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42 俺も見てて楽しかった

 俺達が訓練場に到着した後の展開はさっきとほぼ同じだ。さっきの子供達みたいに、訓練場にいた子供達もネロを見つけて歓声を上げ始めた。特に女の子達は跳び上がって喜んでいる姿が見える。


 女の子の父親達は困ったような笑顔を浮かべながらもネロに挨拶をしていく。いや、まぢで、ネロさんはモテ過ぎでしょ。大人気という枠を超えてる気がする。ちらっとネロを見上げたら、相変わらずの無表情で、ほぼ無視状態のネロだった。


 子供達はネロの出現で、もう訓練を再開する気もなくなってしまったらしい。こちらを眺めたままで、嬉しそうな騒めきと共に動かなくなってしまった。


 親達が子供に何か話し掛けているけど、子供達の関心はネロに向いてしまって、親の言葉も耳に届いてないようだ。お母さん達は子供達と同じようにネロに熱い視線を送ってるし、お父さん達だけじゃ事態の収拾は不可能っぽい。


「ネロ、ここでもみんなの相手になってあげるの?」


 ネロに聞こえるくらいの音量で話し掛けたつもりだったけど、子供達の歓声の声が大きくなってしまった。みんなにも聞こえてしまったらしい。今度は心底嫌そうな顔をして一瞬俺を見たネロが、それでも頷いてくれた。正面の開けた広場に向かうネロを取り巻くように子供達も静かに移動していく。


 親達はこっちの方に歩いてきて、俺の周辺で腰を下ろしたり立ったままで腕を組んだりして、見守る事にしたみたいだ。緊張感のある大人の、特に男性諸君の表情からは、先程の修行場での親達のように畏怖の感情が見て取れる。


 ネロが歩みを進めると、子供達の歓声の声が止んで、みんな真剣な顔付きに変わっていく。さっきの修行場の子供達は楽しそうだったけど、こっちの子供達の表情は真剣そのものだ。


 子供達が作る扇状の半円の要に当たる部分に到達したネロが、小さく息を吐き出した。凍り付くような緊張感が辺りを包み込んで、空気が変わった感じがする。ネロが息を出し切った瞬間に、子供達が動き出した。ネロに波状攻撃を仕掛けていく子供達の動きはかなりばらばらだ。


 子供達は勿論みんな武器を手にしている。竹刀や竹光、木刀のように刃物ではない簡易的な武器から、しっかりと刃がついてるちゃんとした武器の子もいる。子供達の得意武器なのか、手に持っている武器は様々だ。格闘タイプから短剣、長剣、大剣、片手斧、槍、弓、ボウガン、鎖鎌のような物まである。


 子供達の攻撃とはいえ、あんな数の攻撃を受ける、もしくは躱す事なんてできそうにないと思ったのは間違いでした。素手で武器を弾く、叩く、蹴る、そして避ける。最小の動きで的確に子供達の操る武器だけを捌いているネロは、子供達の体には全く危害を加えていない。


 最初は少しの間、凍りつくような鋭い目付きをしていたネロだけど、その後は無表情になって淡々と動いている。終始冷静なネロが、一回だけ、ネロの弾いた武器がこっちの方に飛んできた時だけは、少し動きが乱れたっぽい。


 ネロの焦った顔が俺の方に向けられて、飛んだ武器の軌道を目で追いかけているのが分かった。その後は武器を弾いて飛ばす先が、俺から見て奥側にしかならなくなったのは器用だなと思う。


 因みに武器が飛んできた時は、近くのお父さんがその武器を掴んで止めてくれた。ありがとう、と笑いかけると、緊張が解けたのか、そのお父さんはぎこちなく笑顔を返してくれた。周りの父親達も最初こそ緊張して見ていたけど、後半はのんびりと戦況を見守っている。


 母親達は子供を見守るというより、ネロを目で追って溜息を漏らしてる感じが否めない、かな。でも、きっと、多分、子供を見守ってるだけ、と思いたい。


 時間が経過していくに従って、体力が限界になったのか、一人、二人と戦いの輪から離れて座り込んで、或いは倒れ込んで戦況を見守る子が出てきた。ネロは涼しい顔、というか無表情で避けるだけの作業に入っている。


