3 おっしゃる通りです
「ところで『声』さん、名前はなんて言うの?」
(固有名詞はありません。お好きに設定して頂けます。)
姿が見えなくても会話する以上呼びかける名前が知りたいと問い掛けた俺に即応答があった。少し考えて、不意に頭に浮かぶスツィーオという言葉。意味があるかは分からない、響きが頭の中でいきなり閃いたって感じだ。それでも、鋭敏に俺の心の声を察知した『声』が即座に反応してくれる。
(固有名詞スツィーオを設定しました。以降、スツィーオとお呼びください。)
少し長いからスツィでもいいかな、とか考えてみる。
(愛称:スツィ 登録しました。)
何かと行動が早い『声』である。
(『声』ではなくスツィーオ、もしくはスツィとお呼びかけ下さい。)
めっちゃメンドクサイ性格の奴だったようである。まぁ、そんな事は些末な事、とりあえずこんな所はとっとと抜け出したい俺は、果敢にも先ほど見付けた階段に向けて歩みを進める事にしたのでした。もう、ナレーションを自分でつけるくらいの余裕もでてきてる。マジで、俺、順応してるじゃん。
「暗くなってるとこでもう一段あったよな、さらに階段になってる、俺の勘がそう言っている。そもそも、見えない範囲ずっと階段なんじゃね?どこまで下りればいいんだろうね。困ったもんだ。」
独り言を呟きながら慎重に階段をもう一段下りて、更にもう一段あるでしょう、と慎重に足を踏み出した俺の足に衝撃が。ええ、下りの階段でもう一段あると思って足を出したら平らだった時のあの衝撃です。ガクッと自分の全体重が重力と合わさって片足にのしかかるあの衝撃。
(死んでしまうとは情けない。)
そんな声と共に眼を開けると、其処は石壁の朽ちかけた神殿のような建物の中だった。俺の目前には石壁と同じく朽ちかけた躯が一つ。・・・思わず無言で固まってしまった俺はあの衝撃すらも耐えれない身体のようだ。
(デスボーナスの獲得:魔法〈浄化〉獲得しますか?)
〈浄化〉、ってなんだ。魔法って言ってたな。マイナス要素もなさそうだし、初魔法。ちょっと楽しみじゃね?そう思った瞬間にスツィが答えを引き出してくれる。
(魔法〈浄化〉:水属性の魔法。サポート魔法の一種。攻撃力なし。水を操り主に体を清めたり、衣服、食器、家具など水属性で破壊、破損されないものなどを洗浄する性能。野宿などの水浴びや洗濯などができない状況では抜群の使い易さを誇る。消費)
それを聞いた瞬間、スツィの説明を遮って即決する。
「獲得で!」
叫んだ俺は正しかったのだと思う。だってここに来てから数日間、シャワーも浴びてないんだった。数日の内、何回かは死んだけど、それでも数日間を着の身着のままで、住環境の整っていない密室に閉じ込められている状態には変わりない。
ゲームを徹夜でクリアしてて一晩くらい風呂に入らない日もあったりした事もあるよ。でも、この慣れない環境の中、しかも埃いっぱいのボロボロに朽ち果てている見慣れぬ神殿で、数日間水も浴びれない状況とか少し気持ち悪い。
まぁ、リフレッシュする意味でも水浴びはしたいよね。匂いが気になるとか全然気にはしてないよ?まぁ、少し汗臭くないかな、とか別に思ってないけど身体を綺麗に保つのは必要でしょ!即時判断した俺は正しい筈。
(了解しました。)
今度は淡い桜色の光に包まれて、何となく魔法が使えるように感じた。使い方を尋ねる前に迅速にスツィによって答えが導かれる。
(魔法〈浄化〉の使用方法は〈浄化〉と口に出して使いたい部位を思い浮かべる事。尚、実際に口に出さずに念じるだけでも発動致します。)
最初から念じろと言えばいいのにと少々面倒臭く感じながらも体にシャワーを浴びて、服も綺麗にするイメージをした俺の手のひらに青い光が集束して・・・霧散した。勿論、体にも服にも全く変化は感じられず、埃も付いたままで綺麗になってない。
「は?使えないじゃん。」
(消費MPが不足しているため魔法〈浄化〉は発動しませんでした。〈浄化〉を発動する為に必要な消費MPは5です。)
「っ! だったら獲得前に教えてよ。」
(説明の途中で獲得を望んだのはあなたじゃないですか。)
涙目になった俺に冷静に返事をしてくるスツィ。・・・おっしゃる通りです。ごめんなさい。確かに説明を最後まで聞いてなかったよな。
「ちなみにマイナス効果とかってあったりします?」
(魔法全般に於いてはMPを犠牲に発動するものが多く、マイナス効果が付くものは稀です。魔法〈浄化〉も消費MP以外にマイナス効果はありません。しかし、マイナス効果が付与されている魔法も少なからず存在しているため説明を全て聞き終えてから獲得する事をお勧めします。)
涙目のまま問い掛ける俺に答えてくれるスツィ。どうやらマイナス効果のない、そして今のままではプラス効果もない、完全な死に魔法を取得してしまったようである。消費MP5か、今MP1だから、まぁレベルという概念があるかはともかくさっき魔法のランク云々いってたし成長すればMP上がるだろうし余裕っしょ。
(琥珀様は現在レベルの上限が1となっており、制限がかかっております。制限解除の方法は獲得しておりません。琥珀様の基礎能力の成長はデスボーナスでのみ可能となっております。尚、獲得出来るかは完全にランダムとなっております。ご了承ください。)
軽く考えた俺に容赦なく畳みかけてくるスツィの声が淡々と響いてきた。マジで目の前が真っ暗になるってこういう事だよな。レベルは上げる事ができず、貧弱最弱な体で食べ物も飲み物もないこの空間に閉じ込められている。
いや、正確には外への道はあるのだろうけど、その道は現状、進む事がかなり厳しい状況だ。詰んでる。脱出するには死にまくってランダム要素満載のデスボーナスとやらを獲得しまくっていくしかないらしい。
とはいっても今まで3回死んで、3回とも超使えるスキルと魔法だった。まぁ、そのうち1つは今の段階では全く使えないみたいだけどな。ここがゲームのような世界だとして、序盤はプレイヤーが有利に立ち回れるように用意してくれているもんだ。勝手に納得して次なる死を迎えるべく階段に向かう事にする。
だって、3回の死の中で一番最初の餓死が一番辛かったんだもん。次の2回は一瞬の痛みだけ感じたけど、死んだ自覚もないままにそのまま復活だよ?辛くない方を選ぶし死に対して耐性も高くなるってもんでしょ。死んでそのまま終わってもよし、ここで復活しても現状維持。