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33 もう大丈夫、多分

 少し日が傾きかけて涼しい風が吹く鍛錬場の外ではネロが待ってくれていた。お待たせ、と駆け寄ると走らなくていいと注意されてしまう。食事場までの道のりをゆっくり歩いている間に、空はどんどん茜色に染まっていく。俺の歩く速度はやっぱ遅いな。素早さ1の影響なのかな。


 食事場の席はちらほら空いていたけど、ネロは調理場に声を掛けて俺の所に戻ってきた。さっき言った通りに家での食事らしく、来た道を戻っていくネロの隣を進む。歩くのが遅いと思われる俺と並んだネロが急かす事もなく、歩調を合わせて歩いてくれる感じが凄く心地いい。


 家に入るのとほぼ同時に、お食事お持ちしました~、と元気な声が聞こえてきた。昨日もそうだったけど、出前がめっちゃ早いね。俺の足が遅いだけなのかもしれないと、少し悲しくなってしまう。


 ネロが迎え入れて、ユリアさんが元気な笑顔を俺に向けてくれた。ユリアさんの邪魔にならないように、急いでサンダルを脱いで脇に移動する。


 昨日のようにユリアさんがテーブルに手際良く料理を並べていってくれる。今日は肉料理中心だ。唐揚げっぽいのとナゲットっぽいの、ゆで卵の入ったミートローフっぽいの、肉入り野菜炒め、温野菜と白パンが大皿で盛り付けられていて、澄んだ具無しのコンソメスープはそれぞれ小さな器で用意されている。


 食欲を刺激するいい香りが部屋に充満して空腹感が主張してくる。ユリアさんは俺に笑顔で手を振って、ネロに後で食器を返すように伝えて帰っていった。お茶を淹れてくれるネロを待って、いただきますっと手を合わせる。祈りを終えたネロと今日の夕食をゆっくり味わいながら楽しませて貰う事にする。


 今夜の料理も勿論全部美味い。ホント、異世界なのに外国で食べるより料理の味が口に合うなんて幸運だよな。食べ物1つでも口に合わないだけでテンションがた落ちになるし。美味しい食事を終えて、昨日のように〈浄化〉で綺麗にした食器類をバスケットに詰めたネロが靴を履く姿を眺めてしまった。


「ネロ、今夜も護衛で行っちゃうの?」


 食事場に返しに行くネロに声を掛けてみる。頷くネロに、今夜は一緒にいてくれないか頼んでしまった。昼間、ネロが出て行く可能性を突きつけられて、一人にされそうになった寂しさが今ぶり返してきてしまった。


 俺の問い掛けの意味が解らないという感じで、疑問の表情を浮かべたネロに、ダメなら大丈夫、と付け加える。俺を見つめて考え込んだネロが少し待っていろ、と家を出て行ってしまった。


 食事場に食器を返しに行った後でアルさんのテントに寄ったのか、他に行ってきたのか、ネロが帰ってきたのは少し遅かった。お茶を飲みながら待っていた俺だったけど、一人にされたら不安感が湧いてくる。


 一人で留守番もできない程に子供になってしまったのかよ、と少し落ち込んでしまった事で少しだけ気が紛れた。結局ネロは今日は家にいてくれる事になったらしい。


「俺はここの長椅子で寝る。琥珀は寝室を使え。」


「いや、ベッドは大きいし。一緒に寝られるでしょ。ネロじゃそのソファだとちっちゃいし体痛くなるよ?一緒が嫌なら俺がこっちで寝る。」


「分かった。」


 そんな遣り取りの後で、俺はソファに移動してアイラさんに借りた本を読み、ネロはテーブルに向かって書類仕事を黙々とこなしている。ソファに腹這いになりながらこのイシュケという国の成り立ちについて書かれている歴史の本を読んでいく。



 500年程前に今のイシュケ王家がこの国を国家として旗揚げし、今現在まで王家が国を司っているらしい。それ以前は人族とガト族など、この地に居住する亜人族との均衡は保たれていたみたいだ。


 でも、人族が王国を建立して以来、人族にとって優位な政策が取られるようになり人族と亜人族の対立は段々と深まっていったようだ。実際に、300年程前には狼の亜人族であるリュコス族がイシュケ王家率いる人族に戦いを挑み、イシュケ王家が滅亡まで追い込まれて国家としてかなり消耗したらしい。


 何とかリュコス族を撃退して今のイシュケ王家は今の時代までなんとか繋がった、という事だった。争い後にリュコス族は東の山岳地帯に追い込まれ、そこで現在までリュコス族の生活圏が形成されるに至ったようだった。



