29 ど、独特な味ですね
食事場に到着した時には空が茜色から薄暗くなりかけていた、要するに夕食時ですね。食事場にはもう沢山の人達が思い思いの食事をしている光景が広がっている。空席はどう見ても見当たらない。どうしようかとネロを見上げると、少し待て、と俺を置いてネロだけ調理場に向かってしまった。
直ぐに戻ってきたネロが、行こう、と家に足を進めてしまった。食事場のいい匂いで活性化したお腹が、盛大に主張している。チラリと俺を見て苦笑したネロの反応に、滅茶苦茶恥ずかしくなった。でも、もはや自分では止める事のできないお腹の音に赤面しながら、ネロの後を追うしかできない。
ネロの家に辿り着いて家に入るのと同時に、お食事お持ちしました~、と元気な声が外から聞こえてきた。ネロが入り口を開けると、可愛い女の子が大きなバスケットを両手で抱えて入ってくる。
フワッとした灰がかったクリーム色の髪に薄い緑の瞳の、アイラさんに少し面影が似ている元気そうな女の子がにこっと笑顔を浮かべてくれた。歳は俺より上だと思うけど、可愛いって表現がぴったりだ。背の高さも俺とほぼ同じ、というか、少し低いくらいなのかな。
小さな猫耳と少しだけ短く感じる尻尾は髪と同じ色でふわふわの柔らかそうな毛に包まれている。水色の膝上ワンピースにフリフリのエプロン、所謂エプロンドレスって感じの服を可愛く着こなした女の子は、元気そうな雰囲気に似合っててとても可愛い。
笑顔を浮かべて俺に向かってお辞儀をしてくれた後で、慣れた様子でテーブルに向かった女の子はバスケットを開けた。バスケットの中から女の子がテーブルの上にどんどん品物を並べてくれる様子を立ったまま眺める。
魚を香草で蒸し焼きにしたモノと温野菜、野菜を肉で巻いて焼いたもの、グラタンのようなチーズを乗せて焼いたもの、木の籠に山盛りの厚めに切られたバゲットと白いふんわりパン、全て大皿で用意してあって取り分けように小皿も重ねて置いてくれている。
女の子が並べてくれる料理の数々であっという間に机の上がいっぱいになっていく。出前もお願いできるのか、と感心しながら眺めているとまた大きく、ぐ~っとお腹が鳴ってしまった。
「食べ終わったら返却お願いします。」
料理を全て並べ終わった女の子はネロに声を掛けて、ぺこりとお辞儀をして出て行ってしまった。凄く可愛くて元気の良さそうな子だった。配達の子なんだろうけど、あんな大きなバスケットにこんな料理の数々、重くなかったのかな。
それ以前にめっちゃ配達が早い。俺達が帰って来る間に料理を作って貰った筈なのにもう届いている。タイムラグがほぼない、って凄いよな。そして、あの配達してくれた子はアイラさんに凄く似てた。
「アイラさんに似てた気がする。姉妹かな?」
「ユリアだ。アイラの妹。カイの娘。」
鍛冶職人の熊にも見えるムキムキのカイさんを思い出して驚いてしまった。
「え、あのカイさんの娘さん?アイラさんもなの?マジか。全然、似てないね。二人共お母さん似なのかな。あ、カイさんが娘と番うとかなんとか言ってたね。番うって結婚って事でしょ。アイラさんの事なのかな?ユリアさんの事?」
「あれはカイの冗談だ。」
全く冗談に聞こえなかった上に、カイさんはかなり本気な目をしていた気がするんだけど。まぁ、触れないでおこう。ちょっとうんざり顔のネロだからね、触れて欲しくなさそうだし。
昨日までは椅子が一脚しかなかったけど、いつの間に用意してくれたのか、もう一脚増えていた椅子に腰を下ろした。ネロが用意してくれたお茶を一口飲んでから、今日の夕食を眺める。凄く美味しそうだ。
いただきます、と手を合わせて、ネロの祈りが終わるのを確認した後でグラタンを小皿に取り分けて白パンを1つ貰う。木のスプーンでグラタンを食べて少し味わってから、白パンを小さくちぎって口に入れる。
うまぃ。グラタンの濃厚なミルクの風味にチーズが良く合って、具のキノコも味わいと歯ごたえが良い。そこに白パンの微かな甘みが加わると、何とも言えない幸せな気分になる。
グラタンを終えたら、次は温野菜と野菜の肉巻きとバゲットを頂く。温野菜はいい塩梅の塩味にハーブの香りが仄かにしてこれも美味い。肉巻きは甘辛いタレに絡めてあって食欲が増す感じがする。
肉巻きの残ったソースにバゲットを付けて頬張る。お腹が極限まで空いてた事もあるかもだけど、食べたもの全部が美味しくて、美味い以外の言葉が見付からない。