 ネロの死角、斜め後ろの下方から一人の子供が足払いをするのが見えた。完璧に決まったと思われたけど、子供に目を向ける事もなく、ネロはスッと跳んで躱してしまう。


 凄い不思議なんですけど。目が後ろにも横にもついてるのかってくらい、ネロは死角からの攻撃にも対応できるらしい。その攻撃が失敗したのを機に、子供達の気力がどんどん消失していくのが目に見えて分かった。


 最後の一人がへたり込んだのを確認したネロはやっぱり言葉もなく、一瞥を投げる事もなくスタスタとこちらに歩いてくる。訓練が終わったと判断した親達は、ネロにお辞儀とお礼の言葉を投げかけながら、子供達の傍に駆け寄っていった。空はもう茜色だ。思ったより時間が経っていたらしい。


「お疲れさま、ネロ。」


 労いの言葉を掛けてみたら、ネロが黙って無表情に頷いてくれた。


「思ったより楽しそうに子供達と遊んでたじゃん。」


 俺の言葉で、ネロがちらりと睨むような鋭い視線を向けてきた。それも一瞬で、スタスタと俺の横を素通りしたネロが歩き去っていく。やば、怒らせちゃったかな。


 広場のみんなにお辞儀をして、ネロの後を追って走り出した。焦ってネロを追いかけた結果、ええ、勿論転びますよね。分かります。因みに、来る前にかけた〈根性〉はもう時間的に切れていると思われます。ありがとうございました。


 死を確信して、目を閉じて衝撃に備えて身構えてしまった。・・・いつまで経ってもその瞬間はこない。スツィの言葉も聞こえてこない。恐る恐る目を開けてみる。


 目を開けた俺と同じ高さにネロの顔が見えた。俺はずいぶんと背が高くなったようである。周りを見渡してみると、声にならない程の羨望の眼差しを向けてくるお母さん達を含む子供達の姿が目に映った。更には、驚きで言葉も出ない大人達の姿も同時に視界に入ってきた。


 もう一度、ネロの顔を見て、視線を自分の体に向けてみた。俺の体は横向きに浮き上がっていて、その体を支えるネロの腕が見える。ってことは、またお姫様抱っこかよ。しかも気付かない程のソフトタッチで抱き上げたって事か、普通に凄いな。


 ネロの腕をぽんぽんとして下ろして貰った。そっと下ろしてくれたネロの後ろで、今度はしっかり声で聞こえてくる黄色い歓声。ごめん、と呟いてしまった俺の頭を、ポンポンしてくれるネロの手の感触が優しい。


 更に後ろから降り注がれる、女の子達のきゃいきゃいと盛り上がる声と、ざわつく大人の声。凄く目立ってしまった事だけは確かみたいだ。今だけは、ネロみたいに気にするのは止めておこう。今度は俺の歩調でゆっくりと隣を歩いてくれるネロに合わせて帰り道を進んでいく。


「ホントは子供達と遊ぶのは本当に嫌だった?ごめんね。」


「問題無い。俺が動くと、皆萎縮する。避けたかっただけ。」


「大人は緊張してたけど、子供達は楽しそうだったね。俺も見てて楽しかった。」


「琥珀が楽しめたのなら良かった。」


 低い声で淡々と話していくネロだけど、最後だけは優しい声色に変わった感じがした。ネロを見上げたけど、表情は真顔のままで真っ直ぐ前を向いてる。


 家に辿り着いた時には辺りは真っ暗になっていた。家に入って、ソファに座り込んでしまった。食事を注文してくる、と俺を置いて家を出て行くネロを見送ってしまう。


 マントを外して、ソファにぐでーっと横になって待っていたら、眠気がやってきてしまった。お腹の虫が主張して、少し眠気は引いてくれたけど、本を読む気力も出てこない程に疲れている。


