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41 そんな事もできるんだ

 ネロに気が付いた教室内が騒めいた。俺の行動でみんなが活気づいてしまった事を反省しながら、ネロから視線をアイラさんに向ける。アイラさんは子供達を注意する事なく、俺に向かってにっこりと笑顔を見せてくれた。


「皆さん。少し早いけれど、これで終わりにしましょう。」


 アイラさんの言葉に子供達は、はーい、と元気よく答えて本を片手に外に飛び出していった。教室内に残っているのは、ネロに見惚れている女の子が少しと、同じくネロを見つめているアイラさん。


 アイラさんは確実にネロに未練がありそうにしか見えない。ネロもアイラさんに気を使ってあげればいいのに、元カノなんだし。そう考えながら、アイラさんに今日は教えてくれてありがとう、とお礼を言ってネロの元に向かった。


 さっきはあんなに遠くに見えたのに、ネロはもう既に学び舎のテントの直ぐ外に立っていた。俺が近付くと、手に持っていた本を俺の手からスルっと奪い去ったネロは、くるっともと来た道に向かって体を回転させてしまう。


「本くらい自分で持てるよ。」


「この本は重量がある。俺が運ぶ。」


「いや、確かに少しだけ厚くて重いけどさ、さっきまで運べてたから。大丈夫だから。」


 俺の言葉は聞こえるているだろうに、返事を返してくれないネロはささっと歩き始めてしまった。前を進んでいくネロだったけど、俺を気にしてかスピードはゆっくりで俺を引き離す事はない。とはいえ、見た感じはスタスタと歩いているように見えるネロの後を追いかける。


 少しだけ視線を感じた気がして振り返ると、アイラさんがこちらを眺めているのが目に映った。ばいばいっと手を振る俺に、アイラさんが手を振り返してくれる。


 後ろを振り返りながら歩いていた為なのか、躓いて転びそうになってしまった。どう気が付いたのか分からないけど、後ろに目がついているのかと思うくらい俊敏な動作でネロが俺の体を支えてくれる。


「前を見て歩け。」


 静かに呟いたネロが今度は先行する事なく隣に並んでくれた。ごめん、ありがとっとお詫びとお礼の言葉を掛けながら、今度はちゃんと前を見て歩く事にする。


 食事場に到着して、お昼ご飯の時間の始まりだ。ネロさんのおススメは、野菜ゴロゴロで大きなお肉の塊もたくさん入ったホワイトシチューのような煮込みとたっぷりのグリーンサラダに白パン。


 煮込みは濃厚で、熱々のモノをフーフーして口に入れると広がるミルクとチーズの風味が強くて、とても美味しい。白パンをシチューに浸すと、白パンの甘みが増すようで更に食欲が増していく。


 今日のグリーンサラダには黄色の柑橘系っぽいカットされた果物が和えられていた。ドレッシングなしでも甘酸っぱい味が口に広がって、口の中がさっぱりする。


 濃厚なホワイトシチューと、さっぱりサラダの組み合わせを選んでくれたネロに感謝だ。ホントに、ここの料理ってやばいくらい俺の口に合う感じがする。


 食後の一服はネロの淹れてくれた適温のお茶。息を吹きかけて冷ます程には熱くないし、だからといって冷えてもないジャストな温度で飲み易い。


 お昼ご飯で満腹になったところで、美味しいお茶を飲んでまったりしてしまった。今日はこの後どうしようかな、と考えながらネロを見てみる。


 俺の視線に気が付いてくれたネロが、もう行くか?と聞いてくれて、頷いて返してみた。俺の同意を受けて、ネロが立ち上がる。食後の後片付けをササッと済ませてくれるネロを、食事場から少し離れた位置で待つ事にした。


「今日はどこ行こっか。俺が言ってないトコでおススメってあるのかな?」


「少し混雑しているかもしれないが、修行場はどうだ。琥珀は動けないだろうが、見学はできる。その近くには訓練場もある。共に子供が鍛錬する場所。他の候補としては、職人通り、市場、畑や果樹の森。あとは、護衛の詰め所。」


 家に向かって連れ立って歩きながら聞いてみる事にした。ネロが提案してくれる場所に対して、ふむふむと相槌を打ちながら、結構行く場所は多いなっと思ってしまう。村っていう規模だから、もう少し小規模かと思ってた。案外広くて行く場所は多いっぽい。


