまう。安心する香りが、深い睡眠に誘ってくれるみたいだ。


 眠りから覚めると、天井からは明るい柔らかな光が指していた。着替えて欠伸をしながらリビングに移動する。テーブルの上には武器が広げられていた。


 おはよ、とネロに挨拶をして、ぱぱっと顔を洗ってしまう。改めてテーブルの上を見ると、昨日とは違うラインナップの武器達だ。どんだけ武器を持ってるんだよ。武器マニアなのか?


 青い刀身に紋様が彫り込まれた短刀と、銀色の刀身に金色の紋様が浮かび上がる短刀、両方共凄く美しい短刀だ。柄の部分は艶々とした漆塗りのような光沢を放つ黒い木製で、二振とも昨日の武器より更に豪華に見える。


 銀色の方は、紋様を刀身に彫り込んである訳じゃなさそうなんだよな。どうやって金色の紋様を刀身に反映しているのかさっぱり分からない。きっと不思議な技術で彫る以外の方法を駆使して描いてるんだろうな。


 他にも派手な宝石と金細工で飾られた短刀と、鎖のついた刃物が数点。俺が起きてきたのと同時に、ネロが片付け始めちゃったから、全部は分からなかった。でも、今日の武器は全体的に派手な感じだった。


「今日の武器は綺麗なのが多いね。」


「貰い物が多い。普段は使わないが手入れだけ。」


「へー。銀色の刀身に金色の紋様の子は凄く綺麗だった。ネロに凄く合いそうだよね。」


「では、使うか。」


 ネロの瞳と同じ色の紋様、ネロの髪と同じ色の外側って事で、綺麗な短刀が似合いそうって思った事は口から滑り出ていた。あっさりと、軽い口調のネロが武器の保管庫に収めた短刀を取り出してきた。さくっと腰の短刀と入れ替えてしまうネロをぼんやりと眺めてしまう。


 ちらっと見えた短刀の全体像は、シンプルだけどやっぱり綺麗な武器だった。鞘は柄と同じ光沢のある漆のような艶めく黒い木製だ。今まで装備していた黒糸と銀糸の短刀の方はズボンの中に入れて、ズボンの中の短刀の1本は武器の保管庫に収納してしまった。


「今まで使ってたのが使い易かったんじゃないの?そんな簡単に変えちゃって大丈夫?」


「問題無い。得物を替えるいい機会だ。午後は鍛錬場で使い勝手を確認する。琥珀はそれでもよいか?」


「うん。でも鍛錬の前に神樹のとこに水やりに行ってもいいかな。」


「分かった。」


「じゃあ、行こ。」


 ソファに置きっぱなしの本に向かう俺を追い抜いたネロが本を持ち上げている。自分で持つから、と軽く睨んでしまう俺の横を素通りしたネロは外に出て行ってしまった。俺の主張を完全に黙殺していたネロに溜息を吐いしまう。


 主張を続けるのは諦めて、マントを羽織ってネロの後を追いかける。ゆったりと歩くネロの隣を、出てきた欠伸をかみ殺しながら進んでいく。食事場は本日も大盛況だった。大部分は親子連れで、子供達は楽しそうに両親と食事をしている。独身の男の人達もちらほらいるし、恋人同士の人達もちらほら。


 空いている端の席に腰を下ろすと、視線を感じた。というか、食事場に到着した時点で凄い視線が集中したのを感じてたんだ。この村に来た最初の頃は猫耳、尻尾天国ではしゃぎ過ぎてたからか、気付いてなかった。


 でも、今ははっきりと分かる。余所者の俺がいるからかなとも思ったけど、多分違う。一人で来てる女の人はともかく、旦那さんのいる奥さんや恋人のいる女の子までもが、ネロの動きの一つ一つに溜息を吐いたり、頬を染めたりして注視している。


 集結する熱い視線には気づいている、とは思う。それなのに、意に介する様子もなく淡々とお茶を用意して俺の前に座ったネロは、神経が麻痺してる可能性がある。だって、時々、あからさまに誘ってくる女の人を一瞥して無視するとか、一瞥すらせずに無視とかなんだもん。声を掛けてくる女の子達はみんなめっちゃ綺麗な人なんだよ。


 モテ過ぎて嫌になったとか、シリアさんが言ってた事があったけど、そのせいで女性不審になってるのかな。モテ過ぎるってのもまた弊害が発生するモノなのかもしれない。俺には分らない世界だ。


 ネロの悩みについて考察していると、今日の朝御飯が運ばれてきた。今日はキッシュのような見た目のモノが色とりどりに綺麗に盛り付けられた俺の皿と、彩関係なく適当にそして大量に盛られたネロの皿。


 種類は4種類で、ベーコンと緑の葉物野菜、チーズとポテトとひき肉、エビと玉ねぎ、そしてピンク色の鮭のような色合いの魚とキノコだ。キッシュのプレートとは別に、澄んだ具のないコンソメスープのような物とフルーツの乗った小皿が俺の前にだけ置かれた。


 いただきます、と手を合わせ、ネロの祈りが終わるのを待つ。ネロが顔を上げたら、まずスープを一口味わってみた。あっさりとしていて、香草の風味がほんのり香って美味い。


 サーモンに見える魚のキッシュを少し切り取って口に運ぶ。サクッとしたパイの感触がフォーク越しに伝わって、この時点で確実に美味しいでしょうと予想はできた。味わいは、サーモンとは少し違う風味だけど似てると言えば似てるかな。キッシュの濃厚な卵とチーズの風味がとても合っていて美味しい。キノコは食感としてはエリンギに近くて、魚とも相性はいい。


 スープで口をリセットしてエビに取り掛かる。エビと玉ねぎは、まぁ、王道の美味しさですね。玉ねぎの風味がとても良くて、プリッとしたエビも最高である。間にスープを挟んで、次を味わう事にする。チーズとポテトとひき肉は、ひき肉にもとから甘辛く味付けして作っているらしくて、前の2種とは味わいが少し違ったけどこれも美味い。


 最後に取っておいたベーコンと多分ほうれん草的なヤツ。一口食べてみると、ほうれん草と思った野菜は食感はほうれん草と似ていたけど、風味としてはネギに近かった。これはこれで美味い。結論から言うと、今回の朝食も大満足であった。


 お茶を飲みながら、フルーツを摘んでネロ越しの周囲の食事風景を眺める。和やかな朝食の風景に、ネロの存在は少し異質にも見えた。


 子供達は無邪気に楽しんでいるけど、大人の人、特に男の人達の間には一種の緊張感のようなモノが見て取れるし、女の人達はまぁ、なんというか。熱い視線っていうのか、まぁ、そんな感じだ。一定以上の年の子供達はネロの事を尊敬や憧れの混ざった眼差しで見ている。


 ネロは全く気にしていないようだけど、というか、全く気にしていないからなのかな。無表情なネロの周りの空間だけが、この和やかな食事場から取り残されているような気さえしてくる。


 食事の終わったネロに気付いたトコロで、すかさずネロの皿を回収して片付けようと試みる。でも、やっぱり制止されて、結局ネロがてきぱきと片付けてしまった。


 今なら気付く事ができる。時々非難の目というか、冷ややかな視線を俺に飛ばしてくる女の人達の気持ちが。ネロ様にやらせてんじゃねーよ、お前が動け。って事ですよね。こわ。まぁ、今まで猫耳天国に浮かれてて、全く気付いてなかったんだけどね。

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