 眠気と食欲、抗い難い二つの欲に苛まされていると、ネロが帰ってきた。ソファで転がる俺をちらっと見たネロは寝室に向い、ブランケットを運んできてくれた。


 ネロの掛けてくれたブランケットの暖かさで、眠気が更に増してくる。ウトウトと、寝入ってしまいそうになった時にユリアさんの可愛い声が響くのが聞こえてきた。あ、ご飯がきた。頭で理解はできているけど目が開かない。


 ユリアさんが並べてくれている食事の匂いが部屋に充満してきたところで、漸く少しだけ覚醒できた。むくっと体を起こしてテーブルに顔を向けてみる。丁度セッティングが終わって、帰る為に振り返ったユリアさんと目が合って、ユリアさんがニコっと笑顔を浮かべてくれた。


 おはようございます、ってユリアさんが笑顔で挨拶をしてくれて、俺も笑顔になってしまう。手を振って帰っていったユリアさんのひらりと翻ったエプロンドレスを目で追ってから、テーブルに向かった。ネロはもう椅子に腰を下ろし、足を組んで俺を眺めていた。どうやら、俺が起きるのを待っていてくれたようだ。


 今日の夕ご飯は、とろっとした餡の掛かったエビっぽい甲殻類と緑の葉っぱの卵炒め、大きな貝柱のチーズ焼き、魚の塩焼き、別の魚の照り焼きっぽいの、獣肉のソテーと黄色いポタージュスープとたっぷりグリーンサラダ、それに白パンとバゲットだ。


 今日は全体的に魚介料理中心らしくて、ラインナップが豪華だ。いただきますっと手を合わせて顔を上げる。ネロの祈りが終わるのと同時に、食べ始める。


 エビと緑の葉物の卵炒めは、胡椒のきいた餡がほんのり塩味で優しい味だった。貝柱のチーズ焼きは貝柱がほんのりレアで、ぷりぷりとした食感が堪らない。


 魚の塩焼きは言わずもがな、朝食べた魚の塩焼き同様、絶品である。魚の種類が違うのか、朝の魚はあっさりとして塩味が協調されていた。この魚は脂がのっていて塩味が加わる事によって旨みと甘みが滲み出てくる。


 照り焼きは、見た目は醤油風味の甘辛い照り焼きを想像していたけど、微かにハーブが香る独特なソースだった。ピリッと辛みがきいていて、甘みと塩味のバランスが照り焼きっぽいといえばっぽいけど、また違う味わいだ。勿論とても口に合う、めっちゃ美味しい。


 獣肉のソテーはジューシーで柔らかい、そして獣臭さは全くない。ソテーした肉の味付けはドロッとしたグレービーソースのようなもので肉の味にとてもよく合っている。野菜の風味と果実の風味がいい具合に感じられる、美味しいソースで肉の旨みが増す感じだ。


 ポタージュスープは甘めでほっとする味だ。ホントに全体的にここの料理は美味い。はずれが少ないし、ネロのチョイスは完璧だ。今回の料理も大満足である。


「この村の料理ってホント美味しいよね。俺の育ってきたトコと同じような料理もあるし、味付けも美味しく感じる。俺は外国に行った時とか、口に合わなくて食べられるモノが全然なくて激ヤセした事もあったけど。ここなら美味しい物がたくさん食べられて嬉しい。」


「この村の料理人は北の大陸まで旅をして料理法と技術を身に付けている。調理可能な料理の種類は多い。食材の関係で作れないものもある、と聞いたが、優秀な料理人。」


 食後のお茶を飲みながら料理の感想を褒め称えてしまった。ネロが返してくれた説明で、ここの村の料理人さんが凄い人だった事が判明した。


 へーっと感心している間に、ネロがいつものようにてきぱきと食器を片付けていってくれる。〈浄化〉で綺麗にした食器をネロがささっと大きなバスケットに詰め込んでいった。


 部屋の換気をしてから、ネロが部屋を出て行ってしまった。俺はソファの横のサイドテーブルに置いてあった本をテーブルまで運んで椅子に座って読む事にした。ソファで読んでいたら寝ちゃいそうだったからね。今回は椅子に座って読む事にしようかな。

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