「じゃあ、今日はこの村の外周をぐるっと散歩でもいいかな?」


「かまわない。だが、琥珀の速度だと半日以上はかかる、多分。少し歪な形をしているし、障害物や段差もある。」


 まじかよ、半日以上もかかってしまうのか。結構広いじゃん。黙って凹んでしまった俺に視線を落としたネロが、少しの間考え込んでしまった。


「俺が運べば1時間はかからない、多分。運ぶか?」


「いや、それはいいです。自分の足で歩いてみたかっただけだから気にしないで。じゃあ、今日は修行場と訓練場を見てみよっかな。クラスの子に誘われた事だし、一度は見てみたい。クラスの子達もいるかもしれないし。どんなとこか気になる。」


 何かを思いついたように口を開いたネロの提案は遠慮しておいた。流石に運んで移動は恥ずかしいし、自分の足で移動できなければ意味がない、気がするからね。そして、ネロの提案してくれた案を採用して希望を出してみた。


「分かった。」


「その前に、一度家に帰っていいかな。」


 行く場所が決まったところで、あとはのんびりと歩いて家に到着。家に入ってトイレの個室の中でこっそり〈根性〉を発動させておいた。一応念の為にね、何があるか分からないからね。


 トイレから出て、マントを羽織り直し、準備万端、さあ行くか。ネロは運んでくれた本をサイドテーブルに置いてくれて、棚の書類を少し確認していたみたいだ。俺がトイレから出たら、さっさと靴を履いて入り口で待機してしまった。


「ネロはもしかして、俺に合わせて仕事を休んだりしてるとかはないよね。」


「琥珀が学び舎の時間は護衛を。終わりに族長の仕事を押し付けられてきた。」


「夜勤はないの?」


「当分の間、夜間の護衛は外した。」


「そっか。ありがと。」


 少しだけ気になっていた事をネロに質問しながら、家から出て、会話をしながら進んでいく。族長のテントの裏側に向かって迂回して進むネロの誘導に従って、歩みを進めた。


 初めて訪れた族長のテントの裏側方面には、ネロの家より大きい民家らしいテントが建ち並んでいる。大きさとしては、ネロの家の3~4倍程はありそうかな。今まで行った事のあるエリアは比較的小さなテントが多かったから、風景の違いに少し驚いてしまった。


「向こう側より大きなテントが多いね。」


「こちら側は家族単位で住んでいる者が多い。」


 成る程、こちら側は家族連れ、向こう側は単身者が多いって事か。納得しながらきょろきょろと辺りの風景を見渡してみた。


「家の入り口の上にある、宝石のチャームってどの家にもあるよね。綺麗だけど何か意味とかあるの?おまじない的なヤツなのかな。ずっと気になってたんだ。ネロの家にも黒い宝石のヤツがあるよね。」


「防護の結晶。防犯の為。登録者以外は自由に入る事ができない。」


「えっ、防犯システム?宝石が?」


「効果を封じ込めた結晶。」


「へー、凄い。そんな事もできるんだ。」


 確かに、家の構造的には少し複雑とはいえ、布張りのテントで入り口も布を数枚めくるだけのシンプル構造だ。鍵も掛けられないとは思っていた。きっと犯罪とかは無縁な安心安全な村なのかなって勝手に判断してたんだけど、防犯対策はちゃんとしてるんだね。


 修行場までの道を、俺に合わせてゆったりと先導するようにネロが歩いていく。少し前を歩くネロ越しの周りの風景を眺めながら、のんびりと歩き続けた。


 視界に入ってくるネロの大きな猫耳は時々俺を捕捉するように動いて、長い尻尾はゆらゆらと揺れている。黒い髪は少し長めの短髪で、陽の光の下で艶々と輝いて見える程に毛並みがいい。


 人に対して毛並みという表現を使ってもいいのか分からない。でも、猫っぽいから毛並みと言ってしまってもいいでしょう。改めて見てもネロは恐ろしい程端正な顔をしているけど、驚く程無表情だよな。一緒にいる時間が長くなったからか、もう見慣れてしまっている感はあるけどね。