「そろそろ寝ないと明日に響くか?」


 夢中になって読んでいたらしく、低く落ち着いた声が掛けられてそんな時間かと気付いた。内容は理解できるけど、見慣れない文字を読んでいる不慣れからか、知らない間に結構時間が経っていたようだ。


 寝室に移動した俺に〈浄化〉と〈乾燥〉の魔法をしてくれたネロが新しい服を手渡してくれた。ありがと、とお礼を言って受け取り、柔らかな感触の部屋着らしいラフな服に着替える。


 先にベッドに横になっていたネロの隣のスペースに転がり込んで背を向けて少し丸まる。寝る体勢を整えた事が分かったのか、ネロが部屋の〈照明〉を消してくれた。背中に当たる少し温かいネロの体温とブランケットの暖かさで直ぐにウトウトとしてくる。



 夢を見る。これが夢だと分かる、懐かしい光景だった。雪丸が家に来た時の事だ。保護猫だった雪丸を受け取りに行って家に着いた後、まだ小さくて白いふわふわの雪丸が家に慣れるまでと、数日の間は夜間に新しく用意した大き目のケージに入れていた。


 ケージの置き場所は確か両親の寝室、だったかな。猫を一番欲しがっていたのは母さんで、雪丸を文字通り猫可愛がりしていたからな。大人しく縮こまっていた雪丸が家の中を走り回るくらい慣れてきた数日後、夜に初めてケージの入り口を開けておいた。


 猫と一緒に寝る事に憧れていた俺は、部屋の扉を少し開けて寝る事にしていた。ベッドに入ってちょっと経った頃、ベッドの端をよじ登ってくる白いふわふわが目に留まる。あの時はまだ小さ過ぎてジャンプして乗れなかったんだよな。


 雪丸が怖がるかと思って動かずそっと見守る事にした。俺の枕の端で雪丸がくるくると寝るポジションを決めるように動いてくすぐったい。寝る体勢が決まったのか、俺の顔に小さな体を押し付けながら丸まった白い毛玉。


 今なら分かる。一人でいた時間が凄く寂しくて、誰かと触れ合いながら寝たかったんだよな。まぁ、そんな雪丸もこっちに来る直前には、俺の枕の大半を占拠して俺は朝起きると首が痛くなるぐらいふてぶてしかったけどな。雪丸、元気にやってるかな?



 朝起きるともう隣にはネロの姿はなかった。夢で懐かしさを覚えて、ほんわかしてたけど飛び起きる。さっきまで覚えていた筈の夢の内容が朧気になってしまったけど、慌ててリビングに飛び出た。


 俺が飛び出てきたから顔を上げてくれたのか、武器の手入れをしているネロと目が合った。俺の慌てた様子を見たネロが少し頬を緩ませる。よく寝られたか、と聞いてくれるネロに笑顔で頷いて、流しに直行し、顔を洗う。


 ネロの姿を確認した後は、一度寝室に戻って服を着替えてマントを羽織った。今日は忘れないようにっと教科書代わりの本を持ち、ご飯に行こっ、とネロを見る。テーブルの上の武器達を丁寧に仕舞って、短刀一振を腰に収めたネロが頷て、俺と並んで家を出る。


 外は今日もいい天気だ、澄んだ空気と雲一つない快晴の空。今日の朝御飯はパンケーキだった、見た目も味もパンケーキで間違いない。食事の面では時々異世界にいるって忘れちゃうくらい、記憶にある料理が出てくる、しかも美味しい。


 バターと蜂蜜をたっぷりかけて食べる。今日はお茶じゃなくてホットミルク。朝御飯としては最高で、美味い。ネロはサンドイッチを山盛り食べている。甘いのが苦手って言ってたし、蜂蜜をかけるパンケーキは外したようだ。


「ネロは今日の午後って暇だったりする?」


「用事は入っていない。」


 食べながらネロの今日の日程を聞いてみた。疑問を投げかけた俺と視線を合わせながらネロが返事をしてくれる。


「時間あるって事だよね?ちょっと神殿に行きたいんだけど連れて行って欲しい。」


「分かった。」


「ありがと。あそこの古木に世話になったんだけど、最近行ってないから水やりしたいんだよね。」


 俺の希望に対して理由も聞かずに頷いてくれたネロになんで行きたいかを説明しておく。理由には興味がないらしくネロが無表情に頷いてくれた。ホント基本的にほとんど表情の変化が無いよな、この人。


 でも、優しさと気遣いが凄い伝わってくる不思議な人だ。最初は少し怖くて、何を考えてるんだろって思ってたけど慣れるもんだな。食事を終えてご馳走様でしたっと手を合わせる。今日もネロは学び舎まで送ってくれるみたいだ。