最後に魚の香草蒸しの身を少し取り分けて口に入れた。スゴイ酸味と辛さが口の中に広がって思わず動きが止まってしまった。美味い、といえば美味いのかもしれないけど俺の口には合わないようだ。
なんとか口の中の魚を飲み込んで、お茶を飲んで一息つく。黙々と静かに食べ進めていたネロは俺を見ながら食べていたらしく、最後の俺の様子に対して苦笑されてしまった。
「琥珀の口には合わなかったようだな。ガトの伝統料理だから人の口には合わないかもしれない。すまない。」
「え、あ。ど、独特な味ですね。」
魚の香草蒸しを食べる手前で、俺の腹は九分目まで満たされていたから、ここで食事は終了。後はお茶を飲みながらネロの食事を見守る。俺が食べたのはほぼ全体の四分の一くらいだと思う。
ということは、今日の食事は四人前ぐらいの量があったらしい。残りの三人前をネロが綺麗に食べ進めていく。
食べる姿も惚れ惚れする程に見栄えがいいネロは食べ方も上品で綺麗。魚の骨は綺麗に残し、皿の上はどんどん片付いていく。時々響く、木製のフォークと木製の皿のカタカタと触れ合う音以外は、咀嚼音すらも聞こえない。
「ネロって何か苦手なものはないの?」
食べる姿ですら余りの綺麗さに、1つでも欠点や苦手が見てみたいと言葉がつい口から零れていた。一瞬動きの止まったネロが少し考える様子を見せる。
「苦手か。食事のか?」
「まぁ、食べ物でもいいけど。それ以外でも苦手な物あるのかなと。」
「強いて言えば族長が苦手。」
「え、あんな立派でかっこよくて可愛いのに?」
「・・・そうか。琥珀はもう食べないのか?」
最後会話が繋がってない気がしないでもなかったけど、アルさんが苦手ってなんでなんだろ。頭を悩ませながらも頷く俺を置いて、ネロはそのまま食べ進めてテーブルの上の皿は綺麗に片付いた。食べ終えると、俺の空になったカップを受け取ったネロが流しに向かっていく。
何となくネロを目で追っていたら、お茶を用意しながら壁近くの紐を引くのが見えた。換気の為か、テント上部の布が一部巻き取られて、その空間から星空が見える。ネロが静かに言葉を紡ぐと緩やな風が上部に向かって吹き上がっていった。
お茶を淹れてくれたネロがカップを手渡してくれる。テーブルに手をかざして詠唱をするネロの声と共に水が意思を持ったように空中に湧き出て集まって行く。水に包まれたテーブル上部のお皿の汚れがなくなっていくのが見える。
綺麗になったお皿を少し雑に重ねたネロが、テーブルの脇に置かれた大きなバスケットに詰め込んでいくのを見ながら思う。この感じを見ると、この世界では魔法が身近なんだろうね。
バスケットに食器を詰め終えたネロが違う詠唱を短く唱えた。一瞬だけ暖かい風がテーブルの周りを吹き荒れて直ぐ止んだ。少し濡れていたテーブルは、今の風で綺麗に乾いている。
「魔法凄いね。さっき風吹かせたのも何かの魔法?」
「〈送風〉。」
成る程、〈送風〉か。初めて聞く魔法だね。どんな性能なんだろ。
(魔法〈送風〉:風属性の魔法。サポート魔法の一種。攻撃力なし。風を操り自分の周囲の空気を動かす。風の強さの調節、範囲の指定は術者の任意で設定できる。消費MPは20。単純なMP消費型魔法のため魔法使用によるマイナス補正はなし。ランクアップで動かせる風の強さの幅が広がり、効果範囲も広がる。ランクアップにはデスボーナスが必要である。尚、デスボーナスでのランクアップはランダムであるため再度獲得できるかは死亡後にしか判明しない。)
なんか、〈浄化〉とか〈送風〉、〈遮熱〉、〈遮音〉だったかな。ご家庭に便利な魔法が多い気がする。生活密着型魔法って感じだね。
(魔法の発見、開発は生活に密着した事柄から得られる事も多い為、と推測されます。)
発見はともかく、開発って、どういう事だ。作るの?魔法を?
(『魔法』は太古からこのモーティナに存在していますが、その大部分は世に発現していません。その『魔法』を探し出して使用可能な状態にする事を発見と呼称しています。一例としては、何かのきっかけで偶然発動した際に発見される事や、過去の遺物などの封印を解除して発見される事、研究職についている者などが本質を理解し構築する事、などがあります。他にも魔法の発見に至る道はありますが、説明が長くなるので割愛致します。開発については新たな魔法の創造という事を指す訳ではありません。1つの魔法の属性だけでなく、本質を理解した上で複数の魔法の統合もしくは融合で発動する魔法の発見を指します。)
複数属性の魔法もあるって事?