 ネロと話しながら大きな民家らしいテントの群れを通り過ぎていくと、漸く修行場に辿り着いた。ネロの登場で、集まっていた人達の視線がこちらに集中するのが見える。


 修行場を見渡せる位置に移動する間に視界に入ってくる、周りで見守っていたらしいお母さん達の視線の熱が凄い。ネロはその状況を全然気にしてないのが凄い。


 結構広くみえる修行場では、たくさんの子供達が父親や母親と一緒に遊んでいた。クラスの子達より、年齢的に少し下くらいから少し上くらいの子供達ってトコロだろうか。


 遊んでいる子供達の年齢的の幅は見た感じでは、5歳くらいから10歳くらいってところかな。ってか、まだ全員は覚えてないけど、クラスで見かけた子達がちらほらいるのが確認できる。


 修行場には様々な遊具が設置されていた。丸太を組んだ高低差が激しいアスレチックの遊具っぽい複雑な形の物から、垂直な高い壁や太いロープがただぶら下がっているだけ、丸太が垂直に立ち並んでいるだけというシンプルな物まで色々だ。


 沢山の遊具が適度な間隔で配置されていて、子供達が果敢に挑んでいってる。どう使うのか良く判らない遊具もちらほらあるけど、子供達はみんな楽しそうにきゃいきゃいと遊んでいる。


 お父さん達は手本を見せたり子供の補助をしたりと、公園で遊ぶ子供を見守る家族連れのようにも見える。実際には、目の前の光景的は、公園みたいに和やかではなく、やっている事はかなりハードそうに見えるけどね。


 お母さん達も普通にお手本を見せてるし、身体能力的には男女差は少ないのかもしれない。井戸端会議っぽく、女の人達で集まって和やかに見守っている人達もいるけどね。


 遠目で見ると、お父さん達の方が子供と遊んでいる数が多いかな。多分、久しぶりに遠出の狩りから戻って、子供達と触れ合うのが嬉しいのかもしれない。お母さん達はそれを見守っている、って感じに見える。


 垂直の壁が向かい合っている所では、壁を蹴りながら反対の壁に跳び移った子が頂上に駆け上っている。ロープを手の力だけで登りきってる子もいる。木の丸太だけが結構な間隔で並んでいる所をジャンプで渡っている子もいる。


 見ていてかなり凄いレベルの事が行われているのだけは分かった。小さな子供達はそれほど高さのないシンプルな遊具で、年齢が上の子達はハードな遊具で遊んでいる。


 子供達につき添っている親達は苦もなく手本を見せている。小さな子供達は、親のお手本を真似してるけど、結構手間取っていて何回もチャレンジしている。年齢が上にいく程、親達についていけてるって感じかな。こうして身体能力が鍛えられていくんだ、と感心する程に良くできた遊具達だ。


 修行場の手前で眺めていた俺とネロだったけど、直ぐに子供達に気付かれてしまった。何人かずつ纏まりになった子供達が、集団になってひそひそと会議を始める光景があちこちに広がっていく。多分だけど、ネロがいるから声を掛ける事を躊躇っているっぽい。


 子供達の作戦会議を休憩と判断したのか、子供達の近くで寄り添っていた親達がこっちの方に歩いてきた。次々とネロに挨拶をしていく親達に、ネロは頷く事で返事をしているっぽい。ネロがめっちゃ偉い人に見える。ってか、実際偉い人なんだよね。


 挨拶してきた相手に視線を向ける事もなく頷いて返すネロと、声を掛けていく自分達の親の姿を見て、意を決したらしい。クラスで見かけた薄茶色の虎猫の男の子と、その仲間らしい集団が近付いてくるのが見えた。


「琥珀さん、来てくれたんだ。琥珀さんも一緒にやる?」 


「俺の身体能力じゃ、ちょっと無理かな。みんなのを見させて貰っとく。」


「じゃ、ネロさんは一緒にやろうよ。」


 隣のネロを気にした様子ながらも、茶虎君がおずおずと俺を誘ってくれた。俺の返事でしょぼんとしてしまった虎猫君の頭をごめんね、と謝りながら撫でていると、一人の子供が勇気を出したようにネロを誘い始める。


 その一言で、遠巻きに成り行きを見守っていたらしい子供達も、ワッと反応をしてしまった。駆け寄ってくる子供達だったけど、一定の距離を保って立ち止まってしまう。ワクワクとした表情で、キラキラした瞳でネロを見つめる子供達とは対照的に親達は大慌てになってしまった。