「昨日は護衛を休んじゃって大丈夫だった?なんか急に寂しくなって夜に一人は嫌だって思っちゃった。子供かよって感じだよね。ごめん。」


「問題無い。ヤミと交代した。もし、不安なら以降も夜は護衛を外す。」


「いや、大丈夫。もう大丈夫、多分。」


「分かった。」


 学び舎に向かう道中で昨夜の事を謝ってしまう。俺の謝罪を受けて、ネロが更に心配してくれた。ネロにも自分にも言い聞かせるみたいに、大丈夫と言葉を出したら、ネロが少し俺を眺めた後で頷いてくれた。会話を繋いでいるともう学び舎だ。学び舎の少し手前で立ち止まったネロにありがと、と手を振ってテントに向かって歩き出す。


「昼に迎えに来る。」


 その声に振り返って頷き、学び舎に入った。俺が到着して直ぐに今日の授業が始まった。まぁ、授業っていうか読書の時間なんだけどね。今日もクラスの女の子達はアイラさんの目を盗んでネロの話に花を咲かせ、男の子達はネロの武勇について語っている。


 漏れ聞こえる子供達の会話を総合しても、しなくても、ネロは人気あり過ぎだろって結論にしかならない。アイラさんは子供達の話し声に気付いている筈なのに、逸脱して興奮する子がいない限りは見逃してあげているようだ。


 俺はそんな可愛らしい騒音の中で読書に勤しませて貰う。読書に集中して時間が少し経過した頃に、ぽんぽんと机を軽く叩く可愛い指先が見えた。顔を上げると、視線の先には前の席の男の子が俺を見ている。何か用事があるのだろうと、首を傾げて先を促してみる。


「僕達この後、午後から修行場行くんだけど。琥珀さんも行かない?」


 大きな目を緊張の為か潤ませながら、おずおずと誘ってくれる男の子の表情が凄く可愛い。こんなに勇気を出して誘ってくれたのは嬉しい。でもね、俺は身体能力が極限まで低いから修行とかは無理なんです。とは言えずどうしようか困ってしまった。


「サウリさん。お喋りは駄目ですよ。それに琥珀さんは人族です。ガト族のようには動けないので困らせてはいけません。」


 丁度その時に巡回に回ってきたアイラさんが助け舟を出してくれた。サウリと呼ばれた子はその薄茶色のタレ耳を後ろに倒して、榛色の瞳を更に潤ませてしまう。ごめんなさい、と一言謝ったサウリ君は前を向いてしまった。


 折角誘ってくれたのに申し訳ない事をしてしまった。それにタイミング良くアイラさんが来て叱られてしまったのも申し訳ない。今日の授業が終わったら、ちゃんと謝らなきゃだな。その後は多少の騒めきはあったけど何事もなく授業が終わった。


「さっき誘ってくれたのにごめんね。俺はホントに運動音痴だから修行場に行ってもみんなみたいに動けないんだよね。だから今度、見学だけさせて貰うね。今日は先約があるんだ。」


 授業という名の読書の時間が終わったら、すかさず、サウリ君に声を掛けてみる。サウリ君は榛色の目を潤ませてうん、と頷いてくれた。


 マジで可愛い子だな、人見知りっぽい感じにも見えるのに頑張って声かけてくれた感じが凄い伝わってくる。ホントにごめんね、とサウリ君の頭を撫でていたらネロが迎えに来た。また明日ね、と手を振ってネロの元に歩みを向けた。


 そのまま食事場に直行だ。今日の昼食はピザだ。っぽいがつくけど、ピザだ。少し甘めの照り焼きソースみたいなのがかかった卵とお肉と野菜が乗っていて、チーズがとろーりとしてて、もちもちとした生地で滅茶苦茶美味い。けど、熱々過ぎて猫舌の俺は、はふはふとゆっくり食べ進めるハメになった。


「神殿に行く前に族長の所に寄る。」


 俺が食事に集中していたら、静かにネロが話し掛けてきた。了承の意を伝えようと頷きながらも、今は目の前のピザに集中する。


 ふーっと満足と満腹、両方の意味で息を吐き出してしまった。久しぶりのピザの感動を胸に秘めたまま、ご馳走様でしたっと手を合わせる。ネロは俺が食べていたピザの何倍もある大きさのピザを具を全く落とす事もなく器用に口に運んでいく。俺から遅れる事数分でネロも全てを完食していた。


「アルさんは落ち込んでたけど、もう大丈夫かな?」


「問題無い。」


「そか、良かった。」


 食後のお茶を飲みながら、聞いてみる。アルさんと久しぶりに会うのが楽しみだった。凄く迷惑と心配を掛けてしまったけど、しょんぼりしていたアルさんは可愛かった。凄く年上の女性に可愛いなんて言葉使うのもあれだけど、可愛いモノは可愛い。

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