(はい、御座います。)
まじか。スゴイな。氷属性の火の玉とかできるって事か。ファンタジーだな。
(できません。)
えっ、だってさっき複数属性の魔法はあるって言ったじゃん。
(氷属性の火の玉については不可能となっております。魔法には概念として発動する魔法ごとに特定の『形』があります。発動する魔法の『形』に他の魔法の『形』を組み合わせる事によって稀に複数属性の効果の付いた魔法が発現致します。氷属性の火の玉については、水と火という反属性である事や、それぞれの魔法の『形』が合わない為に組み合わせる事は不可能となり、発現致しません。水の効果を火の魔法〈レイジングボム〉に融合する場合も、火の効果を水の魔法〈アイシクルスピア〉に融合する場合も発現するには至りません。多くの事象では反属性の魔法同士の場合は発現率が著しく下がります。仮に発現しても、多くの場合は発動には至らないのですが、極稀に反属性同士の魔法でも奇跡的に合う事も御座います。補足となりますが、『形』というのは概念であって、実際に形を持っている訳ではありません。)
俺がスツィさんの難しい説明を難しい顔で聞いてる間に、ネロはバスケットを持って食事場に行って戻ってきていたらしい。家を出る前にネロが何か声を掛けてくれていたみたいだったけど、返事をした記憶はなかった。
でも、うんうん、とスツィの難しい説明を聞いていた俺が相槌を打ったと判断して出かけたらしい。音もなく戻っていたネロに気付いてはいなかったけど、ふんわりと蜂蜜の香りがしてネロに気が付いた。
「魚の香草蒸しが口に合わなかったようだと伝えたら、ユリアから渡された。」
「えっ、もしかして食事場に行ってきたの?いつの間に出てたんだ。」
香りに気が付いて顔を向ける前に話し掛けられて、驚いた俺を気にする事もなく、ネロが小さなバスケットからお皿を取り出してくれた。布で覆われたお皿が差し出されて、開けてみると蜂蜜のいい香りのするパウンドケーキが乗っている。
さっきお腹いっぱいまで食べたのに、甘い物は別腹だ。美味しそうなケーキに頬が緩んでしまった。俺の表情の変化に安心したのか、ネロが俺が抱えたままのカップを受け取って流しに移動して行く。
ちょっとだけ熱めのお茶を淹れ直してくれたネロに、ニコっとお礼を伝える。ネロのお茶は相変わらず湯気が立っている程熱そう。壁の紐を引いて換気の布を元に戻したネロが向かいに腰を下ろした。
「今食べるか?食べるなら切り分ける。」
「ちょっとだけ食べたい。」
「二切れで足りるか?」
頷くとネロはズボンの中からナイフを取り出して綺麗に切り分けてくれた。六等分されたパウンドケーキのうち、二切れを小皿に置いて俺に差し出してくれる。残りはバスケットに戻しながら、残りは族長に、と言われて頷く。
いただきます、とフォークで少し切り取って口に入れる。蜂蜜味だと思ったらドライフルーツが沢山使われていて甘酸っぱい。甘酸っぱさに合わせて蜂蜜の風味が鼻を抜けて凄く美味しい。
少し熱めのお茶を口に含むと、いい香りのお茶の苦みと渋みがまた合う。一口目で美味しさを実感した後で、ちらっとネロを見る。まだ食べてない方のパウンドケーキをフォークで切り取って、ネロに差し出してみた。
「ネロは食べないの?少し味見する?」
「甘いものは苦手。」
俺が食べるのをお茶を飲みながら眺めていたネロが、少し動きを止めて俺を見つめてくる。俺を見つめながら静かに答えたネロに、成る程、となった。さっき聞けなかったネロの苦手が今聞けた。苦手って言っても甘いモノが苦手じゃ全く欠点ではないよな。
苦手と言われてしまったら仕方がない、差し出したフォークのケーキをそのまま自分の口に入れる。うまうま食べる俺の横でネロは足を組んで俺を見ながら、お茶を楽しんでいる。俺が食べ終わるとネロが直ぐに立ち上がった。
「仕事に行ってくる。問題があれば来い。」
返事も待たずにバスケットを持ったネロがサッサと外に出て行ってしまった。あっという間に出ていってしまったネロを見送りながら思う。遅刻しそうだったのかな?のんびりとお茶に付き合わせてしてしまって悪い事をした。