「こら、ネロさんにそんな事を頼んではいけないよ。」


「お父さんと遊ぼうね。」


「ネロさんは忙しいから駄目よ。」


「あっちに行こうか。」


 口々に自分の子供達を宥めて離そうとする親達だけど、子供達の視線はネロに釘付けだ。大人にとってはネロってそんな恐れられている存在なのかな。まぁ、立場上はめっちゃ偉い人らしいからそうなるか。


 でも、子供達にとってはそんな大人の事情なんて関係ないよね。少し子供達の手助けをする事にした。だって、キラキラ、ワクワクの目でネロ見つめてる子供達が可愛いんだもん。


「ネロ、子供達の相手してあげれば?みんな期待してるみたいだし。」


 親に引き摺られて離されそうになっていた子供達の顔がパーッと輝いた。みんな動きを止めてワクワクとネロを見つめている。めっちゃ人気じゃん。大人は、特に男の人達の大部分はネロに対して畏怖の念を抱いているみたいだけど、大部分の女の人や子供達からは大人気のようだ。


 俺の言葉に少しだけ渋面を見せたネロだったけど、頷いて修行場の広場の方に歩みを進めてくれた。大喜びって言葉しか該当しない程に、子供達の感情が動くのが分かる。


 親の制止を振り切った子供達は、ネロの進んでいく方にぱたぱたと元気な足音と共に駆け出していった。元気に音を立てて走る子供達に対して、ネロは足音一つさせる事もなく静かに歩いていく。


 周りで息を詰めて見守る親達と、のんびり眺める俺の前で、ネロは華麗に遊具達を使って手本を見せてくれた。親達の手本をさっき見ていたけど、ネロの動作は動きが段違いだった。


 少しの無駄もない完璧で流れるような動きをしたネロは、あっという間に遊具の頂上に辿り着いていた。周りで見ていた親達ですら感嘆の声を漏らす者がいたくらいだから、俺の感じた凄さは間違っていないと思う。


 遊具の頂上に立ったネロは、子供達を何の感情も浮かんでない瞳で黙って見下ろしている。そんなネロに続くように、子供達は真剣な表情で真似をしては失敗を繰り返していく。ネロは上に立って見下ろしたままで、いつまで経っても全く動かない。


 あれ、遊んであげてるって感じには全く見えないんだけど。会話も何もないんだけど。子供への対応がヘタ過ぎないか?余りにも動かないネロを見て、子供達は果たして楽しいのかって心配になってしまった。でも、見ている限りでは、子供達は凄く楽しそうにネロがいる頂上を目指して攻略しているみたいだ。


 ネロが頂上に立ったままで、子供達を無言で見下ろしているだけの時間が経過していく。周りで見守っていた親達の緊張も緩んできたらしい。和やかな話し声が聞こえ始めた頃に、唐突にネロがその場から跳躍した。俺の横に音もなく着地したネロが、行くか、と告げてきた。


 いや、涼しい顔で跳んできたけど、あそこからここまで結構距離あるよ。どんな脚の筋肉してるの。驚いたのは俺だけではなかったらしい。近くで見守っていた親達も、再度感嘆の溜息を漏らしている。そして、子供達はその場でピタッと動きを止めて、羨望の眼差しでネロを見つめている。


「遊んであげるんじゃなかったの?まだ30分も経ってないよ。」


 問い掛ける俺に、飽きた、と呟いたネロが離れていってしまう。周りの親達にぺこりとお辞儀をして、クラスの子に手を振って、ネロを追いかける。と言っても、修行場のすぐ隣、歩いて10分くらいの所には訓練場があったから直ぐ次の目的地に到着だ。


 こちらの方も親と子供とみられる親子連れが多い。でも、子供達の年齢層はさっきの修行場より高めだ。俺と同年代っぽく見える子達もちらほらいるから、見た感じででは10歳くらいから15歳、16歳って感じかな。


 体格的には大人のガト族のような筋肉にはまだ育っていないけど、背の高さなら俺を追い抜いてかなり大きな子もちらほらいる。遊具というか、設置してあるものも更にシンプルに特化してあるようだ。


 棒が立っているだけ、壁があるだけ、節のある丸太を垂直に立てて並べているだけ、的のような物や、案山子のような人形が設置してあるだけ。武器の訓練もここでするっぽいのかな。さっきの場所とは違う雰囲気に、周りをきょろきょろと見渡してしまった。

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